(阿川)おはようございます。
阿川佐和子です。
今日のゲストはヤクザさんとか刑事さんとか強面のイメージが強いんですけれども実は小さい頃お相撲さんになりたかったという夢を持っていらした方です。
松重豊さんです。
どうもはじめまして。
よろしくお願いいたします。
おっきいですね。
何センチですか?
(松重)今縮んで187…いくつぐらいだと思いますけども。
あっ縮んで。
でお相撲さんになりたかったっていうからにはこっちも大きかったんですか?いやいや…僕はあの〜中学3年で187あったんですけども…。
ええ〜!中学3年にもう出来上がってたんですか?ほぼ出来上がってたんです。
どうなんだそれ。
体重はこれぐらいですね。
でも相撲部がなかったんでしかたなく柔道部とかに入っちゃったもんですから。
あっでも柔道部だったんですか。
そうですね。
きゃあ〜強そう。
弱いです。
あっそうか…。
(ナレーション)今日のゲストは…。
大ヒットドラマからCM映画に至るまで今や引っ張りだこの人気ぶり。
そんなブレークのきっかけとなったのは…。
初主演ドラマ「孤独のグルメ」。
40代の独身男性が食べることに情熱を燃やすドラマです。
(心の声)≪何?これヒレハレ≫≪今どんな金持ちより幸せだ≫大学進学のためその後長く下積みを経験し独特の存在感で様々な役を演じてきました。
シャボン玉が割れないでいつまでもふわふわ飛んでたら。
っていう気持ちで…。
今日は松重さんが遅咲きの花を咲かせるまでの道のりにサワコが迫ります!なんかこの局じゃないですけど「孤独のグルメ」という。
主演ドラマっていうんですか?なんかこう食べ物リポート番組なのか?とか思って最初は見たんですが。
もう2年…。
もうシーズン4って4期やったんですけども。
原作は漫画なんですか?久住昌之さんの漫画でお酒の飲めないおじさんが今日は何食べようっていうだけの話で。
それをドラマ化するっていうんでこれで見る人がいるのかな?っていうこととまず僕でいいのかな?っていうことと。
でも「ほんとに食べてるだけでいいんですか?」って言ったら「それでいいんです」って言うんでしょうがないっていうかあの…ほんとにプロフィールの汚点になるかもしれないなっていうぐらいになんかお前何やってんの?っていう。
お前ほんとに飯食ってるだけで…って。
ちょっとね見たことない方もいらっしゃるかもしれないので映像を用意してあります。
ご覧ください。
松重豊さん主演の「孤独のグルメ」は40代の独身男性が一人で店に赴き欲望のままに胃袋を満たすドラマ。
≪鰻と白い飯…最強≫≪最強線胃袋行き快速≫実在しているお店で本当にあるメニューを食べるというドキュメントタッチの作風で話題を呼んでいます。
すみませんねほんとに。
食べてるだけで。
でも確かに召し上がってるときはなんにもこうなんていうの?セリフとか…。
セリフはないですしテストで食べてないんで本番一発勝負で。
一発勝負?一発勝負です。
それであの〜朝からその食べる瞬間までは何も胃袋に入れてない状態で。
おなかすかせといて?おなかすかせといてガッと食べるっていうだけなんですよ。
これはまあ美味しい顔はしますよね。
美味しい?実際美味しいんです。
でもこんなに丼かき込んでても上品になるってやっぱ業だと思うんですよね。
うん…まあ確かに若い頃そんなに楽な生活じゃなかったんでまあ美味しいもの食べたいっていう欲望とかそういうものは強いと思うんですけどもただどうやったら美味しそうに食べてるように見えるかとかっていうことはまったく意識しなかったんでそれはもう親に感謝しなきゃいけないなと思うんですけども。
スパゲティとかでもすすりたいっていう気持ちの方が勝っちゃったりしますしなんかそういうものには割とあの…素直に食べてはいるつもりなんですけど。
でも最初プロフィールから消そうと思ってたこの番組が評判になったっていうことについては…。
ほんとに今まで役者やってたことがなんだったんだろう?っていうぐらいにもう「孤独」の人「孤独」の人食べてる人って…。
ここ2年ぐらいはなんかほんとに食べ物に関わることっていうものが増えたっていうのは間違いないと思うんですよね。
刑事ものとかでね突然お店入ったりしてね。
そうなんですよ。
「これってそばを食べる必要ありますか?」とかって聞いたことがありますね。
ありますか?ええ。
それで「美味しそうに食べてください」「いや美味しそうに食べる必要はここ絶対ないでしょ」みたいな話はしましたね。
(夫)《知らなかった》《妻はいつから靴下の重ねばきをしていたんだろう》行ってくるよ。
(妻)気を付けてね。
(ナレーター)そんなニッポンの暮らしに耳を傾けたら新しい家電が見えてきました。
床から暖めれば体に優しい。
今までにない暖かさを足元に届けるエアコンです。
あったかいわね…足元まで。
これからの日々にパナソニック「Jコンセプト」今でも記憶に残る一曲という音楽を選んでいただいてると思いますが。
いきなりなんですけどもやっぱりセックス・ピストルズの「さらばベルリンの陽」っていう…。
ロックですね?パンクロックですね。
パンクロックですね。
ええ。
何かに対してこう不満があるとかなんかこう…破壊衝動とかそういうものってどこかこうあるはずなんですけども例えばどうすればいいかってのが分からなかったときの中学3年のときに友達…コモリっていう友達の家で…。
コモリ君?ええ。
「お前…セックスって書いちょうあるぞお前これで」って。
(スタッフ)あははっ!「セックス」…朝からすみません。
いえいえいえいえ…。
「セックス・ピストルズってお前なんや?これ」って言って持ってきてほんとに…プレーヤーですよねステレオじゃなくて。
レコードをプレーヤーにのせて「どげな曲や?」って言って聴いてジャカジャ〜ンって始まって「うわ〜格好いいこれ!」って言って。
イギリスの若いヤツらは髪をおっ立ててパンクなんだっていうのがパンクやろ!っていう気持ちになって。
中学3年のときになんかもう自分の中にパンクっていうふうに目覚めたんですけども僕はすごい癖毛なもんですから中3の頃だったんでちょうど柔道部辞めて髪伸ばせると思って僕はじゃあツンツンの髪にしようと思ったんですけどもグリングリンの髪にしかならないんであれ?これ俺はパンクにはなれないのかなって…。
朝からすみませんどうもほんとに。
ええ〜35年たってもなんかパンクってパンクですね。
興奮なさいました?
(松重)反抗っていうと僕らの世代でいうと暴走族でイエ〜イって…反抗はそういう感じだったんですけどいやこっちの方が絶対なんか格好いいし何かこう次に何かが生まれてくるような期待もなんかあったんで。
松重さんとしてはミュージシャンになりたいとか…。
ミュージシャンになりたいしミュージシャンになりたいけどやっぱ髪が癖毛で立たないし。
(スタッフ)あははっ!そこですか?ギターも弾けないし…。
歌は?歌もねあの…僕一回ミュージカルに人生で一度だけ出たんですけれども歌わない踊らないって約束で出たのにちょっと3人で歌うパートがあったんでちょっと楽しくなって歌ってたら本番に僕だけマイクがいらないって言われて…。
あははっ!「なんで?僕歌うんですけど」「いや松重さんはいいです」って。
「ふざけんな」って言ったぐらい僕は一般的に見て歌がうまいとは言われないタイプの人なんで。
歌も駄目でじゃあ音楽じゃないなって思ったときに当時その福岡っていう場所もそういう音楽がすごく盛んで。
福岡からのミュージシャンは…。
ええ。
僕の高校の先輩に陣内孝則さんがいらしたりとか。
ああ〜そうか。
そういう人たちを使って映画を撮ったりとか映画で表現するっていう石井聰亙さんっていう映画監督が映画は暴動だ!みたいなそういう映画を作ってる人たちがいてあっ俺こっちかもと思ってじゃあ映画撮ろうかみたいなことで。
それまで柔道部だったのに?柔道部です。
柔道部ではいるんですけれども「やっぱり映画は暴動だよな」みたいなことを言っててで結局大学は映画じゃなくて演劇学専攻って書いてあるからたぶん映画みたいなことやってるだろうなと思って大学入って。
明治大学。
明治大学に入って。
演劇…。
演劇学専攻って。
入ったんですけども周り演劇オタクだらけでいろんなところから見せられて。
見に行ったんですか?
(松重)唐さんの「状況劇場」とか寺山修司さんの「天井桟敷」とかそういうとこ見せられてみるとそれこそパンクなんですよやっぱり。
やってることがもうバ〜ンとオープニングで水ドカ〜ンと出てきて中に入ってた人たちが水浸しでダァ〜って出てきてとかっていうもうやってることがもう普通のルールから外れてるし。
これもなんか僕の目指してたものかもしれないと思ってじゃあこれだ!って思って始めたっていうのが結局この職業につながってる。
なるほど。
(夫)《妻はいつから掃除機を重いと感じるようになったんだろう》
(ナレーター)そんなニッポンの暮らしに耳を傾けたら新しい家電が見えてきました。
(妻)軽いわね〜。
世界で一番軽いボディ心まで軽やかになる掃除機です。
これからの日々にパナソニック「Jコンセプト」
(でんきやさん)どうです?新しい掃除機は。
(奥さん)ほ〜んとに軽くてびっくり!ごめんね手伝わせて。
息子さん家出てだいぶ経つけど今もキレイにしてますね。
あれ?何か出てきましたよ?まぁあの子ったら。
アハハ…。
(ナレーター)あなたの暮らしを家族のようにサポートします。
パナソニックの店。
語り:ネイマールJr.
(子ども)ネイマール!
(カーAVから音楽)
(スタジアムの歓声)最初に劇団に入られたのは蜷川さんのところですか?そうですね。
まあ大学教授に卒論提出したりしてるときに「お前蜷川幸雄が若いヤツら集めてスタジオつくったぞ」って言われて「えっそうなんですか?あっじゃあ受けます」みたいなこと言ってで受けて。
で蜷川さんとこに入った。
(松重)蜷川さんとこに入ったんですけども。
まだ厳しい時代の蜷川さんでしょ?もうほんとに恐ろしい…。
灰皿飛んでくるほどの。
灰皿も飛ぶしもうほんとにあの〜オーディション会場で僕の前の女の子がオーディション受けてるときにプロンプを出すタイミングが悪かったスタジオの生徒がいてそいつを怒るんでその目の前のテーブルをオーディション受けてる女の子の足元までバ〜ンと飛ばして「てめぇ何やってんだ!このやろう!」とかって言って「君たちに怒ってるんじゃないから」って言ってもみんなもうそれでもう…。
あははっ!こんなとこにはもういられないと思って次僕の番だったんですけど1行セリフ言って「すみませんあと覚えてないんで」って言って帰って来たんですけど帰って来て1週間後に合格って来てえっ合格?意味分かんないなと思ってで行ったら「てめぇなんでセリフ覚えてこないんだよ!このやろう!」って怒られてそれを言いにきたのかそれを怒りたいから俺を呼んだのかなと思って…。
(スタッフ)あははっ!でも「お前でかいからとりあえず入れてみた」って言われてそうですかって。
でかいから?ええ。
今考えると蜷川さんがその3年間でやっぱり僕らにたたき込んでくれたルール「なんでお前努力してないんだ。
次の日に昨日と同じことやったら駄目だろ」っていうことは徹底的に言われたんで。
毎日進化しなきゃいけない?毎日進化しろってことですね。
舞台に立ってても?やっぱりそういうことで怠けた瞬間にお前は駄目になるっていうことをやっぱりたたき込まれたんですね3年間で。
だからそれは今でもやっぱりそのルールっていうのはあの〜いまだに守ってますしやっぱり今でもなんか不安なときに蜷川さんに罵倒されてる夢って今でも見ますからやっぱり今でも怒ってるんですけども。
今でも怒って…。
ええ。
蜷川さんもそういう…「こういうスタジオっていうのは犬を狼にして野に放つような作業を僕はしたいんだ」って言って「3年間いてどうしようもなかったらお前ら去れ!」とかって割とおっしゃってたんでとりあえずなんかこう一回辞めちゃおうかなと思ってそれで劇団から逃げだしてで僕は一回俳優業を廃業したんです。
なんで辞めちゃったんですか?
(松重)なんか一回自分をリセットしてみようっていう26ぐらいの…若い頃ってやっぱり腹もくくってませんから大学を卒業してそのまま3年間やったんですけども果たしてこの仕事でずっと続けてこのまま続けていいのかっていうところもあったんで一回そういうかたちで仕事を始めてそして普通の生活をしてみてうんこれでもいいかなとも思ってた時期があったんで。
それは収入が不安定とか経済的に苦しいっていうのもあったんですか?一回ちょっと結婚しなきゃいけないなっていうのはあったんで。
でまあバイト先で正社員になって…建設現場なんですけども。
建設会社に。
そうですそうです。
ええ。
高い所に上る仕事なんですけども。
それで仕事をしてとりあえず女房と結婚するところまでいこうかなと。
お金はためて結婚資金っていうんですかね。
運いいのか悪いのかそれで転落事故を起こしちゃって…。
えっどれぐらいから?5メートルぐらいの所から落ちて布地にのってたもんですから布地がビリって破けちゃってそこからピュッと落ちてでああ〜破けた破けて…けど安全帯掛けてないから落ちるなつかまるとこもないなっていうのをゆっくり思うんですね。
で布地が…うわ〜これ目の前通るなぁ目の前通って落ちてるな俺…これ下に何かあったら死ぬなでもとりあえず受け身はとっておこう俺柔道部だったからなって…。
(スタッフ)あははっ!そんなことまで考えてんの?そうなんですよ。
へえ〜!で後方受け身…ドン!と。
なんにもなくああ〜発電機に落ちなくてよかった。
ここにバールに落ちたら痛かったろうなって思って足だけ骨折して。
足を骨折ですか。
腰は大丈夫だったんですね?腰は大丈夫だったんですよね。
で僕はちょっとやっぱり辞めざるをえなくなってしまって俺芝居戻らなきゃいけないなって思ってなんか芝居の世界に運よく戻らされたというか。
えっそれがいくつのときぐらいなんですか?それがね結局27〜28ぐらいの頃ですかね。
そこからどう腰を据えたというか。
(松重)まあでもバイトしなきゃいけないんでそっから先はあの…石屋をやってたんですね。
石を運ぶ仕事。
ほんとに肉体労働なんですけども。
1個何キロぐらいなんですか?重いやつは4人でこの石をこうひもでつるしてそこに棒を渡して4人でみこしのようにして担いで狭い階段とかを建設現場を上っていくんですよ。
ピラミッド造ってる労働者みたいなことやってる。
ああいう仕事をバブル真っ盛りの頃かなんかにやってたんですね。
でもギャラがよかったんですね。
よかったんですよ。
もうひと現場確か9000円で一日3現場ぐらいできるんで3×9…2万7000円ですか一日。
短い時間で稼いでなんとか芝居も続けられるかなっていうので石屋さんっていう。
やっぱりそれでもなかなかあの…食えない時代が続きますし。
どれぐらい…。
30になって子供が産まれてもまだ石屋の仕事を続けなきゃいけなかったし。
その石屋の仕事でねもうほんとにピークにつらかったのが忘れもしないですけど…まあ石屋っていうのは石を据え付けるためにはコンクリートを持ってきたりするんですね。
それで現場監督さんから「こっちに移してくれ」って言われてネコってありますよね一輪車とスコップでこうやって入れて移してくれって移したんですね。
そしたら「やっぱり戻してくれ」って言われてで戻して「やっぱりこっちに移してくれ」ってまた戻したんですけど「でもやっぱりこっちだな」って言われたときに僕一人で戻してスコップを投げ捨てて俺もうバイトしたくないと思ってで…神様お願いします僕芝居だけでなんとかなりませんかねっていう気持ちでその〜事務所の社長に「なんとか芝居だけめちゃめちゃ入れてなんとか生活できないですかね」みたいなことをお願いしたのがそれが運よく最後のバイトなんで。
30歳ぐらいだったんですか。
30過ぎてましたねもう。
ええ〜…。
ただやっぱり今でも蜷川さんに怒られる夢と明日バイト行かなきゃっていう夢は今でも見ます。
(スタッフ)あははっ!まだやっぱり心の傷は癒えてないんですよね。
芝居はやっぱりお好きだったんですね一度辞めようと思ってはいたけど。
(松重)う〜んそうですね一回リセットしちゃったんでもう二度とこのリセットボタンは使えないっていうふうに決めてたしやっぱりその…芝居したいなっていう24時間芝居のこと考えてられたらほんとに幸せだろうなって。
芝居でご飯が食べられたらほんとに僕不満も何もありませんっていう気持ちでいっぱいだったんで。
なんかあるときから怖い人がいるぞっていう。
(スタッフ)あははっ!まあとにかくあのころは人の嫌がる役ばっかりやってたっていうかもうやっぱりヤクザ役もやるし善良な市民もやるしゾンビもやるし宇宙人やらせてもピカ一だなって言われる人の方がやっぱり役者としては厚みがあるっていう感じがするんでいろんな発注を受けるっていう意味でその取っかかりとしては僕はやっぱりいかつい風貌だったんでそういう発注があってそういうところから入っていったと思うんですけどね。
ふ〜ん。
例えばゾンビをやったときに自分はどう料理しようと…。
ゾンビっていうのもね一回ゾンビやって…ゾンビっていうのはやっぱりこういう動きをするっていうやっぱりそういう一般概念があるみたいでそういう動きを発注受けて一日中こういう動きをやってたら翌日首が動かなくなって整形外科に行ってそれほど売れてる頃じゃないんで「どうされましたか?」って言われて「昨日こういう動きをずっとやってて」「はあ?」って言われて「こういう動きをずっと一日繰り返した」「はあ?」って言われて。
あははっ!「ゾンビを一日やってたんですけど」「あっゾンビを…」って言われてああ〜面倒くさいなとは思ったんですけども今となってはもうねえある程度「すみません昨日ゾンビやってまして」って言ったら「大変ですねゾンビですかまた」って言われても「ええ。
また昨日もこうやって跳んで」って言えば外科の先生も治してくれるんで。
ご自身の中で一番難しいっていう役柄はなんでしたか?いやでもねこのぐらいなんか俳優業って俳優っていうのを続けていくと「あなたってほんとはどういう人ですか?」って聞かれたときに意外とあれ?なんもないっていう感じはするんですよね。
「怒りっぽい人ですか?そうじゃないんですか?」っていやそれはスイッチングでできるっていうかいろんなこともたぶん自分の中に引っ張り出せるんだけども果たして自分ってほんとはどうだったのかなっていうのが分からなくなってきちゃう職業なんだなっていうのがこのぐらいの年齢になってくると思うんですけども。
思います?ええ。
今お忙しいでしょ?あははっ!石屋のときよりは楽かもしれないけど。
バイトしなくていいんだっていう毎日を過ごせてるっていうのは幸せな日々だとは思うんですけどもでもやっぱりこれはもう保障されてる職業じゃないですし常にやっぱりお客さんに次の新しい松重を見せてくれないとやっぱり飽きられちゃうしつまんないと思われちゃうからなんか安心してるっていう時間は1分たりとも1秒たりともないんで。
ご自分に厳しいんですね。
そうじゃなきゃこの仕事はやっていけないと思いますけどね。
今舞台は年にどれぐらい?年に1回できればいいなと思ってるんですけどもここんところちょっと立て続いてるんで…。
舞台が?
(松重)ええ。
今手塚治虫浦沢直樹原作の「プルートゥ」っていう…。
たまたま娘が「ラルビの出るの?これおもしろいよ」とかって。
お嬢さんが詳しいんですか?美大でそういうものもなんか勉強してる女なんで。
割と…子供たちから最近そういう情報も聞くようになってそうかお前これおもしろいと思うんだじゃあおもしろいんだろうなっていう感じで…。
引き受けて。
引き受けてほんとにおもしろい舞台をつくられる演出家なんで見たことない動きをしてましたしこないだの舞台も。
あっそうなんですか。
もしかしたら首を痛めて整形外科に行く可能性ありますね。
あははっ!じゃあ今松重さんを元気にしてくれる曲を…。
ほんとに僕20年30年近くかなもうリッキー・リー・ジョーンズっていう方にはもうほんとにお世話になってて。
お世話になってるんですか。
曲は?
(松重)「MyOneAndOnlyLove」。
「MyOneAndOnlyLove」ですか。
はい。
癒やされるとかって言葉あんま好きじゃないんですけどもボロボロになったときにもうなんか夜あの方の歌声を聴くと旅先でもなんかこうホッとするんで。
すみませんなんか朝なのに夜の気分にさせてしまいましてすみませんね。
夜遅く一人でこの声を聴いていてお酒も飲んで?ええ。
なんかうん…まあ明日も頑張ろうかなってボロボロになったけど…って思えません?なんか。
どういう仕事を選んで…。
(松重)あのね「どういう役がやりたいですか」とか「どういう作品やりたいですか」っていう質問に関してはやっぱり僕ほんとに共通して申し訳ないですけどないっていうか自分がやりたい役はないっていう。
やっぱりまあ役が来て初めて始める作業なんで…。
いやらしい男にもなれるんですか?それね意外といやらしい男に関しては不得手な部分があってあんまりその…発注もないんですけどもジゴロとかその色悪とかそういうものっていうのは…。
いややればいやらしくなりそうな気もするし。
(スタッフ)あははっ!そうですかね。
2014/12/13(土) 07:30〜08:00
MBS毎日放送
サワコの朝[字]【松重豊▽大ブレイク俳優の素顔】
ゲスト・松重豊/俳優▽「明日バイト行かなきゃ」という夢は今でも見る!?その紆余曲折の役者人生。阿川佐和子がゲストの意外な側面や表情を引き出します。
詳細情報
番組内容
ゲストは俳優の松重豊。強面な脇役として様々な役柄を演じ、ドラマ「孤独のグルメ」で初主演。後にシリーズ化されるほどに。最近ではコミカルな演技も注目され、映画やドラマに欠かせない存在となっている。
大学卒業後「蜷川スタジオ」で芝居の世界に没頭していたが、三年の在籍の後退団。一時期、俳優の道から遠ざかる。当時の心境や復帰後も続いた苦労などを伺い、お芝居では見られない新たな一面に迫ります。お楽しみに!
出演者
【司会】
阿川佐和子
【ゲスト】
松重豊
1963年生まれ。明治大学在学中に三谷幸喜主宰「東京サンシャインボーイズ」の作品に参加。卒業後は、蜷川幸雄主宰「蜷川スタジオ」に三年在籍。一度は建設会社正社員になるが、再び演劇の世界に。
2012年、ドラマ『孤独なグルメ』で連続ドラマ初主演。
現在、TBSドラマ『女はそれを許さない』(火曜よる10時)に出演中。
来年、舞台「プルートゥ PLUTO」出演予定
制作
【製作】MBS TBS
【制作協力】TBSビジョン
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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