2014-12-28 「iPS細胞だって競争的研究資金」というビジョンのなさ

今日は普段と毛色の違う話題です。*1
先日、STAP細胞は存在しないことが報道されていました。
今年4月頃の段階ではSTAP細胞など存在しないことはほとんどの人が確信していたでしょう。 それを更に半年以上の時間を時間・ヒトをかけてやはり存在しなかったと。
一方、山中伸弥教授のiPS細胞は完全に本物で、世界中の医学・薬学分野の研究者から注目を浴びています。*2
ところが山中先生のiPS細胞関連研究でも携わる研究者の9割は競争的研究資金によるものだとか。
競争的研究資金というのは大雑把に言えば文科省が提供する研究費(科研費)で、競争的というのは、研究概要を提出させ、何年後にはこのような研究成果を出すという提案を相互に比較して、期待される成果が出そうな研究上位何割かだけに資金を提供するという方式です。
本文と深い関係はありません
その競争的研究資金の中で、実験用資材の購入のほか、研究に携わる研究員の人件費も出すのですから、当然ながら有期の非正規雇用になってしまいます。
世界最先端のiPS細胞研究者の大半が、自分の数年後の雇用を心配をしながら研究しているのが日本、というわけですね。
一方、欧米でも一般的研究には競争的研究資金を使い、公平性を期すことは同じのようですが、ことiPS細胞については製薬会社と大学が協力して資金をプールし、難治性疾患向け医薬品や低毒性医薬品に対するスクリーニング(ふるい分け)細胞株をストックするなど、競争を抑制し、協力して研究を底上げする姿勢が見えています。*3
米国では大学でもiPS細胞研究には巨額の寄付金などで安定的に研究が継続される状況のようなのに、米国流の競争原理を取り入れた日本では、成果が出るのが当たり前のiPS細胞研究にさえ、終身雇用が保証されないという皮肉。
折角山中先生と弟子の高橋先生というゴールデンコンビが日本でiPS細胞を生んだのに、研究段階では日本は山中先生も競争者のひとり、欧米では産官学連携で研究の底上げを図るという対照的な状況。
STAP細胞の大騒動と、つまらない嘘についての、長時間をかけたつまらない結論を報道で聞かされると、日本人というのは基本は優秀なのだろうが、マクロ経済の分野のみならず、先端研究の分野でも、全体像をつかむいわゆるビジョンのなさが目立つ気がします。
個別の競争努力も無論重要でしょうが、そこからは離れて、意思決定者の近くで「全体は現在一体どうなっているんだろう」と考え、議論し、短期に結論を出して方向付けをするというプロセスがなければ、個々が一生懸命努力しても大した成果に結びつかないように思うのは私だけなのでしょうか。
*1:ということで全くの誤解があるかもしれませんがその際はご指摘をお願いします。
*2:このブログでもノーベル賞受賞決定後一度だけ7年前に聴取したiPS細胞研究初期の状況について触れたことがありました。2012-10-08 山中伸弥先生の5年前のお話 - シェイブテイル日記
*3:報道によれば、この取組は製薬会社ロシュが開始して日本以外の大手製薬企業が参画し、現在はオックスフォード大学で各種幹細胞を管理するプロジェクトとなっているとのことです。
>>先端研究の分野でも、全体像をつかむいわゆるビジョンのなさが目立つ気がします
これはお役人の話をしてるんですかね?
非正規だと一年更新で研究自体の期間を超えては雇用されない(研究テーマ自体で雇用されてるので)けど、別の研究に引っ張られてもっと長くいたりはします。で、仕分けとかで研究予算が削られると研究予算に雇用の余地がなくなるので切られたりします。
でも体質としてはむしろiPSの時の「募集の半分がiPS」みたいな露骨に勝ち馬に乗ろうとする体質の方が問題だと思う。「募集」なので科研費配ってる方の話ね。突然生物系ばっかりになるとかするとそれ以外の、例えば機械系テクニシャンがバサバサ切られます。てか切られました。逆もまた然りで今度は生物系テクニシャンがバサバサ切られていることでしょう。
STAPの話は敢えて持ちださなくてもいいといえばいいんですが、理化学研究所の管理職は別に競争も何もなく、それなのにマネジメントでは大きな間違いを犯して、iPS細胞で世界初の加齢黄斑変性の臨床試験をしようとしていた高橋政代氏の研究にさえ負の影響を与えていたのに、自殺者はいても、上層部で強制退職となった人はいなかったと認識しています。
かたやiPS細胞研究では必ず成功することが見込まれるのに対し、全体像がみえるだけの資金を国も、製薬企業も提供しようとはしていません。 どちらの主体でも、出そうと思えば100億円、1000億円程度は出せるでしょう。 なのに競争的資金ってのはいかがなものかと。
torosukeさまはそれこそ研究所に雇用されている方ですかね。
しかし、研究所に雇用されていようが、研究プロジェクトに雇用されていようが寄与に本質的差があるわけではないと思っています。
例えば20年のスパンである幹細胞バンクを構築しようと思う主体があるなら(国でもいいですし、製薬協でもいいですが)中核となる研究者から補助研究者まで正規雇用したら良いと思いますけどね。
で、山中先生が思うようにその組織を動かす体制を作って、研究成果は出来る限りオープンに使えるようにすれば良いと思いますよ。
それをひとつひとつのプロジェクトを切り分けして競争的研究資金をくっつけて、非正規雇用者を使って研究したとして、彼らの将来は正規雇用者と異なり見通しがきかないでしょう。
山中・高橋コンビの頭脳をそうした個々の研究者の雇用などの些事(当人たちにとっては一大事)に割かせないことだと思います。
大企業のトップは個々の従業員の生活は考えず、大企業自身が儲かる仕組みを継続的に維持することで、企業の社会的責任と従業員の生活とを同時に満足させ続けています。
欧米製薬企業が躍起になるのはiPS創薬の方に期待をかけてのことでしょう。一方日本では再生医療の方に軸足を置いてニッチを作っていると思います(山中先生は薬、薬、とおっしゃってましたが)。日本でも山中グループで研究クラスタを作って協力体制を築いてはいると思いますが。
この程度の議論なんて研究者の間では腐るほどなされてますけど、文科省の研究雨予算分配にはまったく生かされません。ビジョンがないのは結局役人では。
たくさんの誤解があるようです。
>>上層部で強制退職となった人はいなかったと認識しています
Charles Vacantiも間違いなく主犯格の一人ですがharvardでは誰か辞職したのでしょうか?黄禹錫の場合、ソウル大学では誰かが「強制退職」のようなものになりましたっけ?研究者の責任の持ち方、上司ー部下の関係は、その独立性の高さゆえに少し特殊なものであると認識しています。
>>かたやiPS細胞研究では必ず成功することが見込まれるのに対し
科学研究に「必ず成功」など絶対にありえません。一体どのような成功が見込まれているというのでしょうか?そんなものがあれば是非教えて欲しいものです。
>>全体像がみえるだけの資金を
いくら出せばorどういう研究成果が出ればiPS研究の全体像が見えるor見えたことになるのか、私にはさっぱりわかりません。
科学研究では山中先生にではなく「これから山中先生のようになるかもしれない人」にこそ広く安定的な資金を投下するべきと思います。将来の見えない科学研究への投資は、ミクロで見ればリスクが高いがマクロで見れば費用対効果が極めて高い(by Susumu Tonegawa)です。iPSへの1000億投下、などというのは前者であり、もっとも愚かな投資方法です。1億×1000人のほうがはるかに優れた予算配分です。もちろん競争的資金の問題は私も重々承知しています。いずれの予算配分をするにしてもその弊害はとても大きく、改善の余地があると思います。
研究とは先の見えないものですから「iPSの方が確実に何か成果が出る」などとは絶対に言えません。仮に1000億もの予算を安定的に?つけるのであれば、それは何年計画を想定されているのでしょう。10年?20年?日進月歩の医学研究の世界で20年先まで予算をつけるなど具の骨頂と思いますが。
安定的な雇用が実現されるような研究予算の枠組みは研究者によってたくさん提唱されていますが、文科省のお役人らの耳にはなかなか届きません。
>競争的資金の弊害、特に非正規雇用の問題には完全に同感です。
話題の根幹では同意頂きありがとうございます。
この話題については
>
研究者の間では腐るほどなされてます ということですが、
全く同じ話題に対し「問題なんて一体どこにあるの?」というたちばのとどさんのような方もいらっしゃることがある意味私には興味深いと思えました。
それから、とどさまは個別の研究者の良し悪しなんてところの文言に引っ掛かっているようですが、私の問題意識は誰が良かったわるかったではなく、正規雇用者・非正規雇用者の雇用安定性の違いが必要な場合もあるのかもしれませんが、ことiPS細胞研究については全員正規雇用でも構わないと思うんですよね。
公務員のボーナスが今回一律2割でしたっけ、上げられましたが、あれ、上げたからって日本の何が良くなるわけでもなく、単に貯蓄に回るだけですよ。 それだったら、公務員とそれに準じる人々が750万人いるそうですから、ボーナスの上げ幅を1割にしたとして、7,500億円ほど資金ができます。これでiPS細胞研究拠点を作れば、人件費に競争的研究資金以外で3,000億円ほどは原資ができるでしょう。 民間の研究所では給与体系こそ違え、研究用マウスを飼っている人でも正規雇用という例も多々ありますし。