第1節で紹介したように、国際的には水産物需要が高まっている状況の中で、我が国の水産業が持続的に経営を維持し、国民に水産物を安定的に供給していくためには、経営の体質強化を図ることが重要です。
(我が国の漁業・養殖業の状況)
平成20年の我が国の漁業・養殖業生産量は559万トンと、前年に比べ12万7千トン減少しました(2.2%減)。海面漁業については、サンマ、サバ類等が増加したものの、サケ類、マイワシ等が減少したことから、前年に比べ2万3千トン減少しました。海面養殖業については、ノリ類、ホタテガイ等が減少したことから、9万6千トン減少しました。内水面漁業・養殖業については、サケ・マス類、しじみ等の漁獲量が減少したことから、8千トン減少しました※1。
なお、漁業・養殖業生産額については、メバチ、スルメイカ、キハダ等が減少したことから、前年に比べ256億円減少し1兆6,275億円となりました※2(1.5%減)。
※1 海面漁業、海面養殖業、内水面漁業・養殖業の主要魚種別生産量及び生産額の推移→
参考図表2-2~4
※2 漁業・養殖業部門別生産量・生産額の推移→
参考図表2-1
(我が国は他の水産国と比較して内需指向型である)
我が国の沖合・遠洋漁業の漁業者1人当たり生産量及び生産額を主な水産国と比較すると、1人当たり生産量は低い水準にとどまる一方、1人当たり生産額は比較的高い水準にあります。これは、我が国の漁業は内需向けに、少量・多種で価格の高い鮮魚の供給が主であるのに対し、諸外国は輸出志向が高く、寡占化が進み、大型船主体で効率的な漁業が行われていることなどによるものといえます。
(我が国の技術を活かした養殖業の国際競争力の強化が求められている)
世界の漁業生産量が頭打ちとなる一方、1990年代以降には、主に中国を中心として養殖生産量が急拡大し、世界の水産物需要の増大を支えています。OECD加盟国中では、日本の養殖生産量は第1位となっていますが、1995年(平成7年)から2005年(平成17年)の動向をみると、カナダ、アイルランド及びノルウェーでは毎年高成長を続けている一方、我が国は減少傾向にあります。
養殖業は、計画的な生産や規格の統一化が行えるため、マーケットのニーズに応じた安定的な供給やブランド化を図ることができるなどの有利性を有しています。例えば、ノルウェーでは、健康志向の高まりやBSE問題の影響等により魚の需要が拡大したEUを主なマーケットとし、戦略的な輸出品目としてサケ・マス類養殖業を位置付け、生産規模の拡大や生産コストの低減に取り組みました。この結果、養殖サケ・マス類の生産量は、1994年(平成6年)から2008年(平成20年)までの間に4倍の成長を遂げ、世界の生産量の4割を占めるまでになっています。また、日本に対しても、飼料等の工夫により日本人の好みに合わせた色やにおい、脂肪含有量等を実現し、刺身用サーモンという新たなマーケットの開拓に成功しています。
一方、我が国においては、海面養殖を主とする経営体数が減少傾向にあり、1経営体当たりの生産量は増加傾向にあります。また、我が国はクロマグロ等の種苗生産技術をはじめ、世界でも先端を行く増養殖技術を有しています。養殖業の世界的な競争が加速する中、我が国の養殖業は、こうした潜在力を活かし、国際競争力を高めていくことが求められています。
コラム:天然資源に依存しないクロマグロの完全養殖技術の確立を目指して
我が国が輸入している養殖マグロには、地中海や太平洋産のクロマグロと、オーストラリア産のミナミマグロがあり、近年の輸入量は合計3万トン前後で推移しています。この中には、まき網漁船で漁獲し、生簀(いけす)に移して餌を与え、短期間のうちに太らせて脂の乗りを良くした、いわゆる「蓄養マグロ」も含まれています。この「蓄養マグロ」は、日本への輸出を背景に90年代後半頃から生産量が伸びており、資源に与える影響が懸念されています。
このような情勢のもと、国際社会においてクロマグロの漁獲規制が強化(トピックス参照)される中で、我が国では大学等の研究機関や民間レベルで、天然資源に依存しないクロマグロの完全養殖技術の確立に向けた取組が進んでいます。
現在、障害となっているのは、安定的に卵を得る技術と、稚魚まで育てる技術です。受精卵から幼魚(ヨコワ)になるまでの生残率は、先駆的な研究が行われている近畿大学でも約3%となっています。天然の稚魚の入手が困難になると予想される中で、天然資源に負荷をかけない完全養殖技術を確立することは、クロマグロを安定的に供給する解決策となります。今後のさらなる取組が期待されます。
(我が国は、主要水産国に比較して就業者の高齢化が進行している)
OECDの調査によれば、大規模な企業経営が主体のニュージーランドや早期退職制度が普及しているフランス等では、漁業就業者に占める60歳未満の割合が高くなっています。
これに対し、我が国では、60歳以上の漁業就業者の割合が50%近くになるなど、高齢化が進行していることが示されています。
(就業構造)
漁業センサス(2008年)によると、平成20年の漁業就業者数は22万2千人と5年前に比べ6.9%減少しました。年齢階層別にみると、55歳以上64歳未満の割合は1.4ポイント増加し25.8%、65歳以上の高齢者の割合は0.9ポイント増加して34.2%となり、高齢化が進行しています。
(新規就業の促進及び外国人労働者の動向)
我が国の漁業については、就業者の高齢化が進む中、将来の漁業を担う人材の確保が重要となっています。漁業に就業したいという意欲ある人材を確保するために、就業情報の提供、漁業種類に応じた長期研修制度の拡充、漁協・漁業者とのマッチングの場の提供等を行っています。
また、遠洋漁業では日本人漁船員の不足に対応して、「海外基地方式※1」及び「漁船マルシップ方式※2」による外国人漁船員の乗船が認められています。外国人漁船員数は、海外漁業船員労使協議会の調べによると、平成21年12月末現在で3,951人となっています。
※1 海外基地方式:本邦以外の地を根拠地にしている漁業で、一定の条件の下で外国人漁船部員の配乗が認められている方式。
※2 漁船マルシップ方式:我が国漁船を外国法人に貸し出し、外国人漁船部員を配乗させた上で、これを定期用船する方式(遠洋かつお・まぐろ漁船、海外まき網漁船、大型いか釣り漁船等で実施されている。)。
(漁船の髙船齢化)
指定漁業※1(捕鯨業を除く。)の許可船の船齢分布をみると船齢19年が全体の中央値となっており、また21年以上経過している漁船は全体の41.9%となっています。魚価の低迷や漁業生産資材の高騰による漁労所得の低下により、新しい漁船が建造できないのが現状です。
特に、遠洋底びき網漁業や中型さけ・ます流し網漁業等では、21年以上の船が過半数を占めており、漁業就業者の高齢化とともに深刻な課題となっています。
※1 指定漁業:漁業法に基づく政令によって指定されている13種類の漁業(沖合底びき網漁業、以西底びき網漁業、遠洋底びき網漁業、大中型まき網漁業、大型捕鯨業、小型捕鯨業、母船式捕鯨業、遠洋かつお・まぐろ漁業、近海かつお・まぐろ漁業、中型さけ・ます流し網漁業、北太平洋さんま漁業、日本海べにずわいがに漁業、いか釣り漁業)。これらの漁業を営もうとする者は、船舶ごとに農林水産大臣の許可を受けなければならない。
(水産物の輸出の促進)
第1節で紹介したように、人口の減少や消費者の魚離れにより、国内マーケットの縮小が予想される一方、欧米や中国など世界各国で水産物需要が拡大しています。このような中、農林水産省としては、平成32年までに我が国の農林水産物・食品の輸出額を1兆円水準とすることを目指し(「新成長戦略(基本方針)」平成21年12月30日閣議決定)、持続的な漁業経営の成立を図りつつ、我が国周辺の豊かな水産資源を活用し、輸出の促進を図っています。
中国では、水産物輸入量の4割(2005年)が原料を輸入して加工後に再輸出する加工貿易となっていますが、近年、外国企業の下請けである「来料加工※1」から、中国側加工企業の主体性が高い「進料加工」への移行が進むなど、水産加工が高次化し、EUをターゲットとした高付加価値の水産加工品の生産が行われるなど、水産加工業の国際競争力が強くなっています※2。近年、我が国からは、中国に対し、サケ・マス類、スケトウダラ、サバ等の輸出量が増加していますが、加工用原料を供給するのみならず、我が国ならではの鮮度保持技術や加工技術を活かした鮮魚・水産加工品の輸出など、より付加価値を高めていくことが重要です。
※1 「来料加工」とは、外国企業から提供を受けた原材料を外国企業の指示の下で加工し、加工料を受け取る加工形態。「進料加工」とは、加工企業自身が原材料を調達し、加工後、輸出販売する加工形態。
※2 婁小波「中国水産加工業の展開と加工貿易」水産振興492号(平成20年)による。