nezile's nisshi
December 25, 2014 (Thu)
長らくインターネットをやってきて、そりゃあ1人や2人のファンみたいなのもできるんですが、目に見える文字(私は絵も写真もやらない)を媒介するツールなのでどうしても個人の文体というものが出てきてしまってあーこの子に伝染っちゃったなって思うときものすごく溜息が出る。かと思えば君の言葉の並べ方は癖があって変な文章だねなんて言われるし伝染ったとか無いのかなとも思うし、とにかく影響がいったなら申し訳ねえなと思うばかりです
私はいつも暗い顔をして歩いているけどその目線を少しでも上げてくれる友人たちが居てよかったと思う。誰と一緒に過ごすかで自分という人間がどんなふうに形成されるかが決まると思うのだけど、私はどこでも大声を出すタイプも演じられるんです。でも寡黙は楽だし、道化の要因は足りてるし、つまんない人間なんすよね、もう並のテンションを上げたりはできないのでバラバラな自分でいっかーって思いました。自分らしくなさが自分なのかなっていうふうに納得しようと思います。橋本くんがA.B.C-Zに入って塚田くんが塚ちゃんになったように、誰か1人の影響で人は180度がらりと変われるんです。私まだ大丈夫って思える。私のことを気にかけてくれる子や信じて好きでいられるものがあるからまだイケるなって思える
今日手紙をくれた女の子の手紙を何度読んでも見透かされた!とばかり思った。手紙に書いていることがここを読まないとわからないようなことだったのに人の纏っている曖昧な気配のようなものを彼女は自分の目で見て、きちんと掴んでいる。打ち明けないとわからないようなことも、審美眼の効くというか弁別に長けている人は、人間と関われば分かるものなのだ。というか本来そういうものなのに内面/外面の境界を付けてしまうところとか、インターネットが本音で現実が建前 みたいな世界をつくっているのはこちらのほうなのだ。もっと生活に真摯にならなくてはいけない。だらしがない
手紙ほんとうに嬉しかったな。私も手紙書きたいけど重たくなるので、きちんと伝えていきたい。ここにまだまだ書けるけど、やっぱり話さないとわからないようなものまで持っていって伝えてあげたい。君のいいところはね、だけじゃ足りない。私は人の印象とかここでこう思ったよとか言いたいんだ!まだまだ足りない。
December 24, 2014 (Wed)
姉とめちゃくちゃ買い物をしてスッキリした。新しいライターがかわいい。クリスマスプレゼントと岡本太郎のフィギュアとたつのおとしごのピアスを買った。いろんなものを食べたし大体気が済んだ。姉としかこんなふうに遊べないのでたのしかった。東北のイオンは中も寒い。
ツイッター本当にやめたい。インターネットでも人の間に糸が見える感じがとことん好きじゃない。個々で好きなのに。ほんとうにうんざりする。サイトの時代に戻りたすぎるなと思う。やっぱり合理性とか経済を考えるとどうやってもアナログは負ける。地方のひとたちはちょっとわかるはずだし、私はこういう風潮に卑屈になっている。考え出すと複雑で何も言えなくなる感じのものがほんとうに嫌 私は知らない素敵な人にめぐりあいたい
素敵な手紙をもらった。あんなに短く衒いのない素直な文章なのに、一文字も零れ落ちていかない手紙だった。彼女はいつでもまっすぐに私のほうを向いてくれている。ふつうそうすることってめちゃくちゃエネルギーが必要なことなのに、彼女はそれを何てことない顔でやってのける。書いてあることは単純で正直。何度読み返しても新しくて、ハッとなった。私はどちらかといえば「静」の人間だと思う。歳を重ねるほど難しくなってしまった。私はたぶん根明だった。だから姉の前ではものすごく、なんつーかやっぱり違うなって自覚できる。そのくらいに人としての性質が乖離してしまった。でも手紙をくれた彼女は誰に対してもまっすぐだ。カッコイイと思うし尊敬している。だから見習って、というわけではなくて、素敵でいいなあと思う姿勢 他人に期待をするのではなくて、自分に期待をしようと思った。自分で全力で向かっていればやっぱり同じように相手も向かってきてくれる。私は彼女を見て、彼女に真摯になりたいと思った。日常にインターネットの本音を持ち込んだようなものでもなくて、それ以上の飾りのないもの。彼女の身軽さはうつくしくてつよい。私は君を後輩と言うけれど、それはインターネットのひとたちに君のことを言いたくて仕方がないからです。友人と言わないのは、友人と言ってしまうのがなんだかしっくりこないから。君は私のなかで主要人物で、そこらへんの風景ではない被写体みたいなもの。君にピントが合っているんです。君はあの狭い部屋に居ても私をどこか広いところへ連れ出してくれる。いつでも会いたい。
簡単でいることがいちばん簡単じゃない。だけど歩いてくるまでに磁石みたいに連れてきてしまったもの、それらのような、身に錆び付いてしまった重い鋼鉄を振り落とすことは、まだできると思う。
何度も読み返して言いたいこととてもめちゃくちゃあるけど今のありがとうという気持ちです。ありがとう。大好きだ。
December 23, 2014 (Tue)
講義で殺しのドキュメンタリー映画みたいなのを見ていよいよ血が出てる!と瞳孔開いたところで強制終了された。大学まで来て倫理もクソもねえと思い苛立つ。私は真実を探求するためにここへ来たんです
寒くて寒くて帰り道立ち止まってしまいそうになったけど身体をガチガチに固めつつ前へ進むしかない感じをなんとなく噛み締めて帰った。キリンジの歌詞がふいに飛び込んでくる。引力を持つ言葉 それ以外は音楽に溶ける。
姉と椎名林檎のはなしをしてめちゃくちゃ盛り上がる。双子なのにこんなにも捉え方が違う。難しいもんだ。穿つ人々については触れたくもないの、そこは一緒だねって ファンが気持ち悪いのは紛れもなく素晴らしいものへの冒涜なので死ねばいいと思う。でも私はしつこく考えるほうなので語ることもおそれてしまう アイドルは宗教感が大事っぽいのに と思いつつ、そこに潔く清らかな信仰告白があればスマートでうつくしい そこを隠蔽して平気な顔するんじゃねえよ必死に手前も正しく手を汚せと思った 市場は買い手もつくるもんだ
君じゃなきゃダメなんだって言ってくれる人がほしいなあと思う。私は可愛いモテ方をしないのでどうしようもない。じゃなきゃ女子校にでも入って壮絶にモテたかったな…
私の実感は本物でそれは私にしかわからない それだけは私のものだ
December 22, 2014 (Mon)
定例会のあと手帳を買いに出たが収穫は無し。代わりに珍しい煙草を手に入れる。フィルター甘くて具合悪くなった。
プロントでカプチーノを飲みながら島本理生の小説を読む。今さらと思いつつすごく前に買った本を読んだ。私はいつも本を買ってからすぐに読まない。このあいだ読んだ西加奈子は2年前に買っておいたやつだし、今読みたいとか読むべきだというふうに思ってから手に取る。本当は身体感覚でもその本を味わいたいので単行本を買いたいのだけどお金がないのと加筆された部分がほしいのとでほとんどは文庫本を買う。読後に、いま読んでよかったなと思わなかったことがない。いつも私は的確に本を選ぶ。
島本理生のはなしにはしんどい女の子が出てくる。甘い優しい柔らかなところと、諦観や絶望のような固くつめたいところを持ち合わせていて、自分を大切にできなかったり、自分に満足できなかったりする。どこか不足している。人間はみんなどこか欠落しているけれど、その子はその穴を自覚しているのだ。けれどそこからその穴を埋めようとか消し去ろうとか、無闇に足掻こうとせず、静かに対峙して、いっしんに見つめようとする。そしてその子らは皆、男を異物として見ている。近い遠いではなく、甘えるでも恐れるでもなく、女/男の境界線をはっきりと引いている。差別ではなく、例えばそのラインを執拗に消し去ろうとするような方法で、強烈に意識をしている。あなたと私のこと。私は女の子を守らなくちゃいけないと思っていたけれど、ほんとうに守らなくちゃいけなかったのは自分自身だった。しっかり厳しく環境を判断して、自分を守るために、甘やかな身体を曇りの日の牧歌的な午後に封じ込め、置いてこなくてはならなかったのだ。だから私の暗い記憶も、あの部屋に閉じ込められたままもう2度と出てこられない。彼方へ葬ることなんてできない。きっと私の呼吸が止まるまでは
帰ってからずっと頭が痛くて眠っていた。重たい身体を引きずって台所まで 仕方ないというようにごはんを食べる。汚い 生々しい行為だと思う あまり咀嚼もせずに適当に飲み込んで、また身体が重くなったような気がした。頭の痛みはまだ消えない。人間に肉体が無ければすべての恋愛はただただうつくしいだろうにと思った
tricot聴いて眠る
December 21, 2014 (Sun)
今日もテレビに夢中で頭が悪い生活をしている。大量に録画してあるDVDを見て懐かしくてはしゃいだ。芸人は素敵だ。
島本理生を読み始める。ダヴィンチも読む。
新しいことを知るのは大好きで、人についてこの人はどんな人なんだろうって検索をかける。変な人ばっかり好きになってしまう。実際友人には変な子しかいないし、順調な人間はなんか合わなくて続かない。なんでもないようなことでラインをしてくれる子が居て、やっぱり後輩で、私妹なんだけどなあ 外に出ると妹で居られないなあ
女の子であるというスタンスがどういうものなのかわからなくなってしまう 私は女の子とキスも出来る
塚田くんの写真 顔をまじまじと見つめることが多い。近くに居るひとじゃなくてよかった。
December 20, 2014 (Sat)
女の子に助けてもらった。女の子の前だけ自由になれる。対峙しなくてはならない本人に、打ち明けて、返事が来て、返すべきかどうか迷っている。私はここで返さないというつよい意思をもたなくてはならない。すこし不真面目にならないとじぶんが壊れると思って不真面目になったつもりでいたのに今でも不真面目なのは外見だけだった。私はたびたび震えるようになってしまった 壊れそう
うれしい贈り物が届いた 絵だ 彼女の絵はつよい。正気と狂気との境 表面張力のある興奮を零さないようにすっくと立っているような気配 過剰な静けさを携えた線たちが爆発寸前の予感を漂わせてこっちを見ている。私はそれらを反芻する。紙の凹凸を刮目する。かたちの輪郭にめりめりと意識を捩じ込む。目の前には想念の海が溜まっている。しきりに何かを訴えている。聴こえない絶叫に耳を澄ませると絵の中に入ってしまったみたいになる 世界が私の後頭部で千切れて、果てのない宇宙に覆われたような感覚。「没頭」という、文字そのままの状態になる。ほんとうは言葉はいらない。一枚の心象スケッチで私は最果てまで行ける ラストティーンに毎日思ってた感覚思い出した 言葉が足りない
大切なひとたちのために、生活を無くしてがんばる、というのが本来で、いいものなんだとやっと思えた 私は悩んでる女の子を守りたい。君が傷付かないのなら何をやってもいいよ
椎名林檎聴いて眠る
December 19, 2014 (Fri)
椎名林檎のこと言い忘れてたけど性別と笑いの話を一緒にしててうんうんそうだよねと思ってしまった というはなし
好きな絵を描くひとと好きな文を書くひとが手を繋いで銀世界の向こう側から歩いてくる夢を見た。私はどちらのことも好きでだから幸せだと思った。いまほんとうに起こっていること しんどいふたりが北へ遁走して安堵したようにすやすや眠っているのが見える
藤原新也『渋谷』を再読している。渋谷を嫌いなひとに読んでほしい本だと思う。私は去年たまたまこれを読んでたまたま塚田くんを好きになってたまたま文章を書くのが好きでそしたら塚田くんが渋谷に出現した、みたいなことが起こっておもしろかった。なんとなく似合うのだと思う。あすこの坂に佇む塚田くんが見えたんだ。なんにも知らない頃に。美しい光景だった。雑然とした記憶のような幻想風景だった。女の子は守ってあげなくちゃいけません。女の子が強いからこそ女の子を守らなくちゃいけないのです
今日もまだ元気が出なくて気付いたら服が真っ白 辛くて講義中手帳にいろんなことを書き殴る。外は雪が降っていて、好きな子には声をかけられなかった。正直まだ、というかぜんぜん関係ないのにニベアの青缶からクリームを塗っているときとかもだし、着ていた衣服を片付けるときとか嫌でもそのことを思い出す。胸を掻き毟って死にたくなる。だけどどんなに辛くても生活は続いていくし他人には何があろうと知ったことではない。仕事も熟さなくてはいけないしできなくては怒られる。そりゃそう いつもどおりの生活だ。元気になりたい おいしいものを食べたくて女の子とごはんの約束をした。治りかけの傷を引っ掻くようにまた人と懲りずに喋ろうと思う。自分を守るために引きこもるのはもう十分やったので甘やかさない