ETV特集「復興まちづくり 4年目の日々〜岩手 陸前高田〜」 2014.11.22


東日本大震災復興のシンボルとしてそびえる陸前高田の一本松。
ここで今新たな町を一からつくり上げる被災地最大の復興事業が始まっています。
総事業費は1,600億円。
山から土砂を運び出す総延長3キロにも及ぶベルトコンベヤー。
津波で浸水した被災地に最大12mのかさ上げを行いその上に新たな町が築かれようとしています。
陸前高田が目指しているのは子や孫の世代も安心して暮らせる持続可能なまちづくり。
津波など災害に強い町にするのはもちろんの事町の活気をいかに取り戻すかが大きなカギになります。
これを成し遂げるため町は中心市街地づくりを急いでいます。
でこの辺りから山手側をずっとかさ上げしていくと。
未来を見据えた陸前高田の中心街。
しかしこの中心街を担う商店主たちがここに戻ってくるのか新たな課題が浮かび上がってきました。
創業100年の味噌屋の家族。
中心街での店の再建を目指していますが割り当てられた区画は狭く元の規模で商売を再開できない事に悩んでいました。
今回の津波で3割を超える事業者が廃業に追い込まれた陸前高田。
更に震災後町の高齢化が加速する今一体どれだけの人が新たな中心街に戻る事ができるのか危ぶまれています。
3年半前のあの日津波で多くを失った陸前高田。
一から新たな町をつくり上げるという前例のない試みを見つめました。
(サイレン)この日福島県沖が震源の地震が発生。
津波注意報が出されました。
陸前高田の人々は今も津波の危険と隣り合わせで暮らしています。
町の消防団の一員菅野秀一郎さん。
顔洗ってきた。
シャキッとしないとね。
菅野さんは町の中心部の商店街にあった老舗菓子店の5代目です。
菅野さんが店を構えていた商店街は津波で壊滅。
今内陸部の仮設店舗で商売を再開しています。
先代から受け継いだ菓子を焼き上げるオーブンや生地を練る攪拌機など商売道具は全て流されました。
補助金で新たな機材を少しずつ買いそろえようやく去年4月仮営業を始めました。
菅野さんの目標はかさ上げ地に出来る新たな町で店を再開させる事。
ふるさと陸前高田を多くの人で賑わう町にしたいと考えています。
3年半前の津波で中心市街地の大部分を失った陸前高田。
町は震災の直後から復興計画を練り始めていました。
計画の要と考えられているのが新たに町の顔となる中心街の整備。
陸前高田の活気をどう取り戻すかが大きな課題となってきました。
今年1月から商店主たちも集まって新たな中心街の案が話し合われてきました。
もともと町に4つあった商店街は中心街に全て集約される事になりました。
この春町の中心部に一部姿を現した高さ10mのかさ上げ地。
今後更にかさ上げ地を広げ新たな中心街を築きます。
中心街は当初の案よりも1年前倒しとなり来年秋には一部で店舗の着工が始められる予定です。
あの日市街地のほとんどが15mを超える津波にのみ込まれた陸前高田。
復興計画でまず重視されたのは津波に強いまちづくり。
海沿いには12.5mの防潮堤を建設。
浸水した平野部の多くは再び津波に襲われた時の危険を考え人が住まない公園や緑地帯にします。
平野部の奥には浸水しないように最大12mのかさ上げ地をつくり新たな中心街と周辺に住宅地を築く事にしました。
更に内陸部の高台も複数造成し住宅街などをつくります。
新たなまちづくりがうまくいくかどうか。
カギを握っているのがかさ上げ地に生まれる中心街です。
考えているのは地元客や観光客が利用しやすいよう飲食店や土産物屋など業種ごとに区画を分け中心街をつくり上げていくプラン。
イベント広場や文化的な施設などもつくりこれまで以上に集客力のある町をつくろうという計画です。
陸前高田は金山の町として始まり江戸時代から200年以上にわたって栄えてきました。
古くから商売が盛んだったこの町で多くの商店主たちが伝統を受け継いできました。
この日商店主たちが集まったのは4つあった商店街の1つ大町商店街があった通りです。
代々商売繁盛を祈願してきた市神様があります。
この場所は間もなくかさ上げ工事で土の下に埋もれてしまいます。
将来自分たちの子や孫の世代が愛着を持って暮らせる町をつくれるのか。
中心街の復興を担う商店主たちは使命感を持ちながらも大きな不安を感じ始めていました。
(祝詞)味噌屋を営んでいた井筒さん夫婦。
夫婦は新たな中心街で商売を再開させたいと願っています。
・ご苦労さんでした。
(一同)ありがとうございました。
井筒さん夫婦は今も高台につくられた仮設住宅で暮らしています。
(取材者)どんなとこだったんですか?
(取材者)声掛け合うんですか?井筒さん夫婦が店を構えていた大町商店街。
200年以上続いてきた老舗が軒を連ねる陸前高田で最も長い歴史を誇る商店街でした。
夫婦が営んでいた店の自慢は家族で仕込む無添加の味噌。
長年使い込んできた味噌作りの道具は全て津波で流されました。
新たなスタートに向けこの春夫婦は震災後初めて味噌作りを再開しました。
自慢の味噌を新たに出来る中心街でより多くの人に味わってほしいと考えています。
おいしい味噌になってね。
仮設住宅でできる事から少しずつ始めています。
えい!中心街での店の再建を目指す井筒さん一家。
この日向かったのは復興事業を進める担当者の事務所。
どのような条件で再建が可能なのか確認したいと思っていました。
提示されたのは思わぬ条件でした。
もともと井筒さんは53坪の土地を所有していました。
ところがかさ上げ地では土地の面積が30%減らされる見込みと告げられたのです。
え〜!?もともと自宅兼店舗だった井筒さんにとって30%減らされた面積では元の規模で商売をするにはあまりにも手狭です。
なぜこんな事が起こるのか。
かさ上げ地の面積はかつての平地部の1/3程度しかありません。
更に町の一等地として多額の費用を投資し整備を進めるため震災前の土地より評価額が高くなり元の広さをそのまま割り当てる事はできないのです。
もし元の広さを確保したいのであればお金を払って減らされる分を買い取るしかないという事でした。
ダブルパンチじゃん!
(相談員)ただ面積が必要だというお話なんでそういう方はいらっしゃってもう少し欲しいよと。
何のために帰ってきても建築できないなら意味がないと。
そういう場合にじゃあちょっとそこの分は買い増ししたいと。
ただしここは本来は減歩される土地ですからその分については申し訳ないんですけども…。
このぐらいしか返してもらえない。
ですね…。
新たな資金を用意するのは難しいという井筒さん一家。
手狭になる土地で本当に商売が再開できるのか迷い始めていました。
えっ!なんだって。
・驚きの。
倒れんなよ。
・ひどい話だ〜。
新たな中心街づくりの一方で戻る人には一律土地が減らされる現実。
こうした中再び店を構える事ができるのか?まちづくりは早くも壁に直面していました。
更に再開を困難にしている事情がありました。
それは震災前から町の空洞化が進み売り上げが大きく落ち込んでいたという問題です。
高齢化が進む今商売を断念する人が増えるのではないかという懸念が高まっています。
一体どれだけの人々が中心街に戻ってくれるのか。
5月商工会はアンケートを始める事にしました。
「新しい中心市街地での出店意向確認調査」。
商店街を中心に600軒の事業所に配布。
商工会は最低でも100軒が中心街を希望してくれればまちづくりはスタートできると考えていました。
菓子店の…実は菅野さんの店も震災前から経営は苦しい状態が続いていました。
創業115年という老舗菓子店。
菅野さんは物心ついた頃から菓子職人の父親の背中を見て育ちました。
二十歳の時に結婚。
店の看板を継いだのは震災の5年前でした。
しかし客足は徐々に落ち込み経営は悪化。
菓子のレパートリーを増やすなど工夫を重ねましたが売り上げは回復しませんでした。
震災が起こる半年前菅野さんは経営の立て直しを断念。
5代続いた店の看板を下ろしました。
仙台で新たな仕事を探しやり直そう。
出発の準備を進めていたまさにその時あの津波が押し寄せました。
消防団の一員として避難誘導に当たった菅野さん。
叔母の安否を確認しに行き出動が遅れた事が生死を分けました。
先に現場へ向かった仲間は亡くなりました。
弟と叔母も行方不明。
町内の仲間も4割が亡くなる中で生き残った菅野さん。
町を離れようという気持ちは次第に変わっていきました。
そして震災から9か月。
菅野さんはこの陸前高田でもう一度やり直す事を決めました。
海沿いの松林でただ一本倒れる事のなかった奇跡の一本松。
陸前高田の復興のシンボルをヒントに菅野さんは経営の立て直しに動き始めました。
生き残ったものとしてこの町の復興を確かなものにしたい。
その要となる中心街をつくり上げていくためにまずは自分の店の経営を軌道に乗せなければと考えています。
朝6時。
夏になると菅野さんが足しげく通う場所があります。
震災前商店街があったこの場所に置かれているのは祭りの山車。
陸前高田で毎年8月7日代々続いてきた「うごく七夕まつり」の準備です。
せ〜の!町が空洞化していった時も過疎化や高齢化が進んでもそしてあの大震災に見舞われても途切れる事なく続いてきたうごく七夕まつり。
しかしこの町の人々の力をもってしても新しいまちづくりが順調にいくのか。
菅野さんは不安を感じていました。
1人でも多くの仲間が新たな中心街に来てほしい。
この日菅野さんは商店主のもとに足を運び共に店を出そうと声をかけて回っていました。
多くの商店主たちも菅野さんと思いは同じ。
条件さえそろえばまた仲間たちと新たな中心街で商売を再開したいと考えていました。
しかし気持ちは同じでも資金を確保するめどが立たなかったり津波で店を失ったショックから立ち直れずにいたりとそれぞれが壁にぶつかっていました。
震災後菅野さんが何とか力になりたいとずっと相談に乗ってきた仲間がいます。
町で一番人気のそば屋。
2年前仮設店舗で営業を再開しました。
順調に経営を続けている店主の及川雄一さんですが大きな問題に直面していました。
その理由は震災前の店が貸し店舗だった事でした。
店が貸し店舗の商店主の場合土地は新たな中心街に用意される借地を利用する事ができます。
しかし問題は店舗の建設にかかる費用でした。
もともと自分で店を所有していた人にはグループ補助金という制度があり国と県から建設費も含めた再建資金の1/4が補助されます。
しかし貸店舗の商店主が店を建てる場合はグループ補助金の制度を使う事ができず別の手だてで資金を確保する必要があります。
そば屋の及川さんは資金を工面できないか方法を探り続けてきましたがなかなか手だては見つかりません。
厳しい条件にさらされる中果たして中心街に行く事ができるのか。
及川さんは不安を拭いきれずにいました。
新しい中心街づくりに歩みだしたい商店主たち。
しかし震災から3年半厳しい条件が次々と突きつけられています。
味噌作りを再開したものの土地が減らされる問題に直面していた井筒さん一家です。
井筒さんは味噌屋の再建を断念していました。
それでも中心街に戻り復興の役に立ちたいと考えていました。
こうじ屋は再開しねえべ。
限られた面積でもできる道はないのか?自宅でやるんだから自宅兼店舗でやるんだから…。
長女の真紀さんが思いついたのは両親が作る味噌を使った食堂でした。
これなら小さい規模でも家族みんなが協力しながら続けていけると考えたのです。
今後具体的にその可能性を探っていく事にしました。
7月。
陸前高田ではまた新たな現実が動き始めていました。
中心街から2キロ離れた国道沿いに大手資本のショッピングセンターがオープンしたのです。
どうぞお待たせしました!ありがとうございます。
中心街の完成に先駆け全く別の場所に人々の賑わいの場が生まれていました。
お客様和牛召し上がっていって下さいね〜。
かさ上げ地の内陸高台の造成地でももう1つの現実が動き始めていました。
実は県立病院やコミュニティーホールなど多くの人々が足を運ぶ施設がかさ上げ地ではなく高台に建設される計画になっていました。
一部の公共施設は非常時に避難所としての機能を果たす役割も担います。
このため国からの予算の補助を受けて建設する場合より安全性の高い高台の方が認可が受けやすいのが実情なのです。
高台に次々と建設される公共施設。
そして国道沿いの大型ショッピングセンター。
かさ上げ地につくられる中心街に多くの人が足を運んでくれるのか。
商店主たちの間で更に不安が広がっていました。
そうした中別の道を考える商店主も現れ始めました。
老舗の布団屋を営んでいた菅野幾夫さん。
毎日通うのは全国から集まった復興作業員が暮らすプレハブ宿舎。
貸し布団の配達をしています。
復興工事が盛んな今町は多くの仕事であふれ菅野さんも忙しい毎日を送っています。
しかし今は順調でも復興工事が終わる頃にはどうなっているのか。
不安を抱える菅野さんは新たな中心街に店を出すまでの決意は固めきれずにいます。
うごく七夕まつりの本番に向けた準備。
布団屋の菅野さんは祭りの担い手として毎年欠かさず参加してきました。
中心街の計画が発表された時はみんなと共に歩みたいと考えていました。
そう思えたのは同じ町で商売を続けてきた仲間たちの存在があったからでした。
菅野さんは今県外に住む長男とどんな決断を下していくべきか話し合いを続けています。
活気ある町を取り戻そうと進む中心街づくり。
この成功のカギを握るもう1つの条件がありました。
かさ上げ地の計画では中心街の周りには住宅街を整備する事になっています。
ここに多くの人が住む事で買い物に足を運ぶなど中心街も賑わうと期待されています。
ところが陸前高田ではかさ上げ地ではなく高台への移住を多くの人が希望していました。
おかえり。
仮設住宅で高校1年生の長女と暮らす村上悟さんです。
もともと商店街のすぐ裏に住んでいた村上さん。
運送会社のサラリーマンです。
村上さんは妻を津波で亡くしました。
かさ上げ地は今回と同じ規模の津波でも浸水しない高さに設定されていますが村上さんは高台を希望しています。
毎日高台で犬の散歩をするのが日課になっている村上さん。
娘とも話し合い今後の住まいは高台に構える事にしました。
村上さんのように高台での自宅再建を希望する人は多く新しい家が次々と建ち始めています。

(祭り囃子)少しずつ姿を現している新たな町。

(祭り囃子)伝統のうごく七夕まつりの本番が近づいてきました。

(祭り囃子)震災後町を離れた人たちが祭りに合わせふるさとに戻ってきました。
菓子屋の菅野秀一郎さんはこの日ある仲間との再会を楽しみにしていました。
それは菓子屋の隣に店を構えていた呉服屋の長男菅野英俊さんと2人の弟たちです。
兄弟の両親は津波にのまれ亡くなりました。
震災当時2人の弟はまだ中学生と高校生。
ふるさとから遠く離れた親戚のもとに身を寄せました。
50年続いた呉服屋の今後は大学生だった長男の英俊さんが背負う事になりました。
しかしこうした事態になった時既に英俊さんは東京の企業に就職する事を決めていました。
今回の帰省で英俊さんは菓子屋の菅野さんから中心街の復興計画が進み始めている事を聞きました。
代々続いてきた店をどうするのか悩み続けてきた英俊さん。
就職したばかりの今の仕事をすぐにやめるわけにはいかないものの将来は陸前高田に戻り店の看板を継ぐ事を決めました。
この日英俊さんは自分の意向を伝えるため復興を進める担当者を訪ねました。
元の商店街に土地を持っていた人は新たな中心街に土地を移す事ができます。
しかし町からは意外な条件を提示されました。
それは土地を確保したら3年以内に営業を始めるという条件。
いち早い復興を目指す町の方針でした。
英俊さんにとって高いハードルです。
それでも将来に向け土地だけは確保しておきたいと伝えました。
いつか自分も中心街を支える1人になりたい。
今後も相談を続けていく事にしました。
着々と進んでいく陸前高田のかさ上げ工事。
その脇で今年もうごく七夕まつりが始まりました。
(一同)せ〜の!
(祭り囃子)震災があっても絶える事なく続けられてきたうごく七夕まつり。
かさ上げを前にこの元の土地で行う最後の祭りとなりました。

(太鼓)祭りの1週間後。
味噌屋の井筒さん一家が新たな一歩を踏み出していました。
長女真紀さんの提案で動き出していた味噌料理の食堂がこの日仮設店舗でオープンする事になったのです。
両親が仕込んだ味噌で真紀さんが作る店の看板メニューはこの豚汁です。
家族の目標は食堂の経営を軌道に乗せいずれはかさ上げ地の中心街に店を構える事です。
商工会が配布していたアンケートの結果がまとまりました。
中心街での再建希望が100軒を超えていれば店の配置を決めていくなど具体的なまちづくりの次の段階へ進む事ができます。
(男性)テナントでございますけども合計が34でございます。
34軒で…。
結果は中心街での再建希望は118軒。
菅野さんたち商店主はまた新たな一歩を踏み出す事になりました。
菅野さんにとってうれしい出来事がもう1つありました。
津波で住まいを失った人たちのための災害公営住宅が完成し入居する事になったのです。
震災前に一度は店の看板を下ろした菅野さん。
妻と子供を移り住んでいた先の仙台から呼び寄せ一緒に暮らし始める事になりました。
かさ上げ地の中心街が出来るまで自宅はここに構えます。
(取材者)すごい。
町が見えますね。
(菅野)そうだね。
(子供たちの声)町の復興へ向けようやくスタートラインに立った菅野さん。
しかし震災4年目の今被災地の支援に訪れる人の数も減り仮設店舗の売り上げは以前より落ちてきています。
菅野さんだけでなく仲間の商店主たちも土地の確保や資金の調達などさまざまな課題を抱えたままそれぞれの模索を続けています。
中心街が出来るまでどれだけの人が町に残り復興と向き合っていく事ができるのか。
この町で生きていこうと心を決めた人々は新しいふるさとの形を手探りの中見つけようとしていました。
(女性)はいありがとうございます。
バイバイ。
ありがとう。
またね。
じゃどうも。
(女性)ありがとうございます。
気を付けてね。
閉めましょう。
一から町をつくり直そうという前例のない取り組みが進む岩手県陸前高田市。
今計画では新たな中心街が完成するのは4年後平成30年の予定です。
2014/11/22(土) 23:00〜00:00
NHKEテレ1大阪
ETV特集「復興まちづくり 4年目の日々〜岩手 陸前高田〜」[字]

被災地最大の復興事業が進む陸前高田市。町は新たな中心街作りを始めているが、そこに必要な数の商店や事業所が集まるのかという問題に直面している。震災4年目の現実とは

詳細情報
番組内容
被災地最大の復興事業が進む陸前高田市。新たな町づくりの目玉は12mのかさ上げ地に作る新たな「中心街」だ。しかし震災後、高齢化と過疎化が加速するなか、この中心街を形成するのに必要な数の商店や事業所が本当に集まるのか、いま町は大きな問題に直面している。人口減少社会にあっても発展的復興を願い、計画を進める被災地。人々はどんな決断を下していくのか。陸前高田のいまをルポし、震災4年目の現実をみつめる。
出演者
【語り】伊東敏恵

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸

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