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日刊ファースト 作者:ファースト

クリスマス特別SS(神眼の勇者編)

「お、丸太ケーキ」

 俺、丸田 マコトは“丸太ケーキ”こと『ビュッシュ・ド・ノエル』に視線が吸い込まれた。
 迷宮都市ラナの商店街を歩いていたのだが、ケーキ屋の店先に丸太ケーキ(ビュッシュ・ド・ノエル)が展示販売されていたのだ。
 ビュッシュ・ド・ノエルとは、丸太、あるいは薪っぽい形状のケーキである。
 ノエルがフランス語でクリスマスの意味らしく、クリスマスケーキとして、地球では良く食べられている。
 俺も、地球にいるときは、よく、この丸太ケーキ(ビュッシュ・ド・ノエル)をクリスマスに食べていた。
 ケーキの中では、ネタとしても面白い丸太ケーキ(ビュッシュ・ド・ノエル)が好きだったのだ。

 …………。

 俺って、地球にいた時から、丸太となにがしらの因縁があったことに気付き始めていた。
 この異世界に来て、丸太を武器にして戦っていくうちに、気付き始めたのだ。
 地球にいる時は、特に意識してなかったのだが。

 ――いまごろ、まる子はどうしているかな。

 丸太の精霊マル子ではなく、地球にいる妹――愛称・まる子――を、俺は思い出していた。
 去年のクリスマスも、妹(まる子)と一緒にケーキを家で食べた。
 そう、丸太ケーキ(ビュッシュ・ド・ノエル)を。

   ◆◆◆

「お兄ちゃん。はい、あ~~ん」

 まる子が、まだ誰も口にしていない丸太ケーキ(ビュッシュ・ド・ノエル)の一部をフォークに突き差して、俺の口元に運んできた。
 しかも、天使のような笑顔で。

「…………なんのつもりだ」

 俺は警戒した。
 俺とまる子は、普通の兄妹。
 クリスマスケーキを『はい、あ~~ん』するような、特殊事情のありそうな兄妹ではない。

「やだなぁ、警戒しないでよお兄ちゃん。ただのスキンシップ♪ スキンシップ♪」
「お前が俺に甘えるとき、なにか下心があるに決まっている」
「テヘー☆」

 テヘペロすんな。

「で?」
「いやぁ、今月、お小遣いピンチでさぁ。お兄ちゃん“援助”してくれない? いまなら、500円以上の“援助”で可愛い妹がぁ」

 まる子が、しなをつくりながら俺に近づき、耳元で
「特別な――サービス――してあ・げ・る」
「アホか」

 妹の言うサービスとは、肩もみやマッサージである。
 誤解しないように。

 しかし、援助金は五百円でいいのか。

 安い女だ。
 まぁ、しょせんは小学生だしな。

「千円以上の“援助”で、ミニスカ☆サンタのコスプレして、サービスしてあげるよ! コスプレサービスだよ☆」

 妹のコスプレ姿など、別に見たくねーよ。

「ヤレヤレ……仕方ない奴だぜ。お小遣いは計画的につかえよな」

 ヤレヤレ系主人公のように呆れつつ、俺はポケットから財布を取り出す。
 まったく……つくづく、俺って妹に甘いぜ。
 財布から取り出した硬貨を一枚、明後日あさっての方向に向け、親指で弾く

「ホレ」
「ゲッツっ!!!」

 猫以上の素早さで動き、ジャンプしつつ空中で硬貨を手に掴む(キャッチする)まる子。
 あいかわらず運動神経がずば抜けて良すぎる奴だ。

 空中一回転して、華麗に着地を決めた妹が、ニコニコ微笑み、
「お兄ちゃん♪ ありがとう♪ 愛してるよ❤ 世界で一番大好きなお兄ちゃ――…………って、これ、五十円玉じゃない! この甲斐性無し! 駄目兄貴っ!!!」
「金を恵んでやって、なぜ、罵倒されなきゃいかんのだ。いらないなら返せよ50円」
「いらないとは言ってないです」

 俺が恵んでやった50円硬貨をポケットにしまいこむ、まる子。

「はぁ。ヤレヤレ……甲斐性無しの駄目なお兄ちゃんに期待したアタシが馬鹿だったよ」

 首を横にふって呆れるまる子。
 く、口が減らない妹だなぁ。

 自分の席に戻ったまる子は――超凄い速度で丸太ケーキ(ビュッシュ・ド・ノエル)を食べ始めた。
 みるみる消えていく。

 って、俺の分は!?
 ちょ、おま……全部食べる気ぃ!?

 俺が呆気にとられているあいだにも、凄まじい速度でケーキがまる子の胃に消えていった。

 最後に一口分だけ残ったケーキの欠片を、まる子はフォークに突きさし――

「お兄ちゃん。はい、あ~~ん」
「…………」
「最後の一口は、お兄ちゃんの為に残しておいたよ☆」
「ま、まる子」
「はい、あ~~~~~ん♪」
「あ、あ~~~ん…………って、誤魔化されるかぁっ!」

 最後の一口『しか』、俺は食べられないじゃないかっ!

「お、お兄ちゃん、そんな怒らないでよ。す、スマイル、スマイル♪」
「…………」
「ほ、ほら笑って。こ、こんなふうにさぁ――に、ニコニコ(*^。^*)ニパァ☆」
「……………………」

 俺は、まる子を許してやる気にはなれなかった。
 食い物の恨みは恐ろしいのだ。
 特に、楽しみにしていた丸太ケーキ(ビュッシュ・ド・ノエル)だけに。

「まる子……覚悟はいいな」
「ヒ!? や、やめ――」

 俺は、体格差を生かし、まる子を上から押しつぶすように抑え込んだ。
 足をバタつかせて嫌がる小学生の妹の上に乗る高校生の兄貴――
 非常にヤバイ絵のような気はするが、気にしてはいけない。
 俺は――まる子の華奢な腰に手を伸ばす。

 そして――

「死ぬ! 死んじゃう! ホント死ぬ! 駄目……駄目ぇっ! おかしくなる! おかしくなっちゃうっ!」
「うるさい! 狂わしてやるっ」

 俺は攻めの手を緩まなかった。
 このまま、妹が“狂う”まで攻め続けるつもりだった。

 脇腹へのコチョコチョ攻撃――くすぐり攻めで。

「キャハハハハ!」
「オラオラオラオラァ!」
「ちょ、まじでもう……ウヒッ!? ウヒハハハハアッハハアハハハハっ!!!」
「君が泣くまで、くすぐるのをやめないっ!」
「泣いてるっ! もうあたし、泣いてるからぁ! ウヒ……ヒャヒィハハハハアっ!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァ!!!!」
「ほ、ほんと、もう駄目、だめぇ――ラメェェェェェェェェっ!!!!」

 口から涎を流しながら、ビクンビクンと身体を痙攣させた妹を、やっと解放してやった。

   ◆◆◆

 ――展示販売されていた丸太ケーキ(ビュッシュ・ド・ノエル)を眺めつつ、地球に残した妹との、最後のクリスマスの日における思い出に浸る俺。

 …………うん。

 なんか、ロクな思い出じゃなかった。
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