アスリートの魂・選「終わりなき探究 弓道 増渕敦人」 2014.11.27


よっしゃ〜!武士道の精神を継ぐ弓道。
多くの名人を輩出した強豪日本大学弓道部です。
よっしゃ〜!かつてここに的中率98.8%という驚異的な業で的中の怪物と呼ばれた男がいました。
現在は高校の教師。
高校で保健体育を教えながら弓道を究め続けています。
「どんな先生なの?」とか聞かれるかもしれないけど思ったとおりの事を答えて下さい。
増渕選手は29歳の時弓道最高峰天皇杯で優勝。
ところが翌年矢を全てあてながらまさかの惨敗。
ただの的あてと酷評され減点されたのです。
自分なりの弓道理論っていうのが間違ってたって事ですよね。
はっきり言うと。
弓道の極意…的にあてるだけではなく正しい射ち方が求められています。
正しい射ち方とは何なのか?試合中に弓を落としてしまうほど迷い続けました。
あの惨敗から21年。
増渕選手は己の弓道を根本から作り変える事を決意。
しかしそれは至難の業。
立ちはだかったのは勝利にこだわる己の心。
プライドとかそんなのは関係なく自分はゼロから作り上げたいから。
この夏増渕選手はかつて自分を否定された天皇杯に挑みました。
弓道を究めて再び頂点へ。
増渕選手の終わりのない探究の日々を見つめました。

(取材者)おはようございます。
おはようございます。
増渕選手の取材を始めたのは6月半ばの事でした。
弓道を続けて40年近くになる増渕選手。
車のナンバーも9。
弓です。
(取材者)やっぱり。
結構荷物が多くて。
この日増渕選手は栃木県のナンバーワンを決める大会に出場しました。
参加者は49人。
年齢は30歳から74歳にまで及びます。
的までの距離は28m。
直径36センチの的のどこにあたっても的中。
その回数を競います。
更に入場してからの身のこなしも採点されます。
背筋を伸ばし弓を引き絞ります。
この時腕にかかる負荷は20キロ。
1ミリのぶれが的では10センチの誤差になるといいます。
的中。
おめでとうございます。
(拍手)増渕選手優勝を決めました。
勝たせてもらっちゃいました。
まだ自分の射が全然できてないと思いますので課題がありすぎですね。
増渕選手は栃木県高校体育連盟の職員。
県内の学校で保健体育を教えています。
お昼の弁当はサラダだけ。
ベストの体重を維持するためです。
オリーブオイルをたっぷりかけます。
子どもに作るついでですよね。
子どもが夏休みに入ったらば作ってくれませんでした。
今年51歳。
いつも頭にあるのは弓道の事です。
よし!週に一度指導している女子高の弓道部。
増渕選手は学生社会人で全国一。
日本代表として国際大会にも出場してきました。
何歳でしたっけ?29歳。
(一同)え〜。
飾っとこうか?
(笑い声)部活動が終わるとようやく自分の時間。
増渕選手は3か月後に大きな試合を控えていました。
全国の弓道家の頂点を決める天皇杯です。
増渕選手にはこの大会に懸ける特別な思いがありました。
増渕選手は29歳の時史上最年少で天皇杯を制覇。
決勝で的を外す事は一度もありませんでした。
ところがその翌年全ての矢をあてたにもかかわらずまさかの敗退。
試合後ある審判が漏らした言葉。
「ん?」とこう…よ〜く「今の言葉はどういう意味だ?」って感じで確かめて。
「ああ自分は下手なんだな」と。
もうただあてて楽しんでるだけの弓みたいな。
ものすごく悔しい思いをしたんです。
弓道は戦で用いられた弓術に始まります。
その後武士の精神修養を目的に武道として発展してきました。
その極意が…正しい射ち方をすればおのずと的中する。
的にあてる事よりも品格のある正しい身のこなしが求められるのです。
これを名人に実践してもらいました。
闇の中で見えない的を狙います。
あてる事だけにとらわれて品格がないとされた増渕選手。
正しい射ち方とは何なのか。
葛藤が始まります。
自分で作り上げてきた自分なりの弓道理論というのが間違ってたって事ですよね。
だからそこからもんもんとした生活が続いて…。
しかし弓道には正しい射ち方の明確な定義はありません。
答えを見つけられないまま毎年天皇杯に出場。
挑んでも挑んでも頂点には手が届きませんでした。
そして44歳の時。
射ち方を迷うあまり弓を落としてしまいます。
答えを探し続けて実に20年。
今年増渕選手は己の弓道を根本的に作り変える事を決意しました。
6月末増渕選手はまず弓を射つ時の姿勢を見直す事にしました。
(かしわ手)
(一同)よろしくお願いします。
増渕選手は有段者の仲間に集まってもらいました。
全て年下の選手たち。
上下関係を重んじる弓道界では年下に教えを乞うのは異例の事です。
頑張ってイメージして…タブレットを使って射つ時の型をチェックします。
指摘されたのは肩の位置でした。
背中の縫い目に注目すると左肩が少し上がっています。
この線が体の軸と直角に交わるのが美しいとされていますが僅かに崩れています。
これを矯正するため両肩を押さえてもらって弓を引きます。
ふだんとは違う動きをしたため背中が痛くなりました。
長年染みついた癖を直すのは容易ではありません。
ほかにも弓を構える前から射ち終わるまで全ての型をチェック。
悪いところを指摘してもらいました。
マイナス…僕6やと思いますけどね。
正しい型を身につけるため増渕選手はトレーニングジムを訪れました。
構えた時体の軸をしっかり保つためのトレーニング。
50代になって挑む肉体改造です。
この日は後輩と久しぶりの外食です。
ちょっと抑えてる。
前と違って痩せたから大丈夫じゃないんですか?そこまでの数値は…。
あっゴルフ好きですもんね。
自分でやったら。
友達ともできるし。
あれこれ考えて。
弓道って趣味みたいなもんですよね。
8月下旬。
練習の成果を確認するため増渕選手はふだんは出場しない市民大会に参加しました。
おはようございます。
いつもお世話になります。
かつての天皇杯の覇者増渕選手のもとに大勢の人が挨拶に訪れます。
大会の参加者はおよそ300人。
ここで下手な弓を引く訳にはいきません。
しかし大きな落とし穴が待っていました。
目指していた事が全くできませんでした。
試合がまだ行われているさなか。
増渕選手が会場を抜け出しました。
午後の試合を棄権したのです。
増渕選手は練習場に戻っていました。
天皇杯の覇者は失敗できない。
そのプライドに惑わされ自ら型を崩してしまったのです。
平常心を保つにはどうすればいいのか。
(生徒たち)こんにちは。
こんにちは。
増渕選手は常に緊張した精神状態で練習しようと考えました。
教え子全員がカメラを通して見つめます。
試合会場で大勢の観客に見られる状況を再現しました。
更に一連の動きを何秒で行っているかを計測します。
常に一定のリズムで弓を引く事ができれば緊張しても型が崩れないのではないかと考えたのです。
天皇杯まであと1か月。
今年は何としても優勝したい。
増渕選手は一人懸命に闘っていました。
自分に足りない技術は何なのか。
増渕選手はある場所へ向かいました。
車を走らせて3時間。
以前から尊敬していた名人のもとを訪ねたのです。
すいません今日ご無理を…。
いえいえ私でよかったら。
よろしくお願いします。
岡廣志八段74歳。
天皇杯で3回の優勝経験を誇り今年の大会では審判を務めます。
増渕選手は自分の技術に足りないものを名人に指摘してほしいと考えていました。
ところが岡八段が口にしたのは技術論ではありませんでした。
せっかく持ってる技術を何て言うの…。
ここの所でやめとる。
それは弓道と向き合う心の在り方でした。
空間だからね。
的にあてるんでなくて空間を表現。
一丁やってみるがいい。
さあいい所続けるんだよ。
ここで押したらさあ…よしよしよし。
岡八段の弓道。
大きく構えて空間を表現する。
自分の中で…天皇杯直前。
増渕選手は岡八段の教えを身につけるため自分と向き合っていました。
本番の会場で行う1回きりの実践稽古。
栄光から一転味わった挫折。
生まれ変わろうともがいた20年。
新たな決意で臨む天皇杯です。
弓道の聖地明治神宮。
天皇杯が開かれました。
優勝者に与えられる賜杯。
弓道を志す全国14万人その頂点に立つ者だけが手にする事ができます。
2日間にわたる試合が始まります。
予選。
午前と午後2本ずつの矢を放って競います。
試合では最初の一射が流れを決めます。
増渕選手は1射目に集中しようとしていました。
入場。
審判の採点は既に始まっています。
満員の観客の視線が増渕選手一点に集中します。
僅かに外れ。
手が震えていました。
岡八段直伝の大きな構えはできませんでした。
1射目を終え増渕選手以外は全員的中。
挽回しなければという重圧が襲います。
見事的中させました。
この時点で順位は108人中40位。
決勝に進出できるのは上位20人です。
待ち時間の間増渕選手は一人練習場に向かいました。
決勝進出の条件は的中2回以上。
残り2射のうち1射はあてなければなりません。
大事な3射目。
あてなければと思うあまりまたしても型が崩れました。
次で決めなければ決勝には進めません。
大きく構えて空間を表現しろ。
矢は的の真ん中を貫きました。
的中は4射中2射。
あとは型の採点が勝敗を分けます。
(場内アナウンス)「決勝進出選手を発表します」。
増渕選手の番号は91番です。
「85番常本昭夫選手愛知県。
86番佐々木光彦選手秋田県。
107番森本浩之選手愛媛県」。
駄目でしたね。
今年の天皇杯増渕選手の戦いは決勝を前に終わりました。
弓道とは何か。
探し続けた末の敗戦でした。
自分との対峙なんですよ。
戦いを終えた増渕選手。
その目は既に来年の天皇杯を見据えていました。
己の射を探し求める道のりこそ弓道。
どれだけ険しくても歩んでいく覚悟です。
最終的なゴールっていうのはないと思うんですけどもこれで満足してしまったらばそこで終わりだと思ってますし自分では打たれ強いタイプだと思ってますので何回…何度はね返されてもまた頑張ろうっていう気持ちでいきたいと思いますけど。
増渕敦人選手51歳。
探究の日々に終わりはありません。
2014/11/27(木) 01:30〜02:15
NHK総合1・神戸
アスリートの魂・選「終わりなき探究 弓道 増渕敦人」[字]

弓道の最高峰、天皇杯を史上最年少で制覇したことで知られる増渕敦人、51歳に密着。自らの心と体の乱れに打ち勝つ“究極の”弓道を習得するための20年に及ぶ壮絶な闘い

詳細情報
番組内容
増渕敦人はかつて9割を超える的中率を誇り、29歳で天皇杯を史上最年少優勝。40〜60代が最も充実すると言われる弓道の常識を覆した。しかし翌年、予選敗退。理由は「単なる的当てで弓道ではない」というものだった。弓道の本分は極限の緊張の中で自らの心や体の乱れに打ち勝つ精神性にある。己に足りないものは何か?20年以上探究し続け挑んだ今年の天皇杯。究極の弓道を求める増渕の壮絶な闘いを見つめる。語り:杉本哲太
出演者
【語り】杉本哲太

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – スポーツ
スポーツ – その他

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