徹子の部屋 谷村新司 2014.12.10


寒暖の差が激しい山間の気候と土壌に適しています。
今年は、天候不順で仕上がりが心配されましたが、最近の冷え込みで、柔らかく甘いネギに仕上がったということです。
3月上旬まで、京阪神を中心に300トンが出荷されます。
「我は行く」「さらば昴よ」
(黒柳)カラオケでこの曲は部長しか歌えないというようなことになってるそうでございますけどそれをお作りになった方が今日のお客様谷村新司さんでいらっしゃいます。
どうもどうもお元気で。
こんにちはお久しぶりです。
ずっと第一線で活躍してらっしゃいましてそれはすごいんですけれども実はその中にも色々なことがございました。
今日はそのお話などを伺います。
実は空白の時期があったということを私たちはちょっとそれを知らなかったんですけど。
実はそこのとこにしばらく…全部事務所も畳んじゃってお仕事をおやめになってた時期があったっていうことを今日そのお話を。
今だから話せると。
もう10年前のことですね。
今だから話せるということで。
まあとにかく谷村さん。
どうも。
はいよろしくお願いいたします。
アリスのメンバーとしてすごい長い…長期のツアーをなさいましたよね。
47都道府県全部回ろうと。
すごい。
どっちみちやるんだったらそれぐらいやろうよって言って。
昔はもうそれぐらいの勢いでやってたんで。
ただ1ツアーで47都道府県全部回ったのは初めてです。
すごいでしょう?それはね。
はい。
半年間かかりましたけど。
あっそう。
それじゃ小さいところもあれば大きいところもあればでしょう?バスの移動とかね電車の移動色々あって。
それでそのここに来てくださったのは武道館でそれが終わるそのフィナーレの武道館のお話をここでなすったんですけどすごいの。
すごい。
「愛したくないの」何ていったってねヒット曲がもう。
ハハハ…。
「あなたは稲妻のように」わあ『ベストテン』懐かしいね。
ハハハ…。
懐かしいですね。
そう。
「私の心を引き裂いた」「さがしてみたい」「遠くで汽笛を聞きながら」「ライラライラライ……」『チャンピオン』すごい。
「ライラライラライ……」わあー!すごい。
ハハハ…。
ハハハッ。
すごい。
でもその時3人でここに出てくだすった時になんかあの…矢沢さんはいつも…矢沢さん?はい。
焼き鳥屋さんやってるじゃない?はい。
だからその時焼き鳥屋さん休んでアリスやるんだって言ってたけど。
結局その都道府県全部回った時は焼き鳥屋さん誰かに任せて行ったの?任せてですはい。
フフフッ。
心配だったでしょう?でも本人はあまり…役には立ってないんじゃないかなという。
焼き鳥屋さんで?焼き鳥屋さんで。
来てはお客様の相手をして盛り上がって帰るというパターンだったので。
六本木でね。
でも今も元気にやっております。
よかったですよね。
ご一緒にお元気でおできになってね。
はいありがとうございます。
でもそれにしてもいずれにしてもその37都道府県?47。
全然違っててごめんなさいね。
ハハハ…。
日本を知らないみたいで。
40…。
47都道府県。
47都道府県をお回りになるっていうのはまあ本当に…。
でも楽しいこともあったと思うし昔のことを思い出したりとか。
そうですね。
その時のVTRがあるんですけどちょっとご覧いただいて…。
なんかね色んなね…。
すごいのこれ。
1つずつ塗ってるのね行った県をね。
行った場所行った場所を1つずつこう塗り潰していくんですけども。
(谷村)「今日で10本が終わりました皆さん」「お疲れさまでした」「
(拍手)」すごい。
すごいよねでもね。
「3連チャン目はさすがにちょっと…」バスで移動するんだ?そうですね。
でも大人だからね。
ハハハ…。
フフフ…。
でも健康でいきましたね。
そうですね。
よかった。
うん本当に。
何事もなくスタッフも全員みんな…。
広島?これ。
これ広島ですはい。
もう広島といえばこれだろうという。
それよね。
うんうん。
おいしかった?おいしかったですね。
「堪能してますねみんなもうそれぞれに」でもあれでしょうね。
もう3代にわたってファンだっていう方やなんかいらしてるわけでしょう?そうですね。
2009年に再始動した時は親子2世代が多いなと思ったんですけど。
去年はやっぱり3世代。
一番下まで。
小学生ぐらい。
すごいね。
すごいね。
お孫さんぐらいまで。
もうね。
まああなた自身もそうなんだからね。
そうですね。
みんなそうなんだから同じかもしれないんだけどやっぱり色んなことね。
その頃のこと…。
でも初めから3人は仲よかったわねあなたたちね。
仲よかったですよはい。
それは私見ててね仲いいなって思ってたの。
なんかさごたごたして若くてケンカしてる人たちもいたりしてたじゃない。
そうですね。
みんな色々若い頃ってほら自己主張が強いからぶつかり合ってなかなかうまくいかないバンドもあったりしたんですけど。
でもあなた方は大人だったのかね?『ベストテン』の頃なんか全然ね大人の余裕でしたよねなんか。
そうですね。
楽しくやってましたね。
音楽好きっていう人が集まってるんだなっていう感じがあってね。
すごくよかったの。
ハハハ…。
さてそれではここで今まであまりお話ししてくださっていないんですが10年前に全てを畳んで。
これすごいよねあなたの奥様も…。
奥様マネジャーやってらして事務所やってらっしゃるんですけど…。
谷村さんのように順調に曲もいつも売れてそしてヒットしてって。
何にもそういうことがある方じゃないと思ってたんですけどやっぱり10年ぐらい前に?はい。
ある日体にまず異変?そうですね。
ツアーやってた最後のほうに帯状疱疹っていうのが。
痛いんですって?はい。
僕は体の左半分全部。
最初はあせもかなと思ってたんですけどそのうち痛くなってきて左側全体がだーっと。
うわーどうするんです?そうなったら。
その時はステージがあったんで包帯でぐるぐる巻きにして。
擦れると痛いんでしょ?はい。
で歌ってたんですけどもその時に…。
それがちょうど夏…秋の初めぐらいだったんですけど。
その年の12月にかみさんがこれって何かの知らせかもしれないねっていう話をしてくれたんですよね。
それで今までのようにこう回遊魚のように年間300ステージとかソロになっても150ステージぐらいずっとやってて。
それだけが自分たちの生き方じゃないかもしれない。
一回リセットしてみようよっていう話をしてくれて。
それですごく僕も自然にあっ一度そうしてみようと思ってその次の年スタッフとかも周りの人たちにみんなその話を説明して。
それで事務所を畳んで。
みんなわかってくれました?はい。
やっぱり自分たちは…何だろう?お金をもうけるために歌ってきたわけじゃなかったんで。
だからみんなそれはすごくよく理解してくれて。
今度歌いだす時にまた声かけてくださいねってみんな言ってくださって。
うん。
それは本当に人に恵まれてたんだなと思って。
それで一度白紙に。
空っぽにしたんですね。
なるほどね。
奥様孝子さんと仰って一度ね一緒に…5年前なんですけど。
こういう方なのでちょっと見ていただいてよろしいですか?『徹子の部屋』5年前です。
「よくいらしてくださいました」
(2人)「ありがとうございます」「でも初めて奥様にお会いしたの随分前なんですけどあんまり奇麗な方でびっくりしちゃって」「そうですか?ありがとうございます」「でもあれでしょ?もうお互いのこと本当によくわかってらっしゃるでしょ?」「そうですねはい…。
と思います」「初めて谷村さんが奥様をご覧になった時奥様はまだ19歳?」「そうでした」「でもお会いになった瞬間に“うん妻になる女だな”って思った?」「はい」「本当に?」「というかねわかりやすく言うとひと目ぼれですよね」「ひと目ぼれねうん」「それで…“あっこの人だ”って思ったんでひたすら押しました」「そうですってね」
(谷村)「はい。
ハハハ…」「そうそう。
ハハハ…」でお二人お子さんを?はい。
奥様産んでくださってちゃんと育ててくださってあなたのこともやって事務所もやってくださって。
本当によくやってくだすっていたんですってね。
そうですね。
だからその生き方そのものっていうのもなんかこうそれまではアーティストってやっぱり自分のことで手いっぱいになって周りに目がいかないっていうことが多いんですけども。
その瞬間からやっぱり一緒に生きてるっていうことをすごく考え始めましたね。
よかったですね。
はい。
それはもう本当に夫婦にとっても家族にとってもお仕事していないお父さんっていうのはちょっと心配かもしれないしこれがどのくらい続くのかわかんないからね心配だったかわかんないんですけども。
でもあれなんですってね。
その時お考えになったのは…確かにそうだと思います。
山の頂上に登っていく時は行くとこが決まってるからあそこに登るぞと思うけど下りはひと休みしちゃって下ろうと思うともうどこに下るかっていうの本当大変なんですって?そうですね。
下っていく時のほうが実は景色をちゃんと見るゆとりがあって。
それはそうですよね。
はい。
それでゆったりと色んなことを感じながら楽しみながら自分で山を下っていくことってすごく大事なんだって。
登ってる時はてっぺんしか見てないんで。
そうそう。
でも周りの人を見たりこう…何ていうんでしょうね?周りの風景を見たりするのもやっぱり下山の時。
だから豊かな下山ができることって本当に幸せなことなんだと。
それはそうですよ。
それができたことがね。
そうさせてもらえたことがね。
そうね。
あなたのようにお忙しい方がねそうやって。
結局どのくらいお休みになった?えーっと5年間。
えっ!5年間?はい。
あなたそんな5年間空白あったってみんな誰も知らないわよね。
そうですね。
ちょうどその時に…スケジュールを真っ白にした時に中国から教授へという依頼が来た時に真っ白にしてないとお受けできない話だったんで。
これはお受けして自分で何か色んな体験をしてみなさいという天命だったんだろうなと思って。
ふーん。
それで人に教えたことなんてなかったんですけどやってみようと思って。
そうですよね。
中国の音楽…。
学院です上海の。
上海のね。
大変いい学校だって仰ってましたよね?素晴らしい国立学校ですね。
じゃあそうするとそこで5年ぐらい教えたの?はい。
卒業生をちゃんと送り出すまで。
すごい。
やりまして。
そうするとその間どういうお暮らしだったんですか?もちろん中国にいらっしゃって。
でも1週間くらい向こうへ滞在?そうですね。
毎月1週間行ってまた戻ってきて。
ひたすらこの4年間5年間は勉強したいなと思ったんですよね。
それでまあかみさんも含めて周りが今まで走り続けてきたんだから今この60歳からをどんなふうに生きていくかっていうその糧を今蓄える時期だと思うからもう存分に勉強していいよっていうふうに言ってもらえたんで。
もうほとんど本屋さんに通い詰めたり。
そうですってね。
神田とかそういうところ。
はい。
古書店に入り浸ったりしながらそれで色んなものを。
自分が知りたいことを自分で調べて。
だから学校の受験のためにしてた勉強じゃなくて本当に自分の知りたいことを学べた時期っていうか。
その5年間はやっぱりすごく大きな喜びだったですね。
でもあれかしらね。
あなた5年間出ていらっしゃらない時にみんなどこかで会ったりして「あれ?出てないねこの頃」なんて誰も気がつかなかったんじゃない?あまり気がつかなかったみたいですね。
ねえ私もそう思います。
先生していらしたのは間にも来ていただいて知ってたけどその間休んでらっしゃるんだって知らなかったから。
そうですね。
だからツアーとかそういうのがやらなくなったんで。
ツアーやってない。
うんうん。
はい。
でもそのファンクラブもみんな一応畳む前にそういう思いで…。
ファンクラブも畳んだの?はい。
すごい。
全部を一度空っぽにしたいと思ってますということをちゃんと皆さんにお知らせして。
やっぱりある種けじめつけられたんで。
大体それが何歳ぐらいでしたか?55歳から…。
55歳から60ぐらいまで?はい。
それで還暦を迎えて。
あっそう。
でもよくその時奥様がそういうふうにまあ仰ったっていうこともあるんだけどそれに従ってそうだねって…。
その間収入もなくなっちゃうわけだしね。
普通だったら次始めようと思った時に…。
まああなただからそんなことないけど仕事がなかったらどうしようとかみんな心配があるじゃない?そういうの。
でもとにかく休んでみようというほうが大事?そうですね。
今までそういう休みを自分に取ったことがなかったので。
でもその休んでる間に本当にたくさんの人が支えてくれて応援してくれた。
色んな企業の関係あった方たちも僕らの思いをやっぱりよく理解してくださって。
何かいつでもあったらサポートするからねって声かけてくださったり。
そうなった時に初めて見えてくる人の形とか。
うーんそりゃそうですよね。
そういうのが本当にいっぱいあって。
本当に何ていうんでしょうね?貴重な5年間でしたね。
じゃあ本当にそれはたっぷりとした…。
はい。
でも本当にその奥様のひと言がね。
そうですね。
よかったですよね。
あのひと言がなかったらたぶん体を壊してしまってて…たぶん今はなかったかもしれないって思いますね。
ちょっとコマーシャル挟みましてね実は奥様にアンケートいただいてるんですよ。
それをちょっと読ましていただきますけどちょっとコマーシャルです。
奥様の「今までの生き方が全てなんじゃないんじゃないの?」っていうひと言で5年間空白の…お勉強。
まあ色んな時間があったんですけど。
奥様にちょっとそのことについて担当の者が。
えー?谷村孝子さんにいただいたんですけどよろしいですか?はい。
「10年前帯状疱疹に悩まされていた谷村さんをどう思って見ていましたか?」うん。
「病院にも行かず包帯を巻いてステージに立っていた夫を見て何かの啓示だと感じました」「それまでも何があってもステージを休むことは絶対にしませんでしたがこのままの生活を続けたらどこかで倒れてしまうだろうと思いました」「その時単なる治療や休養ではなくこれまでの生き方をリセットすることを勧めたのはなぜですか?」「アリスの時は年間300本」「ソロになってからも年間100本のステージというその回遊魚のような毎日を一度止まって考える時間が必要だと思いました」「60歳になってから考えたのでは遅いと思ったのでその年のクリスマスの夜に2人で話し合って事務所もいったん畳むことを決めました」「仕事をやめ自宅や本屋さんで過ごす谷村さんを身近に見ていらしてどう感じていましたか?」「元々本屋に入ったら1時間は出てこないほどの本好きでしたからそれだけに浸れる時間というのは本人にとっても人生で一番至福の時だったのではと思います」「ですので私もなるべく一緒に楽しむようにしていました」「その後仕事復帰した谷村さんを見ていて以前と変わったことはありますか?」「団塊の世代の多くの方々と同じく夫も常に競争社会の中で過ごしてきたので苦悩の象徴として眉間にしわが寄っていることも多かったのですがリセットしたことで心と体にゆとりができたのかその後は全くなくなりました」「元々家族や周囲に対しても声を荒げて怒るようなことはありませんでしたが以前より笑顔も増えました」「もしリセットせずにあのまま続けていたらお二人の人生はそれぞれどうなっていたと思いますか?」「心と体を使い尽くしてこの世とおさらばしていたかもしれません」「最後に夫谷村新司さんにメッセージをお願いします」「終わりのない挑戦をひたすら続けてきた谷村さん」「これからも変わらずたくさんの人たちに歌で感動を伝え続けてほしいです」「私はいつまでもどこまでもそばにいます」孝子さんありがとうございました。
ありがとうございます。
そういうことで…。
でも本当にこうよくわかってくださる方。
だからあなたがどんなことがあってもこの人と結婚しようと思ってさ通い詰めた…。
彼女が働いてたお店に通い詰めたっていうのはやっぱり正しかったですね。
そうですね。
一番身近にいてくれてその苦しいこととかつらいことも全部肌でわかってくれてて。
うん。
でその人と一緒にこう生きていくっていうかそのお金もうけではない音楽を僕らはずっとやってきてたんで。
だからその歌で大事なことを伝えるっていうことは本当に必要なことで大事なことだっていうのは彼女もすごくよく理解してくれてたんで。
その一番いい状況づくりをするために一回リセットしようっていう話をしてくれたんだと今あらためて思いますけどね。
そうですよね。
そういうの普通旦那様のほうが自分で思いついて説得するっていうのが普通なんだけど奥様のほうからそうしたほうがいいっていうふうにお感じになってね勧めてくださったからそれもよかったですよね。
たぶん一緒に生きてきていたからだと思うんですよね。
だって19歳って仰ったっけ?初めて会った時。
はい。
19歳から一緒にいるんだからよね。
そうですね。
やっぱりラッキーでしたね。
うんなんか…運命って…縁っていうかな?そういうのってこういう出会いってちゃんと意味があったんだなって今すごくよく理解できるようになってきました。
あなたやみくもに行ったお店に彼女働いてたんじゃなかった?そうですそうです。
そうでしたよね。
それでまさか出会うと思ってないところで突然こう出会ったものですから。
でもその会った瞬間にあっこの人が結婚する人ってもう…。
すごい。
僕は勝手に思いましたんで。
もうひたすら強引に。
はい。
そうだってね。
押して。
旅に連れ出し。
そして両親に紹介し。
それであれよあれよという間に一緒に暮らし始めそして結婚して。
それでなんか彼女はよく冗談で言うんですけどもなんかだまされたような気がするっていつも言ってましたけども。
いくつ違いなの?6つ違いです。
あっそうなのか。
じゃあ19歳だと25ぐらいだったあなたがね。
でも本当に何ていうのかしら?相性合ったと思うんですけども。
彼女もあなたをよく理解してるわねものすごくね。
そうですね。
やっぱり誰よりも理解してくれてますからやっぱり彼女が言うひと言っていうのは重いですよね。
はい。
自分が気づいてないことをやっぱり気づかせてくれること。
そのおかげで60歳の還暦を過ぎて…。
本当に何ていうんでしょうね?喜びの中でこう歌うことができるようになったっていうかそれも全てその空白があった時に体験できたことがベースになってきたんで。
そうですよね。
だから3人でその後すごいそのね43都道府県…。
47。
はい。
あっ…。
日本は47都道府県。
嫌だ…。
日本全国って言っておくと大丈夫かと。
日本全国。
全国なさいました。
ですけど…どうしてこういうの覚えられないのかしら?もう頭悪いんですね。
しょうがないんですけど。
まあそんなんでそれができたのもそれがあったから。
いわゆる蓄えがねそこでできてたからっていうことありますよね。
もうあの…60歳を超えて3人が元気で音楽やれる状況にあって。
そしたらやっぱり自分たちが楽しくもう一回歌っているシーンを体験してくれるお客様たちもみんな元気になってくれるだろうって。
本当。
ねえ。
本当に皆さん喜々として拳を振り上げてこう一緒に歌ってくれて。
そうですよね。
だからその瞬間に素敵だなと思ったんですよねそのこと自体が。
さてさて青山劇場というあなたが本当に長いこと随分長くおやりになりましたね。
そうですね。
18年間。
うわー!毎年おやりになった。
しかも1か月ぐらいでしょ?1か月公演ですね。
「変わり行く私」「紅くいろづくときめきを」「誰に告げましょう」でもこの声をね保つの大変ですよね。
この青山劇場って本当にあの…劇場なんですよね。
そうです。
だから本当に照明とか舞台とか色んなことをこの18年間僕らもトライしたり勉強させてもらったりした本当に大事な場所なんですけど。
この青山劇場が来年の春になくなるんです。
そう。
はい。
それで…。
つい聞きほれてしまいましたけど。
ハハハ…。
この青山劇場本当に仰ってたようにこう円形になっていて本当に劇場っていうね感じなんですけど。
なくなるんですよ来年ね。
なくなるんですって。
それで今年12月の1718193日間だけ『CURTAINCALL』を…。
青山劇場のスタッフの方たちからいただいて。
あっそう。
はい。
それがすごくうれしくて。
それで3日間だけやらせていただこうと。
12月の171819でしたっけ?はい。
3日間やらせていただきます。
でも昔あのもう…ジェームス・ブラウンをさあなたが日本に呼んでみんなにこんないい音楽家がいるんだっていうのでさすごいお金出して若い時呼んだらお客さんが?フフフ…。
はい。
フェスティバルホール3000人ぐらいのホールだったんですけど200人ぐらいしか入らなかったです。
そうなんだって。
はい。
あとになってジェームス・ブラウンってすごいってわかったんだけど。
その時は困ったでしょ?あなた。
もう大借金を抱えまして。
だからアリスのスタートから借金を返すっていうのがずっと…スタートしたきっかけをくださったのはジェームス・ブラウンかもしれない。
そうかもしれない。
やらなくちゃっていうね。
それであなた方もお客さんになって座ったって3人や4人座ったところでね。
どうにもならないんですよね。
でもまあ色んな面白いことがあって今があると思えばね。
そうですね。
それは幸せだと思いますね。
本当にね。
ラッキー。
おまけにお奇麗でね。
ありがとうございます。
お手紙もありがとうございました。
本当にね。
ありがとうございます。
どうぞお楽しみに。
2014/12/10(水) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 谷村新司[解][字]

〜妻の助言で生き方を見直し〜谷村新司さんが今日のゲストです。

詳細情報
◇ゲスト
昨年はアリスの再始動ツアーで全国47都道府県を廻るなど、精力的な活動を続ける歌手・谷村新司さんがゲスト。
◇番組内容
デビューから40年以上、常に第一線で活躍し続けているように見える谷村さんだが、実は10年前全ての仕事を辞めた“空白の時”があるという。アリスの活動休止以降もソロとして多くのヒット曲を生み出し、アジア各国でもツアーを行うなど、年間100ステージ以上をこなしていた谷村さんの身体に異変が起きたのは55歳の時。帯状疱疹に苦しみ、それでもツアーを続ける彼に、事務所の社長でもある妻・孝子さんがかけた言葉とは…
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
◇解説放送
小松靖(テレビ朝日アナウンサー)

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
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