(テーマ音楽)宮城県多賀城市の海沿いにある道路工事会社。
道路の建設や保守などを行っています。
工場長の…出張中工場が津波に襲われました。
あの日松嶋さんは山形県で仕事をしている時大きな揺れに襲われます。
多賀城市の工場では15人の従業員が資材の出荷作業に当たっていました。
地震によって社内の電源は全てダウン。
テレビはつかず非常用のラジオなどもなかったためすぐには避難を決断できないでいました。
連絡を取った製造課長からメールの返事が届きます。
しかし松嶋さんは不安を感じていました。
会社では避難場所を決めていなかったからです。
従業員の…どこに向かえばいいのか分からないまま自分の車で避難を始めました。
当時転勤してきたばかりだった児玉さんは高台の方向が分からず渋滞に巻き込まれます。
気が付いた時には車が津波に流され始めていました。
流された車は電柱とアパートの間に挟まって止まります。
アパートの住民がひもで2階に引き上げてくれて児玉さんは間一髪で助かりました。
一方誰もいなくなった会社に戻ってきてしまった従業員もいました。
携帯電話が使えず会社に戻って指示を仰ごうと思ったのです。
会社に着いた時津波はすぐそばまで押し寄せていました。
向屋敷さんが2階に駆け上がった時乗ってきたタンクローリーが津波に押し流されるのが見えました。
翌朝水が引きようやく事務所から出る事ができました。
松嶋さんが工場に戻れたのは翌日の昼頃でした。
こちら見て頂くと…。
震災後会社では非常用ラジオや懐中電灯を配備し避難場所や避難経路も決めました。
会社のあちこちには津波の到達場所を示した印が残されています。
2014/12/16(火) 10:50〜10:55
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県多賀城市 松嶋徹さん」[字]
多賀城市の道路工事会社の工場長、松嶋徹さんは出張中で、すぐにメールで従業員に避難するよう連絡した。従業員の中には車で避難中や会社に戻って津波に襲われた人がいた。
詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した人々の「あの日」の証言。宮城県多賀城市の道路工事会社の工場長、松嶋徹さん。出張中に工場が津波に襲われた。すぐにメールで従業員に避難するよう連絡したが、従業員の中には車で避難中や会社に戻って津波に襲われた人がいた。震災後、被災したことを忘れないために、津波の到達場所を示した印を残し、避難場所や避難経路を決めた。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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