あのクラシックの名曲をあなたのものに。
人生を豊かにしてくれる一曲を一緒に見つけませんか?「ららら♪クラシック」今回は…。
(「きよしこの夜」)クリスマスといえばこの歌「きよしこの夜」。
この歌は今からおよそ200年前オーストリアの小さな村の教会で生まれました。
作曲家グルーバーから村人へのクリスマスプレゼントだったこの曲。
どのようにして世界中で歌われるようになったのでしょうか?日本に伝わったのはおよそ100年前。
その当時からこの歌を歌い続けているのは…・「きよし」百年にわたって歌い続けてきたこの曲への思いとは…。
更に1995年それまで見つかっていなかった作曲当時の貴重な楽譜が発見されます。
今日はクリスマス特集。
「きよしこの夜」にまつわるとっておきの物語をお届けします。
「ららら♪クラシック」今日はクリスマスといえばこの歌「きよしこの夜」です。
この曲を知らない人はいないと言ってもいいくらい有名なクリスマスソングですけれども私も小さい頃からよく歌ったりピアノで弾いたりして大好きな曲ですけれども何となく衣良さんがこの曲を口ずさんでるイメージができません。
あのね僕この歌ほんとにそう言われたら歌った事一度もないかもしれません。
でもやっぱり聴くとね街のイルミネーションとともに…。
気持ちいいクリスマスの気持ちになりますよね。
さあこちらのゲストの方は今日はいかがでしょうか。
春香クリスティーンさんです。
(一同)よろしくお願いします。
いやあ多分無意識のうちにでもすごくなじみの深い曲だなっていうのは思ってて今ドイツ語で流れてましたけどほんとにドイツ語でずっと聴いてて物心が付いた頃から家族で歌ったり…クリスマスの時に。
学校で歌ったり。
頭の一節ってドイツ語でいけます?今。
分かりました。
おお〜!いいですね。
みたいな感じでみんなで歌うのが…。
番組の最後に歌いません?いやいやいや…。
さてこの歌はオーストリアで生まれたんです。
まずは誕生の物語から見ていきましょう。
この歌が誕生したのはオーストリアのザルツブルク州にある小さな村…今からおよそ200年前この村の教会にモールという若い神父が働いていました。
「モールさんこんにちは」。
「こんにちは今日は寒いですね」。
明るく人づきあいのよいモールは村人からとても愛されていました。
今日はクリスマス・イブ。
一年で一番村が盛り上がる日です。
モールは村人たちのために新しい歌を披露する事を思いつきました。
そこで教会でオルガンを弾いてくれているグルーバーに自ら書いた歌詞に曲をつけてほしいと依頼します。
突然の事でグルーバーは一瞬ためらいましたが一緒にイブを盛り上げようと急いで曲作りに取りかかります。
そしてその日の夜2人は出来たばかりのこの歌を村人の前で歌ったのです。
(ドイツ語で)伴奏はグルーバーのギター。
この歌は村人たちにとても喜ばれました。
「きよしこの夜」は貧しくもひたむきに生きる人たちへ2人からのささやかなクリスマスプレゼントだったのです。
この歌が小さな村を飛び出すきっかけをつくったのは一人のオルガン職人でした。
「きよしこの夜」の評判を聞きつけ…オルガン職人はオーストリアの山岳部チロル地方の出身でした。
この地方は家族で歌を披露するファミリー合唱が盛んでした。
当時人気があったのが…彼らはヨーロッパ各地を旅しながら自分たちで作ったヤギの手袋などの行商をし歌も披露していたのです。
そして1831年ドイツのライプチヒを訪れた際「きよしこの夜」を歌ったようです。
誕生からおよそ20年後この歌は海を渡ってアメリカに伝わります。
同じくチロル地方のファミリー合唱団ライナー一家がニューヨークで歌った事が記録に残っています。
(「きよしこの夜」)やがてこの歌は…小さな村でクリスマスプレゼントとして誕生した歌はその後宣教師たちによって世界中へと広められていくのです。
すごいですね。
最初はだってオーストリアの小さな村から始まりそのチロル地方にいたファミリー合唱団がヨーロッパを旅していくごとにちょっとずつ広まって今ではもう世界各国で知られてるわけですよね。
面白いですよね。
ただ「シュトラッサー兄弟姉妹団」っていいですね。
なんか響きがいい。
使いたい感じすごく。
でも本当にそうやって小さなところから作詞者と作曲者が歌って聴かせたところからの始まりっていうね味わい深いお話。
そう考えると大きな力が何も働いてないですからほんとに曲の力自体でこれだけ広まったんですね。
すごいですね。
音楽ってやっぱりすごいですよね。
ところで春香さんスイスのクリスマスというのはいかがですか?多分日本とだいぶ違うなって感じる部分が多くあってまずはクリスマスの日っていうのが24…5辺りだけじゃなくて…それはどれぐらい前から始まるんですか?大体12月に入ったら。
じゃあもう1か月弱ぐらいずっと続いていくんですか?いろんなものがありますね。
例えば学校では「wichteln」っていうイベントをやったりしてそれはくじ引きでプレゼントを渡す相手を決めるんですね。
でもそのプレゼントを決まった相手にどうぞって渡すんじゃなくてこっそりばれないように机の下に隠したり靴の中に隠したり何回も隠して…お手紙を添えて。
で全然気が付かない時にパッと机の引き出しとかなんかを見たりすると入ってたりする。
そうです。
だから毎日ウキウキですよねその季節って。
「今日もしかしたら何かもらえるかも」っていう。
早めにクリスマスプレゼントをもらった気持ちになりますね。
クラスじゅうでやるんですか?クラスでやったりしますね。
なんか楽しそうだね〜。
やっぱり全然違うんですね。
そこでやっぱりクリスマスの歌っていうのは絶対に必要不可欠な演出の作品ですよね。
大事ですよね。
さて世界で広まっていったこの歌続いては日本でどのように広がっていったのかを見ていきましょう。
創立129年の歴史を誇る…この教会は1886年明治19年アメリカ人宣教師ランバスが設立しました。
・「きよし」「きよしこの夜」は賛美歌の一つとして彼らアメリカ人宣教師によって日本に伝えられたと考えられています。
・「ひかり」1909年明治42年に作られた…「きよしこの夜」が初めて日本の賛美歌集に収められました。
当時神戸栄光教会でこの賛美歌を歌っていた一人の少年がいました。
その少年とは…。
御年103歳。
日野原さんのお父さんは当時神戸栄光教会の牧師を務めていました。
(日野原)私が4歳でしたからね。
その教会や幼稚園で「きよしこの夜」はねクリスマスになると歌ってたのを今思い出しますね。
クリスマスツリーが飾られてねそこでこの歌を歌いますとね実感が非常に出ましてね…もう約100年…私ほどね日本人で長い間歌い続けた人は日本にいないでしょう。
日本に伝わってからしばらくはクリスマスに歌う賛美歌として定着していたんですね。
そんな「きよしこの夜」が日本全国で歌われるようになったきっかけの一つは戦後音楽の教科書に採用された事でした。
戦争で傷ついた人々も徐々に立ち直りクリスマスを祝う余裕も生まれてきました。
子供たちが学校で習ったこの歌を家族や仲間と一緒に歌う。
そんな習慣が宗教の枠を超えて全国に広がっていったのです。
・「きよし」日本人みんなのクリスマスソングとなったこの歌は後に震災で被害を受けた人々を勇気づける役目を果たす事になります。
・「うけし」1995年1月17日。
阪神・淡路大震災によって神戸栄光教会も全壊してしまいました。
人々は仮設のテントを礼拝堂としクリスマスには「きよしこの夜」を歌って励まし合ったといいます。
震災から9年後の2004年ようやく以前と同じ赤煉瓦の教会が完成。
その年のクリスマス・イブは出来たばかりの教会の玄関で「きよしこの夜」を合唱しました。
(清水)聖歌隊が賛美歌を歌ってリードするんですけどもやはりその中でもですね「きよしこの夜」というのはその年経験してきた事10年前まで経験してきた事そういった事をほんとに思い起こさせるような…「きよしこの夜」をみんなで歌えてたっていうのはすごい守られてきたものだなと思って。
だからそれがすごい今…。
あまり一曲一曲に対して振り返る機会ってないんですけども…明治時代日本に賛美歌として伝わってから100年余り。
「きよしこの夜」は常に人々の気持ちに寄り添いながら歌い続けられているのです。
日本ではまた独自の進化をしているんですね。
また宗教っていうものを超えてみんなになじみ深い曲になってるんですね。
だけど仮設の教会で歌う「きよしこの夜」みんなの胸にしみたでしょうね。
そうですよね。
でも明治に伝わって100年近くって日野原先生は本当にもう生き証人のような。
そうですね。
すごいですよね。
本当に世界記録かもしれませんね。
さあ突然ですがここで「ららら♪クイズ」です。
これから聴く「きよしこの夜」は何語で歌われているでしょうか?まず最初はこちら。
おお〜。
さあ春香さんいかがですか?なんかアジアですよね。
はい。
やった〜!すばらしい。
では続いて第2問こちら。
ええ〜どこだろう?ちょっと難しいかも…。
全然見当がつかないですね。
どこだろう?ピンポン!すごい。
おお!ほんとですか?さすが国際派。
でも春香さんこの「きよしこの夜」が一体どれぐらいの数の言語で訳されてるか分かります?でもだって中国語もロシア語もあったら相当ありますよね?ヨーロッパもほとんどでしょうしね。
20ぐらい?これ実はですね…えっ!?今結構当てにいったつもりだったんですけど…。
ちょっとねこちらをご覧頂きたいんですけれどもこちらアメリカの北部ミシガン州にあるクリスマス・ワンダーランドという所に白い立て看板のようなものがずらっと並んでますよね。
このプレートにさまざまな言語で「きよしこの夜」の歌詞が記されているんですね。
ちょっとねメロディーの一節があって。
アラビア語。
へえ〜!この施設の方のお話ではこの看板を設置した時点では311言語の歌詞があったそうです。
だって国の数を超えちゃうって事ですよね。
学校なんかだと3番ぐらいまで歌いましたね。
でももともとはもっとたくさん歌詞があったんです。
1995年オーストリアのザルツブルクで「きよしこの夜」を巡る一つの発見がありました。
それがこちら…。
これを見ればこの歌がもともと6節まであった事が分かります。
長年「きよしこの夜」を研究してきた…彼女が注目したのはそこに記された「1816」という文字でした。
モールがこの歌詞が書いた1816年とはどんな年だったのでしょうか。
19世紀初頭ナポレオン戦争の嵐の中でザルツブルク周辺はフランスドイツイタリアオーストリアと目まぐるしく支配者が代わり長い間混乱が続いていました。
その混乱がようやく落ち着いたのが1816年でした。
ウィンクラーさんが特に注目したのは日本ではあまり歌われる事のない第四節です。
そこには……という歌詞が登場します。
この歌が書かれてからおよそ100年後ヨーロッパ全体を巻き込んだ第一次世界大戦の戦場にモールの思いが届いた瞬間がありました。
フランス北部からベルギーへと続くドイツとの国境線。
ここは塹壕を掘って敵味方がにらみ合う激戦地でした。
この戦場で1914年のクリスマス・イブの日モミの木を持ったドイツ兵が「きよしこの夜」を歌いながら塹壕から出てきたといいます。
最初は戸惑った敵国フランスやイギリスの兵士たちもよく知るこのクリマスソングを聴いて共に歌い敵味方を超えた交流が始まったというのです。
いわゆる「クリスマス休戦」です。
「きよしこの夜」はほんの僅かな時間とはいえ戦場に平和を取り戻した歌でもあったのです。
願わくば…モールのメッセージは200年近くたった今もなお色あせる事なく私たちの心に訴えかけてきます。
すっごくグッとくる話ですね。
第四節にそんな思いが込められていたって事そのパワー確かにこの「きよしこの夜」ってすごく静かな曲ですけどそういう多分意味もあってこういう静かな落ち着いた心が安らぐような曲になったのかなって思いますね。
ですからモールとしても神様に仕える者としてその同じ神を信じている人間同士が殺し合うのが耐えられなかったんでしょうね。
やはり戦争が続きましたからね。
そう考えるともちろんすごくいい曲なんだけれどもう一度この曲の最初持っていた意味っていうのを考え直す時機にきてるのかもしれませんね。
それではグルーバー作曲「きよしこの夜」。
今日は「ららら♪クラシック」スペシャルバージョンという事でドイツ語の歌詞と日本語の歌詞を交え日本ではあまり歌われる事のない第四節を含めてお聴き頂きます。
(ドイツ語で)
(ドイツ語で)
(ドイツ語で)
(ドイツ語で)・「きよしこの夜」・「星はひかり」・「すくいのみ子は」・「まぶねのなかに」・「ねむりたもう」・「やすらかに」
(拍手)いやあ…ほんとに泣きそうになるぐらい感動しました。
ドイツ語と日本語と両方ね歌われてたからスイスにいた頃のクリスマスの幼い頃の思い出から今日本に来るまでの思い出が全部フラッシュバックしたような感じがして。
人生があふれかえってしまいましたね。
ドイツ語版で聴くとなんか厳かな気分になりますよね。
よりそうかもしれないですね。
日本の方もなりますか?そうなります。
でちょっと日本の歌詞になると意味が分かるんでほっとします。
私はドイツ語で聴いててもちろん意味分かるから厳かな感じと日本語になった時に一応知ってはいたんですけどこうやって世界に伝わったんだなっていう感動を覚えて…。
200年かけて世界中に広まったんですもんね。
いいメロディー音楽の力ってすごいですね。
あったかい気持ちになりましたね本当に。
もうすぐクリスマス。
「きよしこの夜」皆さんも是非歌ってみて下さいね。
「SWITCHインタビュー達人達」。
本日はバカリズムが登場。
バカリズムさん。
2014/12/20(土) 21:30〜22:00
NHKEテレ1大阪
ららら♪クラシック「クリスマスソングに込めた平和への祈り〜“きよしこの夜”」[字]
クリスマスソング「きよしこの夜」誕生から世界に広まる軌跡と平和へのメッセージ。日本での百年を越える歴史。103才の医師 日野原重明氏も歌い、曲への熱い想いを語る
詳細情報
番組内容
クリスマスソング「きよしこの夜」はオーストリアの小さな教会の神父が作詞し、オルガニストが作曲したささやかな曲だった。この曲がどのようにして世界に広まったのかその軌跡をたどる。日本に伝わったのは明治時代。賛美歌に収められ徐々に広まる。聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏は当時から歌い続けている一人。さらに、1995年に発見された作詞者の自筆譜から明らかになった作詞者が歌詞に込めたメッセージを紹介。
出演者
【出演】春香クリスティーン,ギター…パク・キュヒ,オルガン…上柴はじめ,合唱団…東京混声合唱団,【司会】石田衣良,加羽沢美濃,【語り】服部伴蔵門
ジャンル :
音楽 – クラシック・オペラ
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
劇場/公演 – ダンス・バレエ
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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