眼下に広がるのは紅葉の名所。
八丁出島が秋色に染まっています。
1年で最も華やぐ季節を迎えた奥日光。
といっても今日ご紹介するのはこの紅葉ではありません。
ぐっと岸辺に近づいてみましょう。
何か見えませんか?ほら木々の間に。
湖畔にひっそりと佇むこの建物はかつて別荘として使われていたもの。
持ち主は日本人ではありませんでした。
実は90年ほど前に建てられたイタリア大使館の別荘なのです。
でも果たしてこんな建物がイタリアにあるのでしょうか?意外なことにこの別荘実は日本のある建築と深いかかわりがあるといいます。
それは20世紀建築界の巨人設計したあまりにも違うこの2つの建物の間には実に奇妙な因縁が。
果たしてそれはいったい?今日の作品アントニン・レーモンド作歴代の駐日イタリア大使たちが夏を過ごした建物です。
二階建ての木造建築は日光の職人たちによって建てられました。
外壁を飾るのは地元特産の杉です。
なんとそれを樹皮と薄い板に分け市松模様に組んでいるのです。
この別荘の玄関はちょうど湖とは反対側。
では早速軒の深い庇をくぐり中へ。
玄関を抜けるとまずゲストルームを兼ねたリビング。
その右奥が大使の書斎。
執務室です。
中央のゲストルームを挟んで左には家族の食堂が。
すべてが横一列に並んだワイドなワンルーム。
夏でも涼しい中禅寺湖に欠かせないもの。
それがこの玉石を積んだ素朴な味わいの暖炉です。
同じものが書斎にも。
食堂側とシンメトリーに置かれています。
別荘の最大の見どころそれは意外なところに。
天井です。
日本の数奇屋建築にも見られる網代。
ゲストルームには六角形に組まれた細い竹の内側に複雑な亀甲模様が編みこまれています。
実はこの網代の材料も外壁と同じく杉皮です。
書斎の天井にもまた違った模様の網代が。
日本の伝統的な図柄である家族で囲む食卓の上にはひし形模様といった具合に1階の天井にはすべて杉皮を使った網代が組まれているのです。
そのワンルームを抜けるとおよそ17mもの広縁。
蒸し暑い日本の夏でも窓を開ければ湖からスーッと涼しい風が吹き込みます。
2階はまた後ほど。
設計者のアントニン・レーモンドはチェコ生まれの建築家です。
初めて来日したのは実は憧れのライトに帝国ホテルの仕事を依頼されたのです。
その9年後に設計したのがこの『旧イタリア大使館別荘』でした。
敬愛するライトとはなぜかあまりにも違うデザインで。
《イタリア生まれの僕が日本建築に興味を持ったのは外交官だった祖父の影響かもしれない。
僕の祖父は昭和最後の駐日イタリア大使だった。
ここか。
日本の建築をヒントに建てたという別荘は》《はあ〜なんという開放感。
祖父が言うにはレーモンドという建築家はあの美しい八丁出島の眺めを存分に楽しめるようにこの別荘を設計したそうだ。
これだな。
祖父が不思議な網代って言ってたのは。
網代は昔千利休などが茶室に使ったことで世間にも広まったと本で読んだ。
茶室という非日常的な空間を網代で演出したのだ》こんにちは。
どちらからいらっしゃったんですか?あどうも。
イタリアです。
実は今日本建築を学んでいるんですがずいぶん変わった網代ですね。
そうでしょ?私ここの解説員をやっておりまして。
よろしかったらご案内しましょうか?わあ〜お願いします。
それにしてもいろんな模様の網代がありますね。
ええ。
この網代はね実は特別な役割を果たしているんです。
えっ特別な役割?いったいどんな?この不思議な杉皮の網代には我々日本人の想像をはるかに絶する巧妙な仕掛けが。
意外かもしれませんがこの網代によってレーモンドはライトからの脱却を図っていたというのです。
果たしてそれはいったい…。
日本一標高が高い湖奥日光の中禅寺湖には昔から一日のうちに四季があると言われています。
刻一刻と変わる自然が多くの旅人たちの目を楽しませてきました。
そのなかには外国人の姿も。
明治の頃から湖畔にはさまざまな国の別荘が並び中禅寺湖一帯はさながらヨーロッパのリゾート地のようだったといいます。
もちろんその中でもひと際輝いていたのが今日の作品ここで大使は家族や多くの知人と夏のバカンスを過ごしました。
実はそこに奇才アントニン・レーモンドの仰天の仕掛けが。
1888年チェコに生まれたレーモンドは大学時代ある建築家の作品集に強烈な衝撃を受けます。
それはアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトによるものでした。
ライトに憧れレーモンドは22歳で渡米。
ニューヨークで超高層ビルを手がける建築事務所で職を得ます。
その5年後妻の友人から紹介されたのがライトでした。
そして彼とともにレーモンドは日本で帝国ホテルを建設することになるのです。
カリスマ建築家が生み出す豪華絢爛な装飾の世界に当初は圧倒されていましたが次第にレーモンドはどこか違和感を覚えます。
これでは日本に縁もゆかりもない西洋の建築をただ押しつけているに過ぎないのではないかと。
結局レーモンドはライトのもとを離れ独立します。
ところがどうしてもライトのデザインから離れられないのです。
ライトからの脱却。
その出発点となったのがシンプルなコンクリート住宅でした。
帝国ホテルのような過剰な装飾は一切排除。
壁は大胆にコンクリートむき出しのままです。
そんな挑戦が数年続きました。
そして昭和3年大仕事が舞い込みます。
イタリア大使の夏の別荘の建築。
今度は木造建築へ挑戦しました。
ちょっと2階をのぞいてみましょう。
広いワンルームの1階とはまったく違う趣。
2階には小さな寝室が並んでいます。
階段を挟み寝室の反対側には畳4畳ほどの休憩室が。
プライベートな空間はあくまでも簡素。
やはり夏のバカンスのために大勢の人が訪れる別荘となれば見せ場は1階に。
食堂と書斎の両方に暖炉が作られている。
どちらも同じデザインだというのだが…。
暖炉というのは西洋建築ではまさにその家の顔ですよね。
日本建築で例えるなら床の間かな。
へぇ〜床の間なんだ。
でもねちょっとよ〜く見てください。
周りの壁のデザインを。
上のひし形や格子の模様はただ杉皮だけじゃなくて杉の板も合わせているんです。
へぇ〜オシャレ。
ん?食堂側はちょっと違いますよね?いいところに目をつけました。
あれ?竹の組み方も違いますよ。
食堂側の竹は垂直だけど書斎側は横にも並べてあってよりデザインが複雑になってますよね?そこがレーモンドの建築の奥深さなんです。
ということはこのみごとな天井の網代にもおそらく何か深〜い意味が…?ありますよ〜いろいろね!この別荘をイタリア政府からその後2年をかけて大規模な実は大使館のような公的な建築では客を迎える空間と家族のプライベートな空間とが一体となることはタブー視されているといいます。
その問題を解決していたのが実はこの網代だと当時県の担当者として修復工事に携わった飯野さんは言います。
ゲストルームは吉兆を意味する亀甲模様の網代で訪れた人を出迎えていたのです。
休暇中でも多忙だった大使の執務室書斎には日本の格式ある図柄石畳と市松模様を。
一方家族や知人と楽しく食事する空間にはシンプルにひし形模様を。
更に天井の網代と連動させるために壁のデザインも変えていたのです。
壁で仕切らずにさりげなく用途に合わせて空間を分けていたのです。
ではなぜ網代という日本の伝統の技に着目したのか?その挑戦の裏に実はこの中禅寺湖である運命的な出会いがあったのです。
この別荘は地元の日光の職人たちが建てたんですよね?ええそうです。
このあとレーモンドは軽井沢に行きますがその現場にも日光の職人たちを連れていったんです。
へえよっぽど彼らの腕を買っていたんですねレーモンドは。
職人たちを相当信頼していたんだと思いますよ。
実はレーモンドの設計図の中にその関係を示す文章が書き込まれてあったんです。
えっ!?何て書いていたんですか?レーモンドは。
そう日光の職人たちに向けてレーモンドはこの別荘の設計図にあるメッセージを書き込んでいたのです。
いったい何を伝えようとしていたのか?世界文化遺産に登録された日光はこちらの東照宮をはじめすばらしい寺社建築の宝庫です。
それらを支えてきたのが地元の職人たち。
実は今日の作品アントニン・レーモンドの『旧イタリア大使館別荘』も彼らなしでは誕生していなかったのです。
レーモンドの設計事務所は日本で育てた建築家たちによって今も受け継がれています。
戦後日本のモダニズム建築を代表する前川國男や吉村順三も若き日レーモンドのもとで腕を磨いています。
およそ90年前にレーモンドが描いた『旧イタリア大使館別荘』の設計図が残されていました。
その下の部分に日光の職人たちにあてたというこんな注文が。
なぜレーモンドはこんな注文を出したのか?職人たちがレーモンドに提案したのは地元の日光杉を使うことでした。
東照宮にも寄進された良質の木材です。
レーモンドは中禅寺湖畔という立地と天気の変わりやすい山間部特有の気候から地元で育った日光杉が最適であると判断したのです。
ではなぜあえて杉の皮を使ったのか。
実は昔から日光周辺では手ごろに調達できる杉皮を屋根をふく材料として使っていました。
レーモンドはそれを職人から聞いて杉皮を使うことを思いついたのです。
しかも外側だけではなく室内にも。
実はそこにある狙いが…。
屋根の材料でしかなかった杉皮を室内に使うことで建物と風景とを一体化させていたのです。
室内にいながらにして外の自然を感じられる。
そして別荘という交流の場だからこそ仕切りをなくし訪れた人々が広いワンルームのどこにいても一体感を感じられるような空間をレーモンドはつくりあげたのです。
職人たちによる杉皮というヒントから生まれた日本でも西洋でもない唯一無二の別荘。
レーモンドはついにライトから離れ初めて自分のスタイルを形にしたのです。
地元の杉皮がこんなふうになるなんて職人たちも驚いたでしょうね。
うんうん。
それにあなたの国もすばらしい。
えっイタリアが?大使館の別荘となればその国らしさをアピールしたいもんでしょ。
その点あなたの国は実に寛大だったのでは?確かにイタリア風はどこにもないね。
あ〜でもなんで手放しちゃったんだよ。
こんなステキな別荘を。
アハハハッ…。
今では栃木県がこの別荘を管理しています。
おかげで誰もがそのすばらしい空間を体感できるようになりました。
中禅寺湖の自然とひとつになって…。
アントニン・レーモンド作『旧イタリア大使館別荘』。
湖畔に溶け込む珠玉の空間。
日曜の銀座が人で埋め尽くされています。
人々の目線の先には…。
2014/12/13(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち アントニン・レーモンド『旧イタリア大使館別荘』[字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の作品は、アントニン・レーモンド作『旧イタリア大使館別荘』。
詳細情報
番組内容
今日の作品は、中禅寺湖畔に佇む、アントニン・レーモンド作『旧イタリア大使館別荘』。約90年前に建てられ、歴代の駐日イタリア大使が夏をすごした木造建築です。日光の職人が建てたという別荘のみどころは、数寄屋建築にも見られる網代に組まれた天井。そこには日本人の想像を超える巧妙な仕掛けが!それは敬愛する建築家フランク・ロイド・ライトからの脱却の現れでもありました。
番組内容の続き
唯一無二の別荘に見え隠れするレーモンド建築の奥深さに迫ります。
ナレーター
小林薫
音楽
<オープニング・テーマ曲>
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン
<エンディング・テーマ曲>
「India Goose」
中島みゆき
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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