100分de名著 ハムレット 第2回「生きるべきか、死ぬべきか」 2014.12.17


ウィリアム・シェイクスピアの代表作「ハムレット」。
一人の青年の悲劇を描いた傑作です。
目指すは父を殺した叔父への復讐。
しかし熱情と理性に阻まれて実行する事ができない…。
でもそれにしてもねハムレットという男はね悩むね。
悩みますね。
ハムレットが目指した気高い生き方とは何だったのか。
「100分de名著」「ハムレット」。
第2回は人間の「弱さ」「強さ」をテーマに読み解きます。

(テーマ音楽)「100分de名著」司会の…さあ「ハムレット」。
もう前回は悩み好きの伊集院さんはがっつり。
(2人)はまりましたね。
優柔不断な人がなかなか父の復讐を遂げられないような話ですよというざっくりとしたイメージを持ってた僕からしてみたら何か優柔不断なんていうキャラづけはちょっとひどいなと。
全ての人間に共通の悩みをこう表現してたんだなという発見がありましたね。
深く読めば読むほどちょっと違う世界が広がっておりますがさあ今回の指南役ご紹介いたしましょう。
東京大学大学院教授の河合祥一郎さんです。
どうぞよろしくお願いいたします。
さあシェイクスピア「ハムレット」第2回はまさしく「生きるべきか死ぬべきか」。
例のやつですか。
例のやつでございます。
ちょっとこう人間の弱さを見ていこうという事なんですね。
この作品に限らずシェイクスピアの脚本にはすごくたくさんの登場人物が出てきてにぎやかというイメージが。
そうですね。
いろんな人物がさまざまな人物が出てきますね。
これがシェイクスピアの作品の特徴だというふうに言っていいと思うんですね。
多声性という言葉がありましていろんな人がいろんな事を言っていると。
高貴で立派な人もいれば下劣な人もいれば善も悪もあると。
さまざまなそういう価値観をシェイクスピアは否定しないで全て細かく描いていくというところがありますね。
そしてもう一つの特徴としてあるのが人文主義。
人間全て愚かであるという事を認めようというこういう思想なんですね。
シェイクスピアに言わせると人間は理屈ではないと。
必ず間違いを犯すんだ。
じゃあもうヒーローが出てきて勧善懲悪みたいなそういうんじゃないですと。
だからヒーローの中にも弱さがあり悪党の中にもまた何か魅力的なところがあると。
悪党なら悪党って決めないでね。
そうですね。
ちょっとその「ハムレット」に出てきます人物相関図を見てみたいと思います。
ちょっといっぱい出てきますよ。
まずはハムレットはデンマークの王子なんでございますね。
そのお母さんがデンマーク王妃ガートルードでございます。
彼女と結婚したのが現デンマーク王のクローディアス。
しかしこの人はですねガートルードの元の夫の弟という。
殺されたお父さんというのはこの主人公のデンマーク王子ハムレットにとってみるともう理想の立派な父だというふうに言っています。
もう神のようにすばらしいというふうに褒めたたえるんですね。
それに対してその弟のクローディアスは非常に人間的に尊敬する事ができないと。
酒が大好きで獣のようなやつだなんていうふうにハムレットは言っています。
この2人は非常に対照的に描かれているわけなんです。
この中にハムレットの大学の友人も出てまいります。
ホレイシオこれ親友でございますね。
そしてオフィーリアの兄レアーティーズも出てきます。
そしてフォーティンブラス。
これハムレットがとても尊敬しているんですがノルウェーの王子。
この3人はハムレットにとって非常に重要な役割を果たすハムレットの分身のような役割を担っているんですね。
さて一体どんな人物なんでしょうか。
ご覧頂きましょう。
ハムレットの親友ホレイシオ。
恐ろしい亡霊にあっても冷静に話しかけようとする人物。
沈着冷静なホレイシオをハムレットは評価する。
「何しろ君はあらゆる苦難にあっても苦しむ事がなく運命のひどい仕打ちもご褒美も同じように感謝して受け取ってきた男だ」。
レアーティーズは熱情の人。
父の死を知ると敵を討つべくすぐに兵を挙げる。
妹の死を知れば全身全霊で嘆く。
そんな彼をハムレットはなじる。
「何者だ!そんなに大ぎょうに嘆いてみせるのは。
その嘆き節で空をめぐる星に魔法をかけ驚きのあまり止まらせようとでも言うのか」。
そしてノルウェー王子フォーティンブラス。
熱情と理性をあわせ持つハムレットが理想とする男。
「見ろあの軍隊を。
堂々たる立派なものだ。
率いるのはまだうら若い優しげな王子ではないか。
ところがその心は崇高な大志で膨れ上がり結果がどうなろうと気にもかけず儚き命も将来も運命と死の危険に晒そうとしているのだ!」。
ホレイシオレアーティーズフォーティンブラス。
3人はハムレットの分身である。
この3人はハムレットの似姿。
そうですね。
ハムレットの中のさまざまな性質。
ここちょうどきれいに分けて頂きました。
理性熱情それから最後はこの2つを兼ね備えた人物だと。
ちょっと面白い構造になってるなと思ったのは極端に熱情的なキャラクターと理性的なキャラクターが1人ずついたらその中間というのはいなくてもよさそうなものだと思うんですね。
それが理想なのは当たり前だから。
わざわざ出てこなくてもいいという事ですねフォーティンブラスが。
フォーティンブラス。
これは身分的にデンマーク王子ハムレットとノルウェー王子フォーティンブラスと両方とも王子でありしかもフォーティンブラスの場合はお父さんがやはり殺されてるんですね。
ハムレットのお父さんに殺されています。
お父さんが死んだから一旦は復讐しようとやはりハムレットのように思うんですね。
そしてそのデンマークに攻め込もうとするのですがそれを止められてそして一回その熱情でワッと持っていた気持ちを理性で抑えて今度は別の所にその攻撃目標を定めてですね名誉のために軍隊を率いていくというそういうふうにして進んでいくのでハムレットはすばらしい立派な男だというふうにして考えるわけです。
フォーティンブラスはでも非常に特殊でなかなか出てこないし言葉の上でフォーティンブラスがどうのこうのという事は言われるんですけども実際に出てくる時は今の場面で通過するだけ。
そして最後にハムレットが死んだ時に登場してハムレットを褒めたたえる。
そしてこの芝居が終わるという。
わ〜!それはすごくよく出来てる気がする。
何だかじゃあどうすればいいんだよという答えがたまによぎるわけですね。
そうですね。
そういう事ですね。
ただしハムレットの場合はこのフォーティンブラスのように理性と熱情のバランスを取る事が難しかったのはやはりフォーティンブラスと違って国王を殺さなければならないのかというそこに問題があるわけですね。
つまり現国王を殺すとなるとこれは一筋縄ではいかない。
より複雑であるというところなんですね。
本当ですね。
さあそれでは改めて理性と熱情の間で悩むあの有名な場面を見てみましょう。
「非道な運命の矢弾をじっと耐え忍ぶかそれとも怒涛の苦難に斬りかかり戦って相果てるか」。
「眠りによって心の痛みも肉体が抱える数限りない苦しみも終わりを告げる。
それこそ願ってもない最上の結末だ」。
「生きるべきか死ぬべきかそれが問題だ」。
この長いくだりをきちんと聞いたの僕初めてですね。
そこまでしか私たち…。
その一行しかほんとに。
「生きるべきか死ぬべきか」の所がいろんな訳があるんですね。
「生か死か」「在る在らぬ」「このままでいいのかいけないのか」。
「生きてとどまるか消えてなくなるか」。
数え上げていくときりがないたくさん…4050あるんですね。
原文をちょっと見てみましょうか。
この有名な一文の。
ちょっと読んでみましょうね。
「Andbyopposingendthem?」。
この解釈なんですけれども実は文法的に非常にはっきりしているところがありましてここに「Or」というのがあるんですね。
「…かどうか」AかBか。
この「Tobe,or」「tobe」なのか「nottobe」なのかの「or」とこの「Or」が呼応しているんです。
「Tobe」は「tosuffer」に始まる部分を指します。
耐え忍ぶsufferする。
つまり「生きる」というふうに訳しますがこれは生きる時にいろいろ出てくる苦しみに耐える耐え忍ぶというそういう意味なんですね。
「nottobe」は「totake」に始まる部分を指します。
もう我慢できないと言って立ち上がってその苦難に対して斬りかかり戦って相果てる。
「全てを終わりにする」。
「全て」というのは自分の命も含めてですので「死ぬ」とこういう事になるわけです。
ほ〜…何か言葉って難しいな。
何か僕ちょっと思ったのは「生きる」と「死ぬ」という言葉が強すぎて強すぎ…僕の中ですごく強すぎて。
「生きるべきか死ぬべきか」と訳してしまうとちょっと誤解を招いてしまって青少年が自殺を感じ考えるみたいなところに行きがちなんですけれどもこれは基本にまず生きているという事が前提とあって重要なのはここにちょっと飛ばしましたが「心の中においてどちらがより気高いのか」という。
どっちがいいのかってただ選ぶんじゃなくて自分の人生の中で気高い生き方をしたいというまず前提があって「俺はどっちだ?」というそういう問いなんですね。
そうなんですねそこがすごく今すごく僕の中で引っ掛かってたところが腑に落ちましたね。
ここでは大事なのはそこですよ。
気高くあるという事。
ほんとに根源的なものすごく深い問いに入ってるんですね。
「ハムレット」は哲学の芝居だと言ってもいいと思うんです。
人間いかに生きるべきかと。
これを問いただすためにこのあとずっと続いていくというそういうようなお芝居になってるわけです。
これはほんとに汎用性が高いというかほんとにみんなこの局面は絶対あると思うよ。
ある!母か女かとか。
あります。
もういっぱいあると思います。
どっちがいい人生なんだろうみたいな。
そういう事ですね。
理想的な生き方は何かというそういう事ですよね。
どちらが気高いか考えますね。
ねえ。
ちょっとセリフの後半部分を見てみたいと思います。
はい。
すごくハムレットは死ぬという事に躊躇するんですね。
そうですね。
当時の文化に戻るとですねやはりこのカトリックの考え方というのは死んだあと煉獄に行ってそこで長い間苦しんでから天国に行ったり地獄に行ったりするというそういう教えだったんです。
なのでハムレットがここで言っている事は死ぬ事それ自体が怖いと言っているんじゃないと。
そうではなくて死後の世界に何があるか分からないのが怖いという事を言っているわけなんですね。
結局死が終わりじゃないからそこの選択肢が2つポンポンと死ぬか生きるかが問題だというところになるわけですね。
死というのはおっしゃるとおりある一つの終わりでしかない。
そのあとまた続くんだという発想があるためにじゃあ今の生はどうしたら一番理想的になるのかというそういう発想。
しかしこのままいくと全く復讐はできませんね。
そうですね。
復讐の話じゃもう全然ないなぁ。
このいわば人間の弱さから抜け出るためにハムレットは証拠をつかまえようと考えるわけなんです。
つまり殺人の真相というのを芝居仕立てにして…そしてそれを叔父さんに見せると。
そこで初めてクローディアスは「こいつは知ってる」と。
「俺が完全犯罪でやったはずの事を何でこいつは知ってるんだ」とうろたえて退場していくと。
これを見てハムレットは「やった!証拠をつかんだ」というふうに思うわけなんです。
さあそうなんでございます。
そしていよいよその後クローディアスは一人神に懺悔するんですね。
そこにハムレットが通りかかる。
もう絶好のチャンスです。
懺悔してるんですから。
さあ復讐のチャンス。
VTRご覧頂きましょう。
「ああわが罪はおぞましく天まで悪臭を放つ」。
「なにしろ殺人で得たものを俺はまだ手にしているのだから」。
「やってみよう。
曲がれ頑なな膝よ。
そして鋼のような心よ生まれたての赤子のようにやわらかくなれ。
それですべてうまくいく」。
「今ならやれる」。
「考えものだ。
悪党が父上を殺したそのお礼に一人息子の俺がこの悪党を送ってやるのか天国に。
それでは雇われ仕事だ。
復讐ではない」。
「もっとおぞましい機会をとらえるのだ。
酔っ払って眠る怒り狂う近親相姦の肉欲に耽る博打に惚けて悪態をつくそうした救いようのない瞬間を」。
最後のあれ何ですかね。
最後のあの不敵な笑みは?「心の伴わぬ言葉は天には届かぬ」。
「殺しちゃえばいいじゃん罪認めてるんだから」と思ったんですよ。
そこがねなかなか皆さん分かって頂けないんですよね。
今最初におっしゃったように今やっちゃえばいいのにというふうにまずは思うんですよ。
ここにも宗教的な理由があります。
それはクローディアスが懺悔をしている最中だという事。
つまり懺悔をしているというのはカトリックから言うと神様とお話をするという事ですからクローディアスの罪は神様とお話をしている最中に消えるかもしれない。
そして天国に…神様がそこにいらっしゃってお話ししてるんだったら…そこでハムレットがやっちゃうと。
やっちゃうと。
こいつが一番得するじゃんって話になっちゃう。
懺悔してる時にね殺されちゃったら。
今初めて理解できました。
これねでもすごいなと思ったのはそれでその上いまいましいけども今殺せない今殺せないってなって諦めたところにこいつが言うのは要は「なんちゃって」という話なんですよ。
なんちゃってですよね。
まさにそうなんですよ。
「なんちゃってテヘペロ」でしょ?そうです。
やってるわけでしょ。
こんなムカつく事ないですよね。
やっちゃえばよかったんですよね。
でもそれにしてもねハムレットという男はね悩むね。
悩みますね。
悩む。
よいという事ね。
そうなんですね。
神になりたいというそういう言い方をするんですけどなぜかと言うとやっぱりこれは宗教的な背景というのがあって「聖書」の中に「復讐するは我にあり」という言葉があるんですね。
あれ「聖書」の言葉なんだ。
「聖書」の言葉なんです。
その「我」というのが神様なわけなんです。
つまり私…そういう意味なんですか。
なのでハムレットは神に成り代わって復讐をしたいとこういうふうに葛藤するわけなんです。
この作品の中にギリシャ神話の英雄のヘラクレスに対しての言及がたくさん入っている事からも分かるんです。
ヘラクレス?ギリシャ神話のヒーローヘラクレス。
12の偉業を成し遂げ人間から神になった存在です。
当時の人々の理想とされハムレットも憧れたのです。
ハムレットが亡霊から「復讐しろ」と言われた時に発するセリフなんですけれども。
外れてしまったこの世の箍を直すというのはまさにこのヘラクレス的な難業というふうに言われています。
外れてしまったこの世の箍を直す不正を正す。
つまり人間には不可能な事をいわば自分が神の高みに昇って神に代わってこういう事をしなきゃいけない。
ただそうするとこれが熱情にうなされてやるただの復讐じゃないという覚悟が必要なわけですねずっともう。
それはだって正しい行いかどうかという事が大切でだって神様になりたいんですもんね。
そうです。
誰が見ても「あいつ偉かったよね」と言ってもらえるためには自分という所よりも高い所に多分行かなきゃいけないと思うんですよね。
それがこのハムレットがやろうとしていた。
そのためには自分の持ってる人間的な弱さを脱しなければいけないというふうに思い込んでいたわけなんです。
強くなりたいという事がとても弱い部分が出るみたいなとこですね。
そうですね。
名著すごいですね。
今回もきてますきてます。
本当にありがとうございます。
今回は「ハムレット」に出てくる男たち見てきましたけれども次回は女たち見てまいりたいと思います。
河合先生どうも本当にありがとうございました。
勉強になりました。
とんでもございません!2014/12/17(水) 12:25〜12:50
NHKEテレ1大阪
100分de名著 ハムレット 第2回「生きるべきか、死ぬべきか」[解][字]

理性、激情、そして両方の調和。ハムレットの登場人物には人間の強さ、弱さが象徴されている。それを踏まえ、「生きるべきか、死ぬべきか」のせりふに込められた意味に迫る

詳細情報
番組内容
激情に流されてしまうレアーティーズ、思慮深いが行動に出るのには慎重すぎるホレイシオ、理性と熱情を見事に調和させたフォーティンブラス。主人公ハムレットは、それぞれの行動を見つめ、自分がどう生きるべきかを考えていく。「生きるべきか、死ぬべきか」というせりふには人間の生き方を問う普遍的な問題が含まれているのだ。第2回は、登場人物から見えてくるシェイクスピアの人間観やせりふに込められた深い意味に迫る。
出演者
【講師】河合祥一郎,【司会】伊集院光,武内陶子,【朗読】川口覚,チョウ・ヨンホ,【語り】墨屋那津子

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
趣味/教育 – 生涯教育・資格

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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日本語(解説)
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