2014-12-28
"鈍感力を破壊せよ"『ゴーン・ガール』(ネタバレ)
映画 | |
デビッド・フィンチャー最新作!
結婚5年目を迎えたニックとエイミーの夫婦だが、その朝、エイミーの姿が忽然と消えた。破壊された家具と血痕を残して……。失踪したエイミーを追う警察だが、やがて疑惑の目はアリバイのないニックに向いていく。やがてマスメディアが食いつき、事件は次第にショーアップされていく……。
ネタバレ厳禁、原作は上巻まで、などなど警鐘を鳴らされていたので、なるべく情報をシャットアウトして見に行きました。予告編では、時系列通りに追いかけたバージョンがあり、これはあんまりよろしくないんじゃないの、と思っていましたが、結果的にはあれもネタバレにはなっていなかったことがわかり安心。
寒々しい画面作りから、突如訪れる妻の失踪。映画の冒頭なので、いかにも青天の霹靂のような気もするが、もちろん以前からずっと種は蒔かれていたのである。
前半はベン・アフレック演ずる夫ニックが中心。なんか身体つきも締まりがなくて猫背で、存在感があるようでない、ぼんやりとしたシルエットが印象的。マット・デイモンを参考にしたかのような、自意識の薄いキャラクターの演技をしていて面白い。非常に「鈍い」印象のキャラで、目の前でちっと気をつけねばならないことが起きても、曖昧にスルーしてしまう。妻の失踪と捜索に関しても、妻の両親が主導してしまうので、言われるままに笑顔で看板役に。SNSに写真をシェアされてしまうシーンが印象的で、なんとも危機感が薄い。
非常に「鈍感力」が強い人であるな、という感じで、次第に故郷に帰ってきた顛末なども語られるのだが、野心もなく、財産もなく全ては妻の名義。死んだ母と施設に入った父を背負いつつも、不満を抱くでもなく茫漠と生きている。
それゆえに情緒が欠落しているだの殺人犯だの、メディアによって貼られるレッテルや色付けに如何様にも染まってしまって見える。
もちろんその中にも、若い子とエッチしたい自意識が詰まっているわけだが、残念ながら「主人公」らしい行動力としては全然発揮されないのである。
結婚生活の中では、その鈍感さは憎しみの対象である。わたしの不満が伝わっていない、理解しようともしない、わかっていないから行動を起こすはずもない。その癖、自分の家庭の事情など、自分の都合はどんどん押しつけて恥じない。わたしはこんなに我慢しているのに……! さらに金もなく生活力もなく男としての魅力も失われ……!
えーっと、何て言うかすいません、ほんとに……。こうして夫婦という迷宮の中では、知らぬ間に恐るべき怪物がどんどん育っているのである。全ては小さなことの積み重ねなのだ。
しかしながら、そうして不満を貯めてどんどんギスギスしてきた人に、いちいち反応していては、あっという間に喧嘩になってしまうのである。言われもしない不満に敏感になって過剰に反応していては、どんどん悪循環を起こして抜き差しならぬ展開になってしまう。長く関係を維持するコツもまた、この「鈍感力」にあるのだ。
ある意味、このお話はこの「鈍感力」に対する妻の挑戦とも取れる。この世の何事にも向き合わない流されるばかりで自意識のない男(かつてはそうではなかったはずなのに……!)を抜き差しならぬ状況、破滅の瀬戸際まで追い込むこと。ロザムンド・パイクの能面のような顔は全てを手玉に取っているようでいて、その裏では呪詛、怒り、憎しみ、そして哀しみが荒れ狂っている。どうして自分は幸せになれないのか、あの自分がモデルの絵本のように……!
作中のエイミーの日記は「信用できない語り手」によるトリックなのだが、冒頭の「パーフェクト・エイミー」の結婚式への所感としてファッキンファッキンうるさい辺り、図らずも本音が出てしまったようで面白い。小説の書き始めから筆が滑り、いきなりテーマを書いてしまったようなうっかり感が溢れている。
その日記のように、冷静に振り返れば怪物の育つ過程は夫にも見えていたはずである。だが、それをスルーし続けたのが、良くも悪くも鈍感力……。
これでもかこれでもか、と追い込まれ、ついに夫も目覚めざるを得なくなる。このままでは社会的に葬られてしまう。後半は失踪した妻の視点が加わり、その目覚めへの過程がマスコミを通じて伝えられる。若い愛人の存在に自分のことを棚に上げて激怒し、演説に感動したと後に語る。しかし、弁護士の助言を振り切っての夫のかっこいいはずの演説シーンは、映像では見せられない。
一方で、完璧な計画のもとに自ら失踪したはずの妻は、外では不審人物丸出しで大チョンボを犯した挙句、チンピラには有り金を巻き上げられて、簡単に手玉に取られるダセえカモ扱い。夫婦関係が育て、夫婦関係の中でしか恐ろしくない怪物であることが暴露される。ここらへん、『サイド・エフェクト』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130910/1378816394)なんかとも違うところだな。
今年は『荒野はつらいよ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20141102/1414930770)でもいい味を出していたニール・パトリック・ハリスが、ストーカーの富豪役としてエイミーに助けを求められる。このキャラは、女の一挙手一投足に目を光らせる、さしずめ「敏感力」の象徴的存在。束縛し、所有することが習い性になっている、ベン・アフレック夫とはまったく異質のキャラクター。そしてついにはエイミーは利用するだけのつもりだったこの男を持て余し、「鈍感力」からの脱却を見せた夫のもとへと帰ることを選択する。
「以前のあなたに戻ったから」と彼女は言うが、半ば以上は必要に迫られてのことだろう。外界では必死にならざるを得ず、もはや彼女は夫婦関係の外では生きられない。ここらへんの彼女のドタバタぶりは、『アイズ・ワイド・シャット』などを連想させた。
キャラクターがリアルかというと、別にそんなことはなく、夫婦関係というキーワードがまずお話の骨子として先にあり、夫も妻もそれに合わせて設定された人格という印象。今時、こんな結婚生活のことにしか関心ないキャラを設定するあたり、ある意味、実に「ミステリ小説」らしい。エイミーは普遍的な「妻」像であると同時に、『セブン』のジョン・ドゥ、『ファイト・クラブ』のタイラー・ダーデンと並んで語られるべき戯画的なキャラクターでもある。「夫婦関係」「キリスト教の罪と罰」「消費社会」に包括された存在でもあるあたりも、似ていますね。繊細な情念の話なのに、奇妙にロジカルで大げさ。
真実とは程遠い、マスコミを利用して演出された夫婦関係に、二人は戻る。鈍感力を失ってしまった夫は妻の正体を知り、憎みながらそれでも結婚を維持することを選択せざるを得ない。いや、かくもおぞましい内実があるにも関わらず「結婚」も「夫婦」も、社会的には祝福されるべき素晴らしいものであり、それを破壊するものは断罪されるしかないのだ。仮面を被ってでも永続させねばならないもの、必ず良きもの美しいものとされねばならないもの。それが「結婚」だ。それを完遂することで、エイミーは「アメージング・エイミー」に一歩近づくのである。生まれた時からそのゲームを生き続けているエイミーは、あまりにそれに無自覚な夫の「鈍感力」を打ち砕き、ようやくゲームのキャストとして参加させることに成功した。
怪物エイミーも永遠ではなく、いつかはガンでくたばる。そしていずれはこの夫も、クソアマめがと呟く老人になり、施設に入るのだろう。愛もなく枷としてだけ作られた子は、やはり完璧さを期待され、妄執を溜め込んでいくのだろう。それこそが「結婚」というものであり、幾度も繰り返されてきたことであり、人のありふれた行く末なのである。
それが嫌なら……少しでも違う結果になることを、日々模索し続けるしかない。あるいは……もっともっと鈍感になるか……!?
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