謁見後
今回も主人公出てきません。
「あー、もう、疲れたぁ~」
皇帝との謁見を終え、宮殿の客室に戻るやいなや、椅子に座り込みテーブルへ突っ伏すレティシア。
「お疲れ様です」
突っ伏したまま身動きしないレティシアと、他の二人の仲間のためにリアラがお茶を淹れる。
本来であれば専属の給仕係りが行うべき仕事なのであろうが、今は仲間内のみで休憩したかったため、席を外してもらっていた。
「それにしても、スタミナお化けのレティがここまで消耗するなんて。さすがのレティも皇帝陛下の前では緊張なされるのかしら?」
「ううん、ああいった雰囲気は苦手なのよ」
小さく首を振るレティシア。
「それに何着服を着せかえられたことか。私、勇者なんだから普段の装備でいいじゃない」
「そういうわけには」
苦笑するリアラ。
「苦手って、レティも公爵令嬢ではございませんか。これまでだって、経験したことがおありでしょう?」
「私が旅立ったのって十歳の時だよ? それに勇者としての神託がくだされる前までの私って、期待なんてされていなかったし」
まだ家人が眠る早朝に屋敷を抜け出し、家庭教師からは遠まわしではあったが、バカであると報告をされるほど、問題児だった幼きレティシア。
当時の公爵家は彼女を病気によって臥せっていると発表し、帝都より遠く離れた地へ静養という名の軟禁をすら考えていた。
彼女の容姿が優れていなければ、実のところそうなっていた可能性は高かった。が、希に見る美姫であったため、それを惜しんだ公爵家は、彼女を静養という名の軟禁を行うことはなかった。
もっとも、教育も家庭教師に任せっぱなしとし、また社交界へのお披露目も行われることはなかったが。
ところが十歳の誕生日。
大陸中にある、国や大小を問わずにある程度の力を持った聖職者、その全てに神託が降る。
――勇者降臨せり。その名、『レティシア・ヴァン・メイヴィス』いう者なり。
かくして公爵家でのレティシアの扱いは、今までの厄介者という扱いから、一変した。
レティシア本人が気味が悪いほど、父や母、兄妹たちは彼女へ干渉するようになった。
具体的に言えば、父である公爵へ金を無心しても、それがどんな金額であっても許され、彼女が望んだものは出入りの商人がほぼ即日で手に入れてきてくれた(とはいえ、どんな金額もこの頃ではウィンに影響されて、庶民クラスの金銭感覚になりつつあったが)。
さらに、公爵本人は高名な武術家や魔法使いを屋敷に呼び(大賢者たるティアラは、この時に呼ばれた)、レティシアにつけようとした。
が、結局のところ、今までちやほやされたことのないレティシアは、あまりにもあけすけな行動に逆に警戒してしまい、半年後に旅立つまでずっとウィンのところへと通う日々を変えることがなかったのだが。
「ああ、こんなとこ早く出て行きたい。お兄ちゃんに会いたいよ~」
「兄君のメイヴィス公爵公子のレイルズ閣下ですか?」
リアラはレティシアの頭へ手を伸ばし、その柔らかい髪の毛をゆっくり撫でてやる。
レティシアは突っ伏したまま、リアラが撫でるにまかせる。
こういった脱力したままの姿をレティシアが見せるのは、本当に気心を許している仲間の前のみである。
宮殿に参上する前に公爵家に顔を出したが、レティシアは家でも勇者としての威厳と気品をまとったままの状態だった。
彼女にとって、本当に公爵家は自らの家ということではないのだろう。
「そういえば、旅の道中でもずっと『お兄ちゃんに、会いたい、会いたい』とおっしゃられていましたが、兄君のことが本当にお好きなのですね」
その割には公爵家に寄ったときは、兄に会おうともせずにすぐに借りている宿に戻ってしまったが。
「せっかく公爵家を訪れたのですから、兄君にお会いすればよかったですのに」
「お兄ちゃんは、兄上じゃないよ?」
「ですが、メイヴィス公爵家はレイルズ公子にレティの姉君がお二人の四兄妹ではありませんでしたか?」
訝しむ、リアラ。
「違うよ? お師匠様がお兄ちゃんなんだよ」
「待ってくれ!」
レティシアとリアラの会話にラウルが割り込んだ。
「レティの師匠はお兄ちゃんと言えるほど若いのか?」
今まで、三人の頭の中では年老いた眼光鋭い老境の武人が、レティシアの師匠であるとイメージしていた。
しかし、レティシアに「お兄ちゃん」と呼ばれている年齢であれば、二十代から三十代となってくる。
「お兄ちゃんは私よりも二つ年上。ああ、早く会いたいな~」
二十代どころかまさかの下方修正。十代だった。
そのことにショックを受ける勇者一行。
「まさか、そのお兄ちゃんとやらはレティより強いってことはないよな?」
「旅立つ直前までは一度も勝てたことなかったかな」
「私がこの国へレティを迎えに来た時、既に私よりも強かった」
レティシアと真っ先にパーティーを組んだティアラ。
「はぁ? ちょっと待て!」
思わずラウルは立ち上がり、ティアラを見る。
「迎えに来た時ってことは、レティはまだ十歳だろ? その頃でもう、お前よりも強かったのか?」
エルフ族の例に漏れず、ティアラも見た目は十代半ばだが、すでに百五十歳を超している。
「そう。さすがは勇者という感じ。魔法はともかく、剣技はその頃から凄かった。『剣の神姫』という二つ名は伊達じゃない」
「おお、マジか」
突っ伏したままのレティシアに目を向ける三人。
旅の道中、その非常識なまでの戦闘力は散々目にしてきた。
実を言えば、彼ら三人でレティシアに挑んでも、レティシアが勝ってしまうだろう。
「まさかとは思うんだがレティの師匠って人、今でもレティよりも強いってことはないよな?」
「私のほうが強いよ」
「だよな? 一度手合わせしたいと思ってたんだが、どうだろう?」
「手合わせならラウルが勝つと思う」
レティシアが、テーブルからようやく身を起こす。
「でも――」
服装の乱れを直しながら、レティシアは柔らかい微笑みを浮かべつつ窓の外へと目を向ける。
「試合という形でなければ、お兄ちゃんが勝つかもよ?」
次回はいよいよ主人公サイドかな。
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