記事詳細
【「正論」懇話会2014】
百田尚樹氏「朝日新聞…罪悪感、ゆがめられ続けた日本人」(9月20日、福岡市で開催)
出光佐三は終戦時は60歳だった。30年以上かけて築いた財産は敗戦ですべて没収され、失った。でも、そこから立ち直ったんです。
敗戦から2日後の昭和20年8月17日、社員を集めてこう言いました。
「日本は戦争に負けたが、3千年の歴史と誇りを失ったわけではない。日本は再び立ち上がる。世界は再び日本に驚くだろう」
そして、海外から帰ってくる社員の1人もクビを切らなかった。社員は「もう一度出光のおっさんとやってみよう」と会社に残り、8年後、日章丸事件で世界を驚かせたんです。
東日本大震災が起き、不況も重なった。でも69年前、日本はもっとひどい状況だったが、立ち直ったじゃないか。そんな思いで、「海賊とよばれた男」を書きました
× × ×
「永遠のゼロ」と「海賊」を書いて気付いたことがあります。戦争を戦った男たちと、戦後経済を築いた出光興産の社員たち。彼らは同じ世代、大正生まれです。彼らは20歳前後の人生で最も素晴らしい時期を戦場で過ごしたんです。
そして故郷は丸焼けでした。雨露をしのぐ住む家さえなかった。(昭和20年)当時の日本は地球上で世界最貧国だったんですよ。
それがたったの約20年で、米国や英国が「不可能な技術」と言っていた高速鉄道(新幹線)を開通し、東京五輪を開催した。そして、GNP(国民総生産)で米国に次ぐ世界2位の経済大国になった。
これは奇跡や。日本人全員が働いたのですが、もっとも働いたのは、戦争から帰ってきた大正生まれの男です。戦場で身も心もボロボロになったのに、丸焼けの祖国を一から建て直したのです。
大正生まれ世代には本当に頭が下がる思いがします。大正世代は、ひと言でいうと「人のために生きた世代」。私は本当に素晴らしい国に育ちました。
「永遠のゼロ」は、ゼロ戦のパイロット・宮部久蔵という架空の人物が主人公です。宮部の孫が、「自分のおじいちゃんはどんな男だったんや」と全国の戦友を訪ね歩く物語です。
このニュースの写真
関連ニュース
- 【歴史戦WEST】中学で反日・偏向の出題 沖縄戦の日本軍任務「住民を守る=×」 朝日もとに作成、教諭は「建国記念の日」否定講演
- 【軍事ワールド】自国メディアにも叩かれた中国最新「ステルス機」の性能…〝外見パクリ〟〝パワー不足〟の未熟さ露呈
- 【河村直哉の国論】朝日新聞は「解体、出直す」覚悟か、それとも“ヤラセ検証”か 慰安婦報道を第三者委に丸投げ…メディア責任放棄だ
- 【衆院選2014】「なーんで?」「キャスターごときが」「総括しなさいよ」橋下氏が記者団にキレた5分間
- 【河村直哉の国論】中国“人民”にも愛された高倉健さん 武士道精神を体現した人
- 【衆院選・維新会見詳報】(8)橋下氏「僕のどこが嫌いか朝日や毎日に聞いて」