(テーマ音楽)戦後日本を代表する俳優米倉斉加年さん。
わしは武者ではないが恥は知っている。
独特な存在感と味わいのある演技で舞台を中心に映画テレビなど幅広く活躍しました。
わあ〜。
きれいやろ?なあ。
貝殻やら松葉やらほかしてしまうようなもんがこんなきれいな模様になって出てくる。
すごいねえ。
う〜ん。
この人間も箸とおんなじや。
研いで出てくるのは塗り重ねたものだけや。
なあ?一生懸命生きてさえおったら悩んだ事も落ち込んだ事もきれいな模様になって出てくる。
お前のなりたいもんになれる。
米倉斉加年さんは昭和9年福岡県で生まれました。
芝居好きの祖母の影響で幼い頃から演劇に親しんで育ちます。
戦争中ですよ?「芝居ば見に行くけん」?はい。
大学では演劇部に所属。
二十歳の時本格的に役者を目指して上京します。
幕の上げ下げなどの裏方を経て宇野重吉さんが活躍していた劇団民藝に研究生として合格。
しかしせりふも名前もない端役ばかり。
給料もありませんでした。
努力を重ねるも役者としてなかなか芽が出ず試行錯誤の日々が続きます。
転機となったのは26歳で出演したドラマでした。
変な夢見たな。
それがおかしいんだ。
おやじが俺くらいの年で出てくるんだ。
それが今のおやじとおんなじ顔してやがるのさ。
それで声だけは俺の声なんだな。
父親役として共演した師匠の宇野重吉さんから米倉さんは生涯忘れられない教えを受けました。
その教えを胸に臨んだ舞台「ゴドーを待ちながら」。
宇野さんの相手役という難しい役を任され高い評価を得ました。
これをきっかけに舞台だけでなくテレビや映画でも活躍するようになります。
運命を懸けた戦?笑わせちゃあ困る。
今薩摩が乗り出す事は足を引っ張るようなもんだ。
そのようなけちなまねこの人斬り半次郎ちと不得手でな。
知的で繊細な役からコミカルな演技まで幅広くこなす名脇役として欠かせない存在となっていきました。
ごめんなさい。
つい気が付きませんでした。
考え事してたもんですから。
おっ…。
実にすばらしい事ですあのお年で。
この物語は私に勇気と希望を与えてくれました。
民藝の看板俳優となった米倉さんの代表作舞台「おはなはん」。
演出も務めたこの芝居にずっと抱えていた戦争反対平和への思いを込めました。
何だ?その格好は。
ばかもん。
早見中尉命令!いい加減にせんか。
ハッハッハ…。
命令。
早見中尉はいかなる事があろうと決して死ぬべからず!何を言うか。
決して犬死にはせんつもりだ。
じゃどん…。
たとえ立派な死に方でも…。
死ぬべからず!決して…決して死ぬべからず。
復唱早見中尉。
いかなる事があろうと決して決して死にもはん。
平和への思いを託したものがもう一つありました。
絵本です。
米倉さんは戦争中1歳だった弟を栄養失調で亡くしています。
その時の痛切な思いを絵本に描きました。
米倉さんは戦争や差別をテーマに絵本を次々と発表。
その独特のタッチの絵と強いメッセージ性は海外でも認められました。
演劇と絵の力を信じ普通である事の幸せを伝え続けた80年の生涯でした。
2014/11/22(土) 05:40〜05:50
NHK総合1・神戸
NHK映像ファイル あの人に会いたい「米倉斉加年(俳優・絵本作家)」[字]
米倉斉加年さんは昭和9年福岡県生まれ。宇野重吉に師事し、知的で繊細な役から癖のある脇役まで舞台、映画やテレビなどで活躍した。また絵本作家としても才能を発揮した。
詳細情報
番組内容
米倉斉加年さんは昭和9年福岡県生まれ。22才で劇団民藝に研究生として入所し、宇野重吉に師事した。知的で繊細な役から癖のある脇役まで、独特な存在感と重厚な演技で、舞台を中心に映画やテレビなどで幅広く活躍した。また演出家や絵本作家としても多彩な才能を発揮した。その原点には戦争中、幼い弟を栄養失調で亡くしたことにあった。生涯伝え続けて来た、平和への思いを語る。
出演者
【出演】米倉斉加年,【語り】井上あさひ
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー
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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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