山中由睦
2014年12月29日11時12分
来年の元日に100周年を迎える大阪市の天王寺動物園は、長年にわたり子どもたちに夢を与えてきた。しかし、70年前、動物たちが次々に殺される悲劇の歴史があった。
動かない瞳が虚空を見つめる。ライオン、トラ、ブチハイエナ、ヒョウ。天王寺動物園の倉庫に、4種類5頭の剝製(はくせい)が保管されている。戦時中に毒入りのエサを食べさせられたり、ロープで首を絞められたりして殺された動物たちだ。
獣医師の芦田貴雄さん(38)によると、古い動物台帳に、戦時中に剝製にしたことが記されていた。記録はないが、戦時中のものとみられるホッキョクグマやピューマの剝製、ツキノワグマの皮の標本もある。
「物資がないなかで、これだけの剝製をつくった。当時の園長たちは、剝製を残すことで戦時下の動物園の歴史を伝えようとしたんだと思います」
天王寺動物園は1915(大正4)年1月1日に開園した。「大阪市天王寺動物園70年史」によると、客足は順調に伸び、開園20年ごろにはチンパンジーのメスのリタが人気を集めた。自転車や竹馬を乗りこなし、ナイフやフォークで食事もする芸達者だった。
だが、日本が戦争に突き進むなかで、リタもプロパガンダに使われた。日の丸を持ち、軍服や防毒マスクを身につけた。産後の経過が悪く、太平洋戦争前の40年に死んだが、70年史は「リタの死は戦前の動物園の隆盛に終わりを告げる鐘の音だった」と記した。
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朝日新聞社会部
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