相手のことを知る勇気ほかにもたくさんの勇気に気づいたよ。
・「イエイエイエ」団塊の世代の皆さん!こちらのCMを覚えていますか?1969年モデルとして注目を集めていたキャシー中島さん。
62歳になった今キルト作家として活躍しています。
こちらはキャシーさんの作品です。
ハワイや南フランスなど風土に根づいたキルトを作り海外でも高い評価を得ています。
その才能を育んだのは青春時代。
ミニスカートをはいてバーで踊り明かし最先端のファッションを追いかけていました。
恋愛も自由奔放!テレビで見た人気俳優の勝野洋さんに一目ぼれ。
猛アタックの末結婚。
今もラブラブです。
そんなキャシーさんが今取り組んでいるキルトがあります。
テーマは「母の最後の恋」。
36年前に亡くなった母の事を思い浮かべながら一針一針縫い進めています。
キルトに込められたキャシーさんの人生。
その魅力に迫ります。
「団塊スタイル」の時間で〜す。
風吹ジュンです。
国井雅比古です。
今日は初めてスタジオを出ました!本当に初めてですね。
ねえ。
お日様の下で。
気持ちいいですね今日また…。
今日はこちらすぐ近くの所で団塊世代向けのイベントが行われてんですね。
う〜ん。
そのテーマは…生き生きと。
会場ではさまざまな催しが開かれています。
今が一番いいなって。
そういうふうに年を重ねていきたいなと思います。
女優の高橋恵子さんは髪型をおしゃれに楽しむコツ。
管理栄養士の堀知佐子さんはヨーグルトと食生活についてのお話。
そして今回国井さんと風吹さんもこのイベントに参加します。
国井さん今日のテーマは?今日は月に1回の「D’sスタイル」です。
生き生きと輝いている方の魅力に迫ります。
タレントでキルト作家のキャシー中島さんです。
楽しみですね。
じゃ早速向こうの方へ行きましょうか。
参りましょうか。
では。
あ〜いいな。
フフフ…。
(拍手)皆さんこんにちは。
「団塊スタイル」司会の国井雅比古です。
風吹ジュンです。
どうぞよろしくお願いしま〜す。
(拍手)大勢の方たちがいるんでちょっと緊張もしますね。
何かいつものスタジオの雰囲気と違いますね。
「団塊スタイル」ご覧になっている方?わ〜良かった。
ありがとうございます。
これで誰も手が挙がんなかったら帰ろうかと思ってましたから。
で今日のテーマは「いつまでも美しく生き生きと」。
生き生きと。
いつまでも美しく生き生きとを実践して生きていらっしゃる方がゲストです。
キャシー中島さんです。
じゃあお呼びしましょう。
どうぞ〜。
アロハ〜。
どうぞよろしくお願いします。
ようこそいらっしゃいました。
ジュンちゃん変わんない。
変わらない。
もうすごいびっくり。
もうほんとに。
私はちょっとさ育っちゃったのね。
だけどジュンちゃんほんと変わんないね。
いやいやお互いに変わらないですよ。
何と同級生なんです。
同級生。
今日はキルトの話ですが。
両側にこれキャシーさんが作られたキルト。
そうですね。
すばらしいです。
これはハワイアンキルトっていうものなんですね。
あの…キルトってアップリケキルトやアメリカンパッチワークとかいろいろあるんですけど。
その中の1つのハワイアンキルトを今回お持ちしました。
もう何年ぐらい?もうねそれが42年作ってるんです。
あ〜すごい。
20歳からだから年が分かりやすい。
皆さんすぐ計算したでしょう?絶対。
でもお会いした頃はもうやってたんですね?やってたんですよ。
楽屋で縫ったりしてた。
え〜!え〜!あのかっこいいキャシーさんがコツコツと。
ねえ手作業で…。
…っていうイメージはなかったですけど。
本当に?何かねコツコツやってるのが好きだったんですよね。
じゃあその話はあとでたっぷり伺いますから。
はいぜひ。
ではまずこちらをご覧頂きましょう。
生活の中に根づいた布の芸術キルト。
白い布にぶどうや花を縫い付けた鮮やかな壁飾り。
キルトで作られたソファーやクッションのカバーは生活の中にぬくもりをもたらします。
日本でも広く親しまれているキルトはアメリカで花開きました。
最初にアメリカで作られていたキルトは冬の寒さをしのぐためのベッドカバーだったと伝えられています。
ヨーロッパから来た開拓者の妻たちがはぎれを使って防寒のために綿を詰めて作りました。
それは倹約の精神から生まれたものでした。
その後布の大量生産が可能になるとさまざまな色の生地を使ってデザインや装飾を工夫し楽しまれるようになります。
こうしてキルトは世界中に広まっていきます。
毎年東京ドームで開かれているキルトのイベント。
その来場者は23万人を超えます。
展示の多くは実用の域を超えて芸術にまで高められた作品。
キャシーさんもキルトに魅せられた1人です。
おはようございま〜す。
おはようございます。
キルトを作り続けて42年。
今では講師として全国に1,200人いる生徒にその魅力を伝えています。
キャシーさんはキルト作家として作品を発表しています。
こちらは旅先の南フランスで買った生地を組み合わせて鮮やかな色使いを楽しんだ作品。
キャシーさんが大好きなバラの花をモチーフにしたキルト。
赤やオレンジ緑さまざまな色と濃淡で表現しています。
こちらはシンメトリーなデザインが特徴のハワイアンキルト。
特別に注文したグラデーションに染めた布で太陽の光が差し込む森を表現しました。
キャシーさんが初めてキルトを作ったのは20歳の時。
家庭で使うベッドカバーでした。
今も大切に取ってあります。
(シャッター音)17歳。
高校生の時にモデルとしてデビューしたキャシーさん。
テレビCMにも出演し一躍注目を集めます。
20歳の時仕事で訪れたアメリカでキルトに出会いました。
ロサンゼルスの街を歩いていた時ウインドーに飾ってあったキルトのベッドカバーを目にします。
ねえすてきな世界ですね。
ほんとにね今見てて若い頃の自分が出てくると汗ダラダラ。
車に乗ってかっこ良かったね。
ねえほんとにすいません。
ほんとにだらしない格好で。
いえいえいえ。
でもおしゃれですよね。
かっこ良かったですよね。
私小学校の時に学校で映画を見る時ってあるじゃないですか。
あの時に「若草物語」という映画を見ましてね。
その時にベッドカバーとかお母さんが何か縫ってたりしてて…。
あれ何だろう?ああいうの欲しいなって…。
見て欲しいなって思っていた物と同じ物それがあって欲しいと思ったんですよ。
それほど最初にあった「若草物語」それからロサンゼルス。
本当にひかれたんだ。
ひかれましたね。
もともと小学校の時から何か作ったりすんのすごい好きだったから。
刺しゅうをしたりとか。
だから作るのはありがたいと思って。
最初に生地を買ってきたものを日本に帰ってきてから他にもちょっと日本の生地を足して作ったのがファーストキルトなんですね。
そのキルト今日お持ち頂きました。
ほんとごめんなさい。
汚いのよ。
ちょっとこうなんですけど…。
これは…。
でアメリカで買ってきたきれというのが…。
はいどれでしょうか?この辺のきれなんですね。
かわいい色。
明るいですね。
明るい色使いで。
明るい色とかどうしてもその頃日本ではこういう生地売ってなくてブルーとか赤とかピンクはアメリカから持ってきたきれ。
でもこれ42年たってるんですよ。
え〜!子供たちが3人使ったんですよ。
で食べた物をべ〜って出したりとかチョコレートこぼしちゃったりとかあって…。
でもこれは世界にこれしか1枚しかない。
私のルーツだから大事にしたいなと思ってるんですね。
キャシーさんは20歳でこのキルトを作られた訳ですけれども実は27歳に時に皆さんご存じの方と結婚します。
あ〜しましたね。
(シヤッターの音)1979年キャシーさんは俳優の勝野洋さんと結婚。
キャシーさん27歳。
勝野さん30歳の時でした。
勝野洋さん65歳。
20代で刑事ドラマに出演して人気俳優になりました。
その後大河ドラマや大型時代劇舞台など幅広く活躍しています。
キャシーさんとの出会いを聞いてみました。
当時テレビドラマで活躍していた勝野さんにひそかに恋心を抱いていたキャシーさん。
勝野さん行きつけのバーを人づてに捜しだして待ち伏せ。
何と偶然を装って声をかけたんだそうです。
キャシーさんの猛アタックで2人は出会いから3か月でスピード結婚。
2人目の子供を身ごもった時キャシーさんは東京を離れて静岡県御殿場市に引っ越す事を決意します。
芸能界を離れ自然豊かな環境で子育てに専念しようと思ったのです。
いや〜でも…
(取材者)何でですか?慣れない田舎暮らしと子育てに奮闘する日々。
家事を終えたあと一人家族のためのキルトを作るのが日課でもあり心の安らぎでもありました。
勝野さんが使っているこのかばんも今年になってキャシーさんが作ったものです。
デザインして縫ってくれた…こういうふうに…中もこういうふうに…。
女優として活躍している娘の雅奈恵さんです。
幼い頃一人キルトを縫う母の後ろ姿を見ていました。
いいですね。
ありがとうございます。
キルトに包まれて育つ。
ねえすばらしい。
でも恋をしてらっしゃる。
いまだに恋をしてらっしゃるというふうにおっしゃってます。
そうなんです。
おかげさまで。
最初は私の方がすごく好きだったんですね。
猛アタックでしょう?猛アタック。
テレビで見てこの人と結婚しようって会った事ないのに決めちゃったの。
そうなんですか。
そうなんですよ。
それでよく行くお店を見つけてそこで張ってて彼が来て。
来た?いやもうドラマのような話ですね。
ご主人は…勝野さんは…。
そうなんです。
でいっぱいお酒飲ませて…。
だからいまだに言うの。
「あの時酒さえ飲んでなきゃ俺結婚してない」って言うんですよ。
そして押し切られて…。
はい結婚しましたはい。
ねっ結婚される。
子供さんができて御殿場に?田舎暮らし。
本当に何もない所で…。
ただそのあとすぐに一番下の息子ができて3人の子育てはホントに集中できました。
キラキラと輝く時間でしたね。
でも私その頃もよく覚えているんですけど全然キャシー中島さんのイメージが変わらない。
ママになっても。
何も知らない場所に行って子供抱えてゴミをどこに捨てていいか分かんないぐらいだったですよ。
でも面白かった。
本当に面白かった。
結構亭主関白ぶりだったって聞いてます。
すごかったです。
後ろを歩けとかね。
後ろ?私割と何でも興味を持つタイプなので一緒に買い物行くとバ〜ッと「これ面白いとかこれいい」って言うと「後ろ下がりなさい」って。
えっ?…って言われてた。
それ冗談で言ってるんじゃ…。
ううん冗談じゃなくて。
でもでも私は「ごめんね」って。
「パパね私外人なの」。
そういう時だけ。
「分かんないからごめんね」って言っていたのでバランス良かったですよね。
でも聞いてると陽気なママですね。
積極的で強くて。
そういうご主人が最近お弁当も作ってくれるんだって?「カッちゃん弁当」ね。
信じられないねその変化度って。
変わったきっかけってあるんですか?やっぱり娘たちとかみんながおだてるんですね。
パパがちょっとでも作った物を「すごくおいしい」って。
「これもう天才的だよ」とか言うと何かねどんどん図に乗ってね作るようになって。
よくしつけましたね。
おかげさまでほんとにね。
私は子供たちも勝野も含めてマニュアル持ってるんですね。
「取扱説明書」っていうのを。
何のです?電化製品?電化製品本当に同じですよ。
どうしてかっていうと使い方次第でとってもちゃんと働いてくれると思うので。
何を…!え〜。
本当に。
例えばこうしてほしいなと思っても「こうして」って言うと「嫌だ」って言うタイプの人なんです。
言うと?うん「これやって」とか言うと「嫌だ」って。
「私これからこれやろうと思ってて自分でやるんだけど結構重たくてね大変なんだ。
でも頑張る」とか言ってると「いいよ俺やるから」って言ってくれるの。
あ〜。
でその時に1回断るの。
「大丈夫大丈夫パパ。
私がやるから」って言うと「いいよ」って言って積極的にやってくれる。
1回断るっていうのが大事。
あ〜。
ある一定の年齢になってくると妻でもあり恋人でもありお姉さんであり母であり…ってなっていかないといけなくなっちゃうんですね。
母の愛情がないと…。
例えば勝野の仕事なんて仕事がボンとないと1か月ぐらいうちにいる事あるでしょ。
そうすると面倒臭いなとか思っちゃうじゃないですか。
でも息子だったらそう思わないですよね。
うんうんうん。
だからその時には母になる。
あ〜いい話ですね。
決めたんですそういうふうに。
そうですか。
なるほどね。
さて続いてご覧頂きますのはキルトの魅力を幅広く多くの人に伝えていこうというキャシーさんの取り組みをご覧頂きたいと思います。
御殿場市にあるこちらの幼稚園。
初めてキルト作りを教える事になった思い出の場所。
幼稚園のサークル活動の一環でそれまで趣味で作っていた得意のキルトを母親たちに教える事になったのです。
あれから30年。
今では全国8か所の教室を飛び回りキルト作りを教えています。
おはようございま〜す。
おはようございま〜す。
お帰り。
ちょっと違うのよほら。
あ〜!かわいい〜!広げたのはサンダル柄が縫い込まれた布。
これを使ってバッグを作ります。
こちらは今年の夏キャシーさんが作った赤いサンダルバッグ。
作り方を教える事になりました。
まずは自分たちで選んだ生地の上にどんなサンダルを乗せていくのか選びます。
はいはい出来上がり。
早い。
好きな色っていったら…
(キャシー)好きな色でいいのよ。
いいですか?取っちゃいます。
次に配置を考えながらサンダルを乗せていきます。
キャシーさんも一緒になって真剣にアドバイスします。
これはねホントに…。
ほら。
あ〜かわいい〜!生徒の皆さんにキルト作りの魅力を聞いてみました。
いや〜すてきでしたね。
すばらしい。
(拍手)そのきれいな作品がここに並んでま〜す。
これが今。
そうです。
サンダルの…。
ビーチサンダル。
モチーフですね。
かわいいですね。
似合いま〜す。
似合うよねすてきですよね。
似合う?大丈夫ですよ。
じゃあちょっと。
いい感じですよ。
いいかね?今日の洋服に合ってる。
じゃあ私はこれで。
そうそうそう。
いいじゃないですかちょっとゴルフ行く時とか。
かわいい。
そこにいろんな物入れて。
ほんと軽いんですよね。
みんな仲間がびっくりするんじゃない。
これ作るのに…このバッグや何か例えばどのぐらいかかるんですか?お時間。
これはね早い人だったら1か月ぐらい。
長い人でも3か月はかからないですね。
まあ大変な…。
じゃあこの小物は?それは2〜3週間。
2〜3週間。
もちろんおうちの仕事をして皆さんプロじゃないから全部子供たちやそれからご主人が眠ってから自分の時間を作って作るからどうしてもそれだけの時間に…。
この感じのボコボコした感じがいいですね。
いいでしょ?これ普通アップリケというのはまつり縫いして作りますよね。
そこと裏地との間に綿を薄く入れてありましてでキルティングするんです。
だからウエービーっていうんですけど波の感じとかが出るのね。
全部手ですか。
そうです。
きれい。
大変だこれは。
気が遠くなるようなきれいな仕事です。
何かこう時間をかけてゆっくりとそれを作っている自分が好きなんですみんな。
だから皆さん頭が空っぽになったとかいろんな効用があるんですね。
ありますよ。
例えば結婚した頃なんて主人が遅く帰ってくるとご飯の用意して待ってたのに帰ってこなかったりするとすごく腹が立ってくるじゃないですか。
いろいろ考えますよね。
そう電話1本くれればいいのにくれないで誰かと出会って飲んじゃったって。
そういう時に縫ってるとね縫い始めてやってる時にピンポンって音するとえっもう帰ってきちゃったの。
あとこのぐらいで終わるのにえ〜みたいな感じで。
そうすると「お帰りなさい」って言えるんですよ。
でもこうやって作っていらっしゃる方はおうちで作ってやっぱり評価されたいんじゃないかってちょっと思いますけど。
自慢して見せたいとか。
持って歩いてると町なかで声をかけてくださるんですよね。
「あ〜かわいいご自身でお作りになったんですか?」って。
「そうなんですよ」。
「すごい!」って言われるとまた頑張ろうと思っちゃうんですよこれ。
もう褒められるとどんどん乗っちゃいますね。
そうなんだな。
うれしいものです。
一般の専業主婦で趣味でこれをやってて褒められるっていうか普通専業主婦だけでやってれば褒められるって事はあんまりないかもしれないな。
そうですね。
何かね私思うんですけど教室にいらっしゃる生徒さんたちっておうちとかおうちの周りでは誰々のお母さんとか何々さんの奥さんとかそういうふうに自分の名前をしっかりと呼ばれる事がないので一番最初に教室にいらっしゃった時にフルネームで名前を呼ぶんですよ。
「何々さんですねよろしくお願いします」って言うと「私久しぶりにフルネーム呼ばれました」って。
それだけですごくうれしいって。
終わったあとにみんなで御飯食べに行ったりするんですがそんな時も例えばどこどこの社長の奥さんとか関係ないじゃないですか。
あ〜肩書きはない。
だからおうちの事も話をするんです。
「私ねやっぱりお姑さんとうまくいかないの」とか言うんだけどつながりがないからその話はどこにも漏れない。
ああ。
好きなようにしゃべれる。
好きな事が言えて。
いいと思いますよ。
さて続いてはキャシーさんの青春グラフィティーです。
えっ…。
ご覧下さい。
楽しいですよこれは。
キルト作家として活躍するキャシーさんの原点は横浜本牧。
青春時代をこの街で過ごし今のキルト作りに通じる独自のセンスを磨きました。
キャシーさんの両親はロサンゼルスで出会って結婚。
キャシーさんは1952年ハワイで生まれました。
3歳の時帰国。
横浜で暮らし始めます。
その後両親が離婚。
学校でいじめられた時も支えてくれたのは母の強い言葉でした。
横浜本牧地区。
戦争直後に造られたアメリカ軍人とその家族が暮らす居住区があった場所です。
居住区に隣接する繁華街。
キャシーさんが青春を過ごした街です。
本場直輸入のR&Bやソウル音楽が流れ「ハマ・チャチャ」と呼ばれる独自のダンスも生まれました。
そこで繰り広げられるかっこいい遊びや最先端のファッション。
それに憧れる十代の若者たちによって本牧独特の文化が作られていったのです。
粋に外車を乗り回す「ナポレオン党」と呼ばれる男たちの横でミニスカートをはいてさっそうと街を歩く女たち。
15歳になったキャシーさんもその一人。
競い合うように踊りやファッションを磨く事に明け暮れていました。
この日キャシーさんが横浜のバーで出会ったのは当時一緒に遊んでいた仲間たち。
キャシーさんより1歳年上のジュンコさん。
俳優浅野忠信さんのお母さんです。
当時は流行の先端を行くファッションセンスを買われ18歳でモデルの仕事もしていました。
このバーを経営しているサリーさん62歳。
踊りが得意で歌番組のバックダンサーとしてテレビにも出演していました。
本牧の若者たちの中でも強烈な個性を放っていた3人。
久しぶりの再会で当時の思い出話に花が咲きます。
本当よね。
ジュンコさんやサリーさんに続きキャシーさんもスカウトされてモデルの仕事につき本牧の街から羽ばたいていきました。
大人たちから不良と呼ばれていても自分らしさを貫いた青春が今も誇りです。
何か懐かしい絵が…。
時代を感じましたね。
すてき。
ねえホントに。
あの頃本牧っていうと横浜もそうですけど何か私たちの世代にはパスポートなしで行ける海外みたいな。
何かおしゃれな雰囲気がありましたよね。
とにかく本牧にはすぐ横に基地がありましたのでだから塀のフェンスの向こうのアメリカ。
本当にフェンスのこっち入ったらPXはあるし外国の人たちの住まいがあって。
あの子たち不良でとかいろいろ耳に入ってくるんでしょ?それでやっぱりやばいかなとかそういう事は感じなかった?それはね…。
ないの?感じなかったです。
もうねエネルギー自分の中にどうにも止められないエネルギーがあってそれは例えば新しい音楽リズム&ブルースとかそういう音楽を聞いてその音楽に合わせていろんな外国の兵隊さんたちが休みの時間に来て踊ってますでしょ?それ見てあのステップが新しいって新しいステップを覚えて。
今考えるとねきっと皆さんもそうだと思うんですけれども当時の不良っていうのはちょっと新しい事をやるともう不良なんですよ。
男の子が髪の毛伸ばしてエレキギター持ったらもう不良なんです。
女の子はミニスカートはいてお化粧口紅とかつけちゃったらもう不良なんですよ。
だってあのミニスカートが出た時はやっぱりびっくりしましたよ。
ねえほんと。
目のやり場にやっぱり…。
言ったでしょう。
だからスカートじゃないのあれは。
腹巻きが落ちたの。
そのぐらいの感じだったんですけどやっぱりその中でいろんな事を人とのつきあいとかいろんな事を学ぶんですよね。
やっぱり。
それは今のキルト作りとは関係ある?ありますね。
色の組み合わせとかいろんな事が通ってきた道に関係してると思います。
だからちょっとパッチワークという普通の色とはかけ離れた場合もあるんですね。
でもこれが私なんですね。
そうか。
キルトのいわゆる伝統には縛られない。
縛られません。
やっぱり自由に好きに好きな色をっていう。
それはやっぱり遊んでいたいろんな洋服とかを見てかっこいいってすぐまねしたりっていうものがそのまま引っ張っていってるのかな…。
つながってますよ本牧のね。
やっぱり?本牧の不良ですかね。
いえいえ。
でもやっぱり歴史があってね出来上がってくるんですね。
そうですかね。
キャシーさんが33歳の時の作品です。
幅2メートル高さ1メートルの大きな壁掛け。
実はこの作品母の死をきっかけに作ったものだと言います。
働きながら女手一つでキャシーさんを育てた…キャシーさんが結婚したその年に54歳の若さですい臓がんで亡くなりました。
この作品のテーマはそんな母の最後の恋。
亡くなる前の数年間母菊江さんは妻子のある男性と恋をしていました。
2人が京都を旅行した時に見たという満開の夜桜。
母から聞いたその情景を描いたのです。
桜に包まれた母の最後の恋。
その母の思いに心を巡らせて作った作品です。
あれから30年。
キャシーさんが現在作っているキルト作品があります。
何と30年前と同じ構図で満開の桜が描かれています。
母の最後の恋を描いたあのモチーフを今もう一度作品にしようと試みています。
30年前の夜桜。
背景にも木の幹にも深みのある色の布が使われています。
それが今鮮やかな色調に変わり全体的に明るい印象になっています。
桜の花はむら染めの布を使い花びらに濃淡をつけ1枚ずつ縫い付けて立体感を出しています。
こちらは30年前の作品。
少し小ぶりな桜の花が暗い背景の中に浮かび上がっています。
新作「満開の桜の樹の下で」。
来年の1月に開かれる東京国際キルトフェスティバルに向け作業は佳境に入っています。
作品を持ち歩き仕事の合間を見つけては縫い続けています。
30年の時を経て「満開の桜」を再び描こうとしているキャシーさん。
そこには一体どんな思いが込められているのでしょうか。
(拍手)またひと味違った作品が…。
すばらしいですね。
やはり母への思いはずっと変わらないんですけれども亡くなって33回忌も過ぎまして何かこうもうちょっと母の年を乗り越えちゃったんですね私。
54ですもんね亡くなったのは。
そうなんです。
もうちょっとこう何て言うんでしょう悲しいとかつらいじゃなくてとってもすてきな大切な思い出に母がなってるんですね。
それを今度は表現したいと思って…。
ですから色が明るくなってきてるんです。
悲しみの中で作ったのとやはりそこを乗り越えた時に作ったのと色が変わっていて2枚を並べて展示したいと思ってるんです。
あ〜そうですか。
面白いですねそれは。
へえ〜。
今初めてお話しするんですけど母がいつも忙しかったから母にこっちを向いてほしかったんですよ。
小学校ぐらいの時。
で刺しゅうを覚えて母にポーチを作ってあげてプレゼントして母が喜ぶ顔が見たくて縫うという事を始めたんです。
だからどこかで私はキルト縫う事の向こう側に母がいるんですよ。
え〜だったんだ〜。
その…いろいろ親の恋ってちょっと娘にするとドッキリみたいな事はなかったんですか?そうですね。
私その話を聞いた時はもう26歳で相当大人だったので…。
それまではうちの母は私よりかずっと偉くてと思ってたのにとっても近づいてくれた気がしたんです。
私にその話をしてくれた事が私の事も女性として認めてくれた。
私も母の事が大人になってるから恋をする事が理解できた。
そういう時だったんですよ。
ちょうど。
でも花びら1つに40分ですからね。
私たぶん一生かかってもできないですよ。
時間かけてもできなさそうですけどすばらしい。
そこに込められるエネルギーっていうのは何なんでしょうね。
やっぱり自分が今までやってきた事の集大成って今思って作ってるんですね。
これから先もあるんだけど一応ここで一回皆さんにここまで来たんだなっていうのを見て頂きたいっていうのとたぶんあと10年か20年たって元気だったらもう1回作るかもしれない。
それは面白いですね。
いや〜見てみたい。
それは何の力なんでしょう。
キルトの力なんでしょうか?エネルギーはやはり家族ですね。
家族からもらうエネルギーが一番でその次からはやっぱりキルト。
そしてみんなと一緒にやっている仲間たちの力。
私は誰かの役に立ちたいっていつも思ってるんです。
それが夫だったり家族だったりあと生徒さんだったり。
生徒さんが疲れてきた時に話を聞いてあげて「大丈夫よそんな事。
私もそういう事あったわよ」って言ったりしてそうするとその人がにこやかに教室を出て行く時にあ〜良かったって思った時が生きがい。
それがずっとこのまま続けられればいいなって思ってるんですね。
今日はキャシーさん楽しい話をありがとうございました。
とんでもない。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
(拍手)時間があっという間でしたね。
あっという間でしたね。
とてもいい会場の雰囲気と…。
逆に会場の皆さんの何か熱気みたいなのもこちらにエネルギーが伝わってそれがまたキャシーさんにも伝わって。
楽しかったですね。
この先の「D’sスタイル」が楽しみになりますね。
国井さん頑張って下さ〜い。
は〜い。
2014/12/19(金) 20:00〜20:45
NHKEテレ1大阪
団塊スタイル「キルトで心をつなぐ キャシー中島」[解][字]
今回はキルト作家として知られているキャシー中島さん。キャシーさんの足跡を家族の証言とともに描きながら、キルトの魅力を広め、キルトとともに歩み続ける生き方に迫る。
詳細情報
番組内容
今回はキルト作家としても知られているキャシー中島さん。キャシーさんの教室には、女性が多く訪れ、「キルトを縫うことにより、日々の嫌なことも忘れ、無心になれる」などの喜びの声がある。自身も今、亡くなった母への思いをテーマにしたキルトに取り組んでいる。60代になったキャシーさんが、描こうとしている母への思いとは何か?キャシーさんの足跡を家族の証言とともに描きながら、キルトとともに歩み続ける生き方に迫る。
出演者
【ゲスト】タレント・キルト作家…キャシー中島,【VTR出演】勝野洋,勝野雅奈恵,【司会】風吹ジュン,国井雅比古,【語り】都さゆり
ジャンル :
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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2/0モード(ステレオ)
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