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Danas je lep dan.

2014-12-20 言理の妖精語りて曰く

[]なろうの異世界転生がこんなにサイバーパンクなわけがない――最近『幻想再帰のアリュージョニスト』第1-2章

 ちょう面白かったです。

 幻想再帰のアリュージョニスト

 取り敢えず読んでみてください。好みは色々あるし,わたしはまだぐるぐる目になりきっていないので無理にお薦めはしませんが,しかしなんというかごめんなさい異世界転生ものを食わず嫌いでバカにしててすみませんでした,と焼き土下座せざるを得ない作品でした。これからは贖罪のために異世界転生ものにも積極的に手を出していきたいですね。

  前情報はなしで読んだ方がいいと思うし,何よりも熱意に溢れるステマレヴューが既にいろんなひとによってなされてているのでそっちを読んでもらった方が早いので,作品の概要を解説するとかそういう野暮なことはここではいたしません。まあまずは騙されたと思って読んでごらんなさい。面白いから。

 ということで,以下はダラダラと感想を書き連ねるだけです。ネタバレも含んでいるので未読のひとは下を読まずにまずアリュージョニストを読んでください。というか「面白かった」と言いつつ実はまだ追いついてません。俺たちは登りはじめたばかりだぜ,このはてしなく長いアズーリア視点坂をよ……! しかしけっこう第1-2章と第3章以降で物語のテイストが変わるのでキリのいいとこまで読んで感想をupすることに決めました。露井先生の次回作にご期待ください!

 さてさて,アリュージョニストという作品に興味を惹かれたのは,魔王14歳さんと小島アジコさんによるステマレヴューがきっかけでしたが,なんといっても以下の一文のインパクトといったらすごいですよね。

円環少女ブラックロッドが好きなら超面白いともっぱらの評判だよ!

小説家になろうの「幻想再帰のアリュージョニスト」について少しずつ書いていくよ - orangestarの日記

 なんだこの特定の超狭い層に訴えかける宣伝は(驚愕)*1

 んでもって読んでみたら,最初はありがちな異世界転生モノと見せかけておいてかーらーのーサイバネ義肢とかサイバーカラテとかのサイバーパンク世界観に,主人公が最初の敵をやっつけてからの第五階層が古川日出男『アラビアの夜の種族』を思わせるテイストで割と俺好みの混沌感であり,ロウ・カーインなんていう『天元突破グレンラガン』でヴィラルが大好きな人間にとってはすばらと言わざるを得ないキャラも出てきて,何よりも文章のテンポの良さが愉しくて。

 恐怖を、不安を、苦痛を、耐え難いことを耐えられなかった人間は、心の強い人間に蹂躙されるしかない。彼らは勝利の後こう言い放つのだ。心が弱かったためにお前は負けたのだ、と。

 そういう連中の肉体を破壊して、身体が脆かったためにお前は負けたのだ、と言ってやることが、この俺の最大の楽しみである。

幻想再帰のアリュージョニスト - 1-2 死者を代弁する者

 暴力に聖も俗も、善も悪もありはしない。

 あるのはただ、速度と質量、そこから生まれる運動エネルギーのみ。この位置関係では、そこに高さすなわち重力加速度が付け加えられる。

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-19 サイバネティクスとオカルティズムの幸福なマリアージュ

 しかし割と心を撃ち抜かれたのは次の一節でした。

『さあ、貴方という存在を、遡って。そして語り直すことを許して欲しい。それがどんな痛みでも、そこから貴方という存在が立ち上がってくるはずだから』

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-7 炎は黄金を証明する

 地獄への道は善意で舗装されている

 誰かが言った。

 『お互いが配慮し合う、住みよい街づくりを』『だれもが納得できる、美しい社会に』『割れた窓を放置してはならない』『フリーライダーを許すな』『子供たちが安心して成長できる国を作ろう』無数のノイズ

 正しさという樹脂を固めて成型。モデルは豊かな現実。五十六億七千万年後に来たる救世トリクルダウン。優しくて柔らかな虐殺の文法。仮構した問題の最終的解決。存在しない衝突の解消。異常はすべて処理。社会の完全なる正常化。バックグラウンドでは既にして内戦状態。凍死の十二月。無造作な死。千引きの岩は段ボールで出来ている。来世は実在する。

 死は救いだ。

 それでも、死は幾多の感情を生み出す。

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-7 炎は黄金を証明する

 あっ,これはやられた。読んだ直後に伊藤計劃スキーの魂がびくんびくんと震えましたよ。悔しい,でも,感じちゃう……っ! 次のくだりもなかなかたまりませんね。

「悪いがな、俺の故郷じゃ意識の連続性なんてのは、ナチュラリストロートルの繰り言って扱いなんだよ!」

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-19 サイバネティクスとオカルティズムの幸福なマリアージュ

 自殺とは、己の意思によって望むものではない。外部からストレスを加え、自ずから死を選択させる。そのような脳の誤作動を強制的に引き起こす、人間の脆弱性を的確に突いた拷問。原始の時代から存在する呪術的クラッキング。自殺は外部から強制されることで引き起こされる、責任と行為者を錯誤させた呪殺のメソッドである。

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-19 サイバネティクスとオカルティズムの幸福なマリアージュ

 スワンプマンとかの単語も出てきてもうほんとになんなのこの作品は。それでもってトリシューラの世界観がこれまたツボというか。

「私を中心に、ありとあらゆるミームを撒き散らす。伝染させる。感染させる。私の視座で、この階層を浸食して支配して翻弄する。それは波紋を広げて、人と人とを繋げて、そうやって広がった視座が、視野が、視点がそれぞれ重なり合い、異なる形に変わっていく」

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-8 その視座の名はゆらぎの神話

 あ……ああっ……何これ気持ちいいっ……! 読んでてゾクゾクしました。超俺好みなんですが。ちなみにこれでトリシューラちゃんのファンになりました(その後コルセスカに絆されて主人公の気持ちがよくわかった)。ただこの辺には元ネタがあるようで。

「トリシューラ、貴方は、まさか」

「これは過去に頓挫した試みなんだ。だけどもう一度、この閉鎖・限定された第五階層で試そうと思ってる」

 空気が張り詰めていくようだった。

 二人の間で、俺の知らない何らかの積み重ねが動いている。

 トリシューラは、何かをやろうとしていた。

「複数の視座を重ねてなにか創発的な活力を生み出そうとするこういう試みを、私たちはこう呼んでいた」

 そして、その名を口にする。

「【ゆらぎの神話】と」

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-8 その視座の名はゆらぎの神話

 魔王14歳さん周辺でやっておられたらしい「ゆらぎの神話」。正直この辺はさっぱり把握していないのでよくわからないのだが,しかしよくわからなくても楽しめるので安心して読むべきかなと。

 ちなみにコルセスカには以下の科白で絆されたり。

 色々な事があって、色々な人に出会いました。引きこもって沢山のフィクションに浸っていた時と同じように、無数の『私のものじゃない』物語が私の前を通り過ぎていきました。そうしているうちに、気付いた、というかある人に指摘されて気付かされました。現実も物語も同じなんだって。物語の中の登場人物はみんな自分の人生を必死に生きていて、現実に生きている人たちも自分の人生を必死に生きている。私はいつだって物語と共にあった。

 物語の中、歴史の中の氷血のコルセスカもそうで、トリシューラも、きっとそう。だとすれば、今、ここにいる私だってそれは同じなんだって、そう思いました。そうしたら、トリシューラに対する劣等感も消えて無くなりました。だって本当は、私の勝利条件も彼女と同じ『自分になること』だってわかったからです。言葉の上で違う目的であるかのように表されているだけ。私達は、本当は同じ目的に向かって進んでいたんです。

 伝説にある氷血のコルセスカ、神話の中の冬の魔女。昔語りから抽出されて編集された、架空の存在を模倣して生まれたのが私。

 けれど、そんなことはどうだっていい。私は、今ここにいる私はたった一人。何かを参照して作られただけでは不十分だというのなら、今ここにいる私が参照されるくらいの存在であればいい。私が新たな神話を紡いでみせればいいんです。

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-15 そんなことよりゲームをしよう

 この作品のヒロイン,物語ジャンキーにとっての魅力が天井知らずでヤバい。

 でもって『円環少女』が引き合いに出されてましたけど,確かに魔法の体系化とかSF的理屈づけとかはそんな感じだよなと。あとはキロンの役回りとか。

 俺にはキロンのような圧倒的な美貌、強さ、信念といった、英雄らしさが欠けている。彼が敷く物語のルールで戦う以上、それ無くして勝利することはできない。だが、必ずしも俺がそうである必要は無い。善良さ、主人公らしさというものを、俺の外側から持ってくればいいだけのこと。

 勝つための力が無いならそれは二人の魔女から借り受ける。勝つための資格が無いならそれは善なる少年から借り受ける。俺はそれらを効率よく伝達させるだけでいい。

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-17 レジンキャストエピゴーネン

 尊いものを零落させる、それは聖性の卑俗化にして周縁化。

 俺は弱くつまらない。ゆえに強大な相手を引きずり下ろして戦う。敵対者の信じる者の価値を貶め、万物の価値を交換可能なものへと斉しく変質させる。

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-19 サイバネティクスとオカルティズムの幸福なマリアージュ

 キロンって間違いなくグレン・アザレイですよね。登場のタイミングも含め。

円環少女 (2) 煉獄の虚神(上) (角川スニーカー文庫)

円環少女 (2) 煉獄の虚神(上) (角川スニーカー文庫)

円環少女 (3) 煉獄の虚神(下) (角川スニーカー文庫)

円環少女 (3) 煉獄の虚神(下) (角川スニーカー文庫)

 というかこのオカルトパンク世界での戦い方というか身の処し方,ありがちなファンタジーでしょと思ってたら予想外にアレで驚きました。なんだこれ。

 とはいえ何もしていない俺が責めるのも酷というものだった。俺がやったとしても似たような結果になったはずだ。トリシューラは極めて冷静に対応した。指摘されたような意図は無い、という否定の文章を上げたのだが効果は薄く、火はその勢いを増すばかりである。公式な回答としてはごく真っ当なものだが、相手側の動きが速く、そして量が多い。

「情報の拡散と循環が速い――」

 見るも無惨な地獄インターネットであった。あちこちの掲示板とSNSニュースサイトに転載され拡散されていく俺の情報。晒されるサイバーカラテ道場。『何がサイバーカラテだよ馬鹿じゃねえの』『腕気持ち悪過ぎだろ』などなど。

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-11 欠落と渇望

「トリシューラ。騒ぎをまとめてるブログの記事投稿日時、ソースになってるスレッド立てとレスポンスのタイミング、SNSで情報拡散してるアカウントの作成日時を調べられるか」

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-12 リーナ・ゾラ・クロウサーより

 声に出して読みたい美しい日本語ですね>「見るも無惨な地獄インターネットであった」。というかこのフレーズでウケる層相手に書いてるとかすげー狭い読者層しか想定されてない気がするんですがそれは。加えてこれだという。

「メタテクストが改変されていく――ハイパーテクスト系、いえ、これはアリュージョン系の神働術――! やられた、これは最初に優勢な方が負けるパターン!」

 ああ、それだ。

 相変わらずコルセスカは胡乱なことばかり口にするが、しかしこの世界において彼女の言うことはだいたい正しかったりする。とすれば、そういう型にはまるのが世界のルールとしてまずいということも充分あり得る。

 ある種の物語のセオリーに従って現実が変容する、なんて、デタラメも良いところだが。

 それがこの異世界のルールなのだと言われてしまえばそれまでだ。

「なんてこと、絶体絶命からの逆転劇を演出されました! このままだと、私では流れ上勝てない――アキラ! 何か勝てそうな言動をして下さい!」

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-14 転生者殺し

 こんなファンタジーが過去にあっただろうか。色々と詰め込みすぎでしょ。あとはなんか「レジンキャストエピゴーネン」っていうタイトルが『レジンキャストミルク』っぽいなあ,と思っていたら,

(何々、藤原祐の『レジンキャストミルク』? 随分とまた古い小説を。というか君は相変わらずその年代の娯楽小説が好きだよね)

幻想再帰のアリュージョニスト - 幕間 『もし狂犬が戦国乱世に転生したら』
レジンキャストミルク (電撃文庫)

レジンキャストミルク (電撃文庫)

 読んでたーーーーーーーー! やっぱり読んでたーーーーーーー! いやまあ読んでて不思議はないのですけれども,なんですかこの特定世代の文章ジャンキー狙い撃ちネット小説は! もちろん物語や世界観,パロディのみならずギャグも楽しめるわけで。

「じゃあ、メクセトの神滅具は全て自分が集めるっていうのは、因縁があるから義務感や使命感に駆られてってわけじゃなくて」

「我ながら困った性分ではあるのですが、フルコンプしないと気が済まないのです。因縁があるアイテムだったらなおさら思い入れだって湧き上がりますからね。可能な限りやり込んで、アイテムも仲間も全て回収。トレードオフの関係にあるものは一回性の体験として潔く諦めますが、これは私の譲れないプレイスタイルです」

「すると俺は何か。仲間キャラだから加入イベントの為に必死に助けようとしている、と?」

「ええ。私は貴方が、中盤に加入する暗い過去を背負った武術家クラスの仲間キャラだと確信しています。丁度、前衛も強化したかった所ですし。更には私と似て非なる転生者。これは間違い無く新しい仲間のイベント開始のフラグだと私の経験が告げていました」

「そうか。そんなコルセスカにクソオタの称号を献げよう」

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-15 そんなことよりゲームをしよう

 挑発めいた俺の口舌に、カーインは薄い笑みを返すのみだった。ていうかこれ有料配信なんだけど、わざわざ課金してくれたんだよな? 実は大事な顧客だったりするのか。もしかすると、俺が拳を交えた相手が次々と金を落とすようになるという殴り合い営業が有効なパターンなのでは。

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-16 鏡(ミラージュ)

「セスカの馬鹿ー! アキラくんを離してー! 離さないと、昔セスカが書いてた恥ずかしい小説をネットで公開するからー!」

「あれなら、既に自分で公開していますが?」

 衝撃の事実に、俺とトリシューラの精神が震撼する。トリシューラの精神世界である深海そのものに激震が走った。

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-16 鏡(ミラージュ)

「どうせ今回も召喚コストに圧迫されて極貧生活でもしているのでしょう。今度から借金地獄の主とでも名乗ったらどうですか」

「よっ、余計なお世話です! ふん、保護者の脛を囓って生きている貴方には人を養わなくてはならないわたくしの苦労などわからないのでしょうね。人が寸暇を惜しんで働いている間、一体貴方は何をしていました?」

「ゲームしてました」

「――――貴方はわたくしが手ずから殺します。覚悟しなさい」

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-19 サイバネティクスとオカルティズムの幸福なマリアージュ

 この辺は読んでて思わず笑ってしまった箇所。もちろん熱血もあります。

「勝敗ははっきりさせるけど、生きるか死ぬかの勝負にはさせないってこと? 土台からひっくり返すようなこと思いつくよね」

「押しつけられた選択肢なんざ糞だろ。それが生き死にの問題なら猶更だ。それに」

「それに?」

「どうせ勝つなら、完璧に勝ちたいだろ。勝負事ってのは負ける奴がいないと成立しないし、優越感ってのは負けて悔しがる奴がいないと味わえないんだからな」

幻想再帰のアリュージョニスト - 2-13 メクセトの神滅具

 さてここまでなんの整理もなくただダラダラと文章を引用しては逐一コメントをつけるだけという芸のない更新方法を採ってきたのは半分くらいが自分用のメモだからなのですが,半分くらいはまっとうにこの作品のコンセプトとかを考えて語れるほど読み込んでいない,あるいは読み込むだけの力量がない,という話で。もう本当に,ひとによって色々な分野がその中に幻視されて,作者さんの厖大な抽斗の前に圧倒されるほかなくて。

 もちろんそれはオリジナリティがないという話ではなくて,その借り物の集積の組み上げ方はセンス・オブ・ワンダーの極みと言うほかなくて,この辺は魔王14歳さんも指摘してるしわたしも別の作品に関して書いたことがあるのだけれど。

 ……っと、細かい背景を説明し始めるときりがないので、この辺で。さらっと表層を触れただけでも、雑多な要素がばんばん詰め込まれてる印象を持たれたかと思いますが、実際まったくその通り。本作には様々な分野の教養や、神話・既存作品からのモチーフ、さらにはネット上で日々囁かれるしょうもないネタに至るまで、ちょっと過剰なくらい多様な要素が参照・引用されています。タイトルにアリュージョン(引喩――引用を利用した修辞法)と冠されているとおり、作者の「最近」氏は本作が借り物のイメージの集積から成り立っていることを隠そうともしていません。後述しますが、むしろこの積極的な引喩を駆使するスタイルこそが本作を貫く思想ですらあるのです。

神話、引喩、オカルトパンク。一部で妙に評価が高いWeb小説『幻想再帰のアリュージョニスト』とは - 魔王14歳の幸福な電波

 あらゆる物語の類型は出尽くした,と言われて久しい。また,SFにおける画期的なアイディアも,一部のハードSF書き以外の間からは出てきにくいように思える。だが,わたしたちは,オリジナリティとは既存のものをどう組み合わせるかという点にも宿り得るものだということを知っている。前述の『紫色のクオリア』も,あるいは伊藤計劃の『虐殺器官』も,どちらも種本やオマージュ元が非常に分かりやすい小説だった。『紫色のクオリア』で主人公が「万物の理論」の絵を鑑賞するシーンはまさにグレッグ・イーガンの『万物理論』を下敷きにしたものでしか有り得ないし,『虐殺器官』にはパスカルキニャールやスティーヴン・ピンカーを種本にしたと思しき記述がそこかしこに見られた(ジョン・ポールが主人公に向かって虐殺の文法を解説するシーンなんかはあからさまだろう)。けれどもそれらの作品のオリジナリティは誰もが疑うまい。既存のものを単に焼き直すのではなく,新しいやり方で組み合わせ,そこに自分の設定を付け加えることで生み出されるもの,それもまたセンス・オブ・ワンダーの一形態なのだと,それらの作品は教えてくれている。

 『シュレかの』もまたそのようなセンス・オブ・ワンダーの発露であり,古典的な題材や発想を組み合わせて,どれだけオリジナリティあふれる物語が書けるのかということを証明している。それはきっと,あまりにも多くの物語が溢れるわたしたちの社会にとっての,ささやかではあるけれども,希望のひとつの形なのだと思う。

パラレルワールド×古典的ラヴコメという魔合体から生まれるセンス・オブ・ワンダー――度来ななみ『葵くんとシュレーディンガーの彼女たち』 - Danas je lep dan.

 実際,サイバーカラテ破壊後の主人公の〈自分〉の取り戻し方は,なんというか,『偽物語』で言われるところの「誇り高い偽物」……ともまた違うというか。なんだろう,この世界だからこその論理で〈自分〉が支えられていて,それは現在のわたしたちにとって大いに意味のある〈自分〉の構築の仕方なんじゃないかな,とか思えて。

 ……うーん,いやほんと,語れないですわこの作品。どう語ればいいか以前にどういう枠組みで把握すればいいかすらわからない。この辺の戸惑いは,既に以下のように文章化されています。

twitterでの、ちょっとした感想をのぞいて。サイトなどで、細かくレビューのように書いている人たちを何人か見たけれども、結局書けなくなって途中でとまってる(っぽい)。

恐らく、アリュージョニストの情報量、それに対して、どこを主軸にしてレビューを書いていいのか分かんなくなるんだと思う、少なくとも自分はそうです。

物語の主軸がない。テーマのようなものはあるけれども、メインテーマは、壮大、というか一言で語りつくせない概念の塊みたいなもので、たぶんそれについて書くだけで本一冊くらいかけそうなくらい。個別のストーリーのこまかいラインはあるんだろうけれども、複数のラインが同時に進行しており、それが複雑に絡み合っているため、語りつくせない。何から話して良いのかよく分からなくなる。そんな感じで、アリュージョニストの感想って上がらないんだけれども。

アリュージョニストを読みたいけど読むとへこむから読めなくてつらい - orangestarの日記

 自分の作品よりも凄い作品、自分よりも凄い書き手に出会った時、そこに書き手は嫉妬や、落胆や、憧れを覚える。しかし余りにも格が違いすぎるともはや優越も劣等も発生しない。俺は今回それを思い知りました。

 次元の違う相手は尊敬することも出来ない。出来るのはただ崇拝のみなのだと。

 ならば最近さんは、アリュージョニストは……神?

 

 ――いやいやいや! 我に返れ俺!!!!



 とにかく、読み手の皆さん、いいから読め!! 

 俺を信じてこれを読め! 俺なんか信じなくていいからこの作品を信じて読め!! 

 最高を越えた未曾有の読書体験があなたを待ってるぞ!


 そして、書き手の皆さん、読むな!!!!!!!!!

 悪いこと言わないから、書き続けたいなら読むな!

 酔わされるぞ! 食われるぞ! 書けなくなるぞ!

幻想再帰のアリュージョニスト|右の活動報告

 でも,わたしは。まったく逆のことを思ったよ。

 楽しいって。書いてて,楽しそうだって。

 忘れてた。創作は苦しいけど楽しい。

 苦しさに耐えられるのは,その苦しみが同時に楽しみでもあるからだ。

 私にとって物語を書くことは,草花の仕組みに似ています。

 花の美しさに魅せられて,その感動が心の中で実を結び,そしてやがて種を撒き散らす。胸に残ったその一粒の種から,かつて見た花をもう一度咲かせたくて,誰かにそれを見せたくて,だから芽吹かせて育てようと必死になる。

 私には主義主張なんてないんです。世に問い糾したい思想なんてない。褒めてもらいたい独創性もない。ただ,いつか誰かに貰った種が心の中にあるだけです。ガンアクションが好きで,変身ヒーローや武侠片やサイバーパンクやコズミックホラーやマカロニウェスタンが大好きで,その好きっぷりがもはや自分一人の内側に仕舞い込みきれなくなって,こんな稼業に就いてしまいました。だから私がやってきたことは,いつだって二次展開だったんです。それが“否”であってたまるもんですか。胸を張って“是”だと叫びたい。引け目なんて感じたくない。あまりにも虚しい,恥も外聞もない寄生虫どもが跋扈する二次展開産業の中で,それでも私は,書くことの喜びを貴いモノだと信じたいのです*2

 天上の衣には縫い目が見当たらないという。たとえば古川日出男『アラビアの夜の種族』を読み終えたとき,わたしはそこに糸の解れさえも見つけることができなかった。ああいった物語がどうやって紡がれるのか,わたしには皆目見当もつかない。だがアリュージョニストは天衣ではない。ところどころに,わたしたちは縫い手の痕跡を感じ取ることができる。「こういう文章はわたしも書いたことがある」とか,「ああ,こういうことを考えてこんなことを書いたんだろうな」とか「この文章はちょっと俺なら書かないな」とか。もちろん書き手に無縫であるべき義務などない。そうではなくて,そのような縫い目の存在こそが,わたしたちに希望を抱かせるということだ。

 「わたしにもアリュージョニストのようなものが書けるかも」なんて夢想を抱くほど夢見がちなワナビではない。それは無理だと何度も何度も自分の作品を含む色々な作品に思い知らされた。わたしが言っているのはもっと単純なことだ。好きなものを詰め込んで好きなように物語を紡ぐことは,創作は,こんなに楽しい行為なんだと。すっかり書く手を休めて怠惰な批評家気取りでいたわたしにとって,それは文字通り,一筋の明かりに見えた。たとえ追いつくのが無理ゲーだとしても。どう足掻いてもその領域に到達することが不可能だとわかりきっているとしても。そもそもそんなことを目標にしていないとしても。

 『幻想再帰のアリュージョニスト』は創作者に絶望と希望をもたらす。こんなに色々なものがブチ込まれてしかしなお一貫した世界観を紡ぎ出すその技倆に絶望させられ,けれどもわたしたちに創作の面白さを改めて思い出させてくれる。そんな作品だ。『咲-Saki-』で,主人公たる宮永咲が,対戦相手に絶望を思い知らせながらも同時に麻雀の面白さも思い出させるのと同じように。書き手こそこの作品を読むべきだと思う。読んで,絶望して,希望を抱いて進めばいい。

 ということで,まずは早く連載に追いつけるよう頑張って読みます(汗)

 ちょっと気になったところを。「呪力線被爆」の字は「被曝」の方がいいのでは? あと,第2章後半の方でのロウ・カーイン視点は要らなかったような。ああいう事情はスネイプ先生の過去譚みたいに秘めておいた方がいいんじゃないかと思うのだけれども,どうすか。この辺はひとによって感覚がわかれるところだろうけれど。

*1:すいませんすいません実は『ブラックロッド』は評判を耳にしてはいるもののまだ読めてないんですすいませんすいません。

*2虚淵玄Fate/Zero 4――煉獄の炎』TYPE-MOON BOOKS,2007年,441-442頁。

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