こんにちは、YU@K(@slinky_dog_s11)です。
さて突然ですが、「特撮オタク」が市民権を得ているかと問われたら、同族の皆さんの多くがNOと答えるのではないだろうか。
そもそもオタクの市民権という話までさかのぼるとこんなブログの記事ひとつでは消化できない程の闇がそこには広がっている訳だが、大雑把にいってしまえば、“オタク”という生物は十数年前よりは生きやすくなっていると思われる。
それは例えばエヴァンゲリオンのように社会現象にまでなったオタクカルチャーの存在であったり、我々が日常的に使うインターネットやスマホの発達であったり、電車男やまとめブログといった一般層に向けた矢印が発生したりと、考えうる背景は沢山挙げることが出来る。
オタクを周囲に公言して生きている人も増えたと思うし(体感調べ)、むしろそれを一概に厭わない空気が育ってきたことは、私自身も助けられた事が多々ありありがたいと思っている。
だがしかし、一般人(非オタクの方々)の想像する“オタク”とは、その多くが“アニメオタク”である。
いわゆる「萌えアニメ」や「深夜アニメ」を愛好し、美少女フィギュアを買い、ファッションに無頓着で、家に帰ればPCとポスターに囲まれている。(あくまで一般的にありがちなイメージ)
しかしそれはおそらく大きくは間違いではないし、その割合はオタク全体の中でも最多であろう。
そんな大きな大きなくくりの“オタク”生態の中で、最多層のアニメオタクより希少でありながら確実に存在するのが、「特撮オタク」という生物である。
「特撮」の定義論から話を展開するとこれまたそこには闇が広がっているので、この記事における「特撮オタク」は「ヒーローや怪獣が出てくる番組や映画を好む者達」くらいにゆるく定義するとして…。
私もご多分に漏れず“特撮オタク”という生物であると自負しているが、これがまた非常に、生き辛い。
前述のように「オタクは以前に比べ市民権を得た」状況であってもやはりオタクは社会的弱者である事は変わらない訳で、特撮オタクとなると更にはそのオタク生態の中でもアニメオタクより数的弱者がインターネットの端で寄り固まって生きているのだ。
別に数が多いから偉いとか少ないからどうとかそういう訳ではなく、やはり、自分たちより市民権を得ているオタクジャンルというのは、少し羨ましい。
アニメオタクが仮に「自分オタクなんだよ」と周囲に公言したとすると、一般人からは「アニメとか見てるんだ?」と聞かれ、「そんな感じです」と別に濁す必要もないのにボカした返事で肯定するのだろう。
これが特撮オタクとなると、「アニメとか見てるんだ?」に対して「あ、いや…アニメも…見るんだけどね、まあ、メインはそっちじゃない…というか…」などと訳の分からない小声を発するという顛末に陥ってしまう。
これはつまりどういう事かというと、決してアニメオタクが上で特撮オタクが下とかそういう話ではなく、一般人の頭の中には「特撮オタク」という概念があまり存在しないのである。
アニメオタクなら、共感できずとも理解できる。それがいわゆるテンプレの“オタク”だから。
しかし特撮オタクとなると、まず「“それ”(特撮オタク)はなに?」という疑問を持たれてしまうのである。
特撮オタクという生物は、一般人にとって中々にイメージし難いものなのだ。
▲一般人の「概念の端っこ」に存在するアニメオタクと、「概念の外」に存在する特撮オタク。(筆者主観)
オタク業界の中では「いい年してアニメを観てる」と「いい年して特撮を観てる」は同列に語られるが、一般社会における風当りは同列ではない。
「大人向けのアニメが存在する」という概念は近年少しずつ確実に定着してきたが、「大人向けの特撮が存在する」という概念は一般社会ではペラペラのパチンコ屋のチラシより薄い。
かといってオタクの全員が“大人向けの”を楽しんでいる訳ではないが、「大人向けの作品が存在する」という免罪符は時にオタクの大きな武器となり得るのだ。
とはいえイケメンヒーローブームやパチンコで牙狼が流行ったりと十数年前に比べれば確実に特撮オタクが生きやすい桃源郷への道は開かれているので、悲観ばかりしてもしょうがない、という考え方もある。(ただしその道のりは非常に遠く険しい)
誤解を招きたくないので再度書くが、アニメオタクと特撮オタクの優劣を語るつもりは毛頭無いし、アニメオタクなのに生き辛さを味わい苦汁を舐めている人は全国に無数にいると思っている。(兼任している人も沢山いる)
だがそれよりも少しだけニッチなオタクジャンルの愛好家は、一般人の概念の外でもう少しだけ生き辛い生活を送っているかもしれない、という可能性の話である。
そして特撮よりもっともっとニッチで私すらも「え?そんなのあるの?」と言ってしまうようなオタクジャンルだって、絶対にあるのだ。
そのような予防線を幾度にも張った上で、私の冒頭の主張である「特撮オタクはまだ市民権を得ていない」というテーマが、やっとこさ長い長い前フリとして機能するのである。
かくして何の話かというと、このたび2014年の11月に発売となったコミック「トクサツガガガ」のレビューである。
この漫画、スピリッツで連載が始まった当初、特撮オタク界隈(というインターネット)の一部で話題となり、この度めでたく1巻が発売された事で広く知られるようになった。
公式サイトの作品紹介をそのまま引用すると…
好きだからバラせない!? 隠れ「特撮オタク」OLの爆笑デイズ!
仲村さんは26歳のOLさん。職場では女子力が高いと見られているけど、実は“女死力”たぎる「特オタ(特撮オタク)」! オタバレが怖くて、一人ぼっちでコソコソしながら生きてるよ。人目につかないフィールドのカプセルトイを求めて街をさすらったり、一人カラオケで“特ソン(特撮ソング)”歌いまくったり… ヒーローの言葉を胸に、今日も進むよ「特オタ」道!
…という内容で、言ってしまえば「オタク生態漫画」である。
「オタク生態漫画」、もしくは「オタク生態アニメ」は近年数を増し、例えば有名なものでいえば「らきすた」だってそうだったように、「オタクであること」がコンテンツによってはステータスというか、“オタクのオタクによるオタクのための”という商売がストレートに成立する風潮が色濃くなってきており、“あるある”の共感を得やすいという点でも上手い商売のひとつに数えられるようになってきた。
だが「アニメオタク」や「漫画オタク」のその類のものはあっても、「特撮オタク」に絞ったものは中々数が少ないという現状があり、言うならば数年前の「非公認戦隊アキバレンジャー」が新しくウケたのにはそういう背景があったからではと推測される。
もっと言ってしまえばそれらは当然の事で、社会的にマイノリティであるオタク文化の中で更にマイノリティな特撮オタクに絞った作品を打ち出して、さてどれほどのリターンがあるのか、という話である。
そういう視点で語ればこの「トクサツガガガ」は、一昔前に比べて「ストレートにアニメオタクを狙い撃つ作品」が増えてきた次の段階、「ストレートに特撮オタクを狙い撃つ」ような作品たちが大挙として押し寄せるその最初の波の一端なのかもしれない。
数あるオタク文化の中の“市民権順番待ち”として、もしかしたら特撮オタクは中々良い位置にいるのかもしれない。
…などと楽観視してしまう程に、この「トクサツガガガ」は面白い。
こちらで第1話を丸々試し読み出来るのでぜひ興味のある方は読んで欲しいが、この漫画、ご想像の通り「特撮オタクあるある」が物語の主軸である。
だがしかし単にそれによるギャグ漫画で終わっていないところがこの作品の面白い部分で、要は「特撮ヒーローに学ぶ」を主人公の仲村さんが実践している事こそにある。
例えば「弱きを助ける」だったり「友を裏切らない」だったり、誰もが子供の頃に学んだ「ヒーローの教え」を、正直な特撮オタクである主人公の仲村さんはどうにか現実社会の中で実践しようともがいていくのである。
お年寄りに席を譲ったり、同じオタクを助けたり、子供に優しくしたり…。
ヒーロー番組というのは子供(特に男の子)が必ず通る道のひとつであり、ヒーロー達が教えくれるあれこれは時に道徳の教科書より重い。
だからこそ、いい年して特撮を観ている自分のような人間は、そのヒーロー達の真っ直ぐさや正直さや熱さに、時に恥ずかしさや引け目を感じてしまう。
彼らのように自分たちだって、もっと正直に生きていたいのだ。
特撮ヒーロー達の教えを実践していきたいのだ。
しかし現実は甘くはなく、学校に行けば人間関係に悩まされるし、家族と衝突したりだってするし、職場では仕事に振り回され上司に怒られたりもする。
ヒーロー達の教えをいい年した大人が貫くのは本当に困難な事で、だからこそ特撮オタクは心のどこかで彼らの教えに対し無意識に目を逸らし謝りながら生きているのではないだろうか。
「トクサツガガガ」の主人公である仲村さんもそんな特撮オタクの一人で、オタク生活をひた隠しにしながら(一般人の概念の外で奮闘しながら)、しかし我々と違ってヒーロー達の教えをなんとか実践しようと頑張っている。
そのある種の“特撮オタクの理想像”に憧れと興奮と仄かな感動を覚えるからこそ、この「トクサツガガガ」は面白いのである。
「やったぞ!やった!頑張れ仲村さん!(私たちも頑張らないと!)」
そしてその“特撮オタクの理想像”が決して万人に認められることのない「26歳独身オタクOL」という存在であるという究極的な虚しさが、同じ特撮オタクである読者の共感を強く招くのではないだろうか。
特撮に限らずオタクという生物は極めて面倒臭いものであり、その変態さを如実に描写する事による共感とコミカルさ、それに特撮という題材ならではの“ヒーロー達の教えを実践できるか”というエッセンスが加わる事で、この「トクサツガガガ」という作品は唯一無二の面白さを獲得している。
ヒーローショーに興味ないフリをしながら参戦したり、なんとか特撮キャラのマスコットキーホルダーを鞄に付けてみたり、その手の趣味に反発する親と対立してみたり…。
仲村さんの悩みは特撮オタクの皆が経験した事でありながら、彼女のようにヒーロー達に学んで乗り越えていけたかと聞かれたら、さてどれほどの特撮オタク達が胸を張ってYESと答えられるだろうか。
だからこそ痛快で、だからこそ感動できる。
ページをめくってひとしきり笑いつつも、私はこの「トクサツガガガ」を読んで少し泣きそうになってしまうのである。
・「トクサツガガガ」公式ページ
・ぼっちオタク女子の決定版!? 『トクサツガガガ』に共感しきり!/新人漫画編集者タカハシの調査日誌・第2回
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