子供のときの過ちは、子供だけのせいではない。周りの環境が大きく影響する。しかも、罪を罪と自覚していなかった可能性もある。まだ人格も形成されていない頃に犯した罪で、人間としての権利を一生奪われるのは、不当なことだ。
そうこうするうちに、数日前は、CIAが行っていた拷問の映像が暴露された。拷問は湾岸戦争のときにも問題になったが、アメリカは未だに変わらず我が道を行っているらしい。拷問ではなく、適当でない尋問の仕方だそうだ。
ところが16日、この問題についてテレビ討論会で質問されたリチャード・チェイニー元副大統領は、「太平洋戦争中に日本軍はしばしば水責めなどの拷問を連合軍捕虜に加えたが、米国はそれを訴追しなかった。日本軍は、バターン『死の行進』や、泰緬鉄道建設工事での使役等々もっと酷い拷問を加え、大勢の捕虜を死なせた、また、南京では30万人の中国市民を虐殺するなどの罪を犯した。それらの罪で戦後旧日本軍の多くの将兵がB、C級戦犯として処刑された。だから特に水責めのことでは訴追しなかったのだ」などと述べたそうだ。呆れてものが言えない。
奴隷制度の後遺症が残る欧米諸国
拙著『住んでみたヨーロッパ 9勝1敗で日本の勝ち』で、過去の奴隷制度がヨーロッパに残した影響について触れた。
まずは、西ヨーロッパがスラブ地方から拉致して、アラブ世界に輸出していた奴隷。スレイブの語源はスラブだ。ただし、その歴史は世界史からきれいさっぱり削除されているので、ヨーロッパ人もほとんど知らない。
もっと有名なのは、アフリカ大陸からアメリカへ連れて行かれた黒人奴隷だ。ヨーロッパから鉄砲や綿製品をアフリカに運んで黒人奴隷と交換し、その奴隷をアメリカに連れて行って売り払い、今度はそこで砂糖やコーヒーや綿花を積んで、またヨーロッパに戻った。この三角貿易で儲けていたのは、主に西ヨーロッパ人である。
取引した奴隷はイギリスだけでも300万人といわれる。ビクトリア朝時代のイギリスの富裕層の20%が、奴隷貿易から潤沢な利益を得ていた。1833年、イギリス政府は奴隷貿易を禁止し、そのために不利益を被った奴隷のオーナーたちに2000万ポンドもの賠償金を支払った。奴隷に払ったのではない。
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