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動きが行動療法だと主張する神経症者
我々は動物であり、動く生物であります。何故動くのが療法と彼らは言うのであろうか。動くのが療法なら、心臓が動いているのも療法になり、呼吸するのも療法になってしまう。 彼らにとっては、動かないで一日座って考えていた方が気持ちが良いらしい。動くためには何か特別な理由がないとならないし、動くより考えている方が楽なのだろう。健康な人から見る随分変わった人たちだ。 こうなるのは、彼等の前頭葉が長期間、強迫観念を放出しているからです。強迫観念の迫力は凄まじく、一旦、強迫観念の嵐が吹くと脳全体が警戒態勢にはいり、運動を指令を出す脳がシャットダウンする。これが常態化しているから、全てに物憂げになり、大儀になり、決断さえも難しくなって、彼等の生活は破綻してしまう。 脳と言うのは、たった一つの判断中枢で、ここがおかしくなると、もう他の脳はないわけです。この脳不全のコストは莫大で、斎藤自身も年収300万円以下を神経症が治るまで続いてしまった。 麻薬中毒の人間が麻薬から離れるのには苦痛が伴うが如く、神経症者が神経症から離脱にも苦痛が伴います。だから、神経症を治したかったら、嫌でも動かないとならない。今日もその辺で考え続けていると、家族にホウキで掃きだされますよ。 ホームページへ 18 |