きしむ海外勢主導の円安、アベノミクス相場に潜む危うさ露呈
2月19日(ブルームバーグ): 「バイ マイ アベノミクス」。デフレ脱却を目指す安倍晋三首相の経済対策は昨年、34年ぶりの大幅な円安をもたらしたが、首相の呼び掛けに乗ったのはもっぱら外国人投資家だった。年明け以降は円高傾向が強まっており、海外勢が主導してきたアベノミクス相場の危うさを露呈している。
安倍政権が誕生した2012年12月26日以降の円の対ドル相場を時間帯別でみると、円安が進んだのは主に海外時間で、東京時間はほぼ横ばいだった。日本銀行が公表している東京市場の始値と終値を用いてブルームバーグが算出した昨年末までの累積変化率では、円は海外時間に21%下落した。一方、年明けからは3%近く上昇しており、外国人投資家の動きに変化が出ていることがうかがえる。
安倍首相は、昨年9月にニューヨーク証券取引所で講演した際、日本経済が世界の景気回復の原動力になるだろうと述べ、「アベノミクスは買いだ」とウォール街のトレーダーに日本への投資を呼び掛けた。安倍政権発足以降の円安進行を背景に、消費者物価は昨年12月までに7カ月連続で上昇。13年の経済成長は、ここ3年で最も高い伸びとなった。
富国生命投資顧問の桜井祐記社長は、「安倍首相が『バイ マイアベノミクス』と言った時に海外投資家から受けた批判の一つは、なぜ国内投資家は買わないのか、なぜわれわれに頼るのかということだった」と指摘。その上で「あまりにも長期間円高が続いたため、日本人は円安に対して信じ難いという思いがある」と語る。
「株安・円高」が反転昨年の円は対ドルで18%下落した。円安による景気回復期待から日経平均株価 は年間で56%も上昇。41年ぶりの大幅高をけん引したのは、過去最大の買い越しを記録した海外投資家だった。
今年に入ってからは、こうした株安・円高の流れが反転している。米国の量的緩和縮小や新興国の通貨不安などで世界景気の先行き不透明感が強まり、リスク回避の動きが広がったことが背景だ。円は対ドルで年初から主要16通貨中トップの約3%に上昇。日経平均株価は先進国の中で最大の下げとなっている。
みずほ銀行国際為替部の唐鎌大輔マーケット・エコノミストは、貿易収支の赤字化で「絶対的な実需の売り」があることから、大幅な円高の可能性は低下したものの、内外金利差が小さく、対外証券投資が活発化しない状況では国内勢が「円安のドライバーにはなり得ない」と説明。そうした中で、アベノミクスが海外勢の失望を呼べば、日本株売りとともに円の買い戻しを誘発し、ドル・円の「100円割れ」もあり得るとみている。
アベノミクスの誤算大幅な円安は輸出企業の収益拡大に寄与したほか、輸入コストの上昇を通じて、国内の物価を押し上げてきた。昨年12月の消費者物価指数(生鮮食品を除くコアCPI )は前年同月比1.3%上昇と2008年10月以来の伸びとなり、日銀が大規模緩和によって達成を目指す2%の物価安定目標の半分超に達した。
もっとも、賃金上昇を伴わない物価上昇は家計の購買力を圧迫し、消費の拡大が企業活動を活発化させ、景気拡大につながるという「経済の好循環」入りを妨げる。
昨年12月の物価変動分を差し引いた実質賃金はデータがさかのぼれる1990年以降の最低水準に低下した。一方、1月の景気ウオッチャー調査では景気先行き判断DI が49.0と安倍政権が発足した昨年12月以降で初めて50を下回った。
唐鎌氏は、アベノミクスの誤算は、円安になっても輸出が伸びず、貿易収支もどんどん赤字化しているということで、「そうした中ではおそらく賃金もあまり上がってこないとみんな本音では思っており、そうなると余計に良い形での『2年で2%』という物価目標の達成は難しいと思う向きが多いのではないか」と語る。
財務省が先週発表した2013年の国際収支速報によると、海外とのモノとサービスの取引を示す経常収支は黒字額が3兆3061億円と、比較可能な1985年以降で最小となった。貿易赤字額は最大の10兆6399億円に膨らんだことが響いた。
足の速い海外マネー東京証券取引所の集計によると、海外投資家 は13年に日本株を過去最大となる15兆1196億円買い越した。これに対し、国内勢は基本的に売り手で、特に個人投資家 は過去最大の8兆7508億円売り越した。
一方、1月は海外投資家が日本株を1兆1696億円売り越した。月間売り越し額としては08年3月以来の大きさだ。
富国生命投資顧問の桜井氏は、「海外投資家のマネーは足が速い」とし、「本当に重要なことは安倍首相が国内投資家に日本は変わることができると確信させることだ」と述べた。「それができなければ、アベノミクスは失敗に終わるかもしれない」と言う。
投機米商品先物取引委員会(CFTC)によると、シカゴ先物市場でのヘッジファンドやその他の大口投機筋の円のネットショートポジション (売り越し)は11日時点で7万8786枚だった。昨年12月下旬には14万3822枚と、円を借り入れて高利回り資産に投資する円キャリートレードが全盛だった2007年7月以来の水準まで拡大していたが、その半分近くまで縮小している。
円は年初に1ドル=105円44銭と約5年ぶり安値を記録したが、その後は上昇基調に転じている。今月4日には一時100円76銭と昨年11月以来の高値を付けた。19日午後3時34分現在は102円21銭前後で推移している。
HSBCホールディングスのアジア通貨戦略責任者のポール・マケル氏(香港在勤)は、海外勢がアベノミクス相場を主導しているという事実は「円安がいかに投機的な性質のものであるかを裏付けている」と指摘。「アベノミクスの話のかなりの部分はすでに織り込まれている。円が昨年のようなペースで下落し続けるのは非常に困難だろう」と語る。
政策に賭けるブルームバーグ・ニュースがまとめたエコノミスト調査の予想中央値によると、日本の今年の経済成長率は1.5%と昨年の1.6%を下回り、15年には1.3%程度に鈍化するとみられている。今週発表された昨年10-12月の実質国内総生産(GDP )は前期比年率で1.0%増と4半期連続でプラス成長となったが、プラス幅は事前予想を下回った。
日銀は18日の金融政策決定会合後の声明で、日本経済の先行きについて「消費税率引き上げに伴う駆け込み需要とその反動の影響を受けつつも、基調的には緩やかな回復を続けていく」との見通しを改めて示した。政府は4月に消費税率を現行の5%から8%に引き上げた後、来年10月へ10%に引き上げることを計画している。
三菱東京UFJ銀行市場企画部グローバルマーケットリサーチの内田稔チーフアナリストは、「6月には政府が成長戦略を出してくるので、第3の矢の評価が決まってくる」と指摘。内容次第では「失望を誘う可能性もある」とし、そうなれば海外投資家が日本株を「追加で買ってくる動きは出にくいかもしれない」と語る。
一方、為替予測調査では、円は年末に110円(予想中央値)まで下落する見通しとなっており、アナリストの間で円の先安観が根強いことがうかがえる。
三井住友信託銀行の細川陽介為替セールスチーム長は、「アベノミクスでみんな円安のビューに傾きつつある」とし、「政策にベットするのは正しいはず」だと指摘。「国がやろうとしているのはインフレ政策だ。物の値段が上がり、通貨価値が下落することでもあり、そこに向けて同じアクションを取るのは本来あるべき姿」と語る。
どのみち円安ブルームバーグが今月行った調査では、エコノミスト34人のうち29人は、コアCPI前年比が15年度までの見通し期間の後半にかけて2%程度に達するために、一段の円安が必要と回答し、必要な円相場の水準は中央値で120円だった。
安倍首相は先月24日に行った施政方針演説で、日本経済は金融政策、財政出動、成長戦略から成るアベノミクスの3本の矢によって「長く続いたデフレで失われた自信を取り戻しつつある」と述べ、日本には「この道しかない」と訴えた。政府として「規制改革をはじめ、成長戦略を進化させ、力強く踏み出す」との決意も示した。
日本では06年に小泉純一郎元首相が退任して以降、ほぼ毎年のように首相が交代してきた。安倍首相は自身が07年にわずか1年で退陣してから6番目の首相だ。
みずほ投信投資顧問の債券運用部の竹井章チーフファンドマネジャーは、短期間にあまりにも多くの首相が入れ替わってきた後で、「われわれは政府を信じていない」と指摘。その上で、「タナカノミクスであろうとスズキノミクスであろうと、問題ではない」と言い、経常収支の悪化で「日本はどのみち円安になっただろう」と述べた。
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更新日時: 2014/02/19 15:40 JST