1960年代の終わりから現在に至る日本のポピュラーミュージックの歴史をコンパクトにまとめた本。帯に「Jポップ誕生「以前」と「以後」の45年を通覧する」とあるように、Jポップがいかにして生まれ、いかにして終わったかということを語った本になります。
 具体的言えば、はっぴいえんど、YMO、渋谷系(フリッパーズ・ギターの2人とピチカート・ファイヴ)、小室哲哉、中田ヤスタカに焦点を当て、それぞれの「物語」を語りながら日本の音楽シーンとその変化を浮かび上がらせる構成になっています。

 目次は以下の通り。
第一部 Jポップ以前
第一章 はっぴいえんどの物語
第二章 YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の物語
~幕間の物語(インタールード) 「Jポップ」の誕生~
第二部 Jポップ以後
第三章 渋谷系と小室系の物語
第四章 中田ヤスタカの物語
 
 この目次を見ると、各章には基本的に「~の物語」というタイトルが付けられています。著者が「はじめに」で述べているように、この本は「歴史書」ではなく「物語」としての「歴史」であり、すべてを網羅しようとする姿勢はなく、著者のとらえた日本の音楽シーンの一つの流れを描写したものといえるでしょう。
 
 はっぴいえんど、YMO、フリッパーズ・ギターの2人(小山田圭吾と小沢健二)、ピチカート・ファイヴ)、小室哲哉、中田ヤスタカ、いずれも音楽マニアであり、海外の音楽に強い影響を受けているアーティストです。
 加えて、著者が言うところによれば彼らは「リスナー型ミュージシャン」であり、「誰かの音楽を聞いたから」音楽活動をするタイプのアーティストです。つまり内面の葛藤やパッションのようなものを音楽にぶつけるようなタイプではなく、自分の聞いた音楽を咀嚼して新たな音楽を作るタイプです。

 そうしたアーティストたちが海外の音楽を咀嚼し、それを日本、あるいは日本語にフィットする形でアレンジしていったものが著者の考えるここ45年の「ニッポンの音楽」ということになります(このように書くと「ニッポンの音楽にオリジナリティはない」といった主張だと誤解されそうですが、そうではありません。はっぴいえんどの日本語をロックのリズムに乗せる試み、YMOのテクノロジーとの格闘など、随所にオリジナリティを認めています)。

 この海外の音楽の輸入と咀嚼は一定の期間を経て行われるのが常でした。海外のアーティストがなにか面白い試みをする→日本のリスナー型ミュージシャンがそれを聴く→咀嚼して日本で音楽を作るといった具合です。
 しかし、CDの登場や輸入盤レコード店の発展、そしてインターネットの普及はこのタイムラグをどんどん縮めていきました。
 この本では、フリッパーズ・ギターの1stアルバム「three cheers for our side〜海へ行くつもりじゃなかった」が少し前のネオアコの影響を受けたアルバムだったのに対して、3rdアルバム「ヘッド博士の世界塔」ではほぼ同時期にイギリスで起こった「マッドチェスター」と呼ばれるムーブメントを取り入れていることなどを紹介しながら、この90年代の変化を指摘しています。

 さらに輸入盤レコード店の発展とネットの普及は、今現在の音楽を追いやすくするだけでなく、過去の音源の発掘も支援することになります。著者に言わせると、この過去の音源の発掘と引用を巧みに行ったのがピチカート・ファイヴになります。
 さらに最後に登場する中田ヤスタカになると、古今東西あらゆる楽曲を聴こうとする「雑食」という言葉ではすませられないほどの音楽マニアで、日本の「内」と「外」(海外)にこだわらず音楽を作り上げていることがうかがえます。

 著者は、この「内」と「外」の境界の消滅する、あるいはその区別の意味がなくなったことがこの45年の変化であるとも言います。

 また、この本では細野晴臣のYMOについてのインタビューでの、「音楽的な影響は日本ではそれほど大きくなかった。キャラクターで売れてくる国だな、という感想を持ったことがありますね」(119p)という発言をとり上げ、「キャラクターで売れてくる」という日本の音楽シーンの特徴を指摘しています。フリッパーズ・ギターのブレイクなどはまさにその一面だというのが著者の見方です。
 
 このようにニッポンの音楽についての一つの一貫した物語を提供しているのがこの本であり、それには成功していると思います。
 ただ、「ないものねだり」になるのは承知で、もっと「Jポップど真ん中」的な音楽についての言及も欲しかったというのが正直な感想です。
 例えば、「リスナー型ミュージシャン」というのであれば、B'zの松本孝弘なんかもそれに該当すると思いますし(もちろん筆者の好みではないでしょうが)、実際、松本孝弘は洋楽をもっとドメスティックに変形した人物として、音楽的な評価差はさておき、面白いと思うんですよね。
 別にB'zでなくてもいいのですが、なにかそういった「異物」がないのが、この本の少し物足りない点かな、とも思います。

ニッポンの音楽 (講談社現代新書)
佐々木 敦
4062882965