世界ナゼそこに?日本人「ウガンダ仰天日本ブーム&パラグアイ89歳女性」2時間SP 2014.11.24


スペシャルにふさわしい最高にいいお言葉でした。
それではまた来週空港でお会いしましょう!『Youは何しに日本へ?』。
ということで早速いきなり…。
なんとウガンダ人が流暢な日本語で話しかけてくるではありませんか。
はじめまして。
元気です。
あぁいやまだタクシーは…。
タクシーの運転手さん?はい。
勉強やった?はい。
びっくりした。
こちらのオケロさん。
その時に日本語を覚えたそうです。
そんなウガンダ共和国は…。
アフリカ大陸の東部に位置しており周りを5つの国々に囲まれた内陸国。
またウガンダには世界最長のナイル川の源流があり水が豊富で緑もたくさん。
その美しい地形からアフリカの真珠と呼ばれている国なんです。
一方経済的にはまだまだ貧富の差が激しく…。
そうここウガンダはそんななか先ほど声をかけてくれたタクシーの運転手オケロさんに一般的なウガンダ人の暮らしぶりを見せてもらうと…。
都心から車で30分。
住宅地に建つ一軒家がオケロさんのお住まい。
電気事情は悪く…。
少ないようですがこのような生活が一般的な家庭の姿だといいます。
その一方で近年国の中心部ではビルが建ち並ぶなどビジネスマンの姿も多く見られまさにこれから発展していく国でもあるんです。
たくさんあるといいます。
そこで…。
ウガンダと日本の意外なつながり。
まずは…。
まずはこちらをご覧ください。
これは地元ウガンダで人気のある料理番組『ザ・グリル』。
その番組がこの日日本料理をテーマに撮影を行うと聞き…。
「KYOTO」!早速現場にお邪魔させてもらうことに。
こちら経験のまだ浅いリポートを担当。
そしてカメラマンと何でも屋のADさん。
スタッフは合計4名。
日本とさほど変わりません。
果たしてウガンダのテレビ局はまずは皆さん真剣な表情です。
321…ゴー。
(英語)おやいきなりNGです。
321。
(英語)またもNG。
これもご愛嬌と思いきや…。
その後…。
頑張れ!こちらが今回のシェフ実は日本に一度も来たことはなく…。
果たして32…。
そんな中いよいよこの道5年のシェフがあざやかな包丁さばきで…。
続いてレタスをお皿の上へ。
そして次にシェフが取り出したのが…。
和風のパスタ料理でも作るんでしょうか?するとシェフ茹でたパスタを丸めて先ほどのレタスの上へ。
今度は先ほど刻んでおいた野菜を盛りつけます。
冷やし中華に見えるよね。
続いてかけているのは醤油のようです。
え?これで終わり?意外だよこれは。
麺はパスタを使い醤油で味つけ。
生野菜を食べる習慣がないウガンダであえて生を強調。
一切焼くことなく出来上がったウガンダ流焼きそばですがこれが日本料理としてテレビで紹介されるようです。
続いて二品目。
まずはシェフお酢をご飯へとかけていきます。
続いて醤油。
どちらも日本人にはお馴染みの調味料です。
それを手早くかき混ぜていきますがお酢に醤油…。
いったいどんな日本料理なのか?続いてマグロを細かく刻み先ほど混ぜ合わせたご飯の上へのせます。
実はこれで突然ですがいったい何の料理が出来るんでしょうか?スタジオの梅宮さんお答えください。
だいたい僕は…。
おっ。
何でしょう。
1つに絞るの?クイズですから。
なるほどなるほど。
「これなんですか?」って…。
え〜!?みたいな。
いったい続きをご覧ください。
するとシェフ手を水で洗い出しそして次の瞬間!なんと手でもみ出した!そして持ち上げ楕円形にしお皿の上へ。
えこれで完成!?マグロを使いおにぎりとお寿司がごちゃ混ぜになったなんともいえないウガンダ風おにぎり。
そして日本でおなじみの味おにぎりそして焼きそばは遠いウガンダで独自にアレンジされかなり違った形で紹介されていました。
日本とウガンダの意外なつながり。
続いては…。
海外で日本車が多いのは当たり前になっていますがここウガンダは特に顕著でその割合なんと90%以上!日本の救急車!また町なかで見かけるのは一般車だけでなく日本の特殊車両も活躍しているんです。
とその時!ここのシルエットは。
すごい!霊柩車だ。
なんとウガンダの街で日本でしか見られないはずの宮型霊柩車を発見。
うわ〜日本で見るのと一緒だこれ。
極楽浄土の象徴蓮の葉が立体的に彫られきれいに装飾された見慣れたデザイン。
日本の国の花菊が輝き日本で走っていた姿をそのまま残しています。
遠いウガンダで日本の匠の技術が結集した霊柩車と思いがけない遭遇です。
棺桶が入るところですよね。
それにしてもこちらが実はこのキャシーさん3年前日本へ行ったことがある友人から日本では亡くなった人をとても豪華な車で運んでいるという話を聞きとても感銘を受けたんだとか。
そこで日本と同じようにちなみにウガンダでは棺桶をそのまま荷台に載せ運ぶのが普通なんだとか。
この国では珍しい宮型霊柩車。
そこで街を走ってもらうことに。
すると早速道行く人々の視線を釘付けに。
なかには思わず触ってしまう人も。
すると…。
町なかを走っているときに事件が。
なんと扉が開いた!
(歌声)更にこのあと実はこのおばあちゃんかつてそして驚きなのは…。
しかしまるでそれにしてもその裏には葬儀屋のオーナーキャシーさんが始めたのは亡くなられた方をゴージャスに送り出す霊柩車ビジネス。
しかしひとたび街に出ると…。
ウガンダでは珍しい霊柩車に道行く人々もすると…。
町なかを走っているときに事件が。
なんと扉が開いた!スタッフ大慌て。
すばやく駆け寄り扉を閉めました。
それにしても中身は大丈夫なんでしょうか?観音開きを開け確認。
すると…。
やじ馬がどんどん覗きに来ます。
遠いウガンダで出会った不思議な光景。
日本とウガンダの意外なつながり。
続いては…。
ウガンダの山奥の村で日本製の鍋がブームとはどういうことなんでしょうか?早速首都カンパラからセスナ機でおよそ50分間のフライト。
たどり着いたのは人口354人という辺境の地にあるほんとにこんなところに日本製の鍋が?早速聞き込み開始。
すると…。
ハロー。
こんにちは。
小学校で習ったの?うわぁすげえ。
とその時…。
「さくらさくら今咲き誇る」これは森山直太朗の『さくら』ではありませんか。
「さらば友よ旅立ちの刻」更に…。
「悲しみにも…」なんと今度は直太朗君の母森山良子が作詞した歌『涙そうそう』を熱唱。
上手うまいね。
この村で日本語が学べる学校もとても気になりますがそれはさておきまずは本題へ。
どういうこと?更に…。
いったいどんな物なのか?聞けばその鍋はある家で使われているというのでうわぁ〜!これ?そこにあったのは一見普通の鍋ですが…。
するとこのあといったいどんな鍋なのか?さあということでねウガンダで大人気だというこの日本の特殊な鍋いったい何ができる鍋なんでしょうか?カタカタ…。
そりゃそうだ。
だからずっとあれたいてんじゃん。
すると取材していたディレクターがすげ〜。
なんとこれ日本ではほとんど見かけませんが火を利用して電気を発生させる仕組みを持つ日本で作られた鍋だったんです。
中でも喜ばれているのは鍋が来る前まではわざわざ徒歩で2時間かけて町へ行き専用の店でお金を払い充電するのが当たり前。
しかし今はそんな苦労をせずにケータイの充電ができる夢のような生活に変わったんです。
更にこの鍋によってもうひとつ大きな変化が。
なんとこの村の小学校では電気スタンドをつけ確かに火にかけられた鍋からコードを伝わって電気が供給されることで明かりがついています。
天井そして黒板の横に鍋を置き明かりを確保。
田舎の村ではしかしそんな子供たちも…。
それにしてもいったいナゼメイド・イン・ジャパンの鍋がウガンダにあるのでしょうか?鍋が入っていた箱を見ると大阪府池田市と書いてありました。
というわけでこの鍋を開発したという日本のこちらの方がなんと鍋の中で生まれる温度差。
日本では発電鍋と申します。
アフリカではワンダーポットと申します。
そのキッカケとなったモノがあるというのでついていってみると…。
そこにはなんとドラム缶が。
実はその鍋が開発されるきっかけになったのは…。
えっ何ですか?なんとどこにでもあるこちらのドラム缶だというのです。
なんと発電鍋誕生のきっかけはあの3年前の大震災だったというのです。
そんなそこでその人物のもとへ案内してもらうと…。
えっ外国の方?こんにちは。
はじめまして。
ちょっと…なんで日本語しゃべれるんですか?実はあっハーフなんですね。
そうなんですね。
国籍は今どちらに?あっイギリスの方なんですね。
はい。
なんと発電鍋を持ち込んだのは日本人の血が流れるイーデンさんだったのです。
実はイーデンさん6年前からここウガンダで教師のボランティアとして活動をしている人物。
そんな彼が…。
それは偶然インターネットで見つけた写真。
そこには東日本大震災で被災した人々が発電鍋を使っている様子が写っていました。
もしかしたら彼らの生活を豊かにしていたのです。
続いては…。
聞けばそのおばあちゃんはしかし悲劇に見舞われてしまったというのです。
果たして日本の反対側にあるパラグアイに行くにはアメリカ経由中東経由の二通りがあります。
今回は運賃の安い中東経由で行くことに。
まずはそこで次のそこからアラビア半島更にはアフリカ大陸まで横断ししかし目的地はまだまだ先。
再び乗り換え便を5時間待った後更に1時間飛びます。
日本から計34時間半気の遠くなるような大移動を経てついに…。
ブラジルやアルゼンチンに囲まれた日本の反対側にある南米パラグアイ共和国に到着。
にもかかわらず人口は埼玉県ほどでわずか670万人しか暮らしていません。
そんなパラグアイの街を歩いていると。
〜実はこれパラグアイの伝統的な踊りボトルダンス。
頭に乗せているのはワインボトル。
ちなみにこの日は現地のお祭りで踊るその本番に向けての練習中だったそうです。
今度は住宅街を歩いていると…。
確かに建物の壁に日の丸らしき模様が。
実はここパラグアイ人の子供たちが日本の文化を学ぶ学校。
その名もずばり…。
日本語を話せた方が就職に有利だという点からなんと現地の生徒さんが3500人も通っているそうです。
こうした日本語の授業はもちろんですが折り紙や茶道といった日本の礼儀作法にいたるまで徹底的に教育されています。
そんなニホン学校の副校長が大の日本好きだというので話を伺ってみると…。
お願いします。
ということで…。
日本好きの副校長のはからいでなんと実はこのイベント日本好きの副校長がしかもその内容はすべて日本人顔負けのものばかりです。
「ほら足元を見てごらん」「これがあなたの歩む道」そんななかありがとうございます。
スタッフが何も伝えていないにもかかわらず勝手に祝ってくれてるよ。
すみません。
いいえ。
ありがとうございますお招きいただきまして。
それでは本題へ。
日本の反対側そんななか日本語の歌がお上手な早速どちらのお宅ですか?ここ?OKありがとうグラシアス行ってみます。
どうやらこちらのお宅に89歳のおばあちゃんが暮らしているようです。
初めまして。
こちらのお宅の…。
こちらはこのお宅のご主人。
実は彼の奥さんのお母さんが89歳のおばあちゃんだといいます。
早速そのはい。
はいすみません。
ついに89歳のおばあちゃんがやってきました。
どうぞ。
宮城県?そう彼女こそみんなからはてるばあちゃんの愛称で親しまれています。
そう彼女こそ生涯を通じてその人だったのです。
現在子孫そんななか…。
え?足腰も丈夫ですね。
89歳とは思えない軽やかな足取り。
そんなてるばあちゃんにはこんなポリコ?赤ちゃんの時から私が育てたの。
はいはいはい。
でもてるばあちゃんポリコ嫌がってませんか?何はともあれこうして4年間友情を深めてきたそうです。
そしててるばあちゃんが夜な夜な繰り出すのが三度の飯よりこれというカラオケ。
その力強い歌声からもそもそもいったいそしてなぜそれはその後彼女が送ることになったそしてその中で味わった想像を絶する苦しみと深い関わりがあるというのです。
いったいその時間に合わせお宅にうかがってみると…。
すみません…あっすみません。
おばあちゃんの…。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
そう彼女こそ早速てるばあちゃんのもとへ。
今日はちょっと早めに起きたみたいです。
彼女の朝は最近日本のコンビニでもよく見かけるマテ茶を飲む事から始まります。
実はこのとそこへやってきたのは…。
おはようございます。
あれおばあちゃん彼は?野球の試合?海外に?へぇすごい。
実は…。
その実力を認められなんとパラグアイの代表チームの数少ない今回の取材中にドミニカ共和国まで国際試合に行くというのです。
こちらはおばあちゃんのもうひとりの孫で絹子さんの娘小学4年生の千恵美ちゃん。
そこに絹子さんの旦那様が加わりてるばあちゃんはほんとですね。
なんと89歳にもかかわらず1日10本以上はタバコを吸うというてるばあちゃん。
子どもたちが学校に行ったあと実は最近急激に食欲が減ってきたというてるばあちゃん。
そこで少しでも多く食べて健康でいてほしい。
そんな思いから絹子さんはおばあちゃんに気づかれないようにおにぎりを大きめにして作っていたのです。
そんななかてるばあちゃんはいつも決まって大好物のおにぎりをお友達のオウムポリコと仲よく分けあって食べます。
そして食後のこの一服もいつもの流れ。
そんななかてるばあちゃんが今の生きがいを教えてくれました。
ゲートボールをするときだけはその日の午後。
てるばあちゃんがハンドバッグを持ってどこかへおでかけするようです。
車で走ること20分。
やってきたのはそこで中を覗いてみるとそこにはなんとお顔が大仏様のようにマッキンキンに!実はここ年を重ねるごとにシワや黒ずみが気になってしようがなくなってきたというてるばあちゃん。
ちなみにこの日てるばあちゃんが受けていたのは美白やリフトアップの最後の仕上げに若々しいピンク色の口紅まで塗ってもらいました。
おばあちゃんおキレイになりましたね!夕方。
2人がやってきたのは看板にチパと書かれたお店。
実はこのお店には家族全員の大好物チパと呼ばれるパンが売られているそうです。
ショーケースに並んでいたのがチパ。
このチパが大好物だというてるばあちゃん。
言われたとおりちぎって食べさせてあげることに。
すると…。
入れ歯だから。
最近入れ歯の噛みあわせが悪く噛んだ瞬間突如激痛が走り食べられなくなってしまったようです。
いわばたっぷりとチーズが入ったベーグルのような食べ物です。
てるばあちゃんの家では孫の繁則くんが…。
おこづかいありがとうって。
はい。
しばし別れのとき。
繁則くん家族との別れを惜しんでいるようです。
繁則君を見送ると娘の絹子さん今度はてるばあちゃんの夕食作りにとりかかります。
それなんですか?それは。
89歳にもかかわらず夕食は「これ以外は絶対に食べたくないわ」と絹子さんを困らせているそうです。
しかしそんな娘の気苦労を知ってか知らずかこの日もてるばあちゃんはオウムのポリコとのんきな夕食タイムを過ごします。
そして翌日のこと。
娘の絹子さんがおばあちゃんの足の爪を切ってあげていました。
自分で切ると肉まで切ってしまう恐れがあるためこうして娘の絹子さんが切ってあげていたのです。
痛かった?もう痛いだの…。
89歳とご高齢にもなれば何かと体にも支障が出てくるものですが実はおばあちゃんの部屋にはこんなものが置かれているのです。
あれ絹子さんあそこのおばあちゃんの後ろのあれは何ですか?はい。
そういつもおばあちゃんが座っているソファーの真後ろに…。
実はあわやというそんななか病院に行って診てもらう?突然てるばあちゃんがどうやらてるばあちゃんが最悪の事態を恐れ娘の絹子さんはおばあちゃんを救急の夜間病院に連れていくことに。
はい。
気になる検査結果は…。
とりあえずひと安心です。
とはいえ89歳というご高齢。
日々のちょっとした出来事が命取りになりかねません。
しかしそもそもいったいナゼてるばあちゃんは60年前日本の反対側南米のパラグアイに移り住むことになったのでしょうか?その裏には何かを得るために何かを失った…。
山本てるさん。
故郷はその日を生きるだけで精一杯でした。
ところが…。
突如戦争という大きな歴史の渦に飲み込まれていったのです。
一家の大黒柱でもある…。
皮肉にも待ち望んでいた第2子が産まれたのは夫が戦地へと旅立ったその直後のことでした。
そんな過酷なしかし時にはしかしまともに食べられない生活が最初の悲劇を招いてしまったのです。
それは…。
そんな生活に3年間耐え…。
ようやく終戦。
生きるか死ぬかそれはまさにしかしそんななか…。
戦死したとばかり思い込んでいた夫正悟さんがなんと生き延びて家に帰ってきたのです。
これできっと平和な日々が戻ってくる。
その翌年には更に4年後には明くる年にはそして今度も元気な男の子こうして6人の子ども達と幸せな暮らしを取り戻したかのように思えました。
その一方で悩まされていたのです。
結局そしてそんなそれは…。
更にその翌年には次男正吉さんも同じく栄養失調にかかりこの世を去ってしまったのです。
我が子を3人も失った。
その悲しみは計り知れないもの。
こみ上げてくる悲痛な思いを胸に母は
昭和32年春…
と発表したのです。
日本よさようなら
こうしてところがこの理想郷どころか…。
日本人に与えられたその土地はそんな場所で家族が飢え死にせず生きていくそのためには大木だらけの自分たちで農業が出来る土地を作るしか方法がありませんでした。
それでもてるさんは夫と共に必死で耐えました。
しかしそう思い始めた矢先のことでした。
またしてもそれはなんとてるさんの夫が作業中倒れてきた愛する家族にすべてを捧げた人生でした。
そう思ってやってきた夢の理想郷パラグアイ。
なのにそしてそれは皮肉にもてるさんが8人目の子どもの出産を間近に控えたなかで起きた大惨事でした。
下を向き途方に暮れる日々。
しかしそんなとき聞けばその方もどんなに夫を愛していても…。
結局しかし幸いにも2人目の夫はやがてそんな夫との間にも4人の子どもを授かり夫の連れ子2人を合わせそして気づけばこのときまでにてるさんは…。
それでもところが…。
その目標がまたもそれは…。
こうして再びてるさんは彼もまた優しかった2番目の夫と同じ境遇でした。
ならばとてるさんは子どもたちを守るために…。
それは…。
いったいしかしそんなとき彼女は子どもたちを守っていくために…。
ところがそれは…。
命の誕生。
しかしこのときしかも日本から遠く離れた緊迫した状況でした。
そんなリスクだらけの出産にところがいつだって子どもたちが生きる力になってきた。
この子だってきっと生まれてきたいはず。
だから…だから。
こみ上げてくる我が子への愛を胸にてるさんは命がけで母子ともに健康でした。
さすがにもう再婚はできません。
それでも母は夫が遺してくれた農地で昼夜を問わず13番目の子どもを育て上げたときの苦労は現在89歳の母をまるであのときの恩返しをするかのようにかいがいしく世話をするこの絹子さんだったのです。
とはいえいったいなぜてるさんは実はこれから行くある場所にこそ彼女が60年間もこの地に居続けるその真相がわかる場所だというのです。
目的地に到着。
この日てるばあちゃんは3年ぶりにある大切な場所へ。
実はその場所にこそ彼女がパラグアイに居続ける理由が隠されていました。
そこには墓石が。
そうこの地には愛する1人目2人目そして3人目の夫が眠っているのです。
ハハハハハ。
これパパのめな。
夫が大好きだったタバコを供養するてるさん。
ねえあなた。
生きるってすばらしいことよね。
だって愛する人をずっと思っていられるんだもの。
そうてるばあちゃんがこの地に居続ける理由。
それは過酷な時代をともに生き抜き助けてくれた夫たちのそばをいつまでも離れたくないから。
そして墓前に立つたびに3人の夫にこう語りかけます。
今私がこうして生きていられるのはすべてあなたたちがいてくれたおかげだと。
現在夫たちが遺してくれた家族という名の種はパラグアイの大地で大きな花を咲かせています。
幾多の苦難を乗り越え歩んできた89年間。
てるばあちゃんは今のこの幸せを家族とともにかみしめています。
(歌声)それは娘とて同じこと。
いつもそばにいるからこそなかなか言えない感謝の言葉。
絹子さんは手紙に初めてその思いをしたためました。
聞いてね。
ばあちゃんへ。
13番目の末娘絹子さんが命がけの高齢出産で産んでくれた母にずっと言えなかった43年分の思いを初告白。
そしてそこには涙涙の幾多の苦難を乗り越え歩んできた89年間。
彼女は今のこの幸せを家族とともにかみしめています。
(歌声)それは娘とて同じこと。
いつもそばにいるからこそなかなか言えない感謝の言葉。
絹子さんは手紙に初めてその思いをしたためました。
聞いてね。
はい。
そう。
はい。
ばぁ。
はいありがとう。
ばぁ。
はい。
ずっと聞き慣れた母の故郷の東北弁。
その言葉を感謝の気持に添えて。
ばぁ。
パパ。
はい。
戦火を生き抜き更には壮絶な移民生活を乗り越え13人もの子どもたちを命がけで守ってきた長い道のりでした。
南米パラグアイ。
日本から遠く離れた地に愛する家族に囲まれながら亡き夫を思い続ける1人の日本人女性がいました。
こんなまた僕思いませんでした。
いやほんとに今回はね。
梅宮さんいかがでしたか?うん。
と思いましたね。
ほんと思いました。
ちょっと…。
なんかそんな気になったしさ。
できたらいいな。
思いました。
はい思いました。
2014/11/24(月) 21:00〜22:48
テレビ大阪1
世界ナゼそこに?日本人「ウガンダ仰天日本ブーム&パラグアイ89歳女性」2時間SP[字]

今回は2時間SP!アフリカ・ウガンダには仰天の日本ブームがあった!南米パラグアイには幾多の波瀾万丈人生を乗り越えた、89歳のおばあちゃんがいた。一体ナゼそこに!?

詳細情報
番組内容
ナゼそんなところに日本人が?世界で活躍する知られざる日本人をご紹介!
<今回は2時間SP!>
アフリカ・ウガンダには仰天の日本ブームがあった!さらに、南米パラグアイに幾多の波瀾万丈人生を乗り越え、この地に60年間も居続ける89歳のおばあちゃんがいた。一体ナゼそこに?
その裏には波瀾万丈の人生ドラマが…。
出演者
【MC】
ユースケ・サンタマリア、杉崎美香
【ゲスト】
梅宮辰夫、三浦理恵子、東貴博、渡部陽一、たかのてるこ
番組概要
◆「世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝」は世界の果てで暮らす、知られざる日本人の活躍に密着!そこから元気や勇気をもらい、日本人としての誇りが持てるドキュメントバラエティ!
ホームページ

http://www.tv-tokyo.co.jp/nazesoko/

ジャンル :
バラエティ – 旅バラエティ
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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