伊藤: 共同通信によりますと、ロシアのプーチン大統領は(12月)18日、原油価格の下落などを背景にした通貨ルーブルの暴落をめぐり、ロシア経済が上昇基調に転じるまでに「最悪で2年かかる」と述べました。これはプーチン大統領が年末に行う恒例の大規模な記者会見で明らかにしたもので、経済危機の長期化もあり得るという考えを示した形です。
プーチン大統領は、ロシア経済をめぐる問題の25%~30%はウクライナ情勢をめぐってヨーロッパやアメリカが課したロシアへの制裁が影響しているとの見方を示しました。
ルーブルの相場は今月16日、一時1ドル79ルーブル台をつけて、これまでの最安値を更新し、今年初めからおよそ6割も値を下げるなど、深刻な事態に陥っています。
邦丸: 今、ルーブルに換えて貯金すると非常に金利が高いですな。でも、17%をつけたときには、これは狙いだと思った方が世界じゅうであまり多くなかったということですが。
佐藤: ルーブルの場合は、持ち出せなくなる可能性がありますからね。
邦丸: あ、そうか。
佐藤: 外貨に換えられなくなる可能性があります。ロシア国内で使えと。
邦丸: そういうことなんですね。日本にいるわれわれに伝えられているのは、ロシア経済危機なんじゃないか、これはウクライナ情勢をめぐる制裁も含めて、ロシアは大丈夫か、という声もあるんだけれど、一方、プーチンさんは「はっ。何を言っておるんだ。大丈夫だよ」と言っている。これは強がりなんじゃないかという評論もあるんですけれど、佐藤さんはどのようにご覧になっていますか。
佐藤: 少し冷静に考えてみましょう。アベノミクスで円が安くなると、日本ではみんなどういうふうに反応しますか。株価が上がって、喜びますよね。なぜ、ロシアのルーブルが安くなると、逆の評価になるんでしょうか。
ロシアから見ると、ルーブルが安くなれば、それはそれでロシアの国内産業が非常に発達するわけですよね。実は、11月26日にプーチンがソチで演説しているんです。
邦丸: 冬のオリンピックをやった都市ですね。
佐藤: これは日本ではほとんど言及されていないんですが、非常に重要な演説で、西側――アメリカやNATO(北大西洋条約機構)との関係をもう変える、我慢できない限度までロシアを圧迫してきているから軍事力で対抗するということとともに、ロシア国内製品を優先して使うようにする、外国商品への依存をなくしていくということを述べたんです。
それから、今まではロシアのルーブルは市場の影響があってもそんなに動かないように、ユーロなどと「通貨バスケット」を組んでいたわけですが、先月、完全に変動相場制に移行しているんです。どういうことかというと、ルーブルがいくら下がっても構わない。ルーブルが下がれば下がるほど、外国からの輸入製品は減るし、ロシア人は国外旅行をしなくなる。それととともに、カザフスタンとかベラルーシとかでユーラシアの経済共同圏をつくって、その中でやっていこうという戦略方針を明らかにしているんですね。ですから、今回は2年間ぐらいかけて、大東亜共栄圏のような「ユーラシア共栄圏」をつくっていくというプーチンの戦略の一環として位置づけられていますね。
邦丸: 要するに、今回のルーブル安というのは織り込み済みで、当然そうなるんだということだったと。
佐藤: そうです。それに加え、それがウクライナの危機によって、外国の制裁によってやられているということで、ロシア人はみな怒る。もし、プーチンがここで何も言わないと、プーチンの失政がルーブル安を招いたという批判される。今、そういう批判がぜんぜん来ないんですよ。これはロシア国民が、アメリカやNATOにやられたんだ、ふざけるんじゃねえと思っているわけです。
そしてルーブル安によって、ロシア人の生活は今のところ、ぜんぜん困ることがないんです。輸入製品が高くなっているということだけですから。
邦丸: 今の日本と同じ状況になっているんですね。
佐藤: そういうことです。日本でも同じ、為替を安くしてくる、いわばひと昔前の為替ダンピング政策のようなものをやっているわけですね。ロシアもそういうことを始めているということは、世界じゅうで通貨切り下げ競争が起こり始めているということなんですよ。
そうすると、自分たちの国内で経済を回していこう、輸入を少なくしよう、外国にできるだけ輸出をしようとする。ロシアの場合は、軍需品をどんどん輸出していきます。
邦丸: ははあ。
佐藤: そういう形になると、だんだん国家関係というものはギクシャクしてくるものなんですよ。
邦丸: 今年の初めぐらいからずっと、佐藤さんがおっしゃっている「新帝国主義」の台頭。
佐藤: まさにそのとおりです。ですから、石油やガスに関して値段が安くなるというのは、ロシアが売って入ってくる額は減るものの、日本と異なり、通貨が弱くなったからといって輸入のために追加的に支出するおカネは要らないですからね。ロシア国内に石油やガスがありますから。
邦丸: 要するに、自国経済で成り立っちゃうということですね。
佐藤: そうなんです。ロシア語で「アウタルキー」というんですが、閉鎖経済、自給自足経済の方向に向かっているということなんですね。これはあまりよくないことなんです。ロシアが内向きになってしまうということですから。
邦丸: ロシアに限らず、中国も外には出て行くものの指導者層はみな内向きだと言われている。それは、佐藤さんが警告を鳴らしている「新帝国主義」、つまり自分の国さえよければいいんだということですね。
佐藤: そういうことです。プーチンがやろうとしているのは、まさに内向き。自分の国さえよければいいんだ、そして、うちの国の調子が悪いのはよその国のせいだということを言っているわけですよね。あまりいいやり方ではないですね。
邦丸: うーむ。これに対してアメリカはウクライナ情勢をめぐっての経済制裁を強めようとしていますし、こうなってくると、米ロの関係はどうなるんですか。
佐藤: 米ロの関係は悪くなるんですけれど、他方で、ではなぜ、サウジアラビアが石油の減産に応じないのか。サウジアラビアが減産すれば、石油価格が上がるんです。ロシアばかりに焦点が当てられていますが、実はもうひとつ、大きい理由があるんです。それはイスラーム国です。
イスラーム国がシリアとイラクの油田を確保していますから、それを今、ヨルダン経由で密輸しているんです。もし石油価格が上がると、イスラーム国の資金源になってしまうんです。だからサウジアラビアは石油を減産しないで安値のままにしておかないと、イスラーム国が潤ってしまうんですよ。この要素がある。
邦丸: イスラーム国の栄養源を断っちゃおうということですね。
佐藤: そうです。もし仮に、ロシアが「ごめんなさい、もう言うことを全部聞きますから」ということになっても、サウジアラビアの減産はありません。これはイスラーム国対策でやっているから。
邦丸: ははあ。
佐藤: だから、イスラーム国対策でやっていることを、ロシア対策でやっていると見せかけているという、情報戦の要素がありますね。
邦丸: はあ~~、複雑だなあ、これは。
佐藤: 複雑なんです。
・・・(以下略)
佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol051(2014年12月24日配信)より
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