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【東京】

東京2014<2>「アンネの日記」損壊事件 知る権利 守った図書館

「アンネの日記」が破られた事件の後、被害に遭った図書館には全国から善意の本が届けられた=4月、杉並区立中央図書館で

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 複数のページが、ためらいなく一気に引き裂かれていた。「悪質ないたずら」のひと言で片付けられない気味悪さを感じた。

 「アンネの日記」など、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)関連本が都内などの図書館で相次いで破られた事件は、海外メディアも相次いで報道した。在日本イスラエル大使館など、ユダヤ関係者を中心に国内外から不安の声が出た。

 「どうしてこのようなことが起こるのか」。アンネ・フランクのいとこ、バディー・エリアスさん(スイス在住)から事件直後、このような悲しみのメールが、アンネの父親からの寄贈品などを展示しているホロコースト記念館(広島県福山市)の大塚信館長(65)に届いたという。「このニュースは世界に動揺と不安をもたらした」と大塚館長は振り返る。

 結果的に、逮捕された容疑者に政治的、思想的背景はなかったとみられ、事件は決着した。だが、ほかの誰か(何か)ではなく、アンネを標的に選んだ容疑者の「背後」に、何があったのだろうか。

 インターネット上などにあふれるホロコースト否定論。ヘイトスピーチ(憎悪表現)。二〇一五年の戦後七十年を前に、日本に、東京にただよう空気と、今回の事件とは本当に無関係なのだろうか。「『過去に目を閉ざす者は未来にも目を閉ざす』と言われているが、風化しつつある歴史の事実を見つめなおす機会を、この事件は与えてくれた」と大塚館長は話す。

 区内三館で計四十二冊が被害に遭った新宿。区立中央図書館(同区大久保)の藤牧功太郎館長(55)に今月、あらためて事件についてコメントを求めたところ、こう振り返った。

 「図書資料そのものに危害を加えるのは許せない。表現の自由と市民の知る権利を保障する公立図書館の使命を、あらためて強く感じた。こうした事件が二度と起こらないように守っていきたい」

 新宿区立図書館では事件後、「アンネ」関連本を閉架などにせず、あえて目立つところに関連コーナーを設けて、図書の安全と、閲覧者の便宜を両立させようとした。他の多くの図書館も同様に、被害を恐れず、利用者の自由に閲覧できる工夫を続けた。

 私たちが日々、何げなく通う図書館の人々が、憲法が保障する表現の自由と知る権利を守る使命を担い、それを強く誇りに思っている。それを感じたのが、この事件で唯一、そして最もうれしいことだった。 (榎本哲也、横井武昭)

 <「アンネの日記」損壊事件> 都内や横浜市の公立図書館で「アンネの日記」や関連本が破られているのが相次いで見つかっていたことが2月、明らかになった。警視庁などによると、都内では少なくとも、杉並、中野、練馬、新宿、豊島の5区と武蔵野、東久留米、西東京の3市の計38図書館で計300冊以上が破られていた。

 警視庁は3月7日、池袋の書店内に無断でビラを張ったとして、建造物侵入容疑で小平市の男(36)を逮捕。2つの図書館で計約40冊を破った器物損壊容疑などでも逮捕した。東京地検は6月20日、男を不起訴処分にした。精神鑑定の結果、事件当時は心神喪失状態で、刑事責任を問えないと判断。差別的な思想による犯行とは認められなかったとしている。

 

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