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前回は「今年面白かった本」として歴史家レザー・アスランの『イエス・キリストは実在したのか?』を紹介したが、今回は鈴木大介氏の『最貧困女子』(幻冬舎新書)と中村敦彦氏の『日本の風俗嬢』(新潮新書)を題材に現代日本の貧困について考えてみたい。
[参考記事]
●イエス・キリストは実在したのか?
「プア充」たちの実態
「貧困」を私なりに定義すると、次のようになる。
ひとは人的資本、金融資本、社会資本から“富”を得ている。人的資本は働いてお金を稼ぐ能力、金融資本は(不動産を含めた)財産、社会資本は家族や友だちのネットワークだ。この3つの資本の合計が一定値を超えていれば、ひとは自分を「貧困」とは意識しない。
その典型が『最貧困女子』のなかで「プア充」と紹介されている地方の若者たちだ。彼らの年収は100万~150万円で貧困ラインを大きく下回るが、日々の生活は充実している。
本書に出てくる28歳の女性は、故障寸前の軽自動車でロードサイドの大型店を回り、新品同様の中古ブランド服を買い、モールやホムセン(ホームセンター)のフードコートで友だちとお茶し、100円ショップの惣菜で「ワンコイン(100円)飯」をつくる。肉が食べたくなれば公園でBBQ(バーベキュー)セットを借り、肉屋で働いている高校の友人にカルビ2キロを用意してもらい、イツメン(いつものメンバー)で1人頭1000円のBBQパーティをするのだという。
家賃は月額3万円のワンルーム(トイレはウォシュレットでキッチンはIH)、食費は月1万5000円程度だから、月収10万円程度のアルバイト生活でもなんとか暮らしていける。負担が重いのはガソリン代だが、休みの日はみんなでショッピングモールの駐車場に集まり、1台に乗ってガソリン代割り勘で行きたいところを回る。宮藤官九郎の「木更津キャッツアイ」で描かれた世界そのままで、彼ら彼女たちの生活は友だち同士の支えあいによって成立している。
誰もが同じような経済状況で貧富の格差がほとんどないから、「生活がキツい」と感じることはあっても自分が「貧しい」とは思わない。不幸や貧困は相対的なものだから、客観的な基準ではプアでも主観的には充実しているひとたちがいることは不思議でもなんでもない。
ちなみに彼らは将来についても現実的で、「さっさと彼氏と共稼ぎになったほうが生活も人生も充実」するから早婚が当然で、「(この辺では)女は30代になっても賃金上がらないし、むしろ年食うほどマトモな仕事がなくなる」から、金はなくても体力がある20代で第一子を産んで、30歳になるまでに「気合で」子どもを小学校に上げるのだという。
乏しい資本を社会資本(人的ネットワーク)で補うのは、東南アジアなど貧しい国ではごく当たり前のことだ。そこに日本的な特徴があるとすれば、フィリピンなどでは家族のつながり(血縁)が大切にされるのに対し、地方のマイルドヤンキーたちは「友だち」を社会資本にしていることだろう。
日本における「友だち」とは、たまたま同じクラスになったという偶然から生まれる人間関係のことだ。そこには厳密なルールがあり、同じ学校でも学年がちがえば「友だち」にはならないし(先輩、後輩と呼ばれる)、中学の「友だち」と高校の「友だち」は混じりあわない。同級生からなる5~6人の「イツメン」を強固な核とし、同い年の仲間が30人くらいいて、先輩や後輩を合わせれば100人程度の集団を形成するのが地方の若者たちの友だちネットワークだ。
プア充は地元愛にあふれ友だちを大切にするが、彼らが人的資本や金融資本をほとんど持たず、「資本」が人的ネットワーク(社会資本)に大きく偏っていることを考えればこれは当然のことだ。
若い女性と貧困
バイトや非正規で貯金がなくても、分厚い社会資本を持っていればけっこう充実した人生が送れる。これは素晴らしいことだが、ここで問題になるのは、誰もが「友だちの輪」に入れるわけではないことだ。
友だちグループというのは、「俺らに合う」奴を仲間とし、「ウザい」奴を排除することで成立する集団だ。これはあらゆる共同体(コミュニティ)に共通する法則で、参加資格に(しばしば暗黙の)高いハードルがあるからこそ内部の結束は高まるのだ。
しかし先に述べたように、「友だち」はきわめて特殊な人間関係だ。身近に自分の親友になり得る相手がいたとしても、学校や学年がちがえば「友だち」にはなれない。これほど条件が厳しければ、どの友だちグループにも所属できない層が一定数生まれるのは必然だ。
いったん友だちネットワークから排除されてしまうと、地元にいても面白くない。こうして学校を卒業すると(あるいは中退して)東京や大阪などの大都市を目指すのだが、そのときじゅうぶんな人的資本か金融資本を持っていないと、(社会資本は地元に捨ててきたのだから)すべてをかき集めてもほとんど「資本」を持たない状態になってしまう。これが「貧困」だ。
これまで経済大国・日本では、若い女性は貧困とは無縁だと考えられてきた。「若い」というだけで社会的価値があり、それを利用して金銭を獲得できるからだ。いわゆる「水商売」や「風俗」のことだが、中村敦彦氏は『日本の風俗嬢』で、2000年あたりを境に風俗の世界に大きな地殻変動が起きたという。
ひとつは少子高齢化と価値観の多様化(草食化)によって風俗の市場が縮小したこと、もうひとつは女性の側に「身体を売る」ことへの抵抗がなくなって風俗嬢志望者が激増したこと。需要が減って供給が増えたのだから、当然、価格は下落する。これが「セックスのデフレ化」で、かつては月100万円稼ぐ風俗嬢は珍しくなかったが、いまでは指名が殺到する一部の風俗嬢の話でしかなく、地方の風俗店では週4日出勤しても月額20万円程度と、コンビニや居酒屋の店員、介護職員などとほとんど変わらないという。
貧困線上にある若い女性にとってさらに深刻なのは、景気の悪化によって風俗業界が新規採用を抑制するようになったことだ。そのため現在では、10人の求人のうち採用されるのはせいぜい3~4人という状況になっている。日本社会は(おそらく)人類史上はじめて、若い女性が身体を売りたくても売れない時代を迎えたのだ。
このようにして、金融資本と社会資本をほとんど持たずに地方から都会にやってきた若い女性のなかに、唯一の人的資本であるセックスすらマネタイズできない層が現われた。彼女たちは最底辺の風俗業者にすら相手にされないので、インターネットなどを使って自力で相手を探すか、路上に立つしかない。それでもじゅうぶんな稼ぎにはほど遠く、家賃滞納でアパートを追い出され、ネットカフェで寝泊りするようになる――すなわち「最貧困女子」の誕生だ。
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