割と割を喰う魔王
第45話

「わざわざおいでいただき、申し訳ありません。叔父上」

 左手で右の拳を包むようにして行う包拳礼で挨拶をする陸鷹化。

「あー、いいんだ。どうせ、こっちの方に用事もあったことだし」
「それにしても、陸家の拠点に来るのは初めてなんだけど。この感じだと、他にも日本に色々と物件を持っているんでしょうね」
「ええ。クリス姐さん」

 重々しく頷く鷹化。

「我が香港陸家は日本での拠点は新宿と池袋に持っているんです。ですが、ここのところ再開発の著しい秋葉原にも一つ進出してやろうかと、今回この店を用意したわけで」
「なるほどなー」

 さすが香港陸家ともなると、表社会での活動にも余念がない。クリスにも聞いたことがあるが、魔術社会での名家や大手の結社は大体表社会において、大きな財産を持っていたり、会社や財閥の代表となっているケースが多いので、自然とビジネス観念が身につくのだろう。

「ところで、だな」
「はい、なんでしょうか?」

 特に気負うことなく受け答えする陸鷹化。
 やはり、特に不自然とは思っていないということか。
 流一は隣のクリスとしばし顔を見合わせて、この店にはやってきてから常々思っていた疑問を口にする。

「「なんでメイド喫茶なんだ(なの)!?」」

 そう。陸鷹化が秋葉原に新たに開店した店はメイド喫茶なのである。
 今も、お馴染みのメイド服を着た店員のお嬢さんが、点心やお茶をテーブルの上に用意してくれている。
 ちなみに、流一たちが陣取っているこの部屋はVIPルームの個室だったりする。

「それがですね…」

 少々困惑したかのように、陸鷹化は眉をひそめる。

「今回の秋葉原のこの店舗については、日本に常駐している舎弟たちに任せたらこうなったんです。僕としては安定した集客が見込めるPCパーツショップや同人誌販売店がいいと考えたのですが、あいつらがどうしてもメイドテーマパークを作りたいと言い出しまして。まあ、試験的に一回ぐらいならと、僕も許可を出したわけです」

 と、まじめくさって答えてくれた。
 どうやら、彼の舎弟たちは日本に滞在している間に、すっかり日本のサブカルチャーに染まってしまったらしい。鷹化は一度、舎弟たちの私物をがさ入れした方が良いんじゃないだろうか。

「つまり、今後の採算を見ながら、安定した業種の方に手を広げるか考えるってことね」
「ええ、そうなりますね。今のところはまずまずの売り上げを見せていますから、目くじら立てるほどではないとは思いますが」
「今、この手のが流行っているからね。今後この流行が、どこまで長続きするかにもよるわ。あまり無茶な経営をするようなことをしなければ、それなりに長続きはするでしょうけど」
「そうですねぇ。僕もその辺に関しては同感です」

 何やらビジネスマン同士の会話を繰り広げるクリスと陸鷹化。

「それはさておき、お気に入りになられましたら、叔父上とその御関係者の方であれば、無料でご利用いただいて構いません。もちろん、その他叔父上のご要望でありましたら、可能な限り対応させていただきます」
「え、いいのか!? 関係者ってことは、師匠まで?」
「ええ、構いません」

 清十郎が聞いたら大喜びしそうである。ていうか、毎日通いそうで怖い。

「どういうこと、陸鷹化? 流一がカンピオーネだから、というの以外に、何かしらの思惑が感じられるんだけど」
「ええ、確かに。僕自身の、個人的な打算が入っているのは否定しません」

 クリスの指摘に、鷹化が頷きを返す。

「なんといいますか。叔父上やクリス姐さんもご存じの通り、僕は羅濠教主の直弟子として、知られています。ですので、師父の折檻――、もとい厳しい鍛錬をつけられていまして、それ以外にも色々と理不尽な――、いえ、厳しい要求を色々とこなさなければいけないことが多々ありまして…」

 何やら、一気に数十年老け込んだかのような苦労をにじませる陸鷹化。
 あの自ら『武林の至尊』と言い切り、恐ろしいことにそれに見合った実力を兼ね備えているという、歩く理不尽こと羅濠教主。
 何せ、彼女は抱えている魔術結社、『五嶽聖教』の面々に彼女の姿を直に目にしたら、その目をつぶし、その声を聞いたら耳を削ぐなんて、苛烈な罰則を課しているのである。
 そんな彼女の弟子を務めるなど、並大抵という言葉では言い表せないほどの苦労の連続なのだろう。
 流一とそしてクリスの目に、同情の眼差しが宿る。

「つまり、その…。僕が危急の際は、叔父上に師父に対する防壁になっていただきたいと…」
「そうかあ…。まあ、そういうことなら仕方ないよな…」
「うん、それはどうしようもないわ。むしろ、人の身で羅濠教主の直弟子が務まっていること自体がすごいわよ」
「ご理解いただき、ありがとうございます」

 深々とお辞儀をする、陸鷹化。

「問題は、羅濠教主が流一の進言を耳に入れてくれるかどうかなんだけどね。いくら流一が同格のカンピオーネでも、ね…」

 クリスのご心配はごもっとも。
 神殺しの魔王、カンピオーネは何者にも支配されない実力と、我の強さを誇る。むしろ、この我の強さこそが、まつろわぬ神を相手に戦いを挑める最たる要因なのである。そして厄介にも、その我の強さは同族同士でも発揮される。

「まあ、そこはあれだ。やり方次第だな」
「やり方次第って?」
「羅濠教主を口でどうこうする場合、あの人の言動を真っ向から否定するとか、叩きのめすようなことをするとダメなんだよ。上手く相手のプライドを立てつつ、搦め手で行くと意外に上手くいくんだと思う。柔を能く剛を制す、みたいな感じか。まあ、あとはお願いする内容にもよるか」

 流一が対羅濠教主の攻略法を述べる。
 なぜかクリスと陸鷹化が黙り込む。

「どうした?」

 流一が怪訝な顔で尋ねる。

「いや、なんて言うか…。どうして、あの羅濠教主相手に、そういう突破口を思いつくのかしらって…」
「さすがです、叔父上。あの師父を相手取り、そのような戦略を見出せるのは、叔父上以外にいらっしゃらないでしょう」

 呆れと崇敬の、相反する二人の視線を浴び、流一はかなり微妙な表情をした。


 しばらくののち、陸鷹化は仕事関係で呼び出され、お菓子やお茶の用意をしたメイドさんもこの場を退出したので、この個室にいるのは流一とクリスだけになった。

「メイド喫茶、ね…。噂には聞いたことあったけど、自分がここに足を運ぶことになるとは思わなかったわ。変なのが流行るのね、日本では」
「そりゃ、イギリスの金持ちじゃ、メイドなんて珍しくも何ともないだろうけど。一般庶民には珍しいんだよ」
「それは分かるけど、何も日本で流行ることないじゃない。そもそも、日本だったら着物とか、割烹着を着た女中だかそういうじゃないの?」
「それはそれでありなのかもしれんけど。メイド服の方がかわいいとかじゃないの?」
「そうなのかしら…? まあ、違う文化圏から見れば、そういう風に見えるのかしらね…」
「ほれ。欧米人がやたら忍者大好きなのと、似たようなもんじゃないか?」
「嫌な例えをするわね…。まあ、否定はできないけど」
「こないだの大乱闘なんとかブラザーズで、忍者キャラが参戦すると知って、大喜びしていた外人が多かったからな」
「それ以前にあれ、ミュ○ツーの希望が多くなかった?」

 そういえば、やたら「ミュ○ツー出てくれ」、みたいな声が多かったな、と思い返す。

「それにしても――」

 クリスがお茶を口に運びながら、呆れたように呟く。

「どうして、男ってこういうのが好きなのかしらね。女の子に対する一種の支配欲の表れよね、これ」
「そりゃ、可愛い女の子に世話されるのは嬉しいからな、男として」
「ほほう…」

 クリスの顔にニヤリとした笑みが浮かぶ。
 何だか嫌な予感がしてきた。

「流一もあたしに世話を焼かれたい? ほら、ここみたいにメイド服を着て。流一だったら、やってあげてもいいわよ」

 彼女の言葉に、流一は想像の翼を広げてみる。
 メイド服を着たクリスがかいがいしく自分の世話を焼いてくれている場面を思い浮かべてみた。英国人であるクリスのメイド服はとても似合っていて、可愛く見える。
 しかし――、

「俺はむしろ、巫女服を着ているところを見てみた、すいませんっ!どうか先ほどの俺の台詞は忘れておくんなまし!!」

 クリスがにやぁっと、とても邪悪な笑みを深めていたのを見ると、マッハの速度で土下座である。器用に椅子の上で。

「ほうほう。さすが日本男子ね。メイド服よりも、巫女服の方が好みだったかー。早く言ってくれればいいのに。よしよし、分かった。『胡月堂』あたりにでも、頼んで――」
「やめてー!! そこで注文したら、変な噂が流れそうー!!」

 しかも噂に尾ひれがついて、とんでもないことになりそうだ。
 そんな流一の情けない様子を見て、クリスはケラケラと笑う。

「だめねー、流一。魔王なんだから、そんな噂ぐらい気にしないでどんと構えていなさいよ。自分がやらかした悪行とかは気にしなさそうなのに」
「あっちの方がむしろ気になるんだよ!!」
「そんなんだから、ハーレムとか作れないんじゃない?」
「ふ、ふん…」

 流一はそっぽを向いた。

「どうしたの?」
「こないだの斉天大聖の一件で分かったことがある」
「なに?」
「俺は、草薙護堂のスカタンと違って、女の子にほいほいとフラグを立てられないってことにっ!!」
「あー」
「なんなんだ、あいつは!! 俺が振った清秋院恵那もしっかり抱きかかえた上に、小学生までフラグを立てるなんて!! しかも、『俺の言うことを聞けなくしてやる』っつー、あの台詞!! 何であいつが言ったら、許されるんだ!? 俺が言ったら、フラグどころか間違いなく犯罪者扱いだぞ!!」
「うん、まあね…」

 だんだんと流一がテーブルを拳で叩きながら叫ぶと、クリスが苦笑する。

「はあ…」

 思わずため息をつく。

「何でかなあ…。なんで俺は神様ぶっ殺せるのに、女の子にフラグは立てられないかなあ…」

 普通なら、神様とドンパチやらかす方が難易度は圧倒的に高いはずなのに、自分にとっては女の子に好意的を抱いてもらえる方が、難易度が高いのである。これを理不尽と言わずしてなんというのか。

「なーにいってんの」
「あだっ!」

 クリスがぺちっと流一の額に軽くデコピンを一発。

「あたしにはちゃんとフラグ立てられたでしょ」

 クリスはテーブルの上に頬杖をつき、

「ねっ」

 にっこりと笑う。
 花が咲いたかのような彼女の笑みに、流一はどぎまぎする。
 高鳴る心臓に、流一は内心、ぐぬぬ、と唸る。
 これでは何だか彼女に全面的に負けているみたいではないか。いや、実際全面的に負けているような気がしないでもないが。それはともかく、それでいいのか? なんつーか、男として。
 このままやられっぱなしは癪だ。
 流一は右手を伸ばし、クリスの頬に触れる。

「あ」

 今度は彼女の顔に赤みが差した。
 一転して、彼女の表情に恥じらいが混じる。
 どうしよう。この先の行動まで考えて――。いや、どうするかなんて決まっているじゃないか。
 流一はクリスの顔をそっと引き寄せてみる。
 彼女は嫌がらず、なされるままに目を閉じ、顔をこちらに寄せてきた。
 流一も目をつぶり、顔を近づけ――、

「だから、この店のオーナーを出しなさいって言っているのよ!! 彼が香港陸家の人間だってのは分かっているんだからね!!」

 次の瞬間、二人は盛大に、テーブルの上に突っ伏した。

「なんなんだ、一体…?」

 流一は声が聞こえた方向を向き、うなり声を上げる。
 そこには壁があるだけで、誰もいない。当然だ。ここはVIPルームなのだから、いるのは流一とクリスだけである。

「ちょっと、様子見に行ってくるわ…」

 クリスがこめかみに青筋を浮かべ、立ち上がる。
 それまでの甘い雰囲気を台無しにされ、不快になっているのは流一だけではないのだ。
 威圧的なオーラを振りまきつつ、ドアに向かうクリスを見送った後、流一はテーブルの上に盛られている海老餃子や焼売をドカ食いし始めるのだった。


 数分後、流一は不機嫌から怪訝な顔つきへと変える羽目になった。
 その理由はテーブルを挟んで座っている二人の少女である。
 
「えーと。この二人は、誰?」

 一人は何だか中学生らしきおっとりとした感じの少女だった。長い髪を一本の三つ編みにし、右肩から前へとたらしている。しかし、どういうわけか、クリスの方をチラチラと見つつ、子犬のようにおどおどしている。
 もう一人はやけに険のある眼差しでこちらを見る小学生だった。天然なのかパーマをかけたのか知らないが、身の回りには見たことがない巻き毛のロングヘアー。顔立ちは人形のように整っている。前述の表情がすべてを台無しにしているが。
 クリスは盛大にため息をつくと、

「そちらの方は香月さくらさん。草薙護堂の親戚らしいわ」
「へ?」

 「は、初めましてー」と、挨拶する草薙護堂の親戚。
 何だか、嫌な予感がしてきた。

「で、もう一人は?」
「あ。この子は初対面で、あたしも知らないんだった。さくらさん、こちらの人は?」
「は、はい。こちらは、連城冬姫ちゃん。あたしのお友達です」

 緊張気味な香月さくらの口から出てきた名前に流一は眉をひそめる。
 連城。清秋院家も含めた、四家の一つが連城家だったが、これは偶然の一致だろうか?

「で、彼は流一ね。術者よ」
「よろしく」

 姓を言わず、名だけ紹介する一方、一般人っぽい女の子を前に流一が術者であることを告げるクリスに違和感を感じたが、何か理由があるのだろうと思い、知らんぷりしておく。
 すると、冬姫という名の少女が、こちらとクリスをじろじろと見る。

「ふーん。あんた、そのイギリス人とつきあっているの?」
「そうだが?」

 ぶしつけに聞いてきた質問に、流一もおざなりに答える。
 質問の内容が刺激的だったのか、「うわー…」と香月さくらが顔を赤くしている。

「何だか釣り合ってないわね。見た感じ、彼女は上流階級の出じゃない? あんたはぽっと出の庶民って感じだし」

 彼女の物言いにカチンときた流一。

「感心しないな。お子様たちが、こういう店に来るなんて」
「誰がお子様よ、誰が!!」
「おまえら」
「きーっ!! あんた! ちょっと背が高いからっていい気にならないでよね!! 連城家の次期当主にそんな口を利けば――」

 ヒートアップする連城冬姫が何かまくし立てているが、途中から無視する。

「何か、彼女。昔のあんたに似てない?」
「失礼な。もっと、マシだったよ。背丈ももっとあったし」
「そうだっけ?」

 そんな中、香月さくらがおずおずと告げる。

「あ、あの…。私たち、大学生なんですよー」
「「はっ?」」

 素っ頓狂な声を上げる流一とクリス。
 そんな二人に対して、「えと、えと…」と、ポーチを漁り、財布の中から一枚のカードを取り出す。
 同じく連城冬姫も憮然と同じものを突き出す。
 それらは学生証だった。しかも、都内の名門女子大である。

「どう、分かった? 私たちは女子大生なのよ」

 フフンと小さな胸を反らす冬姫。
 だが、流一は得意げな彼女など歯牙にもかけない。

「身分だけじゃなくて、中身も成長させろよ」
「なんですってー!!」

 流一の感想は当然のごとく、芳しくなかった。
 顔を真っ赤にして怒る冬姫を放置し、クリスの方へと向き直る。

「で、さっきの騒ぎはこの二人か?」
「そう。なんか、陸鷹化を引っ張り出そうとしていてね…」
「何考えているんだ…?」

 理解不能の行動に対する、適切な感想である。
 しかし、連城冬姫のお気に召さなかったのか、一気にまくし立ててきた。

「何よ! カンピオーネを探しているんだから、その関係者に居場所を聞くのがおかしいっていうの!?」
「はあっ?」

 彼女の口から飛び出してきた『カンピオーネ』という単語に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
 すると、おずおずとフォローをしてきたのは香月さくらだった。

「えっとですね…。こないだ日光の東照宮の修復工事が始まったっていうニュースがありましたよね?」
「あったなー」

 日光東照宮での事件については、流一も思いっきり関わっているのだが、一般人っぽい女の子の手前。一応とぼけておく。

「あそこを壊したのは、どうも例の大魔王さん達らしいんですー。それで、冬姫ちゃんは怖くなっちゃったらしくて、今度は自分もその人たちに酷いことをされるんじゃないかって――」
「ほほう…」

 流一は頷く。
 自分も酷いことをされるんじゃないかという恐れ。それはすなわち、一つのことを意味しているのではないだろうか。
 それは――、

「おまえ、その大魔王をよっぽど怒らせるようなことをしたんだな――」
「してないわよ、失礼ねっ!!」

 かみつくように連城冬姫が叫ぶ。
 彼女がどんとテーブルを叩き、食器がカタカタと鳴る。

「あんたも術者の端くれなんだから、聞いたことあるでしょ? 日本に現れた二人の魔王、くさざきごろーといしざきりゅうじの悪行三昧!!」
「ああ? いしざき…?」

 なんだ、その微妙に違う名前は。
 クリスに目を向けると、彼女はちょっと顔をしかめたあと、

(記憶操作でもされたんじゃない?)
(なるほど…。あれ? でも、あの術は術者相手だと効果が薄かったんじゃなかったっけ?)

 連城家は思いっきり術者の家系のはずだが。
 流一が首をかしげている側で、連城冬姫がヒートアップする。

「くさざきごろーなんて、何人もの女の子を手籠めにしている憎き女の敵で、あちこちの建物を破壊し放題。いしざきりゅうじは、気に入らない術者の家系を権能で脅すなんてことを平気でやるのよ!! 特にくさざきごろーの方はとんでもない女好きだから、私はどんなことをされるか…。それだったら、いっそのことカンピオーネに楯突いてやろうって考えたら、さくらも手伝ってくれるって言ってくれて」
「ほほう…」

 今度はクリスが興味深げな声を発した。

「つまり、私の忠告はまるで無駄だったってわけね…」

 彼女は香月さくらの方をじろりと見る。
 草薙護堂の親戚の少女はびくりと子犬のように体を震わせる。

「で、でも…。日光のあんな事件があったら、やっぱり冬姫ちゃんが心配になって――。それに、やっぱり誠心誠意お願いすればきっと分かってくれるんじゃないかって――」
「あー!! やっぱり、あんただったのね!! さくらを脅かして、魔王を探すのをやめさせたってのは!! さくらになに余計なことを吹き込んでいるのよ!!」
「当然のことでしょ。コネも何もない、あの状況でカンピオーネに会えるとは到底思わないけど、妙な方面の所まで首突っ込まれて死なれたら気分が悪いもの。邪術師につかまって生贄にされるとか」
「じゃ、邪術師――!!」
「い、生贄って。ええー!!」

 二人のお子様が何やら顔を青くする。
 特に、やたらつっかってくる連城冬姫がやけに震え上がっているのを見て、流一は呆れかえる。あんな調子で、カンピオーネに楯突く気でいたのか。

「仮にカンピオーネに直に会えたとしても、『何こいつ』みたいな目で見られるのがオチじゃない?」
「ななな、何よ、その言いぐさ!! 私は連城家の跡取りなのよ!! それを――」
「連城家だろうが、賢人議会だろうが、大統領だろうが、大して変わらないわよ。あの人たちにとって」
「ぬぐぐっ…」

 めんどくさいがきんちょである。いや、実際には女子大生らしいのだが。見た目だけでなく、言動もあれなのでどう見ても女子大生に見えない。しかも、やたら高飛車な態度もあり、そろそろうんざりしてきた。
 流一はため息をつき、何か適当な料理でもつまもうと、手を伸ばす。

「あ、あの。流一さんっ!」
「何ですか?」

 香月さくらに呼ばれ、おざなりに返事をする。

「クリスさんには、止められたんですけど。流一さんはどう思います?」
「どうって?」
「冬姫ちゃんを危ない目にあわせないようにしてくださいとか、色んなものを壊さないようにしてくださいとか、大魔王の人に頼むなんて、下手をすると殺されるなんて言われたんですけどっ。でも、ちゃんとお願いしないと伝わらないことってあると思うんですっ」
「…」

 何だろう、この子は。かなりピントがずれた感じがある。
 事実を知らないから、そういう脳天気なことが言えるのか。とりあえず、今まであったことがある魔王で考えると、アレクとドニ、草薙護堂は、何か言ってきた相手をいたずらに殺すということはしない。お願い事を本当に聞いてくれるかどうかは、完膚なきに別問題である。草薙護堂は一応聞くだろう。むしろ躍起になって否定するか。
 一番やばいのは羅濠教主だろう。義理の姉上に関してはクリスの言うことはドンピシャである。

「まあ、クリスの言っていることは間違ってないだろ」
「ええっ、そんなっ! 冬姫ちゃんはああ言っていたんですよ。どうすればいいんですかぁ!?」

 涙目になって上目遣いでこちらを見る。かわいらしくはあるが、あまり心は動かされない。
 面倒くさいなあ…。ていうか、何なんだろう。彼女たちは。片や被害妄想が強く、プライドだけはでかいバカ女。片やこちらの言うことが聞こえているのかどうか分からない、思考回路がずれた脳天気な女の子。
 ぶっちゃけると、女好きの自分でもお近づきになりたくないコンビだ。
 いや。むしろ、お断り申し上げたい。
 何だか、ものすごい無駄な時間を過ごしているような気がする。陸君の店へ挨拶に来て、VIPルームに案内されて、美味しい中華料理をつまみつつ、クリスと二人きりの甘いムードに浸っていたのに、何でこんなことになっているのか。
 この二人がこの店にやってきて、騒ぎを起こしたせいである。
 何だか、すごく腹が立ってきた。

「な、何か、流一さんが凶悪な顔をしてますー!」

 香月さくらが何やら怯えているが知ったことではない。
 ここはクリスとの平和な時間のためにも、何としてでもこの二人を追い出さなくては――。
 しかし、さすがに手荒なことをするわけにはいかない。なけなしの良心も痛むし、彼女の親戚であるという草薙護堂が黙っていないだろう――。
 そこではたと思いつく。

「さくらさん、とやら」
「は、はいーっ」
「草薙護堂の親戚だという話だが」
「あ、はい。そのとおりですっ。もしかして、護堂ちゃんのお友達なんですか?」

 護堂の名前を出した途端、何やらほっとする香月さくら。

「いや、知り合い以下ではあるが、それ以上ではないな」
「えー!?」

 人に『猪』をぶつけてきたハーレム野郎と友達になった覚えは断じてない。
 香月さくらが何やらショックを受けているが、それに構っている場合ではない。

「奴に電話して、こう伝える――。あ、俺が言った方が早いかな? ちょっと、奴につながったら、俺と代わってくれ」
「は、はい。分かりましたぁ…」

 香月さくらが慣れない手つきで携帯電話を取りだし、操作しているのを見て、やれやれ、と一心地つく。
 これでなんとかこの二人に関して、けりがつきそうだ。
 話がついたら本人たちが来るのを待つのみ。おっと、その前に陸君に事と次第を伝えておいた方が良さそうだ。
 そして、数十分後――。


「いいい痛い痛い!! 馨、勘弁して!! 今度は絶対いい子にするから…!!」
「ダメダメ…。この前もその言葉に騙されたんだから。しかも、今回はよりにもよって…、ねえ…」

 正史編纂委員会を統括する沙耶宮馨が、ギリギリと連城冬姫の頭を掴みあげている。
 その光景に流一はうむうむと満足げに頷く。
 一方、香月さくらは込み入った話になるのでクリスが魔術で眠らせた。
 そして、その彼女をソファに寝かしてきた人物が――、

「これで、よし――」

 草薙護堂本人だったりする。
 日本のもう一人の大魔王は、流一たちが座っているテーブルにやってくると、椅子に座る。

「あー、流一。久しぶり、か?」
「ヒサシブリデスネー」

 おざなりに言葉を返す。実際の所、そんなに日はたっていないが。
 流一の態度に草薙護堂は顔を引きつらせる。

「あー。いや、その…。この間は悪かった」
「悪かったって、何が?」
「あー、その。『猪』をぶつけたこと」

 決まり悪げに答える。

「ああ。踏みつぶされたり、轢かれたりして、死ぬかと思ったよ」
「いや、本当に悪かったよ。だけどあれは、わざとじゃないんだ。まさか、『猪』が龍と一緒に飛んでいったところが、流一の所だったなんて――」
「わざとだったら、あの場で首をはねてやるわ!」

 クワッと目を剥くと、首をすくめて縮こまる草薙護堂。
 見た感じ、本当にすまなそうな顔をしている、ように見える。それが何だか非常に気持ち悪かった。
 なぜなら、彼もカンピオーネなのである。何人も及ばない、暴虐の魔王。本当にこんな気質だったら、到底『まつろわぬ神』相手に戦うことなどできないからだ。

「はいはい、流一。そこまでにして」

 クリスがぱんぱんと手を叩く。
 草薙護堂としゃべっていても楽しくはないので、彼女の方へと顔を向ける。
 同じく草薙護堂や、連城冬姫、そして彼女を芝いていた沙耶宮馨もクリスの方へと顔を向ける。

「まず、ミス沙耶宮。彼女は本当に四家の連城家の人間なのですか?」

 単刀直入なクリスの質問に、沙耶宮馨は頷き、滑らかに答えた。

「ええ。この冬姫は確かに連城家の長女です。本来なら、僕や恵那、九法塚幹彦さんのように、正史編纂委員会の人間として働くところなのですが――。彼女は呪力をため込めない特殊体質なのです。よって、媛巫女にも抜擢されることはありませんでした」
「あ、そうか。それで、記憶操作の術で何とかしたのか」
「そうです」

 術者だったら、この術をかけても記憶を取り戻す確率が高い。しかし、呪力をため込めない体質なら、一般人とは大差ない。その意味では適切な処置だったのだろう。
 しかし、

「問題は行動力という面では、想像以上だったことね」
「いや、まったく」

 沙耶宮馨が神妙な顔つきで頷く。

「冬姫は背の低さと術が使えないことがコンプレックスになっておりまして、周囲との人間関係も上手くいかず、色々と問題行動を起こしているわけです。100%同情はできません」
「そうだよなー」

 その問題行動の内の一つが、一般人巻き込んで魔王に会いにいこうというものなのだ。確かに同情はできない。

「で、いかがいたしますか?」
「いかがって?」
「連城冬姫の処遇です」
「あー、それか。そうだなあ…」

 そこまで考えていなかったので、返事に困ってしまう。
 流一が悩んでいると、

「ちょっと、馨!!」
「なんだい?」
「あんた、何そこの素人の子供に連れてこられたり、どこの馬の骨ともしれないような術者相手に、私をどうするかお伺いを立てているのよ!?」

 相変わらず高飛車な冬姫の物言いに、さすがの沙耶宮馨もいつものアルカイックスマイルを維持できないのか、こめかみに青筋を浮かべる。

「そういえば、甘粕さんがかけた『狂わし』の術。まだ、解いていなかったね…」
「あ。じゃあ、俺がやるわ」

 術で解除するとなると、それなりに手間がかかるので、流一がやることにする。
 左手を冬姫の額に伸ばすと、パチンと人差し指で弾く。

「いったあ!! 何すんのよ!!」

 何も減ったくりもなく、タケミカズチの権能で術を解除しただけである。

「ほれ、日本のカンピオーネの二人の名前をもう一度言って見ろ」
「あんた、ねえ…」

 憎々しげにこちらを見る連城冬姫。

「草薙護堂に岩崎流一でしょ! ん? 流一?」

 彼女は目の前の人物の名前が流一であることに気がついたのか、首を捻る。
 流一はにぃっと笑うと、

「俺がその岩崎流一で――」

 今一人の人物を指さす。

「そこのそいつが草薙護堂さ」
「へっ――。ひぃーっ!!」

 自分の方と何やら仏頂面をしている草薙護堂を見比べると、連城冬姫は絶叫し始めた。
 高飛車な少女が、一変して恐怖の表情へと変貌するというのはなかなか見物だった。

「いいなあ……。正史編纂委員会にもこうやって絶望のどん底に突き落として、正体ばれたかったなあ…」
「清秋院家のあの一件で充分絶望のどん底に叩き込みましたよ、主に年長者の面々を――」

 浮き浮きする流一に対して、ため息混じりの沙耶宮馨。

「で、彼女の処遇ですけど委員会だとどうするつもりですか、ミス沙耶宮?」
「そうですね…。今回ばかりは記憶操作や尼寺に十年放り込むぐらいじゃ、すまないレベルですから――」
「か、馨!! 私のことを見捨てる気なの!?」
「冬姫…。今回は日本の呪術界を二分する大抗争が起きかねないような失態なんだよ。一度リリアナさん経由で、『民』側のクリスさんから警告が来ていたのにこのざまだ。護堂さんから連絡が来て、どれだけ胃が痛んだことか…」

 端麗な容姿をした沙耶宮馨が胃の辺りを抑える様子は何とも奇妙な感じだった。

「いっそ、ガルーに命令して、太平洋のど真ん中に叩き込むか、大気圏外からノーロープのバンジージャンプでも敢行させようか?」
「……その方が手軽だし、他の者にも分かりやすく示しがついて良いかもしれないですね」
「馨ー!!」

 秀麗な顔に影がさし、ふふふと不気味に笑う沙耶宮馨に対し、溺れる者は藁をもつかむという必死の表情をする連城冬姫。
 そんな今回の下手人に対し、手を差し伸べるのはやはりあの男だった。

「おい、もういいだろう。今回のことはこれで大目に見ても――」

 草薙護堂である。
 この助け船に希望を見出したのか、一転して冬姫の顔に輝きが戻る。
 そりゃそうだ。他ならぬ魔王からの援護射撃である。さぞかし心強いことだろう。

「何でだ?」

 流一は胡散臭げな目で、草薙護堂を見る。

「だって、今回魔王のことを知ったのはさくらさんだけだろ? 身内の俺が言うのもなんだが、彼女が俺たちのことを知ったからって、大層なことができるとは思えないし…」

 それなりにこの業界に通じている流一からすれば、甘い認識にしか聞こえなかった。
 それとも、女の子の前だからなのか。もてる男は違うということなのか。

「おまえ。今回は怒っていい立場なんだぞ?」
「そうね。確かにその通りだわ」
「へっ?」

 何が何だか分からないという表情をする

「あいつがおまえの親戚引き連れて、俺らのことを触れ回って、邪術師のやつらに目をつけられたらどうするんだ?」
「じゃ、邪術師って?」
「道を踏み外した術者。要するに魔術の世界における犯罪者だ。狂信者とかな」
「なっ!?」
「しかもあの子が草薙護堂の親戚だと知れば、よからぬことを企んでもおかしくはないでしょうね。人質ですめば良いけど」

 流一とクリスの説明を聞いて、みるみる顔を青くする草薙護堂。
 どうも、その辺は考えが及ばなかったらしい。
 沙耶宮馨も重々しく頷く。

「護堂さん達をマークしているのは我々のように真っ当な術者とは限りません。邪術師たちも同様にカンピオーネについて把握しようとします。多大な影響を被るのは、彼らも同様ですからね」

 冷や汗を流し、黙り込む草薙護堂。
 流一はクリスに話を進めるように目配せする。

「では、ミス沙耶宮。今回の連城冬姫の処遇に関して、そちらにおまかせします。そして、この件に関しては我々はこれ以上干渉しません。それで、いいわよね。流一?」
「ああ、いいぞ」

 これ以上、あの連城冬姫に関わってもめんどくさい。関わる価値もない。
 めんどくさいという意味では、草薙護堂の親戚も同様だが。

「寛大な処置に感謝いたしますよ、ミス・レイブンクロフト。そして、岩崎流一さま」

 恭しく頭を下げる沙耶宮馨。

「よし。じゃあ、帰るか」
「では私たちはこれで失礼いたします」

 さっさとこの場を離れて、不愉快な気分をリフレッシュしよう。
 流一はクリスと一緒にVIPルームを出て、見送りに出てきた陸鷹化に一言言ってから、メイド喫茶をあとにした。
 雑居ビルの建ち並ぶ、秋葉原の通りを二人は歩く。

「さーて。あの連城冬姫、どうなりますかねー?」
「さあ? 最低でも次期当主の座は消えるんじゃない? 事件としては大事にならずにすんだし、草薙護堂が擁護すれば、軽めにはなるでしょうね」
「そんなもんか」
「ちなみに身柄をよこせって、要請することもできたけど?」
「いらん。あんな奴。ろくでもないことになりそうだ」

 クリスの言わんとするところを察し、ぶっきらぼうに流一は即答した。
 自分にだって選ぶ権利はあるのだ。側に置くならもっと信頼の置ける女の子でなくては。それに、こういう無理矢理な形は自分の望む所じゃない。
 そんな流一の心情を知ってか知らずか、クリスはクスリと笑う。

「そうね。そういうと思ったわ」


 後日、連城家で何やら大騒動が持ち上がり、次期当主となる人間が代わったという噂が聞こえてきた。
 さらにちらりと聞こえてきたのだが、草薙護堂に幼女の愛人が増えたとか増えなかったとか――。
 どういう展開になったのか察しがついたため、流一たちの態度は実に淡泊だった。



あとがき

 というわけで、第18話の続きにして、連城冬姫の登場でした。まあ、流一に関わったせいで痛い目に会いましたね、彼女。もうこの作品では登場しないでしょうが(ぉぃ)。
 香月さくらと連城冬姫ですが、流一的には評価の低い女の子たちです。というわけで、結構邪険にしています。てゆーか、彼女たちって大学では他に友達いないんじゃないでしょうか。二人はベクトルは違えど、かなり厄介な性格です。見た目通り、性格もある意味子供なんですよね。書いてて結構動かすのが厄介に感じました。この手のキャラクターは私、苦手なようです。
 さて、次回はどうしようかな…。ちょっと、悩んでおりまして、流一たちが徳永明日香や三バカトリオと知り合いにするというのがちょっとプロット上重要になっておりまして、なんとかしたいのですが、原作通り陸鷹化の所に護堂と三バカが学園祭のメイド喫茶の件で来るのはアリかどうなのか…。結局アリにしちゃいそうですが(ぉぃ)、その辺で時間を食いそうです。つまり、気長にお待ちくださいということで(滝汗)。


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