イギリス南東部の都市…私たちの通うオックスフォード大学の創設は今から900年以上前。
英語圏では最も古い伝統を持つ大学として知られます。
歴代のイギリスの首相やノーベル賞受賞者など卒業生はさまざまな分野で歴史に名を残してきました。
世界を変えるような新たな発想や発見を追い求め僕たちも日々その探究に挑んでいます。
この大学に抜群の知名度でイギリス中に知られる数学者がいます。
「群論」や「数論」など最先端の研究を続けながら数学の魅力を伝える啓蒙活動にも力を入れています。
デュ・ソートイ教授は今回番組のために地元の市民も招いた全4回の特別講義を行いました。
不思議に満ちた数学の世界を身近な例えで分かりやすく解説。
天才数学者たちが挑んだ難解な理論をデュ・ソートイ教授が愉快で刺激あふれるエンターテインメントに変えていきます。
今回の講義では数学と芸術の世界とのつながりを解き明かします。
数学と科学とのつながりであれば説明するまでもないでしょう。
でも音楽や絵画を生み出す芸術家と私たち数学者の間にも実は驚くべき関連性があるのです。
さまざまなエピソードを紹介しながら多くの芸術家が実は「隠れた数学者」である事を明らかにしましょう。
(拍手)学生時代私たちはしばしばある選択に迫られる。
シェークスピアか熱力学ドビュッシーかDNAかルーベンスか「相対性理論」かつまり芸術か科学かという選択だ。
私はこのような二者択一を迫られる事にとてもいらだちを覚えた。
例えば私は学校でトランペットを習い始めオーケストラで演奏するのが楽しみだった。
芝居や演劇にも興味を持った。
つまり芸術的な事にとても惹かれていた。
でもちょうどトランペットを始めた頃私は科学の世界にも夢中になっていった。
私たちがどこから来てどこに行くのか世界を解き明かしてくれる数学や科学というものに本当に夢中になった。
だからどちらの道に進むのか決めるのはとても難しかった。
そもそもどちらかしか選んではいけない事に納得がいかなかった。
でも結局はトランペットの演奏よりはまだ計算の方が上手にできたので私は数学の道を選んだというわけだ。
そうして私は数学教授になったのだが実は芸術の世界とも関わりを持ち続けてきた。
私は芸術と科学を区分けする事はやはり間違いではないかとますます考えるようになった。
芸術と科学の間にはあまりにも多くの共通点があるんだ。
そして数学はある意味両者をつなぐすばらしい架け橋なんだ。
そこで今日の講義では私のお気に入りの芸術家たちを紹介しよう。
そして彼らの創作が実は数学者として私が研究している内容ととても似通っている事を解き明かしたい。
今日紹介する芸術家たちはいわば「隠れた数学者たち」と呼ぶにふさわしい数学のひそかな実践者たちばかりだ。
まずは数学と伝統的に深い関わりを持つ芸術の一つ「音楽」から始めよう。
音楽と数学の関係についてはよく知られている。
今日まず紹介する隠れた数学者は20世紀の音楽家で私が大好きな作曲家の一人オリビエ・メシアンだ。
メシアンは数学のとりこになっていて自分の音楽にたくさんの数学的要素を取り入れた。
大抵は意識的に。
でも時には無意識にやる事もあった。
私のお気に入りの曲でもメシアンはある特殊な効果を出すために数学を極めて意図的に使っている。
「世の終わりのための四重奏曲」という曲だ。
彼は第2次世界大戦でドイツ軍の捕虜になった。
これは彼が収容所の中でおんぼろのピアノを弾きながら書いた曲だ。
収容所には他にバイオリンクラリネットそしてチェロの演奏家がいた。
そこで彼ら4人で演奏するための四重奏を作曲したというわけだ。
この曲には当時の彼らの不安な心情が反映されている。
第1楽章「水晶の典礼」でメシアンは収容所を覆う果てのない時間の感覚を表現しようとした。
そして驚く事に彼は不安感や永遠に終わらない時を演出するために数学の知識を用いたのだった。
曲はクラリネットとバイオリンによる鳥の歌のような主題から始まる。
驚くべき数学が用いられているのはピアノのパートだ。
秘められたパターンに注目が必要だ。
ピアノパートは17音のリズム進行が何度も何度も繰り返される構造だ。
一方和音は29音で曲全体を通して繰り返される。
29の和音が何度も繰り返されるんだ。
特筆すべきは17と29という数字だ。
これらはいずれも素数だ。
メシアンがこれらの素数を意図的に使ったのは明らかで17音のリズムと29の和音はそれらを掛け合わせた公倍数になるまでタイミングが合う事がないんだ。
もちろんその前に曲は終わってしまう。
素数同士でなければこうはならない。
曲を聴いただけではメシアンが素数を使って作曲している事を知るのは難しい。
でも彼が作り出した不安感や永遠に続く時間の感覚は感じ取る事ができるはずだ。
では聴いてみよう。
17と29という素数の働きに耳を澄ませてほしい。
ピアノの17音はここまで。
一方で29の和音はまだ途中で追いついていない。
ここで29の和音が終わりまた繰り返す。
でも17のピアノの音は全然違う場所だ。
これが延々と続いていく。
リズムと和音の調子はずれっぱなしでずっと続けても2つのタイミングがそろう前に曲は終わってしまう。
このエピソードはとても面白いと思わないかい?素数の謎には現代の多くの数学者たちが取りつかれている。
私たちはまだ素数を解明しきれていない。
ところがこの音楽家は素数が持つ特性をうまく使って芸術を作り出した。
更に興味深い事はこうした芸術家と数学者が共通して使う数学はしばしば自然界でも見られるという事だ。
素数の持つこのような特性を利用した生き物が自然界にはいる。
以前に話した北アメリカの森に生息するとても奇妙なセミだ。
そのセミはメシアンととても似た方法で素数を使っている。
このセミが持つ17という数は音のリズムではなく17年の周期で現れるという事だ。
17年の周期を持つ事でこのセミは異なる周期で現れる天敵を上手に避けているのだと考えられている。
メシアンの曲に例えるとセミがピアノのリズムで天敵は和音だ。
17と29という素数同士の周期だからこそ両者が出会う事はめったにない。
北アメリカの森でセミが使っている素数の法則をメシアンも使っているというわけだ。
メシアンのような作曲家はいわば数学者たちの本棚から数学の知識を学び自分の音楽に応用した。
でもそういう例ばかりではない。
時には芸術家の方が数学者より一足先に数学的な発見をする場合もある。
次に話すのはそうした例の一つだ。
この数列の次にくる数が分かる人はいるだろうか?正解は34だ。
これはとても有名な数列で前の2つの数字を足すと次の数になるというものだ。
知っている人も多いだろう。
小説「ダ・ヴィンチ・コード」にも登場する。
これは「フィボナッチ数列」だ。
12世紀のイタリア人数学者フィボナッチの名前から取られ彼はこの数字が自然界でとても重要だと気付いた。
松ぼっくりやパイナップルに見られる螺旋カタツムリの殻の巻き方花びらの枚数などどれもこのフィボナッチ数列に関係している。
フィボナッチはウサギが世代を重ねて増えていく法則をこの数列を用いて説明した。
ウサギの増え方を数学的に解き明かしたのだ。
まず1組のウサギのペアから始めこれが子ウサギを産める大人に成長するまでに1か月かかる。
すると2か月目には新たなウサギが誕生する。
3か月目には更に生まれ子ウサギも次に子供を生めるようになる。
一方元の親ウサギは毎月新たなウサギを産み続ける。
ちなみにこのウサギたちは…不死身だ。
数学者たちにとってそうでないと都合が悪いからだ。
でもそう考える事で驚くべきパターンを見つける事ができた。
フィボナッチが解明しようとした自然のルールは最初複雑に見えた。
でも彼はウサギが世代を重ねるごとに数がどう増えていくかそのパターンに気付いた。
前の2つの世代の数を足せば次の世代の数になるというわけだ。
ところがこれは本来フィボナッチ数列と呼ばれるべきではないのかもしれない。
この数列を最初に発見したのはフィボナッチではなく実はインドの芸術家音楽家や詩人だったのだ。
彼らは音で作る事ができるリズムの種類を解明しようとしてある問いを立てた。
「私たちは同じ長さの音を使っていくつのリズムを作る事ができるだろうか」と。
例えば4拍分の長さを2拍分の長い音あるいは1拍分の短い音で作る場合何通りの組み合わせが可能か?まずは「4つの短い音」。
あるいは「短い短い長い」。
「短い長い短い」。
「長い短い短い」。
それに「長い長い」。
だから全部で5種類だ。
ではそれ以上だとどうなるだろうか?長い音と短い音の組み合わせは何通り可能だろうか?全部試してみてもいいがインドの芸術家たちはこの組み合わせにあるパターンを見いだした。
それこそがまさしくフィボナッチ数列だった。
例えば全部で5拍だったらどうするか?考え方としては4拍の場合の全ての組み合わせを基にしてそれぞれの先頭に短い音を足す。
更に3拍の場合のものには長い音を足す。
それらが組み合わせの全てだ。
するとその数は前の2つの数を足し合わせたフィボナッチ数と同じになるというわけだ。
インドの詩人や音楽家たちはこの数列がさまざまなリズムの可能性を解き明かすとても便利なものだと知っていた。
フィボナッチが発見するよりも先にヘマチャンドラが著作の中でこの事について書いている。
だから本来は「フィボナッチ数列」ではなく「ヘマチャンドラ数列」と呼ぶべきなのかもしれない。
いずれにせよこれはとても興味深い。
芸術家が自分の分野について深く理解しようとして見つけた法則が実は数学における最も有名な数列でもあったという例だ。
これまでの話は主にリズムつまり「数え方」についてのものだった。
数学と音楽のつながりを微積分法を発明した一人ライプニッツはこう表現した。
私もトランペット奏者としていつも自分のパートの数を数えている。
ほとんど休止符なんだけど。
とにかく「数える」という事は音楽にとって欠かせない。
それは音楽の中に組み込まれたあるパターンを探す事でもある。
音楽を聴いている時君たちは何かしらのパターンを無意識に探しているはずだ。
「今の音は前の音とどんなつながりがあるのか?」。
「曲はどのように変化しているのだろう?」というふうにだ。
作曲家のシェーンベルクはそれまでの音楽の調和を壊したい長調や短調といったものから自由になりたいと考えていた。
そこで彼は……と考えた。
彼は言った。
「まず音符を何か面白い順番魅力的なテーマになるように並べてみよう。
それから数学を使ってそれに変化を加えいろんなバリエーションを作ってみるんだ」。
そうやって彼はいろんなバリエーションを作っていった。
例えばテーマのそれぞれの音を全て半音ずつ上げていく。
この時一番高い音が五線譜の上を突き抜けてしまう事がある。
その場合は五線譜の一番下から出てくるという具合に書き換えていく。
すると12通りのバリエーションが生まれる。
これらはお互いに数学的な関連を持ったものだ。
こんなやり方もある。
真ん中に垂直の線を引いて左右をひっくり返す。
するとテーマを逆から演奏したように聞こえる。
あるいは上下反転させる事もできる。
つまり天地逆さまにして演奏するようなものだ。
実はあのバッハもこうした数学的な仕掛けを好んで使った。
ただシェーンベルクの方が体系的な数学的アプローチで挑んだ。
変形させつつお互いに関連性を持った48通りのバリエーションを作り上げたのだ。
数学者に言わせればこれは「シンメトリー」つまり「対称性」の操作を加えたのと同じ事だ。
だから私だったら「これはテーマについての『位数12の二面体群と位数2の巡回群の積』だ」と説明するが何の事だか分からないだろう。
では最初に取り上げたメシアンに戻ろう。
メシアンが全く無意識にある数学的構造を自分の曲の中に再現した美しい例がある。
彼は全く芸術的な発想からある12音の並びを2つ作りそれを利用して曲を構成した。
「火の島