「専門家に資料を学ぶ」(数学)の研修報告について

増田一男

 平成26年10月9日に、「専門家に資料を学ぶ」というテーマで先生をお招きし、おはなしをしていただきました。「専門家に資料を学ぶ」研修は、今回で五回目となります。神奈川県立川崎図書館は、理工学専門の図書館ですので、どのような資料を収集すべきなのかを、随時、専門家の方からお話を伺っています。過去には、建築、古生物、電気工学、天文などの分野を取り上げています。今回おはなしをされた増田一男先生は東京工業大学で教鞭をとっておられました。ご専門は、数学の中でも、幾何のトポロジーという分野です。増田先生には所蔵資料をご覧いただいたうえで、蔵書を充実させる方法、資料の活用方法などのアドバイスや評価をいただきました。

 特に私が印象に残っているのは、辞典についてのお話です。辞典は最初に調べるためのものだと思っていましたが、数学の辞典は膨大な情報を圧縮して数行に収めているので、ほんとうに理解するのはとても難しいということです。また「岩波数学辞典」の初版と4版を比べると、4版のページがかなり増えていますので、その厚み分の学問の進歩が実感できるそうです。

 ほかにも、基礎講座などの叢書がまとめて並んでいると数学という学問の全体像がつかみやすいとか、フラクタルの図形が多く出ているような本は一般の方の関心をひきやすいのではといった、書架での見せ方のアドバイスをいただきました。また、微分・積分、線型代数などの分野は、数学以外の分野を学んでいる方にも比較的よく使われるのでは、ただ、教科書的な内容も多いのであまり重複しないように「まえがき」などで確認すると良い、など本を選ぶうえでの留意点も教えていただきました。

 増田先生はガウスの伝記を手に取って「数学者のなかでは王様みたいな人」とおっしゃいました。ガウスは学生のころ、多くの分野で才能を示していましたが、それまでの数学者が思いつかなかった正17角形の作図の仕方を発見し、数学者の道を歩んでいくことを決めたそうです。

 そのような天才ガウスという人間を、ほんの少しばかり覗きこんでみたいという好奇心が芽生え、私は「ガウスの生涯」という本を開いてみることにしました。ガウスが、他の数学仲間と集っている姿を、皆が目にできることはあまりなかったようです。しかし、彼は、己の数学に邁進することにのみ、無上の喜びを感じていたわけではありませんでした。彼は、特に、早逝した最初の妻ヨハンナを、ことのほか愛したようです。ヨハンナについて細やかに描写した、知人あての手紙や、ヨハンナにあてた手紙を読んでみると、ガウスは、砂を噛むような味気ない人間性の持ち主では決してなく、むしろ熱い血の通った情感豊かな人間であることがわかります。若きころから天才の名をほしいままにしたガウスではありましたが、私生活では、最愛の若い妻や我が子の急死など、平坦な人生とは言い難いものがあります。敬遠されがちな天才数学者の心の奥底のやわらかい部分に、ふと触れる機会を得て、本とは出会いの一つなのだと私は感じました。

 増田先生は、数学を通じて、本と出会う喜びを、あらためて私たちに気づかせてくださったような気が致します。先生からは、当館には専門書が充実しているという評価もいただきました。神奈川県立川崎図書館にて、さまざまな本との出会いを体験していただければ嬉しく思います。皆様の一期一会を、私どもも精一杯お手伝いさせていただければ幸いです。

過去に県立川崎図書館で行われた「専門家に資料を学ぶ」はこちら
「専門家に資料を学ぶ 天体☆」研修報告2014年2月
「専門家に資料を学ぶ」研修報告~生活家電の巻~2012年12月

(神奈川県立川崎図書館:秋の夕暮れ)