松本清張二夜連続ドラマスペシャル「坂道の家」 2014.12.06


(男性)よいしょ!
(杉田りえ子)お母さん!お母さん助けて!
(杉田鷹子)どうしたの?りえ子。
りえちゃん…。
こっちこっち!早く来て!
(鷹子)りえちゃん…。

(鷹子)待って…。
(鷹子)りえ子待って!待って!りえ子。
ああっ!
(鷹子の悲鳴)
(カラスの鳴き声)
(カラスの鳴き声)
(店員)なんと4万8000円です。
ありがとうございました。
(澄元三郎)おおきに。
組合費をきちんきちんと払うてくれるのは吉さんだけや。
吉さん俺たちの時代はもう終わりや。
問屋の残り物を丸々仕入れて大安売りで客を集めるという芸当は大型店にしか出来へんさかいにな。
シーツ500円パイプ枕を100円で売られたら俺たち小売はもうお手上げや。
(寺島吉太郎)おい!さっさと表に出て客引きでもしなさい。
ネットで客が呼べるんなら苦労ないんだから!
(高橋伴子)はーい…。
(澄元)まあまあ吉さん。
この不景気に婚礼セールってな事をやってるのは吉さんとこだけや。
地縁血縁人間関係を大事にしてきたからこそ出来る芸当や。
「親から子に、子から孫に寝具が愛と夢を育てる!」か。
寺島寝具店の20年後はわからんけどまず10年は安泰や。
うん。
フフフ…。
(ドアチャイム)いらっしゃい。
いらっしゃいませ。
(澄元)いらっしゃい。

(伴子)いらっしゃいませ。
何かお探しですか?はい…。
この値段は今日だけですか?はい本日限りです。
ちょっと失礼。
今手持ちがないんですけど…。
あっ…。
社長このシーツ割引期間って今日までですよね?いいんですよ今度で。
いいんですか?ええもちろんです。
ご近所の方ですよね?ええ駅前通りを抜けた青葉タウンの杉田です。
ああ杉田さんですか。
お勘定は都合のよろしい時で結構ですから。
本当ですか?ご近所ですから。
うれしい。
(寺島ミツ)いらっしゃい。
あら!澄元さんいらっしゃい!
(澄元)奥さんいつもお元気で。
夜の街にでも繰り出すと思ったらどうも彼の頭の中は商売の事ばっかりで。
家にいても仕事の話ばっかりでもう息が詰まっちゃう。
ハハハハハッ…!お金はなるべく早く持ってきます。
あっはい…。
(ミツ)そうそうキュウリの浅漬け食べてってもらわなくちゃ!熱っ!熱いな…。
(ドアチャイム)お先でした!よいしょ…。
ちょっと出てくる。
大事な用事を思い出した。
綿の打ち直しの客が1人来るから話聞いといてくれ。
ごはんは?いい。
(ノック)はーい!あっ…。
あっごめんなさい。
明日にはお店に伺おうと思って。
いえいえ違うんです。
近所まで来たついでにちょっと寄っただけで。
あっ!あのシーツあなたにサービスしておきます。
いやそれじゃあんまり…。
いやいいんです。
これからご贔屓願えるんだったらシーツの1枚ぐらいは…。
はいそれじゃ…。
お入りになりませんか?せっかくいらしたんですから。
えっ…いいんですか?どうぞ。
それじゃ…。
お茶いれますね。
いやかっ…帰ります!いや…。
これ…これあなたにプレゼントします。
遠慮なく使ってください。
私理容師なんです。
ホテルのお店で働いてます。
よかったらいらしてください。
そしたらお返しはうんとサービスしますから。
あっちょっと待ってください。
ホテルの理容室…。
よろしくお願いします。
どうもすいません。
失礼しました。

(ホイッスル)
(ホイッスル)
(久保田)先輩!30ヤード独走でしたね。
さすがOB会の出世頭。
(川添直樹)もう息切れだよ。
いやいや…学部長親子もぞっこんの先輩ですから。
向かうところ敵なしでしょう。
ほらいらしてますよ。
ああ。
おーい!
(店内BGM)フッ…。
すいません。
あの子上客には胸ボタン2つ開けるんだそうだよ。
(男性)ボタン1つでチップが2000円。
2つだと5000円だそうだ。
(男性)俺が知ってるだけでも20人ぐらいにボタン開けてるよ。
(男性)その中にあんたも入ってるんだろ?すいませんおかわりを。
(店員)同じので?同じやつ…。
いついらしてくれるかわからないからあのメモずっとポケットに入れてたんです。
そうだったんだ…。
それよりチップもらっちゃってごめんなさい。
いや…。
あれ私が考えたんです。
えっ?1つ外せば2000円のチップって。
結構な収入になるんです。
あっ…。
(店員)はい同じのです。
これ今日の分。
私ねお金をためて自分の店が持ちたいんです。
あっごめんなさい。
杉田さん…ご出身は?上越の糸魚川です。
ご両親は?2人とも亡くなりました。
私独りぼっちなんです。
ここで寝ますか?ここで…。
はいはい…階段ありますから。
気を付けて。
よいしょ…もうちょっとだもうちょっと。
鍵ありますか?鍵…。
鍵ここの中にね入って…。
えーと鍵はどれだ…?足気を付けてくださいね。
はい。
あっ電気電気…!電気わかりますか?電気こっち…。
ここに…。
はい。
はいはーい…。
大丈夫ですか?よいしょ…。
あっ!痛い。
ああ!ごめんなさい…!よいしょ!はい起き上がって!ベッドのところまで連れていきますから。
ベッドへね。
よいしょ!今ね水を…水持ってきます。
はい水ですよ。
これ飲めば…。
しっかりしてください。
杉田さん杉田さん…。
ああっ!ごめんなさい。
水引っかかっちゃった。
すいませんすいません。
ぬれちゃった。
ごめんなさい。
ああごめんなさい…。
すいませんすいません。
ごめんなさい…。
ごめんなさい…。
うん?
(いびき)失礼します。
お願いします。
はいすいません。
じゃあ3000円になりますね。
(店主)りえちゃん!はーい。
ほらあそこでたばこ吸ってる人結構手広く飲食店を経営してる人なんだ。
りえちゃんにたくさんチップをあげたいんだって。
え?さっきカットしてる時に頑張り屋のりえちゃんの話になっていつか自分の店を持つのが夢だって言ったらいたく感心したみたいで。
ああ…。
どういう事かわかるだろ?どうするかは自分で決めなさい。
私お金が必要なんです。
君に頼まれてたホテルの理容室の件だけど…。
来月から来てくれって。
本当?うれしい。
あそこは金持ちしか来ないからせいぜい稼ぐといい。
はい。
今日は箱根でも行くか。
はい。
男をその場限りで使い捨てにしてきた
避難所に身を寄せる小舟のように…
私はきっとこの寺島という男を傷つける
うわっ!フフフ…。
フフフ…。
(ミツ)伴ちゃん水まいて掃かなきゃ。
布団がほこりかぶるでしょ。
そんな事もわかんないの?
(伴子)すいません。
(ミツ)おかえりなさい。
(ドアチャイム)でどうでした?うんほら…。
川端さんに頼まれてる綿の打ち直し出来上がったかどうか確認してくれ。
工場には先々月から支払ってないんですよ。
申し訳なくて電話なんか出来ませんよ。
それはそれこれはこれだろ。
何言ってるんですか!駅前通りの大型店羽毛布団3000円で売ってるんですよ。
同じものをうちは9000円。
月に何度も散髪に行ってる暇があったらそういう事ぐらいちゃんとリサーチしてもらわないと!うちはなあんなポリエステル使った羽毛なんかは売っちゃいないんだよ!あんな見てくれだけの店と一緒にするな!
(ドアチャイム)開店資金…。
店舗物件の保証金1650万。
内装工事費に480万。
店内装飾品に350万。
理容器具のバーバーチェアが160万。
特注のソファ180万。
シャンプー台320万。
かみそりはさみ一式…。
ルビーの指輪32万6000円。
ダイヤモンド入りの腕時計が20万7800円。
(りえ子の声)豚汁出来たよ。
ブランド物の限定品バッグ…。
えー16万8000…。
32万…理容器具…。
12万5700円…。
組合の寄り合いはいつも駅前通りなんですか?伴ちゃんがあの辺で何度もあんたを見かけてるんですよ。
誰がどうして…。
伴ちゃんのお給金の支払いだって滞ってるっていうのに。
うるさいな…。
勝手にわめけよ!俺が稼いだ金だろ!俺がどう使おうと俺の勝手なんだよ。

私は1人で20年間を生きてきた
直樹さんの新聞記事を見て真っ暗な水の中から顔を出して大きく息を吐く気分になった

直樹さんに会いたい
(川添武洋)皆さんおはようございます。
(従業員一同)おはようございます。
(川添)皆様のご尽力のおかげでね先々月先月そして今月も生産量販売業績ともに右肩上がりとなっております。
我が東新水産の缶詰は…。
お父さん格好いいね。
うん。
生産量も全国で3年連続第1位。
これからも更なる業績の向上を目指して大いなる誇りを持ってみんなで頑張っていきましょう。
じゃあ今日も一日よろしくお願いします。
(一同)お願いします。
(川添)今日も皆さんキレイだよ。
(笑い声)
子は親を選べない
母は直樹さんのお父さんとも関係を持った
母は自分の体をどうにかしてくれる男なら誰でもよかった

(窓ガラスが割れる音)お母さん。
(川添勝子)うちの人返してよ!ひどい女。
最低!最低よ!働き場所考えろ!うちの人返してよ!もう返してよ!
母とのスキャンダルが本社に知れ直樹さんのお父さんは遠い町の営業所へ送られた
あの町の一番大きな工場で一番輝いていた父親を葬った私の母を直樹さんは憎んだ

(鍵を開ける音)
(チャイム)
(竜崎明)川添君。
あっ学部長。
おはようございます。
おはよう。
君さ来月の京都の学会一緒に行ってくれないか?ああ…教授のお邪魔にならないようでしたらぜひ。
実は朝美が京都なら一緒に行きたいと言っているんだ。
しょうがないから同行させようかと思ってる。
君少しお守りしてやってくれんか?私でよろしければ。
じゃあそのつもりでいるからね。
そこで結婚式の日取りなんかも相談しよう。
はい。
失礼します。
(カラスの鳴き声)ああっ!私りえ子です。
筒石の杉田りえ子です。
新聞に出ていた顔とちょっと違う。
新聞読んでくれたんだ?いや…りえちゃん筒石の頃こんなだったから別人だよ。
直樹さん変わらない。
すぐわかった。
ごめんね。
急に来たりして。
お茶でもどう?ねえ。
ここの傷残ってる?ああ…。
オーケーいいよ!あっ…!直樹さんの顔見てビックリしちゃった。
血だらけなんだもん。
フフ…。
家に帰って親に随分しかられた。
俺さアメフトやってるんだ。
アメフト?ほらあの…ラグビーにお面かぶったようなやつ。
ああ…。
けがして引退したけどそのOBの引きで今大学の先生になった。
りえちゃんは?うん…。
ねえ見せたいものがあるの。
すぐ近くだから一緒に来て。
どうぞ。
ああ。
私理容師になったの。
ここ私のお店。
来月やっとオープン出来るの。
勤めていたホテルのお店から独立して。
へえ…!中に入ると隠れ家みたいでしょ?お客さんは今までのお得意様だけに絞って。
こういうお店ずっとやってみたかったの。
どうぞ座って。
えっ?どうぞ。
いやあ…すごいな。
この店自分で?お金ためたもの。
必死でためたもの…。
東京へ出てきて15年。
長かった…。
偉いな。
同じ東京にいてこんな事してたんだ。
偉くなんかないわ。
ねえ…襟足少し伸びてる。
えっ?切ってあげましょうか?え?切らせて。
直樹さんにこのお店の最初のお客さんになってほしかったの。
いい?うん…。
私新聞記事見て本当うれしかった。
直樹さんは忘れてたかもしれないけど私は一度も忘れた事なかった。

(時計のベル)もうこんな時間。
私行かなきゃ。
え?ごめんなさい。
今から税理士さんに会わなきゃいけないの。
時間の事すっかり忘れてた。
長い部分だけそろえておきましたから。
ああ…ありがとう。
迷惑かもしれないけど…。
また会いたい。
このままだと寂しいもの。
ね?お願い。
うん。
はあ…。
どこへ行ってた?あっ…ただいま。
また税理士と打ち合わせか?うん。
オープンまでの資金繰りはどうなってるんだ?日東銀行から融資してもらうのか?大丈夫。
心配しないで。
あなたから借りてる5000万は約束どおり少しずつだけどきちんとお返ししますから。
ねえちょっと遠いんだけど私たちの好みにピッタリの家見付けたの。
窓から街が見下ろせてすてきなの。
そこをねもう一度見てきたの。
急な話だな。
あら…自分の家と目と鼻の先に住んでたらいつかもめ事が起こるって言ったのあなたでしょ?その家ねどこかのお金持ちが保養所として造ったとかでどの部屋も凝ってるの。
家具も備え付けで。
そうそうお風呂もね2人で入れるぐらい広いのよ。
きっと気に入ってくれると思う。
いくらだよ?交渉次第だって。
来週にでも見にいってみない?よし。
場所はどこだ?うれしい。
ウフフ…。
ここから横浜に出て西鎌倉のすぐ近くだって。
いつか誰かに連れていかれた坂道の家があった
もう借り手がついていればそれはそれでいい
私は嘘つきになった
はぁはぁはぁ…。
お前変わった女だ。
うん?俺が心臓悪いのを知っていてわざわざこんな坂道のきつい家を選ぶ。
白状しろ。
俺を殺すつもりだろう。
フフフフ…。
吉さんはこんな事で死なない。
裸一貫で布団の綿打ちからはい上がった人だもの。
体のつくりが違う。
俺は綿を10年たたいた。
俺の打ち直した綿は新品のようにふかふかだと褒められたもんだ。
おかげで店は繁盛。
花嫁道具の布団は飛ぶように売れた。
ひと月にふた組も売れりゃ左団扇だっていう時代に10組も20組も出た。
おかげで私はこんなすてきな坂道の家に住む事が出来る。
りえ子。
お前の欲しいものはなんでも手に入れてやる。
俺の気持ちはわかってくれてるだろ?なあ?フフッフフ…。
俺は大型店なんかには負けん。
赤字が何年続こうが安売りでは勝負せん。
(鷹子の声)りえちゃん。
キレイでしょ。
キレイ。
お母さんねキレイなものが大好き。
空っぽな心を満たしてくれるもの。
だからりえちゃんも寂しかったり悲しい事があってもキレイなものがあれば大丈夫なのよ。
お母さんね本当はこんな町嫌い。
お父さんも大嫌い。
アル中で病気持ちで。
いつか空に近いうんとすてきなお家に一緒に住もうね。
その時はりえちゃんも一緒に飛んでいこうね。
今日は泊まっていけるの?いや帰る。
うん。
お買い物行ってくるけどなんか食べたいもんある?なんでもいい。
お前が作るものならなんでも。
うん。
ああビール切れてるぞ。
配達頼んどいてくれ。
はーい。
行ってきまーす。
あいつはいつか俺から逃げていく。
私です。
りえ子です。
この間はありがとう。
お礼が遅くなってしまって。
ハハハ…!本当?うんわかった。
うんありがとう。
それじゃ。

(店員)お待たせいたしました。
ごゆっくりどうぞ。
まさか大人になってこんなところでりえちゃんと食事が出来るとは思ってもみなかった。
よく来るの?うん。
お客さんに連れられて。
うん…。

(店員)失礼します。

(店員)失礼いたします。
もっと早く直樹さんと再会出来ていたら私も今とは違う人生だったのかもしれない。
今とは違う人生…?
(せき込み)お母さん!お母さん助けて!りえ子。
どうしたの?りえちゃん。
こっちこっち。
早く来て!りえちゃん。
ああっ…!昔の事後悔してる?私は後悔してない。

(ドアが開く音)おーい!りえ子氷持ってきてくれ!はーい。
はい。
おかえり。
ただいま。
熱いお湯に冷たい氷。
お前も試してみろ。
皮膚がピカピカになるから。
私は…。
誰に会ってきた?お店の人たちと。
嘘だ。
ホテルに電話したら6時に早引けしたと言われた。
男と何を食ってきた?何を飲んできた!?相手は誰だ?毎週来る客か?香水をくれた社長か!?私にはずっとお店を出すなら援助するっていう人が何人かいるの。
お酒の一杯ぐらい飲む事だってあるでしょ!うあー!あの店の金は俺が出す!他のやつの援助はいらん。
ああっ…!俺を心配させないでくれ。
他の誰のとこにも行かないで俺のそばにいてくれ!信じてよ!私はどこも行かない!あんたのおかげで来月店もオープン出来るの。
やっと私の夢がかなう…!俺から逃げようとしたら殺してやる。
(携帯電話)もう…。
もしもし?うんそう。
今帰ってきたところ。
この前の続きがしたくてうずうずしてるんだ。
「今夜は組合の寄り合いだ」何をどうしたって大型店に対抗する方法なんて…。
「ないのにさ。
ハハハハ…」あまり飲みすぎませんように。
うん私は大丈夫。
疲れたから早めに寝ます。
うんそれじゃ。
おやすみなさい。
はあ…。

(携帯電話)はい川添です。
直樹さん?りえ子です。
ああ…。
あの町であった事を思い出すと何もかも人にしゃべってしまいたくなるの。
お母さんの事あなたの事…。
「ずっと…」不安で押し潰されそうだった。
でも誰も頼る人がいなくて。
ねえ今すぐ会いたい。
1時間だけ。
30分でもいい。
怖いの。
頑張って!あともう少し。
おおっ…。
はぁはぁはぁ…。
本当に来てくれると思わなかった。
あの電話じゃ来ないわけにいかないだろう。
ううっ…!吉さんあんたには似合わんて。
親子ほど歳が違う若い女やったらないずれ飽きられる。
女を取るか店を取るか。
ええかげんに決めたらどうや?澄ちゃん。
俺はずっとコツコツ働いてきて気付いたらこの歳だ。
あの女が俺に与えられた最後の藁だ。
あいつに取りすがる事が俺の生きる望みの全てなんだよ!気持ちはわかる。
わかるけどな早かれ遅かれジ・エンドや。
僕の付き合うてた彼女…。
ここのところ妙にウキウキしやがって。
新しい男が出来たに決まってやがるんだ。
そうはさせるか。
いつまでもあいつをそばに置いてあいつの自由を奪ってやるんだ。
えー!?おいおい…!吉さん!吉さん!
(紅茶を注ぐ音)
(電車の警笛)ここの坂道急だよね。
どうしてこんなところに住んでるの?私が子どもの頃住んでた家は窓を開けるとすぐ隣の家の板塀で年中魚の腐った臭いがしたでしょ。
大人になったらここを出ようっていつも思ってた。
出てきたじゃないかこんな高いところに。
あの町を出てから必死で生きてきた。
どんな事をしてでも幸せになりたかった。
あの理容室もこの家も私が手に入れた。
誰に何言われても平気だわ。
キレイなものが欲しい。
高いところに飛んでいきたい。
母はいつも口癖のようにそう言ってた。
時々似てるなって思う事があるの。
いろんな事があの人と…。
いつか直樹さんが私を見付けてくれるってずっと信じてた…!ずっとずっとずっと信じてた!じゃあこれ。
(運転手)はいすいません。
ありがとうございました。
(りえ子と直樹の息遣い)ああっ…!ああっ!直樹さん直樹さん!りえちゃん。
りえちゃん。
直樹さん!直樹さん!チックショウ…!何やってんだ。
とっつかまえやる!ああっ!ああっ…!ううっ…!
(バケツがひっくり返る音)ああっ…!えっ…?ごめんなさい。
会わせたくない人が来たみたい。
え?早く服着て服着て。
今夜は来ないって言ってたのに…。
早く着て。
直樹さん早く…。
何やってるんですか?バカやろう…!誰かがいただろう。
え?誰がいた!?ここに誰がいた!?ああ…。
夕方税理士さんがいらして…。
違う!たった今男がいたろ!声が聞こえたんだ!ううっ…!
(足音)ハハハッ…!バカバカバカ…!バカ!バカバカ…!どこへ行く?男のところへ行くのか?長いような短いような…。
でもあなたにはとても可愛がっていただき本当に幸せな日々でした。
私の夢だったお店の応援までしてもらって。
でもさっき来た税理士さんに銀行にあと何百万か預託しておかないと運営資金は一銭も借りられないって言われて…。
ふう…。
私…。
もう疲れちゃった。
理容店は諦めます。
この家からも出ていきます。
俺が今までいくらお前に金をつぎ込んできたと思ってる?5760万。
今さら放り出されてたまるか。
今日はだまされてやる。
今夜お前は1人でここにいた。
そういう事にしておいてやる。
だが言っておく。
疲れたのは俺の方だ。
銀行にはあといくら入れればいいんだ?言ってみろ。
いくら必要だ?おい。
他に隠れてどこかに行ってみろ。
どこまでも追いかけて捜し出す。
絶対に…。
逃がさないからな。
じゃあありがとう。
(竜崎朝美)いいえ。
あっ寄ってく?ああ…今日は我慢します。
父と食事だし。
そうかわかった。
じゃあ。
キレイな人ね。
昨日はごめんなさい。
君がどういう生き方をしようが俺には無関係だ。
俺には大学があるしうまくやらなきゃいけない。
それでいい。
さっきの人とはうまくやって幸せになればいい。
私は私でうまく生きる。
浅はかだったかもしれない。
多くの人にすがって生きてきた事も確か。
特別な関係になった相手もいた。
他に道はなかった…。

(杉田新吉)俺はなんも知らねえよあいつの事なんか。
「捜索願を出せ」?あの恥さらしが!どこかの男に付いて東京にでも行ったんだろ!捜さなくていい。
放っておいてくれ。
(警察官)そんな事言ったってお前そんなわけにはいかんだろ。
お兄ちゃん!お兄ちゃん!
(りえ子の声)お兄ちゃん!僕はあの時…。
君から逃げた。
ごめん。
謝らないで。
もう何もいらない。
ただ…直樹さんのそばにいたい。

(シャッター音)どの通帳も残金なんかありゃしませんよ。
生保が満期になったやつがあったろ。
150万。
棚の上か?あれは銀行の返済に使う金だって言ったでしょ!どけ!返済なんかひと月待たせばいいんだ!ううっ…!ああっ!うちが今どんな状況かわかってんの?昨日だってお客が1人も来ない。
言いたくありませんけどね私1人だったらもっとうまくやっていけるんですよ!あんたさえいなきゃ!うあー!ああー!金はどこかで借りる!その金をその女にくれてやるんですか!何?そりゃ悔しかったわよ。
一緒に苦労してためた財産が日ごとに減ってくんだから。
だけどねなんの楽しみもなくただ働き詰めのあんたを思うと女のとこに通うのは仕方がないって…。
杉田りえ子っていうんでしょ。
今までコツコツためてきたお金も信用も全て台無しにしたんですよ!あんたは!こんな女のために!あんたその女には別の若い男がいたんですよ。
ああー!
(ミツ)うわー!どうしたんですか?こんな朝早く。
今日は店へ出るな。
え?部屋へ戻れ!うちのがリサーチ会社にお前を見張らせた結果このざまだ。
これなんかよく撮れてる。
相手は明立大学の准教授だそうだな。
かあっ!この前の男はあいつだったんだな!そうだろ!おい!この男の人とはなんでもない。
ただの幼なじみなんだから!幼なじみ?幼なじみとなんでそんな事になるんだ!イヤ…!クソ!俺は決めた!今日からここに住む!24時間お前と一緒にいる!お前が仕事に行く時も俺は付いていく。
ずっと一緒だ!あの店は女房にくれてやる。
布団屋はもうやめだ!やめてどうやって生活するの?お前が働くだろ?そのために俺はお前につぎ込んできた。
一生分つぎ込んできた。
これからは俺が楽をさせてもらう。
イヤとは言わさねえぞ。
りえ子!俺はお前とやっと一緒になれたんだ!絶対にお前を離さない。
俺から逃げようとしてみろ。
俺は何をするかわからないからな。
俺はもう死に物狂いなんだ。
あー!そうだ。
1つお前に聞きたい事がある。
お前の母親の事だ。
(朝美)はい。
ん?何?それ先生のマンションでしょ?誰がこれを?差出人の名前はないの。
私ね先生の私生活をのぞきたいとは思いません。
私の目の前にいる先生だけで十分。
だからそれは父には見せません。
あさっての京都行き楽しみにしてます。
フフフフ…。
(チャイム)
(水の音)
(シャワーの音)あの…。
あの…。
明立大学では他人の家を訪ねるのに勝手口から入ってくるのかね?川添准教授。
どうぞ玄関へお回りください。
りえ子に鍵開けさせますから。
お願い帰って。
これが教授のお嬢さんに送られてきた。
先生どうぞお上がりください。
その写真の説明させてもらいます。
酒出してくれ。
3人で酒盛りといきましょう。
なんでこんな事するの?卑怯よ!こんなの卑怯よ!やめろよこら!やめろ!「やめろ」?先生は何も知らないからそういう事をおっしゃる。
この写真にいくらかかってると思います?ハンパな金じゃないんだ。
俺が汗水垂らして布団を売った金だ。
それだけじゃない!この家だって新しい理容室だってこの指輪だって全部俺が金をつぎ込んだ!それをわかってもらえれば俺がこの写真を見てどれだけ悲しい思いをしたかご理解いただけるはずだ。
だからってこんな写真…。
私何度も言ったでしょ?直樹さんは悪くないって。
誘ったのは私だって。
そいつかばうのか?そんなにあの先生が大事か!?大事よ!子どもの頃から大好きだったの!たとえあなたでも…。
この人に何かしたら私何するかわかんない!ほう…どうするんだ?母親をやったように俺も殺すのか?本気で言ってるの?私が殺したって証拠どこにあるのよ。
あるんだったら今すぐ警察に電話しなさいよ!
(ため息)冷静に話し合おう。
2人ともそんなところに突っ立ってないで座ってくれ。
これが最後の出銭だとリサーチ会社に糸魚川にまで行ってもらった。
死んだと言っていたお前の父親はまだ生きていてお前の事をいろいろとしゃべってくれたそうだ。
お前の母親は雑木林で消えて古井戸で死んだ。
遺体は半年後に見付かったが事故として処理された。
お前の母親はその先生の父親とも関係を持った。
自分の母親を殺してまで謝りたかったんだろ?子どもの頃の先生に。
そしてお前は長い事母親殺しの罪におびえる事になる。
俺は警察には言わないよ。
お前を失うようなそんなバカな事はしない。
お前は俺と一緒にここにいる。
そして親子のように水入らずで暮らす。
りえちゃんもういいよ。
この写真は僕が買い取る。
僕たちはもう会わない事にする。
どうですか?それでいくらならこの写真売ってくれますか?ハハハハッ…!写真は売らない。
どんな約束をしてもこいつはあんたのところに会いにいく。
欲しいものは必ず手に入れなきゃ気が済まない女だ。
じゃあどうすればいいんだ!どうすればいいのか俺にもわからないんだ!ただ1つはっきりしているのはこの先俺はずーっとあんたとりえ子を見張って暮らすって事だ。
死ぬまでだ…。
冗談じゃない!それだけ大事なりえ子って事なんだよ!うあーっ!ああっ…!お前が逃げたりしたらお前とこの男が母親を殺したって事を全部おおっぴらにしてやる!お前たちは人殺しなんだからな!おいこれこれ。
これな…。
この写真を全部のりでつなぎ合わせたら晩酌の用意をしろ!俺は風呂に入ってくる!ごめんなさい。
今のうち帰って。
帰って…。
りえ子!ぐずぐずするな!晩酌のあてはお前の得意な豚汁にしろ!行こう。

(店員)ありがとうございました。
連れ出してくれてありがとう。
うれしかった。
もうこれで十分。
私…。
家に帰ります。
大丈夫。
心配しないで。
ちょっと待ってて。
うん。
すいません。
よいしょ…。
ありがとう。
ここまで来ればもう大丈夫。
あとは1人でやるから。
またいつか会えるといいね。
そうだね。
はい…。

(携帯電話)もしもし。
「どうした?」寺島が死んだ。
今朝お風呂で。
死んだ?死んだって…。
「あの男がか?」今お医者さんや警察の人が来てる。
心臓発作じゃないかって。
目が覚めてお風呂に入って…。
もしもし?りえちゃん?気が付いたらあの人湯船で…。
(与田次男)申し訳ありません。
ちょっともう一度詳しい話をお聞かせ願えませんか?「もしもし?」
(不通音)
(りえ子の声)「あとは1人でやるから」ハハッ…ハハハッ…。

(刑事)毎日朝風呂か。
結構なご身分だ。
(刑事)心臓に持病があったらしいぞ。
(刑事)あんないい女囲ってちゃ心臓にも悪いだろうよ。
(刑事)女房が遺体の引き取りを拒んでたそうだ。
(与田)奥さん…!
(刑事)奥さん…!
(ミツ)あんた!あんたー!あんたー!
(刑事)奥さん!落ち着いて座ってください。

(刑事)次男さんお疲れさまです。
目撃情報入りました…。
(与田)その中学生がのぞき見してたっていうのか?これでのぞいてたのか?ああ…。
で何を見た?
(紅谷正市)昨日に限って真夜中にも風呂場に電気がついてたんです。
それで気になって。
あの家の女の人が氷を割ってたんです。
(与田)氷を?ほら氷ですよ。
氷だ。
氷ですよ。
はい。
うん。
氷だ…。
ああっ…ああっ!ああっ!ああっああっ…!ああっ!ああっ…!ああっ…!
(操作音)
(機械音声)「追い炊きをします」
自慢の母だった
缶詰工場に勤めていた母はいつも白いスニーカーを履いていた
その母と船乗りの父がいて私は幸せだった
父の浮気が原因だったのか迷って宙を飛び狂って地面にぶつかる秋のセミのようになった母が次々と行きずりの男たちと関係を持つようになった
幸せが消えた
私は母を憎んだ
母殺しの罪を隠し通す自信のなかった私は行く当てもなく故郷を逃げ出した
もしかして直樹さんに会えるかもしれない
あとはもう何も思い出せない
どうやって声を上げて悲しめばいいのか
2014/12/06(土) 21:00〜23:06
ABCテレビ1
松本清張二夜連続ドラマスペシャル「坂道の家」[デ][字]

松本清張の社会派推理小説の名作を監督・鶴橋康夫×脚本・池端俊策でスペシャルドラマ化!主演・尾野真千子、柄本明、小澤征悦ほか実力派俳優が結集!

詳細情報
◇番組内容
若く美しい女・りえ子(尾野真千子)。りえ子に魅了され、お金を貢いでいる初老の男・吉太郎(柄本明)。そんな2人の関係が、りえ子の初恋の相手・直樹(小澤征悦)との再会で3人を愛憎渦巻く修羅場へと変えていく…。金と愛欲がまつわる駆け引き、悲しい人間の業、やがて芽ばえる殺意!サスペンスフルで魅力あふれる異色群像ミステリー。
◇出演者
尾野真千子、柄本明、小澤征悦、渡辺えり、笛木優子、まりゑ、笑福亭鶴光、和希沙也 ほか
◇原作
松本清張『坂道の家』(新潮文庫「黒い画集」所収)
◇監督
鶴橋康夫
◇脚本
池端俊策
◇音楽
mio−sotido
◇スタッフ
【チーフプロデューサー】五十嵐文郎(テレビ朝日)
【ゼネラルプロデューサー】黒田徹也(テレビ朝日)
【プロデューサー】船津浩一(テレビ朝日)、秦祐子(ROBOT)
◇おしらせ
☆番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/sakamichi/

☆12/7(日)よる9時からは『松本清張 二夜連続ドラマスペシャル 霧の旗』
【出演】堀北真希、高橋克実、木村佳乃、古畑新之、福士誠治、谷村美月、でんでん、渡辺いっけい、橋爪功、椎名桔平
【HP】http://www.tv-asahi.co.jp/kirinohata/

ジャンル :
ドラマ – 国内ドラマ
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32723(0x7FD3)
TransportStreamID:32723(0x7FD3)
ServiceID:2072(0x0818)
EventID:16726(0x4156)

カテゴリー: 未分類 | 投稿日: | 投稿者: