こんにちは、YU@K(@slinky_dog_s11)です。
とにかく驚いています。ただただ、驚いています。
というのも本日(2014年12月8日)解禁された情報で、なんと東宝が新作の「ゴジラ」を製作するとの事です。
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【元祖「ゴジラ」完全新作として製作決定!2016年に12年ぶり復活】
配給大手の東宝はこのほど、「ゴジラ FINAL WARS」(2004)以来となる“ゴジラ”の新作映画を完全復活させ、16年に劇場公開することを発表した。
(略)
注目の「ゴジラ」新作について、上田氏は「今年のハリウッド版『GODZILLA』の成功を見届け、『やはり愛されている』と再認識し、新作製作を決意しました」と経緯を説明。15年夏以降に製作に入るといい、「脚本は開発中で、スタッフについてもまだお答えすることができない。ただ、16年の目玉作品として完全復活させます」と言葉に力を込める。日本版ならではといえる“着ぐるみ”の伝統については未定としたが、「一度ハリウッドの手にわたった『寄生獣』の権利が日本に戻り、あそこまでクオリティの高いものを作れるんだということを実証してくれた。優れたクリエイターがたくさんいらっしゃいますから、今までのノウハウを結集させながら、ハリウッドに負けない作品を作れる時期に差し掛かった」と自信のほどをうかがわせた。
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ゴジラ公式サイトでもしっかり報じられており、この一大プロジェクトがどのような「全く新しいゴジラ」を創り上げるのか、今から期待と不安で胸がいっぱいです。
などと、通り一辺倒の前フリを書き並べてみましたが、今日これから書いていくのはズバリ、タイトルの通り「特撮定義論」です。
「特撮」という言葉の定義を語りだすとそこには闇が存在し、オタク同士の無益な戦争が繰り広げられるのはその界隈にいらっしゃる方なら百も承知かとは思いますが、そこにあえて迷彩服をばっちり着込んで参戦してみようじゃないか、という記事になります。
前フリで書いた「国産ゴジラ復活」については、この戦争の最後に戦いの内容を踏まえた上で後述したいと思います。
※これから書くことはあくまで持論です。
■「特撮」ってなに?
どこから紐解くかにもよるのですが、真っ正直に、「特撮」という言葉から。
グーグルで「辞書」と検索して一番上に出てきたgoo辞書によると…
とく‐さつ【特撮】.
「特殊撮影」の略。「―シーン」
…と出てきたので、であれば今度は「特殊撮影」で検索すると…
とくしゅ‐さつえい【特殊撮影】.
映画・テレビなどで、特殊な機器・装置や技法を駆使して撮影し、実際には不可能なことや特殊な効果を画面に表すこと。また、その技術。高速度撮影・微速度撮影・ミニチュア撮影・スクリーンプロセスなど。特撮。
…との事です。
つまり簡単にまとめると「特撮」とは、「特殊な技法で実際には不可能な映像を作ること。またはその技術」であると、定義づけられると思います。
というより、ここまではあらかた問題ないと思うんですよ。
戦争が始まるのはこの後で、ここまでは平和な街ですね。
■「特撮」の具定例を挙げてみよう
はい、勃発です。ここからは闇です。
これを今読まれていて「自分は特撮が好きだ」という方は、この後どんな論調が展開されるかを見守りながら自らの銃に弾を込めている事と思います。
「特撮」と一般人(あまりオタク趣味が無い人)に聞いてみたら、果たしてどんな作品を挙げるのでしょうか。
やはり「ゴジラ」でしょうか、「ウルトラマン」でしょうか。
それとも平成シリーズが現行の「仮面ライダー」でしょうか。
東映で言えば「スーパー戦隊シリーズ」だって忘れちゃいけません。
怪獣映画だって、「ゴジラ」だけじゃありません、「ガメラ」も勿論です。
大人向けで語るなら近年は「牙狼」だって該当しますかね。
〇〇だって、××だって、△△もあって…。
これを挙げていくと、本当に日が暮れます。
先に結論じみた事を言ってしまいますが、私は、「特撮」は数えきれないほどに存在すると思っています。
良い悪いは完全に置いておいて、「着ぐるみやミニチュアこそが特撮」という論調は今も根強く存在します。
つまり着ぐるみの中に人間が入り、ミニチュアの街を壊したり他の着ぐるみと戦ったりする。
ピアノ線で戦闘機を浮かせ、爆竹で着弾を演出する。
つまるところの「巨大特撮」(ゴジラに代表される怪獣特撮やウルトラマンなどの巨大ヒーロー)を指す主張ですね。
これの起源を語りだすとこれまた別の闇に顔を突っ込む事になるのでやめておきますが、着ぐるみでぬるぬると動くゴジラが海の向こうで衝撃的だったという話は有名です。
「TOKUSATSU」「KIGURUMI」らは日本が世界に誇る重要な文化であると断言できるでしょう。
<参考>
【第8回:「GODZILLA」VFX徹底解明! ギャレス監督“着ぐるみ愛”を激白!! 怪獣に人間性を求めれば「着ぐるみ」に辿り着く】
巨大特撮とは別に忘れてはいけないのが、「戦争特撮」の存在です。
主に1940〜80年代に東宝・新東宝が手掛けた戦争映画は、歴史ある日本の文化。
人気作とされているのは「連合艦隊」「日本海大海戦」「日本のいちばん長い日」など。
つまり艦隊・戦艦・戦闘機等をミニチュアで撮影する事によって、前述の定義である“特殊な技法で実際には不可能な映像を作る”を実践している、という事ですね。
ここを掘り下げていくと「トリック撮影」と呼ばれていた時代まで遡る事になるのですが、詳しい事はウィペディア辺りの方が詳しく載っていたりします。
<参考>
【東宝・新東宝戦争映画DVDコレクション】
細かくジャンル分けをしていくと途方もないので、「巨大特撮」「戦争特撮」と並べていくとすると、やはり次は「ヒーロー特撮」でしょうか。
1958年の「月光仮面」を皮切りと表現して良いのか自信がないのですが、ともかく“等身大ヒーロー”という流れが存在します。
後に「仮面ライダー」がこの流れの看板になり、「秘密戦隊ゴレンジャー」「宇宙刑事ギャバン」といった東映製作のヒーロー達がこのジャンルのメインとなっていきます。
中でもまた昭和との諸々の違いで度々論争が起こるのが“平成ライダー”という存在ですね。
またこれは「巨大特撮」「戦争特撮」の中間に存在するともいえるのですが、「SF・パニック特撮」のジャンルもあります。
「海底大戦争」「妖星ゴラス」「新幹線大爆破」「日本沈没」「さよならジュピター」「ガンヘッド」…。
SFXやトリック撮影の技術を用いながら、怪獣や巨大ヒーローを主軸とせず、また戦争をする訳でもない、それこそ定義通り“不可能な映像”の流れです。
和製の特撮という線引きをするのであれば、この4つが大きな区分として挙げられるのではないでしょうか。
「巨大特撮」…着ぐるみやミニチュアを使用し怪獣やヒーローが活躍するもの
「戦争特撮」…艦隊や戦闘機を特撮技術で表現したもの
「ヒーロー特撮」…主に等身大ヒーローを指し、変身し戦う者達を映像にしたもの
「SF・パニック特撮」…実際に無い映像を表現したもので、上記の3つを除くもの
細かく言うと他にも「怪人特撮」や「和製ホラー(Jホラー)特撮」等あるにはあるのですが、ここでは作品の数からも考慮して取りあえず上記の4つに分けさせてください。
具体的な作品名を挙げていったので、あまり詳しくない方もイメージを持って読んでいただいている事と思います。
ここで一つ問題になるのが、前述の“和製の特撮”という書き方です。
ミニチュアやSFXを使った映像作品というくくりでいくと、洋画には無数の傑作が存在します。
超有名作で言えば「キングコング」もそうですし、猿つながり(?)だと「猿の惑星」も凄いですね。
あの特殊メイクを“実際に無い映像を表現する”以外のなんだというのでしょう。
「TOKUSATSU」は日本の文化じゃないのか、という議論が必ずここで発生します。
結論から言うと洋画の作品群も「特撮」と言えるのですが、ここで忘れてはいけない視点が「ジャンル」と「手法」の線引きです。
■ジャンルとしての「特撮」
「特撮」はその歴史の長さ故に沢山の作品を生み出してきましたが、近年この単語の意味が少しずつ変わってきてはいないでしょうか。
というより正確には、別のニュアンスを含み始めた、というのが正解かもしれません。
つまり「特撮:特殊撮影を用いられ作られた映像作品」と「特撮:日本の文化である特撮作品シリーズ」という2つのニュアンスです。
前者が言葉通りの「手法」を指しているのに対し、後者はそれによって確立された「ジャンル」としてのTOKUSATSUを意味します。
要は、ここが混同しているからオタク間戦争が起こるのです。
例えば特撮の意味を「手法」で捉えている人は、国内外問わず全ての特殊効果を使用した映像作品を特撮だと捉えるでしょう。
しかし「ジャンル」で認識している人は、例えば前述の「猿の惑星」が特撮だ!と言われると違和感を抱くかもしれません。
それは、「猿の惑星」が日本の文化である前述の4つのジャンルに該当しないから。(あえて言うなら「SF・パニック特撮」ですが、和製でない、というのがここでは大きいです)
もっと近年の例えで挙げるならば、例えばアベンジャーズ系列の「アイアンマン」という洋画があります。
さて、あれは「特撮」でしょうか?
「手法」という意味であればYESですし、「ジャンル」であればNO?となりはしないでしょうか。
パペット撮影の金字塔「グレムリン」は?
それこそが1つのジャンルと言えるかもしれない、あの「スターウォーズ」は?
「ロード・オブ・ザ・リング」や「ハリー・ポッター」は?
これは何も海を隔てた日米間の話でもなく、縦軸でも発生している事です。
つまり時間軸。
大きく言うと昭和と平成、この2つの作品群でも「手法」と「ジャンル」で「特撮」の定義における乖離が発生していると言わざるを得ません。
それは「巨大特撮こそ“特撮”だ」という人もいれば、「平成ライダーから“特撮”というジャンルに興味を持った」という人もいます。
人によって「ジャンル」の定義すらもブレブレで不確かなものなので、「特撮」の定義で揉めるのは要は“これ”なんですね。
▲なぜ「特撮」の定義で揉めるのか
…「手法」と「ジャンル」という2つの“くくり”が、日米間の横軸、昭和平成の縦軸で、縦横無尽に交錯しているから。特撮ファンは無意識に自分の認識をこの図のどこかに不確かな形で形成している。
「人によって“特撮”の捉え方は違う」と言われますが、それを丁寧に紐解くとこのような要因が浮かび上がってくるのではないでしょうか。
この個人の定義の違いが、「イケメンが出てくる平成ライダーなんて特撮じゃない」とか「ミニチュアや火薬があってこそ特撮だ!」とか「特撮は何でもアリなんだから争いはよそう」とか、諸々の主張の裏付けになっているのです。
■「特撮」ってなに? 〜その2
ここで一周して「特撮」の意味そのものに立ち返りますが、ここまでお付き合いいただいた皆さんは、改めて「特撮ってなに?」と問われたらどう答えますか。
ここからは本当に持論になっていくのですが、私は、あえて「手法」と「ジャンル」を区別して「特撮」を語る事そのものが、野暮なんじゃないかと思うのです。
そこを細かく区切っていくと、正直キリがありません。
爆発こそが特撮なのか、ミニチュアこそが特撮なのか、着ぐるみこそが特撮なのか、スーツこそが特撮なのか、…区画整理は困難を極めます。
私は、そこを強く主張して、区切って区切って、「これが特撮」「それは特撮じゃない」を繰り返して、それが何になるのかな、と思うのです。
だって、全部「特撮」じゃないですか。
全部、「特殊な技法で実際には不可能な映像を作ること。またはその技術」なんですよ、間違いなく。
つまりは、「これ“も”特撮」という考え方を、私は推していきたいのです。
暴論だと言う人もいると思います。
私の主張はジャンルという枠組みそのものに対する言及なので、この考えを推し進めていくと「特撮」というくくりは文字通り何でもありになってしまいます。
少しでも「現実に無い映像」を目指したら全部「特撮」に数える事が可能になってしまうからです。
例えば月9のラブコメドラマで交通事故のシーンがあったとして、車の動きを一瞬CGで描いたとしたらそれも「特撮」でしょうか?
私は真の意味で「特撮」をあやふやにしようと思っている訳ではありません。
が、しかし、特撮好き同士の「それは特撮じゃない」「これは認めない」という“言動”について異を唱えていきたいのです。
ここまで読んでいただいた方は、自分の中に特撮の定義が出来上がっていると思います。
それが正解なんです。自分の認識は誰よりもハッキリしていますから。
ただその後に、他の特撮ファンとの認識の溝を排他的な言動で埋めるのはいかがなものか、と思うのです。
これは特撮に限らずオタクは面倒な生き物なので、すぐにジャンルに線引きをして他者を排他的に扱いたがります。
アニメでも、漫画でも、アイドルでも、日本のオタク達はインターネットでそういう無益な戦争を日々繰り広げているのです。
他のジャンルの事は詳しくないのですが、こと私も好きな「特撮」については、前述のように「これ“も”特撮」という考え方を推し進めて行きたいと思うのです。
「それは特撮じゃない!」と叫ぶよりは、「実はこれも特撮なんだよ(グヘヘ、ハマれハマれ〜)」の方が良くはありませんか?
色々なファン層に向けて日々肥大化していく「特撮」を必要以上に区画整理するのではなく、「間口が広い」と捉えようではありませんか。
身も蓋もない言い方をしてしまうと「もっと寛容になろうぜ!」なのですが、こういう認識を持っていれば、「イケメンが出てくる平成仮面ライダーは特撮じゃない」なんて言う人を温かい目でスルーする事も可能なのではないでしょうか。
<参考>
【竹熊健太郎「女性が見る特撮は私にとって特撮ではない。特撮魂が曇る。」】
(どうも、ここが戦場の折り返しです。)
■「特撮」とCG
VFXとも言われて久しいですが、ここでは分かり易く「CG」と表記します。
「特撮」で揉めるのはまず前述の定義論ですがこれは一応の結論が出たことにしておいて、次に話題に挙がりやすいのは「CGは特撮か否か」です。
つまり、やはり「特撮」はミニチュア・爆発・着ぐるみらが原点として進化してきた文化という事もあり、CGの使用に少なからず否定的なファンがいる、という事です。
「特撮最高!CGはナンセンス!」、これがいつも特撮ファン同士の醜い火種になるのです。
<参考>
【ハリウッド版ゴジラへの反応 - CGか特撮か】
前の項で「人によって特撮の定義は異なる」と書いておいてなんですが、私は、「CGは特撮じゃない!」などという人にはグーパンチを喰らわせたい、そんな人間です。
そもそも、「CG」と「着ぐるみやミニチュア」を対極に置いて論ずること自体がおかしいんですよね。
それらは全て「特撮」を作るための「手法的選択肢」なのですから。
CGだって、むしろこちらの方が「特殊な技法で実際には不可能な映像を作る」について真正面から取り組んでいるとも言えます。
「CGか着ぐるみ」じゃないのです。「選択肢:着ぐるみ、ミニチュア、CG、etc.」なのです。
どちらが上でどちらが下という事もなく、「どれ“も”特撮」なのです。
そもそも着ぐるみよりCGの方が技法として流通したのは後年になります。
例えば初代「ゴジラ」が作られた時代に今のレベルでCG技術が一般化していたら、当時の製作チームはそれを全く使用しなかったでしょうか?
「現実にはない映像を作る」、つまり「映像で嘘をつく」という土壌において着ぐるみでもミニチュアでもCGでも、そこに差はないのです。
位置は縦ではなく、それらは全て横に並列で語られるべきだと思うのです。
だから、「CGを使った怪獣特撮なんて認めない!」とか声高々に叫んじゃうような人は、ただ単純に新しい技術という選択肢を認識できていない、ネットスラングで言うところの「老害」と片づけてしまって構わないと思うのです。
ただそれを踏まえた上で、個人の好みで「自分はミニチュアの方が好き」とか「CGを沢山使った作品が観たい」とかは全く問題ないのではないでしょうか。
それはもう至極単純な“好みの違い”なのですから。
製作側が着ぐるみが最適と思えばそれを使うでしょう。
CGが最適と捉えたらそれで画を作るでしょう。
そこに「好みの差」はあっても「ジャンルとしての優劣」は本来生まれないはずですし、生まれてはいけないものなのです。
ただそこには、お金の問題・人の問題・技術の問題が多様に絡み合っているので、簡単に並列と言い切ってしまえないところが、むしろこの論争をややこしくしているとも言えます。
2014年の「GODZILLA」は、紛れもなく「特撮」なのです。
フルCGで描かれたゴジラは国産のものとは違うアプローチと技法で作られただけに過ぎず、そこに優劣は無いのです。
「着ぐるみ特撮だけが至高!」なんて言う人には口にゲロを流し込むかのように熱線をお見舞いしてあげれば良いのです。
それは「あなたの主観」であって「好みの問題」ですよ、と。
もっと言ってしまえば、私は「トイ・ストーリー」だって広義の「特撮」だと思っていますから。
■2016年ゴジラの「特撮」に求めるもの
さて、やっと、やっとゴールが見えてきました。
「特撮」そのものの定義論から、CG批判に反論をぶつけ、そしてようやく前フリの話題に帰って参りました。
2016年の新作国産ゴジラに、何を期待して、何を求めたいのか、という事です。
ファンの間では製作発表直後から「CGか着ぐるみか」で論争が起こっているようですが、前項の内容も踏まえた上で、私は「それはどちらでも良い」と考えています。
単なる手法や技術の違いなので、面白いゴジラ映画に仕上がっているのなら、それはどちらでも構わないな、と。
ただそれを分かった上で、自分のブログに自分の好みだけ、書かせてください。
…といっても、Twitterに明確に書いてしまったので、それをそのまま貼っておきます。
これはもう好みの問題だと散々前置きした上で、私はやはり着ぐるみやミニチュアを沢山使ったゴジラが、また観たいのです。
ハリウッドで2回もゴジラが作られ、しかも世界的にヒットして続編まで決定している。
そんな状況でその発祥の地である日本がまた新たに作り出そうとした時に、同じ手法的土俵(CGで描くゴジラ)に挑戦して、そこに生まれるものは何か、考えるとどうにもモヤモヤしてしまいます。
映画を作る文化そのものが違うこともあり、単純なCGのクオリティ1つにしても、日米では諸々の格差があります。
それよりは、違う手法的アプローチを中心に据えて、挑んで欲しいな、と思う訳です。
勿論、その共存もあると思います。
だって2つの技法は並列な訳ですから。
ただ、ミニチュアや着ぐるみがメインの映像をまた観たいと願っても、罰は当たりませんよね?
大事なのは、自らの好みのその一段階前には、3つの“前提”があるという事です。
「とにかく面白ければ手法は問わない」
「着ぐるみもCGもどちらも“特撮”」
「手法の違いに優劣は無い」
■「特撮」の発展を願って
取りあえず、終戦、という事で良いでしょうか。
沢山の地雷原を全速力で走りぬけてきたような記事でしたが、如何だったでしょうか。
まさに今これを書いている時点で字数のカウントは7,600を超えています。
長々と持論展開にお付き合いいただき、感謝の極みです…。
「パシフィック・リム」が昨年カルト的なヒットとなりました。
続編の製作も決定しています。
前述の「GODZILLA」もそうです。
平成ライダーやスーパー戦隊を中心とした等身大ヒーロー達のバブルも依然大きいです。
アベンジャーズ系列のアメコミヒーロー映画も物凄く勢いがあります。
「ジュラシックパーク」や「猿の惑星」といった名作たちも次々と姿を改めて世に登場しています。
「ガメラ」復活も囁かれていますし、「寄生獣」「るろうに剣心」と骨太な実写作品も今年は多く登場しました。
「進撃の巨人」の実写版も楽しみで仕方ありません。
また私は最近、NHK人形劇の「シャーロック・ホームズ」も楽しく観ています。
そして何より、国産の「ゴジラ」が復活。
こんなに嬉しい事はありません。
確かに不安は沢山あります。
ゴジラというコンテンツが名実ともに世界的なものになった今、日本が送り出す「ゴジラ」の持つ意味は大きいです。
しかしやはり、素直に、嬉しいです。
またあの頃のように、日本人が作ったゴジラを観て映画館で口をボケーっと開けて圧倒されたいのです。
「特撮」は、今日も、これからも、元気です。
心底、何よりです。
※映画・特撮の感想など、全記事一覧はこちら。 【Twitter ID : @slinky_dog_s11】
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