います。
雪囲いは、雪の重みで枝が折れたりしないよう、ツバキを囲むように竹竿を3本立て、ヒモで枝を束ねていきます。
作業は25日ごろまで続き、来年の3月から4月にかけ見事な花を咲かせます。
(黒柳)さあこれは35年前のデビューの時のお客様です。
デビューから35年。
35年前の今日デビューなさった方がお客様です。
私とも35年。
16歳でデビューなさった近藤真彦さん今日のお客様です。
まあなんとパリッとした格好なさってね本当に。
50歳におなりになりましたよ。
びっくりしましたね。
本当にいい大人になったと皆さんが仰います。
まあおめでとうございます。
本当にね16歳でお目にかかってからずっと50歳までずっとテレビの中でこの方は成長していらしてみんな「いい男になったね」ってこの頃皆さん仰るんですけど。
本当にそうなんでしょうかどうでしょうか。
フフフ…。
私は…私もそう思いますけど。
16歳の時だって悪くはなかったんですよ。
私はもう初めからいい子だと思いましたけど。
まあとにかく今日は色々昔の写真とかビデオとかちょっとお目にかけたりもいたします。
ご期待くださいませ。
さて35年前の12月12日。
12月12日にあなたは『スニーカーぶる〜す』で…。
はい。
デビューしました。
そう。
当時の声をちょっと…。
えっ!声だけですから大丈夫ですよ。
これです。
「ペアでそろえたスニーカー」「春夏秋と駆けぬけ」「離ればなれの冬が来る」レコードですね。
まだCDじゃなくて。
そう。
当時の。
「俺の話を聞いてよ」「別れの電話」筒美京平さんの曲で。
この曲をレコーディングするに当たって京平先生んちに行ってピアノの前で少し発声練習をして。
それでレコーディングスタジオに入ってマイクの前で歌を歌ってたらエンジニアの人が今までこんな針の飛び方見たことないっていうぐらい僕の声があまりにも大きかったっていう…。
あっそう。
元気だったからねきっとね。
でもこの日のことを覚えてらっしゃるんですって?あなたデパートの屋上行ったんだって?この時。
はい。
デパートの屋上で僕の宣伝してくれる男の人たちがみんな黒と金のジャンパーを着て。
金?はい。
で後ろに金の文字で漢字で近藤真彦って書いたスタッフがいっぱいいてデパートの屋上でデビューイベントをやったのを覚えてますね。
そうです。
本当だったらその時はもう既に人気があって。
ジャニーズ事務所っていうのはレコードデビューをもってデビューとするっていうことですからたのきんトリオではもう出てたんだけど。
それですごい人気があったんで本当のことを言うと後楽園球場だってどこでだってイベントはできたんだけど。
そうかもしれないですね。
やっぱりそうじゃなくてあなたがレコードでデビューするんだったらやっぱりデパートの屋上だっていうことでなんかデパートの屋上行ったみたいですってね。
はい。
ちょっと僕的にはねなんでもうちょっと大きいとこでやってもらえないのかなとは思ったんですけども。
可愛いですよ。
当時のね写真。
これ大変なんですよこれ探してくるのね…。
どこから探して…。
そうよもうね。
これ『明星』のところへ行って。
だから返さないといけないのこれ。
『明星』の写真だから。
それでねとてももう古くなってるの。
ぼろぼろになってるの。
でもそれから借りてあなたの…今日お映しするのは35年前のあなたをお見せしたいということで。
ありがとうございます。
ねえ本当にねそうなんです。
でねまたスタッフが頑張ってですね。
35年前の12月12日のこの『徹子の部屋』で私がどんなふうに見えるかっていうその日の写真をね。
えー!たくさんの中から選んでくれました。
その時の写真をお目にかけますね。
うわー。
これです。
35年前ですか?12月12日?そう。
これ私。
うわー!だからあなたがデビューした日に私はこうやって『徹子の部屋』やってたんだって思います。
まあ変わんないとか変わってるとかって色々…。
ちょっと待ってください。
あの今の黒柳徹子さんは今の僕よりも…。
ずっと若い。
若いですよね?40ちょっとですよ。
あなたね『ベストテン』いらした時に今の私のことすごい年上だと思ったかもしれないけど今のあなたよりも私の『ベストテン』の時はもっとあなたより若かったんだからって私が言ったらへえーとか言ってたけど本当にそうなんです。
そうですね。
あの当時は僕今思えば僕より年上に思いましたけどね。
その時は年上よ。
あなた16…。
いやいや…今の僕よりですねしっかりされて。
そこはすごいなと思いますね。
ただあなたが私をすごくないと思うところが面白いのは信号のところで車が止まる時。
はい。
あっ…。
あなたの運転手さんは…何?横にパッて並ぶと別に芸能人じゃなくても誰かな?ってパッて見るじゃないですか。
その時にパッて見て「あっマッチだ」ってやられるのがちょっと嫌なんで。
うちのマネジャーとかは大体こうずらして少し。
見えないようにずらして止まるんですけど。
黒柳さんは普通に止まると。
パッてやって「黒柳徹子だ」って言ったら黒柳さんが窓を開けて「どうも」ってやるっていう。
「こんにちは」って。
「どこ行ってきたの?」って聞く。
「これからどこ行くの?」なんて。
私考えたら何が違うのかと思ったらねあなたやっぱりアイドルだからなのよ。
私は普通の人だからなのよ。
そこの違いだと思いますよ。
やっぱりねアイドルっていうものはね…。
ちょっと待ってください。
普通の人じゃないと思いますけどね。
でもやっぱり普通よ私。
だってスーパーも行くしどこでも行く…コンビニも行くんだから。
あなた行かないでしょ?行きますよ。
行きますけどなんかその当時人に見られるのがイヤイヤ病になっちゃってた。
そりゃそうですよ。
あなた方はね。
そうですよね。
黒柳さんも自分より年下の方に「ねえねえおばあさん」って言うのやめたほうがいいですよ。
フフフッ。
そうよく…。
あのねこれ今のわかんないかもしれないけどね商店街なんかに行ったりして撮影なんかがあったりしてコロッケなんか食べたりする時におばあさんじゃないけど「ねえおばさんこのコロッケ…」とか言うと私の友達が見てね「大概の人はあなたより若いんだからおばさんって言うんじゃない」って言われて。
嫌になっちゃうなと思うんだけどしょうがない。
運転免許やっぱりちょっと年齢がいくと若い人たちよりも講習とか受ける機会が多いでしょ?そう。
2年にいっぺんずつ行かなきゃいけないの。
黒柳さん行かれてるでしょ?行ってますよ。
行って黒柳さんよりも若いおじいさんはしょっちゅうなんかシミュレーションでものにぶつかっちゃうっていう話ですね。
そう。
私の隣にいた人シミュレーションでね子供とかボールとかおばさんとか…。
それこそおばさんっていってもお姉さんとか来ると私はもうススッて。
私はね40ぐらいですって言われたのよ。
スッスッスッとよければね。
そうそう。
そしたらそのおじさんはね全部ひいちゃうの。
ハハハ…。
私ねびっくりしてね。
これで運転してたら大変だなと思ってね。
でもやっぱりね2年ごとに行かなきゃいけないのはそりゃ大変ですよね。
それはそうですね。
まあ35年前の12月12日今日この方はデビューなさったわけですから。
でもよく35年もこの世界にいさせていただいたなと思ってます。
本当。
私もそう思いますよ。
そう思いますか?初めのあなたを見てればねどうなることかとちょっとは思いましたけど。
ただ本質的にいい子だっていうことと歌がうまかったんでねやっぱり。
初めての時にはそれ…こういうふうにやる人は驚いたかもしれないけど。
やっぱりねものすごく歌うまかったから。
曲に恵まれましたねあなたは。
そうですね。
いい曲ねいっぱいね。
伊集院先生に詞を書いていただいて。
伊集院静さんが詞を書いたのはいっぱいあってね。
あの『ギンギラギン』でも何でもね。
はいそうです。
『愚か者』もそうです。
『愚か者』もそう。
だからそういうことではラッキーではあったと思う。
あの当時の歌50になっても僕の歌はやっぱり歌える曲が多かったのですごくついてました。
さてあなたが『徹子の部屋』に出てくださったのはデビューなさった次の年のお正月だから割とすぐですよね。
はい。
12月12日にデビューして次の年のお正月だから。
デビューして1回目のお正月…。
近藤真彦さんが初めて『徹子の部屋』に出てくださいましたのはデビューなさって…12月12日がデビューですからその次のお正月だとまだ1か月も経ってないんでその時じゃなくてもう1年…。
1年後ですね。
うん。
1年後先のお正月。
17歳ぐらいにおなりだと思いますよね。
そうですね。
ちょっとご覧ください。
「フフフ…。
今いくつになったんだっけ?」「17です」「17でしたね」「それで私もびっくりしたんだけどお会いしているたんびにどんどん背が大きくなってくる人ってあまり私今まで仕事を一緒にしたことないのね」「初めてお会いした…『ベストテン』に初めていらした頃から現在まで何センチぐらい背伸びました?」「3センチぐらいですか」「『ベストテン』に来ても…あなたが2位や3位の時誰だ?1位は!なんて言うじゃない」「ああいうのって普通今まではあまりみんなねそういうふうにしないようにお行儀よくしなきゃっていう」「お行儀のあのね…あなたお行儀が悪いっていうわけじゃないんですよ。
お行儀がいいんだけど」「そういうふうに自由にしても大丈夫っていうのはどういう時に思ったの?」「えっ?全然なんかねそういうふうにするのが嫌いじゃないんだけど別にそんなことをしなくてもいいんじゃないかなって自分で思っちゃうんですよね」「あっそうなの」「うん」「あなたのお得意なやつちょっとやっていただける?」「オートバイの音っていうのはどういうのです?」「オートバイの音ですか?2サイクルの音いきます」「グオガカカカカカ…」「グオー!ガッカー!ガッカー!」「こういう感じです」「ハハハ…。
2サイクルっていうんですか?それは」「2サイクルです」「違うのもあるの?」「4サイクル」「4サイクルお願いできます?」「フォンフォフォフォフォアーン!」「フォアー!フォンフォアー」「でも本当にあなたはみんな可愛いって言ってはねあなたの年代の男の方に失礼かもしれないけどみんなあなたのことを見てると可愛いわねって大人の人は言うけどもどうですか?可愛いって言われちゃうと」「わかんない。
なんで可愛いのかなって思う」「あっそう?」「可愛くないよ全然。
フフフ…」失格ですねあいつは。
いやそんなことない。
あいつは失格ですね。
1617なんですからさやっぱりあのぐらいで可愛いじゃない。
大変失礼いたしました。
いいえ。
でも可愛いじゃない。
あんなさ…今だってできる?あのオートバイの音。
いやできないですね。
もうできない?でもあなたが免許証を初めて取った日私覚えてるの。
「誰乗せたいの?」って言ったら「お母さん」って言ったわよ。
あの時何歳だったの?あなた。
18ですね。
18歳?今ののちょっとあとぐらいに「黒柳さん僕免許証を取りましたよ」って言うから「そう。
誰乗せたいの?最初に」って言ったら「お母さん」って言ってましたから。
そうですね。
可愛かったね。
そういうのね。
何でもご存じですね僕のことは。
そうだわね。
本当にそうですね。
ほとんど毎日会ってましたからね。
そうですね。
はい。
そう。
でも今50歳におなりになりましたよね。
今って…今どんな感じ?そうですね。
デビューして今の調子でしたから周りの人からもいつまでも続くと思うなよと。
あっそう。
ええ。
大体持っても2〜3年だろうと。
えー!うちのジャニーさんにはもう「YOU3か月だよ」っていうのを口癖…。
「YOU3か月」?「YOU3か月だよ」。
「YOUああもう終わり。
3か月だよ」ってずっと言われ続けてきたんで。
その当時は「なにくそ。
絶対に10年後の僕を見ていてほしい」とかね。
15年後今の僕と変わらないように何とかこのポジション維持できるようにっていう気持ちは子供心にやっぱりありました。
あっそうなのええ。
あっそう。
ただそれがうまく努力できたかどうかはわからないんですけども。
まあ結果的に35年間こうしてやってこれたんですごく周りの人に…本当に周りの人に恵まれたなっていう気持ち…。
まあ10年間あなたレースのほういらっしゃって芸能界のほうにはいらっしゃらなかったですからね。
そうだったんですね。
でまあ50歳。
はい。
50歳ってやっぱり何か感慨あります?50歳っていう。
50歳ですか?まあ普通のサラリーマンの方でいうと働いてる年数は僕15歳から働いてるので…。
そうそうそうそう。
普通の方でいうともう60歳。
そうだよね。
長い長い。
そうするとこの仕事辞めようか辞めないかっていうような年齢に皆さんなってますよねきっと。
僕の場合はどうなんでしょう?辞めようか辞めないかって言われると「まだ続けさせていただけますか?」っていう感じでしょうかねもうちょっと。
まだまだって私は思いますけどね。
まだ大丈夫だと思いますけど。
でもああいうトライアスロンやなんかやってるっていうのはなんかそういうふうのと関係あります?やっぱり。
これはやっておこうっていうような。
まあ黒柳さんさっき僕の歌を歌上手だって言ってくれたんですけども僕はまだまだ歌も駄目で踊りはまして踊れないしお芝居もまだまだと思ってるんですけど。
後輩に教えられるものが一つもないんですね。
だから後輩のほうがもう本当に歌も上手だし踊れるし。
そう考えたら僕は後輩に何を示して頑張っていけばいいのかなって思うとやっぱりかっこよさであったりとかなんか仕事に打ち込む姿勢であったりとかっていうところは後輩に見せられるなと思いまして。
やっぱり50にもなれば体も鈍ってくるしねそういうところも気をつけなければいけない。
しっかりした体でいつもこうきっちりしてるなと思われるように努力するためにトライアスロンをやったり走ったり。
だけどあなたが「トライアスロンをやってきます」とかって軽く言うんだけど「どのぐらいやるの?」って聞いたらもう本当にもうなんかねめまいがしそうな感じなんですけど。
まず最初に海に行って泳ぐ。
はい。
アイアンマンのクラスだと3.8キロ。
3.8キロっていったら約4000メートル近く海で泳ぐ。
はい。
そのあと190キロですね。
それから自転車に乗ってすぐ。
自転車です。
それもだらだらしてちゃいけないんでしょ?もう海から来たら。
サイクリングじゃないんでずーっとこぎっ放しの190キロ約7時間。
そこから42.195キロのマラソンなんです。
わかります?42.195。
完全なマラソンと同じ。
マラソンと同じ距離を走って…。
朝大体6時ぐらいにスイムに入るわけですよ。
最後走ってゴールするのがまあ7時。
暗くなっちゃう。
夜の7時ぐらいですかね。
すごいのね。
でもあなた子供連れてってさ「ゴールするとこ見せたい」って言って息子連れてったことありましたよね。
はい。
同じユニホーム着させて。
あっそうなの。
もうパパへろへろになってるのを応援してくれて。
最後ゴール手前50メートルぐらいでパッて飛び出してきたんで一緒に手つないでそのまま。
それはいいの?それは大丈夫なんです。
最後一緒にゴールして。
あっそう。
だからあなたの息子はなんかあなたがそういうのをやってる時のすごいのとかそれからレースをやってる時のすごいのとかそういうのしか見てないから…。
競走ばかりしてるところしか見てないんで「パパの仕事何ですか?」って言うと「用意どん」って言われます。
そうだって。
可愛いわね。
息子の轟丞君も大きくなって学校行きましたね。
はい。
もう本当に黒柳さんにはお世話になりまして。
いや何にもお世話しませんよ。
ありがとうございます。
小学校1年生のね。
でも随分大人っぽく…。
でも本当にね轟丞君はよく育ってると思います。
ありがとうございます。
私あなたのね息子がねまだちっちゃい時にね縫いぐるみが好きだって言ったから何かこんな長い…何だかこんな縫いぐるみ買ってね。
珍しいの。
フェレットみたいなやつですね。
あれねペレットっていうんだと思ってね「これはペレットです」って書いて渡したの。
そしたらねファクスが来てね。
「可愛いフェレットをありがとうございました」って書いてあったのよ。
「これはフェレットというものです」なんて書いてないのよ。
偉いでしょ?私を傷つけまいとして。
私はペレットって書いて渡したのにね「フェレットをありがとうございました」。
なんかね何とかって名前付けたって言ってたね。
付けたって言ってます。
はい。
うん。
すごい可愛い。
そういうとこすごいデリケートな子供なんだけど学校は喜んで行ってる?そうですね。
もうまあね…。
早いですね小学校1年生で。
ランドセルと何か色んなものを持って学校行くんですよやっぱりね。
なんかもう後ろから見るとランドセルと荷物だけが動いてるように見えて。
ランドセルの上に後ろ姿で帽子が見えるだけで。
ちっちゃいからね。
いってきますって行くんですけどね。
でもさあなたが…あのあなたが。
はい。
子供の話をするようになるって本当に思っていませんでしたからね。
でもうまく子供がそうやって育っていってお勉強してきてそれでいい子に育ってるっていうことはラッキーですよね。
そうですね本当に。
でも子供用のトライアスロンに出たいと息子は思ってる?そうです。
ジュニアトライアスロンっていうのがあって。
7歳ぐらいから出れるんですけども。
へえー。
水泳もちょっとやってて。
ランニングも最近…最近ちょっとできてないんですけども。
でも随分練習しました。
自転車も補助をすぐ外してやりましたし。
だからもうできることはできるんですね。
本人のやる気しだいなんですけど。
本人はやる気でいますけどね。
学校忙しいんだってね。
学校朝早くて。
僕朝練するんですよ朝早く起きて。
そこに付き合わせたいんですけども学校が早いんでね。
そうそう。
練習する時間がなんか最近僕より忙しいっていう話…。
あなたは土日…子供が忙しそうじゃない土日にあなたが忙しい。
そうなんですよ。
レース場に行っちゃうんでね。
そうですってね。
だからなかなかスケジュール合わないんだって。
息子とね。
合わないんですよはい。
でも彼はやりたいと思ってるでしょうねきっと…。
やりたいと思ってますしまあやらせますね僕は。
あっそう。
やらせるの。
あんなにやっぱりねちょっと自分の…何ていうのかな?自分で自分をこう追い込んで頑張らなきゃいけないって…。
あのね駅伝って…。
あります学校のね。
とにかく走って相手にたすきを渡さなきゃいけないから苦しくても頑張るじゃないですか。
でもトライアスロンは本当に苦しかったらやめられちゃうんですよね自分の意思で。
ああそうね。
人に渡さなくてもいいので。
だからそういう意味ですごく精神的に強くなるんで。
ちょっとやらせようかなと思ってます。
自分自身と闘いだからねそれはね。
でも一回あなたさみんなにトライアスロンのこと黙ってたのになんか自転車から落っこったかして腕を折ったかしたでしょ。
それでばれちゃったんですよね。
こうやってやってテレビに出て「どうしたんですか?」って。
「自転車でこけました」。
そうそうそう。
自転車から落ちたんだって。
それでも走ったって言ったもんね。
そのあと42.195。
完走してきました。
すごい。
完走。
だからすごいんですよね。
ありがとうございます。
でもそういう意志が強い人だとは…。
でも意志は強かったでしょうね。
だって2位で出てきた時に「1位は誰だ」って言ってましたからね。
そんな人いなかったんですよ当時ね。
ええ。
でもまあ本当にそういう中で周りの皆さんにも支えられてたと思いますけどここまでまあ35年やってこられたことね。
で今日12月12日がちょうどそのデビューした日だっていうこと…。
黒柳さんには随分支えられてきましたよ。
僕今でも忘れられないのはやっぱり『坊っちゃん』の…。
夏目漱石の?ええ。
僕は台本覚えないだろうって言って黒柳さんカセットで全部読んでくれて。
原作をうん。
で僕に渡してくれたの覚えてます?覚えてますよ。
覚えてます?うん覚えてる。
覚えてますよ。
あれは感動しました。
(カセットテープ)「近藤真彦さんの舞台のために黒柳徹子が録音したものでございます」「ですから他のことにはお使いにならないでください」「これはあくまで近藤さんの参考用の録音です」「夏目漱石『坊っちゃん』」「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」「小学校にいる時分学校の2階から飛び降りて1週間ほど腰を抜かしたことがある」「なぜそんなむちゃをしたと聞く人があるかもしれぬ」「別段深い理由でもない。
新築の2階から…」持ってる…。
本当にありがとうございます。
この中に入っている。
はい。
2本に分けて黒柳さんに…。
へえー。
これ私の字ですね。
そうです。
これ黒柳さんの字です。
「近藤真彦さんの芝居のために黒柳徹子が朗読したもので他のことに使わないで下さい」1987年だったんですねこの時。
でねこれは舞台に『坊っちゃん』がなったんだけど原作を読まないだろうこの人はと思ったものですから私が朗読してあなたに渡したんですよね。
えー。
宝物です。
持っててくださったの?もちろんです。
私もうあんなのどこかすっ飛ばしてなくしたろうなと思った。
本当?もう大事に…。
今私自分の声聞いてびっくりしました。
あれだってものすごく昔の声なんでね。
ええ。
えー。
本当にありがとうございます。
ありがとうございました。
スタッフがみんながね一緒に旅行行った時の話をしてもらってくれって言うんだけど。
もう何回一緒に海外ご一緒させていただいたか覚えてます?覚えてません。
僕も覚えてないですね。
まあでも僕は海外に行ったら黒柳さんの付き人みたいになってたっぷりとしたお衣装を買われたら荷物を持って。
違うのよあれね。
私こう…。
だってこんなちっちゃくなるねアメリカの軍隊のこうカーキ色のなんかみのむしみたいになるやつ持ってるのよ。
それを開けると大きくなるから。
そうそうそう。
あれには入るからと。
でもあれも限界があるんですよ。
この前ニューヨークでねあのねすごく考えられない安い…。
ニューヨークって生地の安いとこなんですよ。
全部スパンコールがついた生地がね1メートル…。
日本だったら何万円もするのが1メートル1000円だったんですよ。
これは買わなきゃと思って10メーターとか買って。
それだって1万円ですから。
そうですよね。
それ買ってね。
私目分量の女王っていわれてるぐらいですから入ると思ったらねびっくりしたわね。
入んなかったのあの中に。
入んないですよ。
そしたらみんなに入らないですよって言われて。
結局ねあとからね段ボールで送ってもらったら何てことなかったんですけどね。
そうですか。
まあそういうことでお世話になっております。
いえいえ。
まあ本当にね。
でもまたお正月にもご一緒に旅に行くの楽しみ…。
僕黒柳さんが一番うれしいのはよく食べる。
あっそれはね。
これが僕ね黒柳さんの元気印だと思ってます。
すごいですもんね。
まあね。
同じだけ食べるからね。
僕と同じ。
もしくは僕よりいく時ありますよね。
時々「あげる」って「食べる?」ってくれる時あるもんね。
そうですよね。
それはあると思いますよね。
だから私がちょっとしか食べないで「もうこれで結構です」って言ったら心配になるでしょ?心配になりますそれは。
そうよね。
うん。
あとはやっぱりメーンはお肉ですもんねやっぱりね。
お肉食べますね。
好きですよねお肉ね。
焼き肉も行きますよね。
焼き肉も行きますね。
さてこれからのなんか夢みたいなものってあるんですか?もう今はとにかく35年間この世界でね一生懸命仕事させていただいたのでその35年間応援してくれてた応援してくれた人たちに対して。
もしくは僕のスタッフに対して。
周りの全ての人に対してこの1年間はここからの1年間は何か色々感謝を込めて番組に出たり歌を歌ったりしていこうかなと思っています。
はい。
とにかく感謝の1年です。
そうね。
あなたにとって今までそういうことあんまりなかったかもしれないもんね。
そうですねはい。
前から感謝はしてるのよ。
だけど口に出したり何かして言う人じゃないじゃないあなたさ。
「ありがとうございまーす」っていう感じで若い時過ごしてしまったからね。
はい。
あなたいい靴履いてるわね。
終わりのところで言って悪いけど。
いい靴履いてるの。
まあいい靴だから。
見えます?いい靴履いてる。
うん。
本当よかった。
今はもうオーナーになったからね大丈夫なんだけどね。
じゃあまたね。
36年目に向かって…。
これからもよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
橋本さん!2014/12/12(金) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 近藤真彦[字]
〜祝デビュー35周年!衝撃の(秘)サプライズ〜近藤真彦さんが今日のゲストです。
詳細情報
◇ゲスト
1980年12月12日に『スニーカーぶる〜す』でレコードデビュー。今日はそのデビュー記念日!近藤真彦さんがゲスト。
◇番組内容
今年50歳になった近藤さん。デビューしてすぐに出会った黒柳さんとは、親子のような付き合いを続けているという。黒柳さんを観察していると本当に驚くことばかり!と、その生態?を暴露する。
近藤さんの7歳になる息子は今年、小学校に入学。ちょっと成長した息子の姿を嬉しそうに語る。記念日の今日は『徹子の部屋』初出演の映像を公開。デビューイベントについても振り返る。さらには、近藤さんから黒柳さんにサプライズが!?
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)
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