「ミライ」に賭けたトヨタ社長、半世紀先へ創業祖父の魂胸に
(ブルームバーグ):トヨタ自動車は12月15日、燃料電池車(FCV)「MIRAI(ミライ)」を発売した。水素から電気を作る燃料電池技術を実用化した4ドアセダンが1回の燃料充填(じゅうてん)で走れる距離は同社によれば650キロで大半の電気自動車より長い。2015年中に米国と欧州でも発売する予定。これは大変なギャンブルだ。燃料電池車を大量販売するには燃料を補充する水素ステーションの整備が欠かせないが、これが世界で早急に進むとは限らない
独フォルクスワーゲンのマーティン・ウィンターコーン最高経営責任者(CEO)や日産自動車を率いるカルロス・ゴーン氏のほか、電気自動車のテスラ・モーターズの創業者イーロン・マスク氏も、トヨタの燃料電池車について、事業としての存続可能性や環境に優しいという概念の信ぴょう性、安全性に疑問を投げ掛ける。
ハイブリッド車(HV)とプラグインハイブリッド車(PHV)車で成功しているトヨタがなぜ商業的に立ち行く保証もなく、中核事業に悪影響を与えるかもしれない技術にこだわるのかという疑問もある。ブルームバーグ・ビジネスウィーク誌12月22日号が報じた。
トヨタ創業一族の御曹司でトヨタ社長の豊田章男氏は、燃料電池車は電気自動車やハイブリッド車とも共存できると考えている。1997年にHV「プリウス」を投入した時を振り返り、豊田氏は「プリウスを出した際にも懐疑的な人はいた」が、今や「プリウスに限らずトヨタのハイブリッド車は700万台を超えている」と指摘した。
「内戦」トヨタは2015年3月期に過去最高の2兆円の純利益を見込む。これは米フォード・モーター、ゼネラル・モーターズ(GM)、ホンダ3社の見通しの合計を上回る規模の巨額利益だ。豊田氏が望んでいるのは単に車を売ることだけではなく、地球を救うことだ。自動車業界が持続可能な地球の発展に貢献できると考える同氏はミライ投入について、「50年なり何十年なりの世界の行く末を見て、トヨタが今できることを示すという意味でFCVを今、登場させたと思っている」と語った。
09年に社長になった豊田氏(58)はトヨタ の創業者、喜一郎氏の孫であり、豊田氏の社長就任は創業一族のトップ返り咲きとなった。一族からの社長は1995年に病気療養のため退いた達郎氏以来。リセッション(景気後退)を繰り返す日本で、豊田一族の歴史を背負うことは豊田氏の肩にずしりと重かった。
社内の信任を勝ち取るのも容易ではなかった。根回し重視、年功序列が絶対の日本企業文化の中で、トヨタでは「内戦があった」と、グッゲンハイム・セキュリティーズのシニア・マネジングディレ クター、ジョン・カセサ氏は言う。「章男氏は経営陣よりも完全に1世代若い創業一族メンバーだった。章男氏に反対する幹部が山積みになっていた」とカセサ氏は解説した。
水素社会への扉豊田氏は自宅にある仏壇の前で、故喜一郎氏ならどうするだろうと静かに考えることがよくあるという。「喜一郎は57歳で亡くなっている。私は58歳。よく喜一郎おじいちゃんに、私の体を使っておじいちゃんが作ろうとしていた会社にしてください、と仏壇に向かって手を合わせて、そういう会話をしている」と同氏は語った。
豊田氏は自動車はまだ進化途上の技術であり、進化の終わりには程遠いと考えており、水素が化石燃料に匹敵する未来を思い描く。レーダーやレーザー、データシステムが交通事故を減らすという進化も想定しているが、何よりも燃料電池車が「水素社会」の扉を開ける最重要の鍵になると考えている。
燃料電池車への最も辛辣(しんらつ)な批判者はリチウムイオン電池を採用した電気自動車を製造するテスラのマスク氏だ。現在、米国では95%の水素は天然ガスを使って作られる。このプロセスは温暖化ガスを発生させる。マスク氏はミライのような燃料電池車は「偽装された炭化水素車」と揶揄(やゆ)する。豊田氏はしかし、「太陽光やごみからとか、色々な形で水素が生まれる研究が今後進んでいくと思う」と語った。
旧友社長就任後間もない会見で豊田氏は、トヨタが成長の傲慢さに陥り、さらなる成功を求めて規律を失ったと自らを戒めた。業界が金融危機の影響に苦しんでいた2009年10月のことだった。その後米国では異常な急加速による事故で複数の死者を出し、当局が調査に乗り出した。トヨタはその後2年間で約1000万台をリコール。10年2月に米議会で謝罪した豊田氏は過去10年の飽くなき成長戦略に一因があったとの反省を語った。
リコール危機の初期段階で豊田氏はひどく苦しんでいたと、経営大学院時代のルームメートのハビエル・キロス氏が述べている。コスタリカでトヨタ車を販売するパーディ・モーターの社長となっている同氏は、豊田氏が「あんなに具合が悪そうにしているのを見たことがなかった。顔は蒼白になり体重も増えていった」と振り返る。「祖父と父が作り上げたものが駄目になろうとしていて、どうしていいか分からない苦しみだったのだろう」と話した。
素早い開発サイクルで次々とモデルチェンジを繰り返すという長年の戦略から転じ、豊田氏は全ての新車種の開発期間に信頼性と安全性強化のための4週間を追加。北米やその他の地域に社長直属の品質管理責任者も置いた。猛スピードでの拡大路線から一歩下がって基本に戻ろうという豊田氏の方針に対しては、社内で批判もあったと友山茂樹常務は振り返る。
菜食主義のゴジラ販売拡大戦略を推し進めていたトヨタにとってこれは、ゴジラが菜食主義を強いられたようなものだった。そういう戦略を打ち出せたのは創業者一族の豊田氏だからこそだと友山氏は指摘する。普通の経営者には言えないことが言えるのは、他の経営者にはない「長期的な視野に立って後々のことまで考えるからだろう」と語った。
豊田氏は保守派の古参兵から時に批判されることを隠さない。前・元社長らからは「あなた自覚がないとよく言われる」が、「私自身は自覚を持ってきたなと思っている」と笑いながら語った。
豊田氏の当面の敵はまたしても成功かもしれない。トヨタの時価総額 はフォードとGM、ホンダ、日産自を合わせたより大きくテスラの8倍だ。
58歳の豊田氏はこれからも10年ほどはトヨタを率いていくだろう。それまでには、燃料電池車と移動手段の新しい形への同氏の賭けが、勝算のあるものだったかどうかが判明しているだろう。それは故喜一郎氏が想像も出来なかったような世界だが、トヨタが燃料電池車に舵(かじ)を切ったことが恐らく、30年後の世界での孫の豊田氏の評価を決めることになろう。
原文:Demise of Internal Combustion Is Toyoda Driving Toyota’s Future(抜粋)
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更新日時: 2014/12/18 10:02 JST