2014年12月29日02時55分
■鄭在貞さん(ソウル市立大教授)
慰安婦問題は今や、解決の糸口さえつかめないと言う。本当にそうか。
私は、政治的に解決させようという強い意志が韓日双方にあれば、難しくないとみている。いや、問題点が浮き彫りになった今はむしろチャンスだ。
この問題がこれほどこじれたのは、主要プレーヤーともいえる4者が、互いにうまくコミュニケーションをとれなかったことに尽きる。4者とは、韓日両政府と元慰安婦たち、彼女たちを支援する支援団体だ。
元慰安婦たちが名乗り出て問題が顕在化した盧泰愚(ノテウ)、宮沢喜一両政権の間では話はかみあっていた。河野談話が出て韓国側は評価し、金銭的な償いの代わりに、誠意ある謝罪や日本での歴史教育といった「心のケア」を求めた。韓国政府の基本姿勢は今も変わっていない。
何より重要なのは、おばあさんたちの「恨(ハン)」を晴らすことだった。それは日本で言う恨(うら)みとは違う。心の奥底に澱(おり)のようにたまった絶望感のような感情だ。
だが、現実は逆に進んだ。日本からは「あれは娼婦(しょうふ)だ。商売だ」などという心ない言葉が次々に飛び出し、元慰安婦らの恨はさらに深まっていった。
問題がこじれ出すと、韓国政府は及び腰になった。金銭的な補償は韓国政府が責任をもってやる、支援団体の思いや要求はそれとして政府としての具体的な立場や要求はこれだ、と態度を明確にし、自国民を説得する必要があった。
確かにアジア女性基金の取り組みは評価できるが、問題点も多かった。日本は交戦国や支配した国への補償は極力避ける方針を掲げる。韓日も1965年に基本条約のほか、請求権や漁業、文化財などの協定を結んだ。現在の韓日関係のすべての出発点という意味で「65年体制」と言われる。
今ごろになって日本は慰安婦問題で「何もやってこなかったわけではない」と言うが、女性基金は日本としての「償い」を堂々と表したわけではなかった。
実際には多くが国のお金から出ているのに「民間」を前面に押し出す。基金には日本の首相のおわびの手紙が添えられた。元慰安婦の心をやわらげるせっかくの手紙なのに強くアピールしない。すべては65年体制を守るためだ。だが、堂々と「法的にはできないが、国としてギリギリの努力をした」と言えば、韓国側の受け止め方はかなり違っただろう。
65年体制も、実際には少しずつ変化してきている。基本条約には植民地支配に対する反省や謝罪は盛られなかったが、日本はその後、村山富市首相の談話や小渕恵三首相と金大中(キムデジュン)大統領による「パートナーシップ宣言」、併合100年を機に出した菅直人首相談話などでその姿勢を明確にしている。パートナーシップ宣言での反省と謝罪に関する文言は、日朝平壌宣言にも引き継がれた。
漁業協定は改定され、請求権問題でもサハリン残留韓国人や在韓被爆者への補償は一定の前進をみた。残る大きな懸案は慰安婦問題だけといってもいい。
国交正常化は韓国、日本ともに政治指導者の大きな決断があって実現した。65年体制が変化してきたことを、「協定がなし崩しになる」とか「国交締結は誤りだった」などと恐れる必要はまったくないと私は思っている。むしろ、当時足りなかった部分を次世代がしっかり補う知恵を出したのだ、と胸を張るべきだ。
その意味でこれまでの韓日関係に大きな役割を果たした政治指導者を父や祖父にもつ朴槿恵(パククネ)大統領と安倍晋三首相はともに政治的に決断しなければならない。
慰安婦問題で最も重視されるべきは被害者である元慰安婦の思いだ。そして彼女らが求めるのは心のケアである。
朴大統領は元慰安婦に会って、この間の政府の取り組みが十分ではなかったことを説明すべきだ。
一方、安倍さんは日本で「筆舌に尽くしがたい思いをされた慰安婦の方々のことを思うと本当に胸が痛む」と語る。これをおばあさんたちに直接話しかけてみてほしい。そうすれば、彼女たちの恨は必ず晴れる。(聞き手・箱田哲也)
◇
チョン・ジェジョン ソウル市立大教授。歴史学者。日韓歴史共同研究の委員や韓国政府傘下機関の東北アジア歴史財団理事長を歴任。著書に「帝国日本の植民地支配と韓国鉄道」など。
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