クリスマス特別SS(ぼっち転生記)
城塞都市カレ
貧民街の片隅にあるボロボロの小屋。
特に気温が下がり、雪の降り積もっている冬の12月25日。
「ハンナ、寒いか?」
貧民街に住む貧しい兄妹の兄、テオはやせ細った妹ハンナの気遣った。
枯れ木のように細い妹の手足を、手で擦って温めようと健気に努力していた。
8歳にすぎないハンナは、年齢が二つ上の兄であるテオに
「寒いのは……大丈夫。慣れている……から」
と、弱弱しくも笑顔を見せた。
兄に心配をかけたくないのだ。
その時――
グギュルルルルゥ。
ハンナのお腹が空腹のあまり、激しくなりだした。
手足は細いのに、腹だけは餓鬼のよう膨らみかけている腹が、昨日から、何も食べていないことにより、鳴ってしまったのだ。
「ま、まってろハンナ。水を盗……汲んでくるから」
ハンナと同じぐらいやせ細っているテオが、そう約束した。
貧民街では、なにが混ざっているかわからない汚れた水をコップ一杯持ってくることさえ、困難だ。
健康を害しそうな汚水でさえ、タダではなかった。
金のまったくないテオでは、盗んでくるしかない。
盗みは重罪であり、たとえ、銅貨1枚程度の価値しかない汚水ですら、捕まれば、両手を切り落とされる可能性はあったが。
「お兄ちゃ……ん」
「ハンナ?」
「パンの人……また……きてくれないかな」
「うん……きて、欲しいね」
「パンの人が配ってくれたパン――とっても美味しかった。甘い……餡がたくさんつまっていたりもして……」
「あんなに美味しいパン、生まれて初めてだったなぁ」
「エヘヘ……あたし、も」
テオ兄妹の言うパンの人とは、このスラムで定期的に”施し”を行っている”中年男”のことだ。
見た目はとんでもなく凶悪な男だった。
豚人と食人鬼を足して2で割ったような超・極悪面をし、腹の出たメタボリックな中年男でもある。
一銭の得にもならないのに、貧民街でパンを無料配布する奇特な人間でもあった。
子供たちから、親しみを込めパンの人などと呼ばれたりしていた。
また、いつのころから、貧民街の子供たちは、中年男をこう呼ぶようにもなっていた
――アッシュパンマンと。
「お、おいテオ! 早く広場に来い!」
ボロボロのドアがやや乱暴に開けられた。
この貧民街に住む子供たちにはいくつかグループに分かれている。
そのうちの一つのリーダー格であるトマスだ。
ボロイ服を着た痩せ形のトマスが興奮した顔で早口に喋った。
「パンのおじさん――アッシュパンマンが、広場に来てくれているぞっ!」
「「えっ!?」」
テオとハンナの目が、この数日ではじめて輝く。
「パン……また美味しいパン、配ってくれているの?」
弾んだハンナの声に、トマスは久しぶりに子供らしい笑顔を見せ、
「それも今日は、ただのパンじゃないみたいだ。なんだか特別な日だからって、ケーキを――すっごく甘くてめちゃくちゃ美味しい”パンケーキ”を配ってくれている!」
「「ケーキっ!?」」
テオとハンナの声が重なった。
二人ともビックリしていた。
ケーキなど、生まれたから一口も食べたことが無い。
パンケーキあるいはホットケーキにせよ、同様であった。
「砂糖や蜂蜜がたっぷりつかわれた、栄養満点でメチャクチャ美味いらしいぞっ! お前達も早く広場に来いよっ」
「お、お兄ちゃん」
「うん、ハンナッ!」
テオは、栄養不足でよろけるハンナの手を握ってあげながら、広場に向かった――
◆◆◆
「アッシュ君のパンだから、アッシュパンなのっ!」
魔道具《変化の短杖》で中年男に変身中であるアッシュの肩に止まりながら、風精霊シィルがはしゃいでいた。
アッシュは、忙しく働いていた。
最近購入した、魔道具《パン工房》の店内で。
普段はミニチュアサイズだが、必要に応じ、大きさを変えられる工房系携帯魔道具の一種だ。
貧民街の広場にて、魔道具《パン工房》により、一時的にパン工房(工場)を建てていた。
「アン子さん、新しいパンケーキが焼けたぞ。小さい子や栄養不足の子を優先して配ってくれ」
「はい、ご主人様――い、いえ、アッシュラ・ザ・マン」
獣人美少女アンジェラは、アン子との偽名で、アッシュの助手を行っていた。
中年男に変身中であるアッシュもまた、偽名アッシュラ・ザ・マンを名乗っていた。
アッシュラ・ザ・マン(アッシュ)は、まるで手が6本あるかのように、次々と手際よくパン(パンケーキ)を作っていく。
パンのキジをこねるさい、太陽の精霊をその手に宿らせることで、非常に美味しく香ばしいパンにもなっていた。
太陽の精霊を手に宿らせると、パンの調理時に、手の中で生地の発酵が進みやすいというメリットもあるのだ。
まさに、太陽の手である。
「焼き立て!! アッシュパンなのっ☆」
◆◆◆
アッシュは、『アンパンマン』が大好きだった。
愛と勇気だけがともだちであるところなど、シンパシーを感じまくりだ。
三代目アンパンマンに、地球での幼少時代は強く憧れていた。
大人になり、初代や二代目のことを知ったときは、また、涙した。
そんなアッシュは、ほうぼうの町のスラム街でパンを配ったりする慈善事業を秘かに行っていた。
アッシュ自身は
「俺が作るパンの実験台にしているだけだ」
と、うそぶくが。
また、素顔や本名で慈善的活動を行うのが照れくさいのか、変身し、偽名をつかってもいた。
地球ではクリスマスである12月25日。
異世界のある貧民街の一部地域では。
とても”優しい日”になっていた――
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