都心から電車で30分の住宅地におとぎ話から飛び出したような建物がある。
その洋菓子店は住民たちが愛してやまない街のシンボル。
ずらりと並ぶ洋菓子。
一日でケーキ1,500個焼き菓子3,000個を売り上げる。
店の主はいつも厨房を忙しく駆け回っている。
この道48年。
ケーキへの愛情は尽きる事がない。
この世界で別格と位置づけられるすご腕の職人。
ヨーロッパ随一と言われる名店で東洋人として初めて腕を振るった。
見た目は普通の洋菓子がなぜか笑顔を生み出す。
(主題歌)日本の洋菓子界にその名がとどろく横溝。
その背中を多くのパティシエが追い続けている。
ヨーロッパに渡った20代。
職人の自信を打ち砕かれた。
洋菓子店にとって最も忙しいクリスマスシーズン。
弟子と共に…伝えねばならない職人の覚悟。
小さな厨房で繰り広げられる熱きドラマに密着。
朝7時。
洋菓子職人横溝春雄には一つこだわっている事がある。
(一同)おはようございます!朝一番の挨拶。
25人の弟子たちにはとにかく元気よく声を出せと伝えている。
(一同)よろしくお願いします。
だが横溝は厳しい上下関係を求めているわけではない。
(洋梨を刻む音)いつも笑顔を浮かべながら気さくに弟子たちと接する。
(洋梨を刻む音)洗い物も率先して行う。
朝10時。
開店と同時に大勢の客がやって来る。
売り場はあっという間に客であふれかえる。
横溝のケーキはオーストリア・ウィーン仕込み。
華やかなフランス菓子に比べれば素朴で家庭的なのが特徴だ。
40種類の焼き菓子もシンプルなものがほとんどだ。
毎日訪れる客は400組以上に上る。
素朴な横溝の洋菓子がこれほどの人気を誇るのはなぜなのか。
厨房で店一番の人気商品「ザッハトルテ」を作り始めた。
ザッハトルテはスポンジの上からチョコレートをかけて固めたシンプルなケーキだ。
表面のチョコレートがシャリッとした独特の食感を奏でる。
横溝はその食感を生み出すために惜しみない手間をかける。
最も難しいのはチョコレートシロップの粘りけの調整だ。
煮詰めて水分をとばしながら滑らかに固まる理想的な状態を見極めていく。
横溝は100℃を超えるシロップを素手で触り粘りけを確認する。
そして根気の要る作業に入る。
板の上で練りながら冷ましシロップの中に細かい結晶を作る。
この作業を繰り返しキメの細かい結晶を作る事でシャリッとした食感は生まれる。
地道で手間がかかる作り方。
だが横溝はこの製法にこだわる。
横溝が大切にするのは華やかさでもなければ効率でもない。
一つの思いで洋菓子と向き合う。
母親が子供に作るように真心を込めて丁寧に。
そう自分に言い聞かせながら横溝は職人技を駆使していく。
完成したザッハトルテの表面は絹のような滑らかさ。
表面のチョコレートはシャリッとした食感が際立つ厚さにそろえられている。
見た目の派手さではなく見えない本質にこそこだわる。
それが横溝の信念だ。
街を灯すような温かい店をつくりたいと考える横溝さん。
その思いは店舗の設計にも表れている。
厨房は売り場のすぐ真下。
窓から菓子作りの様子をのぞく事ができる。
(一同)おはようございます。
街に根づいた店づくりのために大切にしているのが14名の販売員だ。
この日は新しいチョコレートで試作したザッハトルテの感想を尋ねた。
ん!ん?
(販売員)こっちがいつもの気がするね。
こっちのが濃い。
残念ながら新しいチョコレートは不評の様子。
(笑い声)そして横溝さんには最も頭の上がらない販売員がいる。
店の裏方を一手に支えてきた強力なパートナーだ。
その真弓さんがこの日はおかんむり。
大切な書類を横溝さんが勝手に片づけてしまっていたからだ。
(笑い声)真弓さんには絶対逆らわない。
こうして25年2人で店を育て上げてきた。
(鳥の鳴き声)この日一人の弟子から新しいケーキの提案があった。
キャリア20年一番のベテランだ。
(笑い声)横溝は25人の弟子を束ねる親方。
その力を引き出すのも大切な仕事だ。
いいよ「トムテン」でな。
はい。
太田が考え出したのは北欧のこびと「トムテン」をデザインしたケーキだ。
かわいらしい色味を出すためにさまざまな素材を組み合わせていた。
太田が試食を頼んできた。
横溝の評価は厳しいものだった。
「デザインは良いが味に迫力がない」。
そう伝えた。
パサっとしちゃった感じになるから。
横溝はイチゴをもっと際立たせるようアドバイスした。
2時間後。
太田がもう一度試食を頼んできた。
横溝はなお納得しない。
(太田)イチゴを小さくした方がいいですかね?3/3にカットしても全てのピースにイチゴの果実が入るよう改良を命じた。
弟子と向き合う時横溝は妥協なく全力で評価を下す。
弟子たちに伝え続ける信念がある。
太田の「トムテン」は12月の販売を目指す事が決まった。
夕方5時。
店を閉める時間が近づくと横溝はランタンを灯し始める。
地元の街に自分の店は何を届けられるか。
横溝はその答えを考え続けている。
横溝さんにはある楽しみがある。
独立した弟子の店を訪ねる事だ。
これまで50人を超える弟子を送り出してきた横溝さん。
育て方には定評がある。
(一同)おはようございます。
横溝さんの指導は職人の世界では珍しく懇切丁寧だ。
この日はシュー生地作りに失敗した弟子に付き添い一緒にその原因を探っていた。
洋菓子作りの道を追求しながら弟子たちに親身に接する横溝さん。
そこには20代の修業時代に味わった忘れえぬ経験がある。
横溝さんは昭和23年埼玉の小さなパン屋に生まれた。
洋菓子職人に憧れ始めたのは15歳の時。
兄が勤めていた店のケーキに魅せられ作ってみたいと思った。
高校卒業後東京の有名洋菓子店で修業を始めた。
そこは厳しい職人かたぎの世界だった。
失敗すると師匠から激しくどなられ殴られる事さえあった。
もともとおっとりした性格だった横溝さん。
だが次第にその色に染まっていく。
いつしか自分も後輩を容赦なくどなりつけるようになっていた。
3年が過ぎる頃には店の厨房を任されるまでになった。
だがどこか自信を持てない自分がいる。
もっと厳しい修業が必要だと思った。
23歳の時横溝さんはヨーロッパを回る武者修行の旅に出る。
言葉はほとんどできない。
それでもつてを頼りに各国の洋菓子店を渡り歩いた。
1年後ドイツの一流ホテルで働き始めた横溝さんは大きな挫折を味わう事になった。
任されたのはこれまでほとんど経験していないパン生地を作る仕事。
先輩からレシピを教わり取りかかったが何度やっても「のび」のある生地が出来ない。
必死で工夫してみてもかえって悪くなっていく。
誰かに教わろうにも言葉が通じない横溝さんは敬遠されがち。
一人で迷惑をかけていると思うと居たたまれなかった。
そんなある日一人のシェフが横溝さんに声をかけてきた。
ホテルの厨房を統括する…新人の横溝さんにとっては雲の上の存在だった。
だがベルンハードさんは横溝さんにぴったりと寄り添い懸命にパン生地作りを指導してくれた。
言葉が通じない中身振り手振りで一日がかりの熱血指導。
そして横溝さんにこう語りかけた。
弟子の失敗は自分の失敗。
そう言い切れる覚悟と自信を自分も身につけたい。
以後横溝さんはその高みを目指して腕を磨き続けた。
26歳の時にはヨーロッパでも一二を争うと言われるウィーンの名門に入店。
東洋人として初めてその腕を認められるまでになった。
今自分の店を構える親方になって25年がたった。
それでもあのつらい修業時代に味わった経験を忘れた事はない。
言葉が通じない自分にぴったり寄り添ってくれたベルンハードさんの姿が今も大切な事を教えてくれる。
(笑い声)11月。
店ではクリスマスに向けた飾りつけが行われていた。
いよいよこれから洋菓子店にとって最も厳しい闘いが始まる。
横溝の店に寄せられるクリスマスケーキの注文は実に3,500。
家族の団欒を担う大切なケーキだけにミスは絶対に許されない。
クリスマスまで残り1か月。
だが厨房では一つの課題が浮き彫りになっていた。
(一同)はい。
(一同)はい。
去年ナンバーツーを務めていた職人が独立。
新たに新人4人が加わった。
全体が若返った分小さなミスが続いていた。
横溝の店ではクリスマス用に4種類のケーキを販売する。
全て新作。
しかもぎりぎりまで通常の営業があるため職人たちが練習を重ねる時間はない。
クリスマスケーキは2つのチームで分担して作る。
一方のリーダーは去年同様最年長の太田が務める。
そしてもう一人。
今回横溝がリーダーに抜てきしたのは15年目の…丸山はふだん焼き菓子を作る部門を任されている。
ケーキ作りの経験も豊富で腕は確か。
後輩の面倒見も申し分ない。
だが焼き菓子部門の若手は度々ミスを犯していた。
この日は3年目の後輩がバターの分量を間違えた。
後輩のミスを防げなかったのはリーダーにも責任がある。
丸山は課題に直面していた。
自分の仕事をこなしながらなおかつ後輩の仕事に目を光らせるのは簡単な事ではない。
だが横溝はあえて若手が多いこのチームを丸山に託しクリスマスに挑ませたいと考えていた。
丸山はふるさと新潟で自分の店を開く夢を持っている。
その日のための経験にしてほしい。
通常の菓子作りが終わったあと。
厨房では慌ただしくクリスマスケーキ作りの準備が始まった。
今夜から4日間で3,500個のケーキを作り上げなければならない。
昼夜2交代24時間態勢での作業となる。
丸山たちが作るのは雪をかぶった丸太のようなロールケーキ。
チョコレートとクリームで楽しげな雰囲気を演出する仕上げが最も難しい工程だ。
夜9時。
全員で分担しての流れ作業が始まった。
リーダーの丸山は後輩を指導しながら作業全体のスピードを上げていかなければならない。
丸山は厨房を飛び回りながら指導していく。
もう一つのチームを見に行っていた横溝が戻り作業に加わった。
作業は予定より大幅に遅れた。
丸山は後輩の作業をフォローして回るがミスを防げない。
深夜1時を過ぎても予定の個数に届かない。
(一同)お疲れさまでした!結局3時間遅れ。
あとに控えるイチゴのショートケーキ作りの担当者に迷惑をかける結果となった。
丸山が帰ったあと。
横溝は厨房に残り作業を続けていた。
遅れてしまったショートケーキ作りを黙々と手伝う。
今丸山はリーダーとして必死に成長しようとしている。
親方としてその歩みを支える。
朝10時。
ケーキの引き渡しが始まった。
初日分の1,100個のケーキは無事間に合った。
すぐに厨房では明日引き渡すためのロールケーキ作りが再び始まった。
昨日とほぼ同じ数を仕上げねばならない。
(丸山)おはようございます!
(後輩)おはようございます!
(丸山)おはようございます!丸山がチームに気合いを入れる。
この日丸山は前日と違い全員を見渡せる箱詰めの位置に立った。
昨日は自分が動き回ったために逆に細かいミスを見逃した。
この日は箱詰めで完成品をチェックしながらチームを指揮する方法に変えた。
一つのミスも許されない。
丸山は的確な指示でミスを未然に防いでいく。
作業のスピードが上がり始めた。
夜10時過ぎ。
横溝が丸山のチームの様子を見にやって来た。
そして仕上げ作業を手伝い始めた。
20分後。
200個のロールケーキはこの日時間内に完成した。
横溝の想像を上回る速さだった。
(主題歌)今年横溝たちは3,490個のケーキを無事に作り終えた。
弟子の成長を見届けた横溝。
改めて一つの誓いを立てていた。
決めた自分の仕事を信じてまずやり続ける人。
そして現状に満足しないで常に努力し続けそして最終的には感動を与えられるそういう人がプロだと思います。
(一同)乾杯!2014/12/23(火) 01:00〜01:50
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀「洋菓子職人・横溝春雄」[解][字][再]
ウィーンの名門「デメル」で腕を磨いた伝説の洋菓子職人・横溝春雄。連日400人もの客を集める人気店を営む。3500個のクリスマスケーキを作る過酷な現場に密着する。
詳細情報
番組内容
都心から少し離れた住宅地に、連日400人の客が訪れる洋菓子店がある。店主・横溝春雄(66歳)は、オーストリアの名門「デメル」に東洋人として初めて入り、腕を磨いた伝説の職人だ。洋菓子作りに真摯(しんし)に向き合う姿勢は、多くの一流パティシエから尊敬を集める。クリスマス、横溝は、弟子たちとともに3500個のケーキを作る総力戦に挑んだ。過酷な現場で、弟子たちをいかに育てるか。職人たちの熱きドラマに密着。
出演者
【出演】洋菓子職人…横溝春雄,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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日本語
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2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
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