(テーマ音楽)茨城県鹿島港に面した全国でも有数のシェアを占めるサイロ会社です。
家畜の餌となるトウモロコシや小麦などの飼料を輸入してサイロに貯蔵し関東各地に供給しています。
サイロ会社の総務部長を務める…会社の設備が壊れた状況の中飼料の供給に全力を挙げました。
あの日大盛さんは出張から戻る途中港に向かう橋の上で経験した事のない強い揺れに見舞われます。
会社の対岸にある製鉄所ではガスタンクが爆発し火災が発生。
大盛さんは会社に急ぎます。
会社のすぐ近くまで来ると避難を始めた従業員たちがちょうど出てきたところでした。
大盛さんも一緒に避難します。
避難先は500mほど内陸にある空き地。
この地区には高台がなく近くの工場からも数百人が逃げ込んできました。
避難して数分後異様な光景を目にします。
津波で海面が5mほど上昇し船が次々と漂流し始めたのです。
荷揚げ途中の船も漂流。
貨物船に取り付けた荷揚げの設備は停電で外せなくなり貨物船に引きずられて大きく壊れました。
津波は避難先の空き地までは来なかったものの要となる荷揚げ設備が壊れた事で操業ができない状態になりました。
これがですね当時の資料になるんですけれど…。
餌となる飼料の供給が止まれば関東地方で飼育されている数十万頭の家畜の命に関わります。
大盛さんは入港予定だった船を被害の少なかった港に回しほかの会社の協力を仰ぎながら飼料を供給し続けます。
1か月後に操業を再開するまでギリギリのところで切り抜けました。
会社では震災後自家発電機を導入。
停電しても荷揚げ設備を動かせるようにしました。
また津波に備えた避難先は空き地ではなく高さのあるサイロの5階以上と決めました。
2014/12/04(木) 10:50〜10:55
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「茨城県神栖市 大盛浩典さん」[字]
鹿島港に面したサイロ会社に勤める大盛浩典さん。津波で会社の設備が壊れた状況の中、他の会社の協力を仰ぎながら、家畜の飼料の供給に全力をあげた。
詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した人々の「あの日」の証言。鹿島港に面したサイロ会社に勤める大盛浩典さん。出張から戻る途中で地震に襲われ、急いで会社に戻り他の従業員と避難した。津波で貨物船に取り付けた荷揚げの設備が壊れて操業ができない状況の中、他の会社の協力を仰ぎながら、家畜の飼料の供給に全力をあげた。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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