ストックホルムで開かれたノーベル賞の授賞式。
青色発光ダイオードを発明し物理学賞を受賞した中村修二さん。
発明当時は、日本のメーカーで働いていましたが会社からの報酬が低いと裁判で争いました。
中村さんは今も日本の企業は社員の発明をもっと正当に評価するべきだと訴えています。
会社員が仕事として新たな技術や商品を生み出す社内発明。
2000年代はこの社内発明の対価を巡って従業員が企業を訴える裁判が相次いでいました。
どうしたら社員の不満をなくし積極的な発明へと促せるのか。
多くの企業では試行錯誤を続けてきました。
しかし技術が複雑化する中正当な評価を決めることは容易ではありません。
従業員も会社も納得する仕組み。
新たなイノベーションを生み出すルール作りはいかにできるのか。
その方策を考えます。
こんばんは。
「クローズアップ現代」です。
革新的な技術開発は時に社会を大きく変える可能性を秘めています。
企業が躍進する鍵となる発明やビジネスモデルの開発は国全体の競争力を高めることにもつながっていきます。
これは、国が認定する特許の出願者の内訳です。
日本で出願される年間30万件のうち実に97%が企業の従業員による発明です。
従業員のやる気を高め優れた研究開発を生み出すための仕組みはどうあるべきか。
大きな鍵が研究者が納得できる評価です。
現在、仕事で行った発明の権利は従業員個人のものと法律で定められています。
利益をもたらした従業員に対して企業は正当な対価を支払う必要がありますが正当に評価されていないとする社員によって企業を訴える裁判がたびたび起きてきました。
こうした中、特許法の改正が議論されています。
従業員のものとされている特許を会社のものへと転換し社員になんらかの報酬を与えることを企業に義務づけるという方向です。
従業員に帰属していた特許の権利を企業に移すことによって研究開発の意欲がそがれることにならないか。
懸念の声も上がっています。
革新的技術の開発を促す企業風土はどのように作れるのか。
従業員一人一人のモチベーションをどうやって高められるのか。
特許を巡る議論はこの国の成長に欠かせないイノベーションを生み出す環境について考えさせるものです。
社員と企業。
特許を巡る現場の実情をご覧ください。
自分が社内で生み出した発明の対価を巡ってかつて会社と争った男性です。
世界で初のラベルライターといわれるもので。
30年前このラベルライターを発明した元会社員の酒井隆司さんです。
このラベルライターは大ヒット。
会社に巨額の利益をもたらしたと見られます。
一方、酒井さんに対する報奨金は13万円でした。
その後、酒井さんはその対価を不服として会社と裁判で争い和解金として3000万円を手にしました。
酒井さんにとって大事だったのは金額の問題だけでなく発明を評価する会社の姿勢だったといいます。
社内発明を巡る企業と従業員のトラブル。
1990年代後半からは会社を辞めた従業員が発明の対価を求めて裁判を起こし多額の報奨金を認める判決や和解で決着するケースが相次ぎました。
そうした結果を踏まえ国は2004年に特許法を改正。
企業に対し、社内発明の対価の支払い方を定めるように規定しました。
発明した従業員に会社が対価を支払う仕組みです。
多くの場合、従業員が発明した際会社は、その発明を特許にする権利を譲り受け従業員に譲渡対価を与えます。
その後、特許を取得した会社はその技術を使った商品の売り上げに応じて従業員に利益の一部実績報奨を支払い続けることが慣例となっています。
現在の特許法ではこの実績報奨をどう支払うか会社があらかじめ定めることを求めているのです。
2004年の特許法の改正以降実績報奨を正しく算定する必要に迫られた企業。
訴訟の数は減ったもののその算定を巡って、さまざまな課題が持ち上がっています。
この大手印刷メーカーでは専門のチームを設置。
毎年、およそ70人が4か月を費やし、社員に支払う実績報奨を審査しています。
まず行うのは特許の審査です。
例えば、この会社が製造しているICカードの場合含まれる特許はおよそ500件に及びます。
売り上げに貢献したのはどこの部品のどの特許か。
貢献度に応じて、利益の割合を定めなければなりません。
こうした特許の審査は年間1万4000件にも及びます。
さらに、発明の対価は支払い方によってかえって社員に不公平感を抱かせることもあるといいます。
代表的な例が、製薬業界です。
新薬が製品化されるまでには最初の基礎研究から動物実験などでの開発研究さらに人での臨床試験など長い工程があります。
この過程に加わる社員は薬の種類によって数十人から数百人ともいわれています。
ところが、新薬の発明者として対価を受け取れるのは最初の基礎研究に携わった数人の研究員に限られているのです。
その発明がどれだけ貢献してるかってところを。
弁理士としてさまざまな企業に知的財産の取り扱いをアドバイスしている澤井敬史さんです。
3000件弱の発明が。
澤井さんは誰の発明にするのか貢献度をどうはかるのか正確な評価の基準作りにはどこの企業も苦労しているといいます。
今夜は、知的財産がご専門でいらっしゃいます、東京大学政策ビジョン研究センターの教授、渡部俊也さんをお迎えしております。
企業で勤務してらっしゃった時代には、職務発明の経験もお持ちでいらっしゃいますけれども、企業は本当に、一つ一つの特許が、どれぐらい売り上げに貢献したのか、その貢献度に合わせて、その実質的な報奨を払う、対価を払うと。
これは大変ですけれども、従業員の側からすると、非常にフェアな、公平な仕組みですよね。
そうですね。
私もかつて、会社に勤めていましたので、実は20年前の特許の報奨金を今でも頂いています。
一件一件、計算していただいて、大変それを見ると、ありがたいと思う一方、なかなかやっぱり大変だという面はありますですね。
従業員から見ると、フェアなシステムをなぜ今、改めて議論しようとしているんですか?
やはり今の制度というのは、特許一件一件を、対価を計算するという考え方ですから、今の特許の使い方、あるいは特許の生み出し方というのは、ものすごく組織的に、組織として何人もの方々が関わって、そして発明をする人だけじゃなくて、いろんな人が関わって特許を生み出していく。
そしてその使い方も、必ずその特許を取ったら事業になるというようなものではなくて、いろんな使い方をするようになりました。
例えば特許の数ですけど、1つの製品にかかった、今のVTRでは、500というものもありましたけど、かつてはどれぐらいだったんですか?
これは、特許制度自身は、もう500年前からある制度ですけれども、それこそ数十年前までは、せいぜい1つの製品に対して、1件、あるいは多くても5件ぐらいというようなことだったと思うんですね。
それが今では、先ほど500件というのがありましたけど、IT分野ですと、1つのシステムでも何万件という、そういうような特許が必要というようなことになってきてますので、そういうものを前提とした制度ということでは、なかなか、なくなってきてるんじゃないかなというふうには思いますね。
そしてその特許、企業が持っている知的財産の使い方も変わってきたと?
そうですね、大きく変わってきていまして、ここ10年、20年、特に欧米企業の使い方は、わざわざ特許を出しといて、それを無料で使ってもらうとかですね、そういうことをやって市場を広げて、でも一方では、自分だけしか使わない部分を作ると。
これはオープン&クローズ戦略なんて言いますけど、そういうような複雑な使い方をするようになりました。
営業秘密も最近は重視されてますよね。
わざわざ発明になるものであっても、特許になるものであっても、それを秘匿しておくというような多様な使い方をするわけですから、そういうものが特許一件一件が、全然違う使われ方をするということが、前提になっているということでも、やっぱりないわけですね、今の制度というのはね。
そうすると、特許を取ってもらえない技術を開発した人にすると、その対価が払われなくなると。
計算すると、損してますってことになっちゃうかもしれませんね。
それはだけど、企業にとっては、やはりそれもやっぱり重要な、会社全体としては重要な貢献ですから、同じように表彰したい、報奨したいと考えるかもしれません。
そういうときに、全体としていろんなやり方で、報奨ができるようにしておこうということであれば、やっぱり今の見直しの議論が始まるのは、無理もないことかなと思いますね。
見直しの議論の柱ですけれども、ちょっとこちら、ご覧いただきたいんですけれども、冒頭でお話ししましたように、特許の権利、従業員から企業へ移そうということと、それからこの対価から報奨ということですが、これ、どういうことですか?
報奨というのが、これは辞書の表現でいうと、努力に報い、さらに励ますというのが報奨の意味だということになってます。
企業はまさしく、今、制度があるからじゃなくて、すばらしい研究開発をして、発明をしてくれる人の努力に報い、励ましたいというのが、根本的に今、企業が考えるべきことだし、企業が考えてることですから、それにならったような形の報奨ということが一つだと思いますが、ただ、議論になってるのは、これ、切り下げに、やっぱりなるんじゃないかと。
経済的リターンの。
そういうようなことが、やはり議論になりました。
結果的に、やっぱりそれは当然、経済的に利益を切り下げてしまうということですと、インセンティブを重視したという形にはなりませんので、そこはもう切り下げをしないと、切り下げをしないことを前提として、それをガイドラインなどで、ガイドラインで規定して、それを法律で、しっかり守ってもらうようにするというような形で、現在は落ち着いたというふうに聞いてます。
しかし、個人に権利がなくなることで、しかもその長期雇用を前提としている日本の雇用環境の中で、本当にその従業員が納得できる仕組みになっていくのかどうかっていうのは。
そうですね、そこは今、お話したガイドライン、これをどういうふうに作っていくかっていうことが、重要だと思います。
少し細かく考えないといけない部分がありますので、業種によっても、だいぶ状況は違うと思いますし、いろんな会社の事情も考えて、かつ、かといって、あまり細かくなりすぎても、やりにくくなってしまうと、これは、ちょっとガイドラインで工夫をしていく必要があるかと思います。
ポイントは公平で、そしてやる気をどう引き出すかということですけれども、発明した社員に、企業はどう報いるべきなのか。
さまざまな報い方を行う企業を取材しました。
富山県内にある大手ファスナーメーカーです。
この会社では独自の報奨制度を定め、従業員を公平に評価しようと試みています。
閉めますと見えなくなると。
こういうことですね。
通常のファスナーと異なりラインが外から見えにくい新技術のファスナー。
2年前に開発されました。
紹介してくれた山崎さんは新しいファスナーの発明者ではありません。
しかし、営業も担当していた山崎さんは取り引き企業からの見えないファスナーを作ってほしいというニーズをつかんだことで発明者と同じように社内での報奨を受けました。
この会社では発明者への対価以外にその製品を製造した技術部門や販売した営業部門にも報奨金を支払う制度を設けているのです。
さらにこの会社では特許だけでなく製品開発に関わるノウハウや公には出せない新技術なども公平に評価しています。
実は、この会社で生み出される発明のうち特許を申請せずに秘匿しているものが2割から4割にも及びます。
会社ではこうした発明も社内認定特許としてその価値を認め特許と同じように会社独自の基準で評価する仕組みを取り入れています。
社員に不満を抱かせることなくモチベーションを高める秘けつ。
その基本となるのが社員一人一人をしっかり見つめる経営者や管理職の視線です。
都内で顕微鏡や測定装置などの開発を行う精密機器メーカーです。
こういった特許がこういっぱいありまして。
社員の数は70人。
その半数近くが特許出願の経験があり会社は150を超える特許を持っています。
あそこで作業しているのが富田です。
勤続8年の富田和江さんも特許出願の経験がある一人です。
富田さんが発明をしたのはアルバイトとして、材料に穴を開ける作業をしていたとき。
毎日使っている工作機械の使いにくさが気になったといいます。
これは、私がアイデアとして描いたイラストです。
富田さんはベルトの位置が見えるように中が見えづらいふたの部分を透明にするアイデアを提案。
会社はそれを特許として出願しましたが直接、売り上げには結び付きませんでした。
しかし、社長の中村さんは発明の報奨として、富田さんをアルバイトから正社員にし製造ラインから開発部署に異動させました。
この会社ではほかにも自由に社内の設備を使える制度や海外研修など独自の報奨を実施しています。
従業員の努力を見逃さずそれぞれに合った報奨をすることで新たな発明へのモチベーションを高めています。
今、ご覧いただいたのは、市場のニーズをつかんだ社員も、社内の報奨の対象になったり、あるいはその処遇を正社員に上げてもらったりと、そういった対応をしていましたけれども、どうご覧になられますか?
そうですね。
やはりその会社の事情、研究開発の体制ですとか、何が貢献するのかとか、どういうふうに使っていくのかとか、こういうことに合わせて、やはり一社ごとに工夫して、いろいろやってるっていうことが分かりましたですね。
海外では、もっともっと多様なやり方。
そうですね。
私の聞いてる話は、もう本当にいろいろありまして、今、後ろのほうの会社の例で、好きな開発に従事させるというのがありましたけども、本当に好きなことに15%の時間を使っていいと、それ、報告しなくていいとかですね、そういうようなことをやって、モチベーションを高めると。
あるいは、その報奨としても、例えばお金を直接出すんじゃなくて、その人の名前で、すばらしい仕事をした人の名前で寄付をしてもらうと。
どこどこの財団に寄付をするのを、会社がお金を出すとか、そんなような報奨のしかたもあると聞いています。
必ずしも金銭的なリターンではないんですね。
そうですね。
直接、金銭をその方に与えるということではないと思います。
これは実は、金銭的報酬というのが、比較に結び付いてしまうと、一つ一つの仕事で比較をされてるということで、かえってやる気がなくなってしまうというようなことがあるんですね。
これはクラウドアウト効果っていって、金銭的報酬が、むしろ、やる気をなくす方向に働くことが時々あります。
ですから、企業はそれを分かってますので、できるだけ慎重に、お金を出すときは、全体のバランスを考えて、出すというのが、普通やられていることだと思いますね。
端的に技術者にとって、やる気を引き出す、一番のインセンティブになるのはなんですか?
研究者は、技術者というのは、技術開発するのが好きだというのがありますが、私の場合もそうでしたけれども、やっぱりね、事業化して本当に世の中の役に立ってということが、非常にやっぱりインセンティブになりますね、動機づけにつながると思います。
その事業化ですけれども、なかなか日本は新たな産業を生み出していない、革新的な技術が生まれないと、これからどうすればいいんですか?
私は、日本のやっぱり技術開発ってかなり優れているものがあって、優れた技術がいろんなところにある。
だけどそれがうまく生かせてないってことのほうが、問題だと思ってます。
すなわち技術が埋没してて、なかなか競争力に結び付いていかないというようなことで、そういう中で、やっぱり一大戦略をうまくやっていくような体制にしていくべきではないかと。
2014/12/11(木) 19:30〜19:56
NHK総合1・神戸
クローズアップ現代「“社内発明”どう増やす?〜やる気引き出すルール作り〜」[字]
日本発の技術者ノーベル賞受賞があいつぐ。画期的な発明をもたらした社員に企業はどう報いるべきなのか。貢献度や対価の算定法など、加速するルール作りの動きを紹介する。
詳細情報
番組内容
【ゲスト】東京大学政策ビジョン研究センター教授…渡部俊也,【キャスター】国谷裕子
出演者
【ゲスト】東京大学政策ビジョン研究センター教授…渡部俊也,【キャスター】国谷裕子
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ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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