パリから車で1時間
フランス人が愛してやまない…
中庭で大イベントが始まろうとしていました
主役が登場しました
そう英雄ナポレオンです
子供のころから大好きでおもちゃの兵隊を集めましたよ背は低かったかもしれませんが偉大な男でした
ナポレオンは自ら玉座をつくり
この宮殿で暮らしました
黄金のきらめき
代々の王や皇帝が富をつぎ込んだ
まさに美の殿堂です
今日の世界遺産は
ここで誕生しました
あのヴェルサイユの先駆けとなった
フランス文化は
この宮殿から始まります
東西25キロにわたって広がる
代々フランスの王はここで狩りを楽しみました
その中心に巨大な宮殿があります
第一の驚きは
深い森にたたずむ宮殿
そこでは黄金の玉座が輝きます
もとは小さな狩りの館でした
しかし16世紀ヨーロッパで二つとない
新しい宮殿に生まれ変わったのです
木々や花で幾何学模様を描く
フランス式の庭園もここが始まり
ある小説家は言います
「フランスの歴史を知るには」
「本を読むよりフォンテーヌブローに来るべし」
ここが入り口でした
客を迎えるのは改築を命じた王
フランソワ1世のシンボルです
扉の先
長さ60メートルの大回廊が
訪れる者を圧倒します
空間そのものを楽しむ場としてつくられた大回廊
ヨーロッパの宮殿で初めてのものでした
フレスコ画と
漆喰でつくった彫刻が一つとなり
壁がまるで作品のようです
のちに大回廊はヴェルサイユやルーブルといった
フランスの宮殿で流行するのです
あらゆる場所に
王のイニシャルとシンボルが刻まれました
宮殿は王の力を見せつける舞台になったのです
森の宮殿に暮らす王達の
一番の娯楽が狩りでした
猟犬を放ち馬で獲物を追い詰めます
彼らがとりわけ好んだのが
鹿狩りでした
ここは狩りのモチーフで
埋め尽くされました
ずらりと並ぶ鹿の剥製
イノシシや猟犬も描かれます
壁という壁には
王達が愛した
フランス各地の…
一番奥がフォンテーヌブローの森と宮殿です
数々の悲劇の舞台にもなりました
ひときわ華やかな寝室
あつらえたたんすには
繊細な金細工とカメオの飾りが施され
まさに芸術品です
この寝室の主は…
王妃
ベッドカバーから壁布まで
すべて最高級のシルク
そしてイニシャルのM
しかしマリー・アントワネットは革命が起きたためこの寝室を見ていません結局ナポレオンの妻がベッドを使うことになりました
アントワネットはフランス革命により
処刑されたのです
次の主となったのが…
皇帝ナポレオンでした
この部屋
もとは国王の寝室でしたが
ナポレオンは黄金の玉座を置いたのです
Nはナポレオンのイニシャル
紋章のワシは力のシンボルです
ミツバチは努力と勤勉を表しました
宮殿は時代とともに姿を変えていったのです
ヨーロッパの宮殿のモデルとなった
フォンテーヌブロー宮殿は
王家の森
今ではフランス人の憩いの場です
森の岩場に
不思議な荷物を背負った一団
背負っていたのは…
クッションでした
彼らは天然の奇岩を素手で登るスポーツ
ボルダリングの愛好家
ここは世界最古の人気スポットなのです
一方最新のアトラクションがこちら
イヌ達が引くカートに乗って
森を駆け抜けます
いよいよスタート
4キロほどのコースを時速20キロで疾走
このイヌ達冬はアルプスでソリを引いているそうです
意外な森林浴の楽しみ方
フランス革命ののち
フォンテーヌブロー宮殿を現在の姿にしたのは
ナポレオンでした
第二の驚きは
皇帝ナポレオンの大改造
秘密の隠し部屋もありました
黄金に輝くNのイニシャル
ナポレオンは新しい正門をつくりました
入り口の壁を鉄格子に変え
市民からも中庭がよく見えるようにしました
ここで勇ましく軍の閲兵を行ったのです
そして大階段で自ら号令をかけました
この馬蹄形の階段を中心に
皇帝の権威を示す舞台をつくり上げます
1日3時間しか眠らなかったというナポレオン
この小さなベッドで寝起きしました
大好きな緑色で統一された部屋には
秘密が…
この部屋の壁には実は布地に隠された小さな扉があるんです
壁の隠し扉から皇帝が夜ごと通ったある場所とは?
ナポレオンが愛した…
皇帝のベッドの脇に
隠し扉がありました
今は開かずの扉です
扉はらせん階段で
隠し部屋につながっていました
ナポレオン専用の図書室です
皇帝は眠れぬ夜をここで過ごしました
ナポレオン自らがつくらせた机
彼はこのテーブルに地図を広げて軍事作戦を研究していたのです
皇帝になっても戦地に赴きました
戦場で身につけたコートと帽子です
フォンテーヌブローの森で
ナポレオン軍の野営の様子が再現されました
当時の大砲です
若き日のナポレオンは砲兵隊の士官でした
人気を集めていたのはひときわ大きな
実際にはヒョウの毛皮が敷かれていたとか
皇帝が使っていた調度品も再現しました
けれど栄光の日々は幕を閉じます
宮殿に集まった観衆のお目当ては
ナポレオンが島へ流される日の再現シーン
彼が皇帝の座を退く決意をした部屋です
調度品は200年前のまま
一時はヨーロッパを制覇しますが
ロシアとの戦いに敗れ
命運が尽きたのです
このテーブルで…
ナポレオンは中庭で兵士達に別れを告げ
宮殿を去ったのです
すべてをフランスに捧げてきた今私は去る諸君は祖国に仕えてほしい栄光を
当時の衣装をまとったボランティアは500人
今でもナポレオンのファンは多いのです
別れの日から200年後この場所にいられるのはとても幸せなことですナポレオンはヴェルサイユではなくこの宮殿で暮らしました退位したのもここでしたフォンテーヌブローはだから有名になったんです
観光名所アンヴァリッドに
ナポレオンの墓があります
この巨大なドームの下に
棺が安置されました
こんな遺言が残ります
「フランス国民に囲まれ」
「セーヌの岸辺に眠ることを願う」
英雄の最後の願いでした
フォンテーヌブローの森にほど近いこのホテル
日本と意外なご縁がありました
こちらのレストランです
40年ほど前昭和天皇が訪れ
昼食を召し上がったのです
前菜はこちら
そしてメインは…
昭和天皇は残さず召し上がったとか
今では人気のランチコースになっています
フォンテーヌブロー宮殿に
世にも美しい部屋があります
夜ごと華やかな宴が開かれた…
ここがフランスの美の原点でした
一体なぜ?
フォンテーヌブローとは
フランス語で美しい水の泉
宮殿はフランスの美の泉にもなりました
その象徴がここ
16世紀につくられた…
時の王はイタリアから芸術家を招き
装飾のすべてを任せました
壁や天井を彩った
初めて見る絵画や彫刻
ここからフランス中に広まっていったのです
第三の驚きは…
王家の森は新たな絵画も生みました
19世紀画家達は絵筆を持ち出し
屋外で風景を描くようになります
それまで背景でしかなかった森や川が
初めて絵のテーマになったのです
彼らが描いたフォンテーヌブローの森
王家の森が新しいアートを生んだのです
森の片隅にあるバルビゾン村
画家達はここに集まり
フォンテーヌブローの森に出かけました
40人ほどの画家が暮らした宿の壁には
彼らが残した落書き
何と食器棚にも
まるでだまし絵のようです
この絵に描かれているのは宿の娘の結婚祝いです相手は写真家でしたこの日は多くの画家達が集まったといいますその中にジャン・フランソワ・ミレーもいたそうです
村にはミレーの暮らした家もありました
今は記念館になっています
大きな窓から光がたっぷり入るアトリエで
数々の傑作が生まれました
こちらもその一つ
実は村に来たのは
パリでコレラがはやったから
コレラがおさまるまでの2〜3週間だけと思っていたのですが来てみるととてもくつろげる場所だったのですミレーは農家の出でしたからね
発明されたばかりの写真機に夢中だったミレー
自分で撮った写真をもとに
描いた作品もありました
フォンテーヌブローの森を愛し
村に骨をうずめたミレー
こうした画家達が
印象派の先駆けとなったのです
新しいアートを生んだ王家の森
宮殿の一室へ
閉め切った窓は貴重な装飾を日差しから守るためです
特別に開けてくれました
壁一面のタピストリー
何色もの絹糸で
狩りの場面がつづられています
400年も前の傑作です
これは王の権威を示すものですフランスの伝統では美しいタピストリーを持つことはとても重要なことだったのです
今のフランスを輝かせる華やかな芸術
そのルーツはここにありました
フォンテーヌブロー宮殿と庭園
まるで一つの巨大な作品のように
王家の森にたたずんでいます
2014/12/14(日) 18:00〜18:30
MBS毎日放送
THE世界遺産[字]【フランス王家の森!華麗なる宮殿】
王家の森にたつ華麗なるフォンテーヌブロー宮殿。フランスの華やかな芸術文化はここから始まりました。ナポレオンの秘密の部屋から豪華大回廊まで一挙公開!
詳細情報
お知らせ
【遺産情報】
<遺産名>フォンテーヌブロー宮殿と庭園
<国名>フランス
<登録年>1981年
<登録基準>(