歴史秘話ヒストリア「友と刀と五七五〜忠臣蔵 熱き青春の物語〜」 2014.12.17


した。
日本の年末といえばやっぱり「忠臣蔵」!およそ300年前赤穂浪士が亡き主君の無念を晴らそうと敵の屋敷に討ち入ったお話です。
この時真っ先に屋敷へ飛び込みひときわ大きな刀を振るって奮闘したのが今回の主人公大高源五。
でもこの人得意だったのは剣術ではなく俳句でした。
しかもあの松尾芭蕉の一門から褒めたたえられるほどの俳句の名人!俳句を愛する若者がなぜ討ち入りという激しい戦いに身を投じたのでしょうか?それには親友との俳句のやり取りが関係していました。
そこに秘められた二人の心の内とは…。
残された大高源五の俳句から命を賭して討ち入りに挑んだ若き侍の心の軌跡をたどります。
ここには討ち入りに参加した四十七人の木像が並んでいます。
今にも斬りかかってきそうな力強い立ち姿。
質実剛健な武士というイメージどおりの像です。
そんな中1体だけ手に筆と短冊を持ち頭巾をかぶっている像があります。
これが俳句が大好きだった大高源五の木像です。
討ち入りにも深く関わっていたという俳句。
まずは源五と俳句の出会いから説き起こしてみましょう。
源五のいた赤穂藩は今の兵庫県の西の端赤穂市を中心とする地域を領地にしていました。
藩主・浅野内匠頭に仕えるのは300人余りの藩士。
源五の仕事は御膳番元方御金御腰物。
内匠頭のそば近くでさまざまな雑用を務める下級の藩士でした。
殿御膳をお持ちしました。
中でも重要だったのが「御膳番」という給仕の仕事です。
まずは内匠頭の好みや体調に合わせて食事の献立作り。
そして調理の間は毒などを入れられないよう常に見張り出来上がったお膳を藩主のもとに運びます。
藩士の中でも…この豆腐はなかなかよき味じゃ。
いくらでも食せるのう。
内匠頭から直接声をかけられる時もあるこの仕事に源五は喜びとやりがいを感じていました。
そんな源五が楽しみにしていた事があります。
1年おきに藩主に同行して江戸に滞在する参勤交代です。
当時江戸では学問から芸事までさまざまな文化が花開いていました。
戦のない平和な時代となって60年。
そうした文化に興味を持つ武士も増えていきます。
源五もその一人でした。
特に人気が高かったのが俳句。
江戸で大ブームが起きていました。
俳句は五・七・五の17音という僅かな文字で季節や心情を巧みに詠む短い詩。
金もかからず特別な準備も要らない誰にでも気軽に始められる文芸でした。
仕事の合間でも句をひねるように…。
更には同じ赤穂の藩士たちと師匠に入門するほどの熱心さでした。
源五が詠んだ句が今も残っています。
大高源五の「丁丑紀行」はこちらです。
「丁丑紀行」はそんな流行に触発された源五の句集です。
源五は赤穂浅野家に仕える武士。
そうそう旅などできませんでした。
そこで思いついたのが参勤交代を利用する事。
赤穂へ戻る道すがら句集を編むための俳句を詠んでいきました。
江戸から赤穂まで半月余りの旅。
季節も秋で俳句の題材には事欠きません。
道中につきものの分かれ道にさしかかるとそこで一句。
「分かれ道でススキが歓迎してくれている。
まるで招き込まれているように見えてそちらへと足を進めた」。
この旅はきっといい旅になる。
源五はそう感じて詠んだのでしょう。
駿河の国今の静岡県の名所眺めのよさで知られる塩見坂を登ったところで一句。
これから赤穂まで向かわなければならない自分にとって秋霧のかかった富士山もここで見納め。
その名残惜しい気持ちを詠みました。
道中では船にも乗りました。
「空を渡る雁の群れにとっていい風向きのようだ。
伊勢湾の船旅もこの追い風のおかげで順調に進んでいる」。
旅の最終日いよいよ赤穂の城が間近になってきました。
すると源五はちょっと変わった行動に出ます。
そしてその様子を次のような句に詠みました。
まるで馬の尻尾が2つになったような光景。
久しぶりのふるさとに心が浮き立ってちょっとおどけてみたくなった。
そんな源五の気持ちが感じられます。
こうして道中に詠んだ31の句をまとめたのが「丁丑紀行」。
この句集について当時江戸で最も有名だった俳句の大家水間沾徳はこう評しています。
俳句の才能を開花させた源五。
やがて周りには同じく俳句を趣味とする若い藩士たちが集まってきます。
「春の野や何につられてうわのそら」。
中でも意気投合したのが萱野三平。
年は源五より3つ下で仕事も同じように内匠頭の雑用係です。
三平のような俳句の達人がもう1人2人いれば赤穂も江戸に負けないのにと絶賛したと言われています。
三平たちと趣味の俳句を極めながらこの後も心楽しく平和に暮らしてゆこうと思っていた源五。
ところが…。
上野介!この間の遺恨覚えたるか!ようこそ「歴史秘話ヒストリア」へ。
今日の主人公大高源五とその友人萱野三平。
共に俳句好きだった二人ですがそれぞれ詠んだ俳句は上手だったのかそれとも…。
二人の俳句が当時いかに評価されていたかを物語るものがこちら。
あの松尾芭蕉の1周忌を記念してさまざまな人々の優れた俳句を集めた句集です。
ここにはなんと源五と三平二人の句も選ばれています。
源五の句は…非番の日に訪ねたなじみのお寺。
和尚さんに素湯をもらってホッ!思わずごろりと横になってしまった。
ささやかな安らぎを喜ぶ源五の飾らない人柄がストレートに感じられます。
一方三平の句はこちら。
「春がやって来た。
私は何かに心惹かれてうわの空になっている」。
「何につられて」という辺りが思わせぶりで読み手にいろいろ想像させようという趣向です。
得意とする俳句のタイプは違う二人ですがどちらもこれから良い句をどんどん詠んでいくだろうと江戸の俳句仲間から期待されていました。
しかしそんな源五と三平の将来を一変させる日がやって来ます。
この日江戸にいた源五の耳に突然の知らせが飛び込んできました。
(藩士)一大事じゃ!殿が…殿が!心の声なんとした事だ!それは衝撃的な出来事でした。
上野介!この間の遺恨覚えたるか!主君・浅野内匠頭が江戸城・松の大廊下において名門旗本の吉良上野介に刀で斬りつけたのです。
江戸城内で刀を抜く事は御法度。
ましてや人を傷つけるなど言語道断です。
赤穂藩も取り潰しの処分が下されました。
幕府のこの処分に赤穂藩士の中から怒りの声があがります。
承服できん!そもそもこたびの事責められるべきは上野介じゃ!当時…そして…しかし吉良は内匠頭が十分な贈り物をしなかったという理由から内匠頭に嫌がらせをしていたと言われています。
吉良の評判は日頃から他の大名や藩士たちの間でも芳しいものではありませんでした。
「吉良は横柄で性格もあしく欲深いため多くの大名から嫌われていた」。
他の藩の記録にはこうも記されています。
その事を考えると即日切腹はあまりにも拙速で重すぎる処分でした。
しかも…上野介をこのまま捨て置けるか!今すぐ吉良家に討ち入ろうではないか!藩士たちの間ではそんな声まであがりました。
「殿それがしは朝夕殿の御膳番を務めさせて頂きました。
それを片ときも忘れた事はありませぬ。
上野介を討ち果たせなかった殿のお心を思うと居ても立ってもいられないのです」。
ところが源五たちが江戸からふるさと赤穂に帰ってみると…。
討ち入りなどもっての外よ。
大切なるは浅野の家を絶やさぬ事じゃ。
それには…幕府に盾つくような討ち入りなど論外でした。
心の声お家の再興…それは分かる。
されどそれでは誰が殿の口惜しさを慰めて差し上げるのじゃ…。
藩内には吉良を討つ事にこだわる藩士も多く…そうした中筆頭家老の大石内蔵助はある約束をする事で藩士たちをまとめました。
それは次のようなものだったと考えられています。
心の声これならば殿のご無念を晴らす望みも残せる。
ここはご家老の仰せに従うか。
こうして4月19日赤穂城は幕府の命に従い明け渡されました。
赤穂を追い出され…源五は京都に移り住みました。
町なかに家を借り1人暮らしを始めます。
「かつて共に浅野家に仕えた藩士たちは今や藩が消えうせ空の星々のように散らばってしまった。
天の川を見上げると思わず流れてくるのは涙だろうか?」。
いつかなうかも分からぬ浅野家の再興。
主君の無念に何も応えられない無力感。
源五は言いようのない不安と孤独にさいなまれていました。
意気消沈の日々を送る源五。
そこにうれしい出来事が起こります。
俳句仲間の萱野三平が京都の源五を訪ねてきてくれたのです。
三平は赤穂を去ったあと摂津国萱野郷現在の大阪府箕面市の父のもとで暮らしていました。
落ち込んでいた源五を力づけようとしたのでしょうか。
三平はこんな句を詠みます。
「野原の道で萱の穂が露に濡れまるで剣のように輝いている」。
萱だけではない。
困難に遭えば武士もそれだけ強くなれる。
さあこの露の降りた道を決意も新たに進もう。
三平はそう鼓舞しようとしたのかもしれません。
源五はこの三平の句をどう思ったのでしょうか?それをうかがわせる源五の俳句が残っています。
三平の家の近く勝尾山にあるお寺に二人で出かけた時に詠んだ句です。
お堂に参拝した二人は境内に生えていた水引という草を供えました。
この時期水引は赤い小さな花をたくさんつけていました。
それは色鮮やかな赤い穂。
「赤穂」を連想させます。
自分は決して一人ではない。
心を同じくする三平や赤穂の仲間がいる。
共に困難に立ち向かおうと決意を新たにした源五と三平。
しかし…仕える先をなくしふるさとを追われたった一人となっても信念を貫く。
それは並大抵な事ではありません。
そんな中支えとなるのは自分の気持ちを分かってくれる仲間の存在。
源五にとっての三平だったのです。
そして「歴史秘話ヒストリア」。
いよいよ源五たち討ち入りの時です。
いつの日かお家再興がかなうまで皆の心をつなぎ止めておかねばならない。
お久しゅうございます。
かつて赤穂藩に出入りしていた…こうした忙しい日々の中でも源五の心の支えとなっていたのはやはり俳句でした。
「冷たい木枯らしの吹く中重い杉の木の丸太を黙々と懸命に引く馬がいる」。
自分もこの馬のようでありたい。
そんな源五の強い意志が感じられます。
とはいえ討ち入りは「吉良はおとがめなし」とした幕府に逆らうもの。
相当の覚悟が求められます。
源五には一つ心残りがありました。
遠く赤穂に暮らす母の事です。
幼い時に父を亡くし女手一つで自分を育ててくれた母。
討ち入りに加わればその母が罪に問われるかもしれないのです。
源五は迷える心の内を母に打ち明けました。
母はどう答えるだろうか…。
その時の事を源五は次のように書き残しています。
唯一の心残りであった母。
その理解と覚悟は源五にとって更に大きな力となりました。
源五は三平の暮らす萱野郷の実家に足を運びました。
ここのところ三平が顔を出さなくなっていたからです。
(源五)三平久しぶりだの。
おお。
おぬしよもやこのまま終わるつもりか?父は浅野家の元家臣たちが討ち入りに動きだしているのを薄々察し息子を心配していました。
そして…自分を思う父の気持ちと赤穂の同志たちとの絆。
その狭間で三平は苦しんでいました。
久しぶりに一緒に俳句を作らないか?
(三平)そうだなやろうか。
三平の事情を知って源五はこんな句を詠みます。
では俺からだ。
「綿の花につく虫が壁を這っておる。
その虫ですら赤い色じゃ。
おりしもこの辺りでは紅葉が真っ赤に色づいておる。
この紅葉のように三平お主の心も赤々と燃えているであろう」。
源五の問いかけに三平はどう答えるのでしょう。
「秋風が吹く今となっては隠元豆の取り入れも済み申した。
畑には豆のツルを巻きつけるための杖のみがただ立ったまま残っておる。
わしもその杖と同じ。
立ち尽くしたまま動けないのだ」。
源五たちは討ち入りの準備のため会合を重ねました。
しかし…心の声三平わしは待っているぞ。
討ち入りがいよいよ現実味を帯びてきた…そして…。
・ご家老火急の知らせでござる。
萱野が…萱野三平が自害したとのよし。
何三平が!?自害…。
三平は亡き主君や仲間に顔向けできないそう思い悩み自ら命を絶ってしまったのです。
「壁を這ふ木綿の虫のもみぢ哉」。
あの時の句が三平を追い詰めてしまったのか…。
心の声三平…。
討ち入りを明日に控え集まった仲間は四十七人。
それがこの…死を覚悟して討ち入りへと向かうその前に自分たちの生きた証しを残しておこうと考えたのです。
この中に源五がどうしても載せたかった句がありました。
あの萱野三平の句です。
やっぱり「仲間」ですよね。
やっぱり最後まで志を同じくして君主の無念を晴らすという。
ですから…亡き主君の敵吉良上野介の屋敷の前に四十七士が集まりました。
浅野内匠頭が無念の切腹を遂げ藩が取り潰されて1年と10か月。
いよいよ自分たちの志を遂げる時が来ました。
ヤァッ!主君のためにそして自分をここまで励ましてくれた友のために源五は鬼となって刀を振るい続けます。

(笛)合図の笛が響き渡りました。
いたぞ!同志の一人が…吉良上野介の最期。
源五たち赤穂四十七士はついに主君の敵討ちを果たしました。
心の声三平ついに殿の無念を晴らしたぞ。
ここに源五たちの主君浅野内匠頭が眠っています。
その傍らに付き従うように並んでいるのが敵討ちに命を賭した四十七士の墓です。
大高源五の墓もここにあります。
その隣に立てられているのは萱野三平の供養塔。
共に討ち入る事のできなかった二人ですがこの地で再会を果たしたのです。
源五が詠んだ辞世の句です。
「あの世の山にもきっと梅を見ながら休める茶屋はあるだろう。
そこで三平と酒を酌み交わしながら楽しく俳句を詠んでいる」。
共に句を詠み励まし合い青春を過ごした源五と三平。
二人の固い友情は永久に続いていく事となったのです。
今宵の「歴史秘話ヒストリア」最後は…そんなお話でお別れです。
「節ナキ」と名付けられた茶杓茶の湯の道具です。
源五が自分で竹を削り作ったものだと言われています。
この茶杓の入れ物に記された1つの句。
源五が討ち入りの覚悟を詠んだものと考えられています。
源五は討ち入り前この流派の祖初代山田宗に弟子入りしました。
宗は吉良と親しかった茶人で…討ち入り当日の朝源五は宗の家を訪ねこの茶杓を贈ったと伝えられています。
人を斬れば自分も死ななければならない。
それでも人とのつながりは決して切れる事はない。
そうした気持ちを込めたのかもしれません。
人を愛し友を愛しそして俳句を愛した大高源五。
残された数々の句は300年の時を超え一人の若者の熱い胸の内を今に伝え続けているのです。
2014/12/17(水) 22:00〜22:45
NHK総合1・神戸
歴史秘話ヒストリア「友と刀と五七五〜忠臣蔵 熱き青春の物語〜」[解][字]

日本の年末といえばやっぱり忠臣蔵!今回の主人公は赤穂浪士の一人、大高源五(おおたかげんご)。得意ワザは剣術、ではなく俳句!?。忠臣蔵の新たなる秘話をお届けする。

詳細情報
番組内容
日本の年末といえば、やっぱり忠臣蔵!今からおよそ300年前、赤穂浪士が、亡き主君の無念を晴らそうと、かたきの屋敷に討ち入った物語だ。この時、大刀を振るって真っ先に斬り込んだのが、今回の主人公・大高源五(おおたかげんご)。でも源五の得意ワザは剣、ではなく俳句!?あの松尾芭蕉の一門にも認められた俳句好きの若者がなぜ“討ち入り”に…?忠臣蔵の新たなる秘話をお届けする。
出演者
【キャスター】渡邊あゆみ

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

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