勇者レティシア・ヴァン・メイヴィス
第二話投稿です。
結構、さくさくと進むなこれ。
今回は主人公は出てきません。
レムルシル帝国の皇宮。
その謁見の間――。
一際高い壇上に玉座が据え置かれ、そこに帝国第十一代皇帝アレクセイ・ラウ・ルート・レムルシルが腰掛け、その壇上から見て右端に近衛騎士団。左端に国の重臣たちが整列している。
その中を四人の男女が皇帝の玉座へと続く赤い絨毯をゆっくりと進んでゆく。
右側を歩くのは『剣聖』と呼ばれる隣国リヨン王国の王子、ラウル・オルト・リヨン。そして真ん中を歩くのはエルフ族の姫である、『大賢者』ティアラ・スキュルス・ヴェルファ。左側にこの世界を創世したという暁の女神アナスタシアに仕える『聖女』リアラ・セイン。
そして三人の前を歩く少女。
皇帝の玉座がある壇上の前まで進み歩みを止める。
そして、剣聖、妖精姫、聖女が頭を垂れる中、ただ一人少女だけが皇帝の前に立ったまま謁見に挑む。
しかし、その場にいる騎士たち、重臣たちの誰からも不敬であるとの批判は出なかった。
なぜなら彼女こそ、暁の女神アナスタシアより祝福を受けし『勇者』であり『剣の神姫』レティシア・ヴァン・メイヴィス。
神権を有するという皇帝や王たちと比肩しうる力を持った存在であったからだ。
光を集めたような黄金の髪にエメラルドの宝玉のような緑眼。従者たちも美形揃いであったが、その彼らをして霞んでしまうその美貌。
だがそれらの美貌に関係なく、この場に集った者たちは彼女に魅せられていた。
その圧倒的なまでの存在感。
彼らの主である皇帝を前にして、まったく引けを取らない威厳と気品を放っている。
だからこそ彼らは願った――
皇帝の――「何でも望む褒美を取らせよう。そして、勇者よ。ぜひ我が息子の后になってはくれまいか?」――という問いに是と頷くことを。
大陸中の国々を苦しめた魔王軍を切り裂き、そして魔王を倒した『剣の神姫』。
元々彼女はこの帝国のメイヴィス公爵家の末姫であったが、皇族に輿入れすれば、国内的には皇族の更なる権威付けができ、また諸外国に対しては勇者の武名が幅を利かせることができる。
何せ、国を滅ぼす力を持つ魔王を個人の力で倒してしまう力の持ち主だ。
人間の軍隊で敵うはずもない。
しかも、国も種族も問わず、大陸中の民たちは勇者を崇めている。
彼女を手に入れることは大きな国益を生む。
この国の皇太子アルフレッドは御年二十三歳。
まだ十四歳であるレティシアとは九歳の開きがあるが,皇族や貴族であれば珍しくもない年齢差である。
さらに皇族や貴族の例に漏れず美形であるなら、言うこと無しだろう。
――しかし。
「申し訳ございません、陛下」
彼女の口から出た言葉は否定の言葉。
神に祝福された彼女のみが許された、皇帝の意思を否定できる権利。
「レティ、皇子との縁談に何か不満でもあるのか?」
居並ぶ重臣たちの中から、一人の壮年の男が声を掛ける。
レティシアの父、メイヴィス公爵である。
「今はまだ、魔王を討伐して帰ってきたばかり。そのようなことを考える余裕はありません」
「しかし――」
「良い、公爵」
なおも言い募ろうとするメイヴィス公爵を制する皇帝。
「確かに余も話を急ぎ過ぎた。ならば、しばらくはこの宮殿に滞在し、魔王討伐の疲れを癒すが良い」
だが、レティシアはこの言葉にも首を振る。
「申し訳ございませんが、陛下。私は一刻も早く、魔王討伐の報告を我が師に行わねばなりません」
「ほう? 勇者レティシアの師か」
皇帝が身を乗り出す。
剣技、魔法共に人類最高の力を持った勇者である。
その勇者を育てた師匠ともなれば、国に取り込むことができれば、途方もない利益となる。
皇帝が身を乗り出すのも無理はなかった。
そしてその言葉に胸を張る者もいた。
メイヴィス公爵の横に控えていた、彼女の家庭教師を勤めていた男である。
教え子であった勇者レティシアが国に凱旋し、皇帝と謁見すると公爵より聞き、勇者を育てた者として自分にも何がしかの褒美がもらえるかもという打算から、公爵に頼み込んで参列したのである。
下位とはいえ、彼も男爵の爵位は持っていたので、宮殿に参列することには何も問題はなかった。
(いよいよ、私の名前が勇者レティシアから紹介される)
家庭教師の男は美しく成長したレティシアが、微笑みを浮かべながら自らのところへと赴き、手を差し伸べて皇帝陛下の前へと連れ出すところを妄想した。
(家庭教師を引き受けた頃は、何て馬鹿なお嬢様なんだと思っていたが、私が根気よく教えたおかげで魔法も使えるようになり、剣技も上達した。そういえば、木剣を作って欲しいと言ってきたこともあったな。あれは、家で妻と喧嘩して腹立たしかったから、散々叩きのめしてやった時か。今にして思えば、あれも悔しいという思いで、精進しようという勇者としての素質から出た発言だったわけだ。)
貴族のたしなみである剣技を教える際、外見は傷がつかないようにしつつ、彼はストレスを彼女へとぶつけていたのだ。
(今にして思えば、結構やばいことしていたと思うが、これも勇者としての覚醒を促すためだったんだ。そう思えば、今勇者がここにいるのはこの私のおかげとも言える)
彼の脳裏には彼女が自分を皇帝陛下に紹介する場面が描き出されていた。
「こちらにおられる御方が私の師でございます」
「ほう、この者が?」
「はい、私を幼き時より厳しく家庭教師として指導してくださいました」
「なるほど。そなたの強さの秘密はその家庭教師によるものであったか」
「はい、陛下。私に剣術と魔法を教えてくださった偉大なる師であり、とても尊敬しております」
「勇者メイヴィスにそこまで言わせるとは、まことにもって稀有な人材である。その方の名前は?」
皇帝陛下が直言を許す言葉を発し、私は顔を上げて陛下の顔を見据える。
「私は――」
家庭教師が脳裏で妄想を巡らせているあいだにも、皇帝と勇者レティシアの会話は進んでいた。
「――どうしても師への報告を急ぎたいと申すか」
「陛下のお心遣いはありがたいのですが……」
「ふむ、一度会ってみたいものだ。勇者の師匠というものに」
家庭教師の男は思わず、「私ならばここにいますぞ」と声を掛けてしまいそうになった。
だが、彼が声を出すよりも早くメイヴィス公爵が彼を前に押し出した。
「レティ。お前の師であればここにおる。この場で報告すれば良いではないか」
押し出された男は内心で小躍りしていた。
先ほど脳裏で妄想していた事がこれから現実になる――彼は、一歩前に進み出ると、レティシアを見る。
そこには笑顔を浮かべたレティシアが――いなかった。
誰? この人みたいな戸惑った表情で男を見ている。
「まだ幼かったから忘れてしまったかな? お前の家庭教師の男爵殿でないか」
「ああ、そういえばそうですね。お久しぶりです」
軽く一礼すると、レティシアはもう彼の方を見向きもしない。
「レティ、お前の師とは男爵殿ではないのか?」
レティシアが男爵にまるで興味も示さなかったので、公爵が問い掛ける。
隣で家庭教師の男は呆然としていた。
「そうか、旅先で師事したのだな?」
「そのような者とは出会っていない」
エルフ族の姫、ティアラが口を開く。
「私はレティの旅に最初から同行していたが、彼女より強い者は見たことがない。よって、彼女の師と呼べる者は旅の道中で出会うことはなかった」
「ならば、そなたの師は一体どちらに?」
彼女に剣技と魔法を教えた人物。
誰もが興味がある。
皇帝の問いに彼女は微笑みを浮かべた。
それは彼女の旅に最初から同行していたティアラですら、今まで見たことがないほどの、こぼれんばかりの微笑みであり、その美貌はこの場にいるものすべてを虜にしてしまいかねないほどのものだった。
「彼はこの帝都にいます」
「なんと!」「それほどの御仁がこの帝都にいらっしゃるとは」
貴族たちのざわめく。
「ですので、申し訳ございませんが、私はこの宮殿に長く滞在することはできません。私は師匠であるウィン・バードの元へ戻ります」
これから間違いなく伝説の勇者として語り継がれていくであろう、『剣の神姫』レティシア・ヴァン・メイヴィス。
その師としてウィン・バードの名前が歴史に記された瞬間でもあった。
そして彼の名は、この場に参列していた各国の大使によって、大陸中に伝えられていくことになる。
『勇者のお師匠様』という称号付きで――
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