プロフェッショナル 仕事の流儀「狂言師・野村萬斎」 2014.12.15


その日門外不出とされる幻の狸が現れた。
猿に始まり狐に終わる修業の道。
その先にある最高峰の狸に男は挑む。
代々家に伝わる254演目の頂点。
人生をかけた闘いが幕を開けようとしていた。
(足拍子)当代一の人気狂言師。
はぁ…。
真価が問われる50代を前になぜ幻の狸に挑むのか。
知られざる苦悩を明かした。

(主題歌)・「ものと」!大きく言うんだよ。
「ものと」!20代で花形登場と騒がれ30代で誰もが知る狂言師となった。
「を」です!「の」となる事はないんだよ。
だがその陰に宿命にもがき苦しむ日々があった。
舞台で流した禁断の涙。
狂言師野村萬斎の稽古場は東京・文京区にある。
いつも稽古は一人落ち着く夜9時以降。
(張り扇の音)弟子さえも立ち入る事が許されない特別な時間。
「ただならぬ身で…」。
はあ…。
納得いくまでセリフを繰り返し体にしみ込ませていく。
「初風身にしみて」。
「秋の初風身にしみて」。
みたいにこう謡うと…「秋の初風」って…一息つくと意外な事を始めた。
舞台の評価から根も葉もない噂話まで。
ついつい見てしまうという。
稽古を終えると深夜1時にもかかわらずランニングを始めた。
ゴー。
徐々に坂の勾配を上げ体に負荷をかけていく。
萬斎は年間300の公演をこなす当代きっての人気役者。
この日は宮島厳島神社で狂言を奉納する。
この日も会場は600人を超える客で埋め尽くされた。
室町時代より伝わる狂言伝統の装束に身を包む。
本番10分前。
空気が張り詰めていく。

(囃子)夜7時半舞台が始まった。
この日は狂言の中で最も人気のある演目の一つ…相手役を務めるのは…人間国宝だ。
こう縛られ…。
萬斎と万作扮する召し使いは主人の酒を盗んでばかりいるためついに縛られてしまう。
それでも酒が飲みたい2人は酒蔵に忍び込もうと企てる。
(笑い)
(笑い)狂言は市井の人々の日常をおもしろおかしく風刺する笑いの芸術だ。
まことに開いた。
その舞台は極めて簡素。
化粧もせず小道具も最小限しか用いない。
身ひとつで観客の想像力をどれだけかき立てられるか。
(笑い)
(笑い)
(笑い)
(笑い)こぼすなこぼすな。
あたかも酒があるかのような飲みっぷり。
これは良い酒じゃ。
良い酒じゃ。
(笑い)
(笑い)
(拍手)次々と起こる笑い。
だが萬斎は「笑いをとる」という言葉を嫌う。
狂言師として貫く流儀がある。
狂言師野村萬斎さんといえば客をひきつける華のある舞台。
喜怒哀楽の人間描写。
それらは全て長い歳月をかけて狂言が培ってきた「型」と呼ばれる技に裏打ちされている。
例えば萬斎さんが得意とする型の一つ…
(掛け声)上半身に力をため空中で静止。
その美しさは萬斎さんならではだ。
けれど「型を習得すれば終わり」とはいかないのがこの世界の奥深いところだ。
型を単に守るのではなく役者自身がどう解釈し表現するか。
それが狂言師の個性となる。
例えば「酒を飲む」という型。
一気に飲み干し舌鼓を打つのが基本だ。
(舌鼓)ふぅ〜。
この舌鼓ひとつにも萬斎さんの長年の工夫が込められている。
舌の先っぽで…。
(舌を鳴らす音)
(舌を鳴らす音)
(舌を鳴らす音)酒の香りが匂い立つ。
(舌鼓)ふぅ〜。
最近ではそう言われるまでになってきた。
うまい!
(笑い)そんな萬斎さんの目標は師匠である父万作さんだ。
型を磨き続けて80年の万作さんの芸は珠玉とたたえられる。
緻密で情感豊かな表現は型を守りながらも型から解き放たれた自由さがあると言われる。
そんな万作さんの目に萬斎さんの芸はどう映っているのだろうか。
「用心の召され…」。
「を」です!「の」となる事はないんだよ。
この日は15歳になる息子裕基君に稽古をつける。
ふだんは淡々とした萬斎さんだがこの時ばかりは鬼と化す。
父から子へ「口伝」という方法で代々受け継がれてきた狂言。
「用心のせい…召され」。
「ひらに用心の召され」。
この家に生まれた男児は避けては通れない道。
萬斎さんもまたその宿命の重みに苦しみ押し潰されそうになりながら闘い続けてきた。
萬斎さんは1966年狂言の名門野村家の長男として生まれた。
初舞台は3歳の子猿役。
物心ついた時には既に狂言師になるための英才教育が始まっていた。
「舟人」…。
「舟人も」!もういっぺん。
意味も分からないまま型をたたき込まれる毎日。
(万作)「ものと」!「ものと」!大きく言うんだよ。
ものと!覚えが悪いと父万作さんの扇が容赦なく飛んできた。
できて当たり前。
褒められる事はほとんどない。
子供ながらに一つの疑問が湧き上がってきた。
でも怖くて口に出して聞く事はできなかった。
学校では普通の子でありたいと狂言の話題をかたくなに避けた。
だが日常のふとしたしぐさに父に仕込まれた型が顔をのぞかせる。
知らず知らずのうちに自分の中に型がしみ込んでいるのを感じざるをえなかった。
(萬斎)そういうチップが埋め込まれたみたいなね。
まあそれこそちょっと…父に対して憎悪すら覚えふてくされながら稽古をこなす日々。

(囃子)そんな17歳の正月狂言師の登竜門とされる舞台に立った。
その時萬斎さんは体が勝手に動き出す感覚に襲われた。
父にたたき込まれた型が自らを突き動かしていた。
言いようもない躍動感。
狂言が初めて面白いと思えた。
だが間もなく22歳にして壁にぶち当たる。
(吠える声)父万作さんが繰り返し演じ「狐役者」と呼ばれるに至った難曲を上演する事になった。
萬斎さんは型を完璧に覚え覚悟して舞台に臨んだ。
(吠える声)だが狐の心の叫びが全く表現できない。
(吠える声)型どおりに演じるだけでは到達できない領域がある事を思い知らされた。
どうすれば父のような味わい深い狐が演じられるか。
稽古する父の一挙手一投足に目を凝らした。
(吠える声)そこで目にしたのは狐のささいなしぐさ一つに試行錯誤を重ねる父の姿。
父は狐を20回以上演じてなお納得がいかず更なる高みを目指してもがき苦しんでいた。
果てしない芸の道。
自らに課せられた「宿命」に恐ろしさすら感じた。
37歳の時忘れられない出来事が起こる。
息子裕基君の3歳の初舞台。
かつて自らが通った道を我が子もまた歩みだそうとしていた。
その舞台での事だった。
息子演じる子猿に過酷な運命を告げる場面。
「今なんじをうつほどにかまえてかまえて草葉の陰からも…」。
萬斎さんの目から舞台で流してはならないはずの涙がこぼれた。
4年後裕基君に稽古をつけていた時の事だった。
恐れていた問いが息子から突きつけられた。
萬斎さんは言葉に窮しながらこう答えた。
「なぜ狂言をやらなければならないのか」。
永遠の問いを胸に萬斎さんは今日も舞台に立つ。
生きている自分という存在を証明するために。
「時の花」っていう言葉があって…この秋萬斎は人生をかけた大舞台に挑もうとしていた。
この日は西陣織の老舗で特注の衣装を合わせる。
萬斎が演じるのは尼の姿に化けた身重の狸だ。
狂言「狸腹鼓」は野村家に代々伝わる254演目の最高峰。
しかも「一子相伝」。
家を継ぐ者しか師匠から教わる事ができない秘曲だ。
萬斎には48歳の今この究極の演目に挑む理由があった。
今回萬斎は舞台で使う笛の曲調を父の許しを得て大きく変更していた。

(笛)物悲しげな曲調にする事でより味わい深い演技を追求するのがねらいだった。

(笛)「狸腹鼓」は尼の姿に化けた身重の狸が猟師にその正体を見破られ捕らえられてしまいそこで赤子を宿したお腹で腹鼓を打って命乞いをするという物語だ。
実は萬斎は8年前に一度「狸腹鼓」を演じたがその時は父から教えられた型を踏襲しただけだった。
今回はどれだけ自分の世界をつくり出せるか。

(笛)1週間後変更した笛の曲調に合わせて本格的な稽古を始めた。

(笛)味わい深い演技を目指して物悲しげな曲調にしたものの動きが合わない。
う〜ん。
振付を変えてでも母狸の内面を表現したい。
カギとなるのは母狸が腹鼓を打とうとする場面。
お腹の子を思い腹鼓を打つのを躊躇するという悲哀を込められないか。
悲しみを表す首の振り方。
子に呼びかけるようなお腹のなで方。
母狸の葛藤はいかばかりか。
稽古は4時間に及んだ。
本番5日前。
萬斎はこの日も稽古に励んでいた。
(ため息)う〜ん。
目指すのは父が常々口にする頭で考えるのではなく肉体が自然に動く演技。
その境地にどうすれば近づけるのか。
その日の夜。
萬斎は父と同じ舞台に立っていた。
「このあたりの者でござる」。

(笛)齢80を越えてなお自らの芸に飽き足らず精進を重ねる父の姿がそこにあった。
「四十五十は洟垂れ小僧」とこの世界では言う。
だからこそ今何をなすかによって未来は変わってくるはずだ。
本番3日前。

(笛)笛の音に合わせ舞台での最終確認を行う。
「さてさて面白い事じゃ」。
だがその終盤新たな課題が浮き彫りとなった。
腹鼓を打って命拾いした狸が帰り道月を見上げるラストシーン。

(笛)考え込んだまま動けない。
月を見上げるだけでは何かが足りない。
もう少し余韻のある終わり方はできないか。
だがこの場では納得のいく答えは出せなかった。
じゃあとりあえずそれで…。
はい。
「狸も2つ3ついてござるが」。
40分後。
本番の衣装に着替え通しリハーサルが始まった。
父万作が舞台上で演技に目を光らせる。
師匠に認めてもらえるか。
(猟師)腹鼓。

(笛)母狸が猟師から腹鼓を命じられ打つ前にお腹の子を思い躊躇する大事な場面。
萬斎は我が子に語りかけるようにお腹をなでた。
そして何度も首を振った。

(猟師)さてさて面白い事じゃ。
いよいよ月を見上げる課題のラストシーン。
萬斎は我が子を気遣いもう一度優しくお腹をなでた。
思わず体が動いた無心の演技だった。
どうでしょう?そこには師匠万作の満面の笑みがあった。

(主題歌)本番の日。

(拍手)萬斎は勝負の演目を見事に演じきった。
狂言師としてはですね美しさをもって人の心をひきつける。
面白さをもって人と心をつなぐ事。
そしてまあ諦めないのが狂言師かな。
2014/12/15(月) 22:00〜22:50
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀「狂言師・野村萬斎」[解][字]

いま狂言が熱い!当代一の人気役者・野村萬斎に異例の密着。趣味は自分検索?意外な素顔。舞台で流した禁断の涙。この秋挑んだ“幻の狸”。新境地を模索する闘いの現場。

詳細情報
番組内容
いま狂言が熱い!当代一の人気役者・野村萬斎(48)に長期密着。趣味は自分検索?意外な素顔が明らかに!3歳のデビュー以来、表舞台に立ち続けてきた男が明かした知られざる苦悩。「曲が逃げていく」壮絶体験。舞台で流した禁断の涙に息子への思いが隠されていた。師であり父である人間国宝・万作(83)との葛藤。この秋、役者生命をかけて挑んだ“幻の狸”。更なる高みを模索する萬斎は新境地に到達できたのか?闘いの現場。
出演者
【出演】狂言師…野村萬斎,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
劇場/公演 – 歌舞伎・古典
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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日本語(解説)
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