シュルレアリスムの巨匠サルバドール・ダリ。
ぐにゃりと曲がった時計は一体どんな時を刻んでいるのか。
ダリは心の奥底に潜む世界を暴き出し絵画を現実を超えた新たな次元へと導きました。
そのダリが憧れ「シュルレアリスムの父」と呼ばれた画家がいます。
輪を転がしながら駆けてゆく少女。
しかしその先には不気味な影。
通りは異様な静寂に包まれています。
20世紀のイタリアを代表する画家です。
キリコは斬新な手法で誰も見た事がなかった精神世界を描き出し時代の寵児となりました。
時に厳しい批判にさらされながらも生涯信じる道を探求。
愛した言葉は「謎以外の何を愛せようか」。
…という根源的な問いを投げかけているのです。
知られざる葛藤の物語からキリコの真実に迫ります。
一つ一つの部屋ごとに印象がどんどん変わっていきますね。
変わりますよね。
あっこれがキリコらしい作品の一つではないでしょうかね。
ちょうど80歳の頃の作品だそうですよ。
塔の上の旗は風に…受けているけれども汽車の蒸気はピタッと止まってる。
何か空気がピタッと止まってるような。
現実のようで非現実。
「日曜美術館」です。
今日はジョルジョ・デ・キリコをご紹介します。
あのダリが影響を受けた画家なんですよね。
僕はとにかく不思議で奇妙な絵を描く画家という印象が先行していたので今日はこの多くの作品群からそのキリコの心というものに触れてみたいなと思いますね。
今回展示されてる作品の多くはちょうど3年ぐらい前にパリ市立近代美術館に寄贈されたものがほとんどで過去あまり日本では公開されていなかったものも多い貴重な作品が多くあるんですよね。
は〜…。
ああまた…。
これは「マネキン」とも言われたりしているんですけども。
体の部分には三角形の三角定規のようなものが体をつくっていてそれでも脚はやはり人の脚をしている。
ふくらはぎの辺りからあの指の先まではもう人間の脚のように肉づきを感じますよね。
キリコにとっての「謎」というものは何だったんだろうな…。
輪を転がして無邪気に遊ぶ少女。
しかしその通りは廃虚のように静まり返っています。
代表作「通りの神秘と憂愁」。
強い日ざしが人の形をした影を映し出します。
不思議な事に日を受けているはずの少女も黒く塗り潰されています。
晴れているのにどんよりとした空。
少女のそばには大きな荷車が止まっています。
なぜか扉が開け放たれ中は吸い込まれてしまいそうな闇。
白く長い建物にはアーチ型の空洞が並びその奥もまた闇。
この絵が発表されたのは1914年のパリ。
当時キリコは「若い世代の最も驚くべき画家」と称賛されました。
キリコは1888年ギリシャでイタリア人の両親のもとに生まれました。
早くから絵の才能を発揮し10代になると美術学校で学び始めます。
17歳の時父親が他界しドイツに移住。
ニーチェやショーペンハウアーなどの哲学に深く傾倒しながら画家を志します。
21歳の頃の作品。
ギリシャ神話に登場する「ケンタウロスの戦い」の場面です。
下半身は馬上半身は人の姿をしたケンタウロスの一族。
人間と激しい戦いを繰り広げています。
神話の世界に恐ろしいほどの臨場感を与える描写力。
伝統的な絵画を学びながら目指すべき道を模索していました。
転機が訪れたのは23歳。
イタリア北部の古都トリノを訪れた時の事です。
この街はかつてイタリア王国の首都として栄えました。
街じゅうに造られたアーケードが当時の面影を今に伝えています。
トリノで建築と美術を研究しているフルビオ・フェラーリさん。
キリコとトリノのつながりに強い関心を寄せています。
キリコ自身も「この当時の絵はトリノの街から霊感を得ている」と語っています。
キリコは目に見えないものを描いています。
人間の五感を超えたものをはっきり捉えた異様な絵だと言えるでしょう。
キリコがトリノに滞在した頃街にはいくつもの工場が造られ工業都市として発展していました。
フェラーリさんはその事がキリコの重要な体験につながったのではないかと考えています。
当時多くの人が工場に働きに出ていたため昼間は街にほとんど人がいませんでした。
あるのは異様なほどの静けさとどこまでも続くこのアーケードです。
古い街並みの中に人の気配だけが漂っていたのではないでしょうか。
それを見て想像力とビジョンが湧き孤独で時が止まったような絵が生まれたのではないかと思います。
誰もいないただ静けさだけが漂う通り。
そこに突然現れた少女。
その姿は日が当たっているにもかかわらずなぜか真っ黒に塗り潰されています。
少女は実在せず影だけが浮かび上がっているかのようです。
通りの先には誰かが少女を待ち構えているのでしょうか。
その存在も影しか描かれていません。
あるのは気配だけ。
それがえも言われぬ不安を誘います。
そしてもう一つキリコのたくらみがあります。
遠近感が不自然なのです。
遠近法の線を引いてみると白い建物はここで交わりますが影になっている建物はここ。
西洋絵画の常識では遠近法の線は全てが一つの点に集まるはず。
こうして知らず知らずのうちに未知の空間へと引き込んでいるのです。
この絵は一見時間が止まっているように見えますが画家自身のダイナミックなビジョンなのです。
キリコはこの絵にあるメッセージを託したのだと思います。
それは人間の想像力が現実の世界を超えていく力を秘めているという事です。
この作品はちょうどパリで高い評価を得た20代「通りの神秘と憂愁」の2年後頃に描かれた作品なんですが。
いろんなものがありますね。
そうなんですよ。
このお菓子もキリコは好んで描いたモチーフなんですよね。
その下は地図ですかね。
点線で。
何ですかね船の航路ですかね。
そして遠近感も。
またちょっとこうどこかおかしく…。
いや〜相当変わっている。
変わってますね。
当時時代でいうといろんな芸術家たちが自分のオリジナリティーを探してた時代にやっぱりキリコも自身らしさをという事で自分の作品を「形而上絵画」って名付けたんですよ。
なかなか聞いた事のない言葉ですけど。
形而上というのは形を超えたもの。
例えば心の奥底にあるようなものいわば目に見えないようなものをいかにこうした絵画で表現するか。
でも決して目に見えないものだけを描いたのではなくて形あるものをいろいろ組み合わせる事によってそれが私たちの想像力をぐんと超えていくような世界を表現してる。
つい難しく考えてしまうんですけどそうやって見てみるとこの船の航路がちゃんと描かれてるという事はいつの時か旅をした自分の思い出とかそれぞれがキリコの内面にあるものを素直に描いていってるというふうにも。
何かそういう見え方にもだんだん見えてきましたね。
20世紀前半にパリで誕生した芸術運動シュルレアリスム。
現実を超え人間の無意識の領域を表現しようとしました。
そのメンバーたちが崇拝したのがキリコです。
詩人のアンドレ・ブルトンはこうたたえています。
「キリコによって絵画は純粋な象徴表現へと移行された。
驚きを呼び起こすもののみが人の意図に自問を強いる事ができるのだ」。
しかし30歳を過ぎた頃からキリコに変化が現れます。
自ら宣言した形而上絵画を封印するような絵を描き始めたのです。
そこには奇妙なモチーフの組み合わせも不安を誘う影もありません。
素直に目の前にある現実と向き合おうとしています。
自画像を描き始めたのも30歳の頃からです。
首から下を見ると不思議な事に石像のように固まっています。
現実と非現実が入り交じるキリコならではの自画像。
しかしこうした絵はシュルレアリストたちから「後退している」と厳しく批判されました。
キリコはなぜ時代に背を向けるような道を歩き始めたのか。
そこにはいくつかの理由があったと考えている人がいます。
若い頃からキリコに引かれ研究を続けている峯村敏明さんです。
ジョルジョ・デ・キリコのちょっと弟分ぐらいの人かな。
カルロ・カッラという大変目鼻の利く非常に知的な画家がいて事もあろうにデ・キリコ風のでも同じじゃないですよ。
もちろんカッラの独特の非常に不思議なナイーブな素朴派風の描き方になってるんですけどもそういうものを描いてそういうものでまとめた展覧会をやったんですね。
1917年カルロ・カッラがイタリアで発表した作品です。
奇妙なモチーフが配置された室内にマネキンのような像が立っています。
額に入った地図。
キリコの絵によく似ています。
カルロ・カッラはこうした作品を発表しただけでなく自分こそが形而上絵画の第一人者だと名乗りました。
この時キリコは母国イタリアではまだあまり名が知られていませんでした。
そのため二番煎じの扱いを受けてしまったのです。
そうした中キリコはローマの郊外にあるボルゲーゼ公園を訪れました。
ここにルネサンス期の傑作を数多く所蔵するボルゲーゼ美術館があります。
キリコは一枚の絵を見て衝撃を受けます。
キリコの時代より300年以上前。
ルネサンスの巨匠ティツィアーノの作品です。
ビーナスの艶やかな肌。
柔らかい衣服や髪の毛の質感。
何より驚かされたのはその精緻な筆遣いでした。
「私は突然偉大な絵画とは何かという事について目を見開かされた。
それまでの私は描かれたイメージしか見ていなかったのである」。
キリコは一から自らの絵画を見つめ直そうとします。
チューブ入りの油絵の具を使うのをやめ顔料に油を混ぜて絵の具を作る事から始めました。
調合の割合から混ぜる時間まで徹底的に研究します。
更に卵の黄身で顔料を溶くルネサンス期の絵の具の再現にも挑戦します。
いにしえの巨匠たちの美しい絵肌に近づこうとほとんど失われていた技法まで習得。
地道な努力を重ねました。
自分のやってきた絵画形而上絵画という事自体がねやっぱりイメージに依存する絵画であった。
あのポエティックなイメージにね。
そうするとそれは他の人だって描けてしまうではないかと。
まねする事ができるではないかと。
だから絵画がまねされないだけの本当のオリジナリティーを持つにはどうしたらいいかと。
それは技法でありメチエと言いますけどね独特の技法。
それから筆遣いと言ってもいいけどね。
それからマチエールの持つ働き。
これにね強く気がついたんじゃないかと僕は思うんですね。
この模索が新たな形而上絵画を生み出す重要なステップとなっていきます。
海岸にたたずむ馬と廃虚となった神殿。
馬は古典に学ぶようになったキリコが繰り返し描き続けたモチーフの一つ。
重なっているように見える黒い馬は白い馬の影でしょうか。
海辺の椅子に腰掛けるのはキリコの妻イザベッラ。
西洋絵画の伝統的なテーマヌードにも取り組みました。
輝くような肌の美しさ。
触れると柔らかさを感じるような肉体。
「絵画とは一つの織物であり色彩を知的に積み上げていく事なのである」。
峯村さんは古典を探求していた時代の作品にこそ画家としての大きな魅力を感じるといいます。
これ見て変な絵だなとは思うけれども何か不思議に納得させられちゃってるんですよね。
峯村さんが特に引かれているのが39歳の頃に描かれた作品「考古学者たち」。
マネキンのような2人の人物がばらばらになった古代の神殿を抱えて座っています。
よく見ると一筆一筆丹念に塗り重ねられている事が分かります。
とにかくこれを見たら筆が同じような筆が全部これを描き分けてるわけですね。
イメージを出す事だけが問題なんじゃなくてそのイメージを成立させる条件物質的それから人間の働きの条件をちゃんと明示しながら作られてるという事ですね。
絵画というのは描かれて初めて絵画なんだという。
描かれたものだけが絵画だという事このメッセージがそこに入ってると思うんですよ。
絵画はイメージではないという事ですね。
名声を捨てて挑んだ古典の探求。
その果てに手にした唯一無二のキリコの世界です。
これがおおよそ40歳頃の作品でしょうか。
それこそ模索を始めたのが30過ぎぐらいですから10年ぐらい試行錯誤をしてのこの作品になりますね。
同じ画家とは思えないですねこの変容が。
筆の運びがしっかり目に見えますよね。
今までそんなに筆の跡って気にならなかったですよね。
どちらかというとマットに塗り重ねたような感じでしたけどね。
それでもやっぱり不思議な絵ですね。
もちろん馬は何度も何度も筆を入れて丁寧に描いてるんですけどもどこかこうピタッと止まってまたここは空気が止まってる。
後ろの空や海はものすごいうごめいてるんですけども。
とても質感のようなものは伝わってくるんだけれどもなぜかそこに本当のリアリティーがまたぐっと隠されて…。
言ってみれば自分が世に影響を与えた確立してきたものを全部捨て去ってまた新しい事をやろうとしている。
それは古典をしっかり学び直してキリコのまた世界を新しく構築していくという事ってとても勇気が要る事でもありますよね。
エネルギーも要りますよね。
年を重ねていっても進化をやめないというキリコはそれは周りが何を言おうがいや面白いんですよすごい。
ローマの中心にキリコが晩年暮らした家が残されています。
室内は当時のまま美術館として公開されています。
アトリエにも画材がそのまま残されています。
キリコは90歳で亡くなるまで創作を続けました。
晩年のキリコには今も語り継がれる大きな謎があります。
キリコの代名詞とも言われる顔のないマネキンのような像。
86歳の頃の作品です。
実はこの作品には元になった絵がありました。
向かって左が初期の作品です。
並べて見ても違いを見つけるのが難しいほどよく似ています。
キリコはパリで絶賛された初期の形而上絵画を繰り返し模倣していたのです。
この絵にも元の作品があります。
左が20代。
アーケードのある建物や全体の構図はほとんど同じです。
更に絵の隅の年代を見て下さい。
1942年となっていますが実際に描かれたのは1970年ごろ。
30年も前の年を記しています。
晩年のキリコは「初期の代表作をコピーして売りさばいている」と批判されました。
トリノに住む画家のエツィオ・グリバウドさんです。
美術誌の編集者でもあったグリバウドさんは本の出版を通じてキリコと出会い家族のように親しくつきあっていました。
グリバウドさんは誹謗中傷を受け苦しむキリコをそばで見ていました。
晩年初期の絵が相当な価値になって画商たちが形而上絵画をリクエストし始めたんだ。
それが始まりだよ。
しかしそれはキリコの本意ではなかった。
私はキリコの妻から「形而上絵画をもっと描くように説得してほしい」と言われた事がある。
それでもキリコには他に描きたいものがあったし売れてもいたんだ。
それが真実だよ。
真実があるとすればね。
それでもキリコは悟っていたよ。
同じものを描いても作品は無二のものだとね。
キリコの作品を新たに収蔵したパリ市立近代美術館のジャクリーヌ・マンクさんも晩年の作品に注目しています。
同じテーマをやり方を変えてシリーズのように展開していくというのはとても現代的です。
キリコの創作は多くのアーティストに通じています。
アンディ・ウォーホルもまさにその一人です。
ポップアートの巨人ウォーホルの代表作。
同じスープ缶の絵を味の表示だけを変えて大量に複製。
この手法で20世紀のアートに革命を起こしました。
キリコを深く尊敬していたウォーホルはこんな言葉を残しています。
もう一度晩年と初期の作品を見ると同じ街並みの中で一つ一つ丁寧にモチーフを選び直している事が分かります。
生涯をかけて移り変わっていったキリコの心を映し出しているのかもしれません。
シリーズ化する事や特別な傑作を作ろうとしないキリコの姿勢にウォーホルは共感したのだと思います。
晩年の作品には初期の作品以上に見る者を惑わせる魅力があるのです。
画家を夢みていた頃からずっと描き続けたイタリア広場の光景。
こうこうと燃え上がる太陽。
そこから黄色いチューブがのび地面に横たわる太陽の影らしきものにつながっています。
影は最後まで手放す事ができないものだったのでしょうか。
亡くなる3年前に描かれた作品。
最後の自画像と言われています。
海を背景に静かにたたずむ奇妙な動物。
その体はギリシャの神殿や古い建物が寄せ集まって形づくられています。
少年時代を過ごしたギリシャの記憶でしょうか。
その目は悲しげに遠くを見つめています。
波は静かに漂っています。
見た途端とっさにはもう何とも言いようのない感動ですね。
もう写実性も写実も何もないんで。
だけどそのつないでるこの筆は実に確かな否定できないものですね。
この震えながらも。
小さな絵なんだけれどもいや〜もうこれを見て泣きたいような気持ちですね。
そういうさまざまな過去と渡り合いながら生きてきた。
それがそのまんま一つの生物馬でも人間でもいいですけどそれの現在の姿と彼は理解していたんではないかと思うんですけどね。
こうやってキリコの絵を見てきて正直今回ってきてもその謎というものはキリコの謎というものは僕には解けなかったですね。
でもこう見ていくとキリコが「謎なんか解かなくていいんだよ」って言ってくれてるような感じにだんだんとなってきましたね。
それで楽しい。
「解けないから楽しいでしょ。
もっともっとこっちにおいでよ」というふうに不思議な世界への入り口なのかなというふうにキリコの絵というものはそういうふうに感じました。
2014/11/23(日) 09:00〜09:45
NHKEテレ1大阪
日曜美術館「“謎以外の何を愛せようか” ジョルジョ・デ・キリコ」[字]
誰もいない街角で車輪を転がす少女。20世紀を代表する画家ジョルジョ・デ・キリコは生涯、目に見える日常の裏側に潜む神秘や謎を描こうとした。独自の世界の秘密に迫る。
詳細情報
番組内容
20世紀を代表する画家、ジョルジョ・デ・キリコ(1888〜1978)。その作品は、謎に満ちている。誰もいない街角で、車輪を転がす少女。あたりを大きな影が覆い、少女も真っ黒なシルエットで描かれている。その世界は多くのシュルレアリストたちに称賛され、後の時代に大きな影響を与えた。生涯をかけてキリコが追い求めたものとは一体何だったのか。神秘と謎に包まれた独自の世界の秘密に迫る。
出演者
【司会】井浦新,伊東敏恵
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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