関根和弘
2014年12月18日01時45分
慰安婦問題の記事を書いた元朝日新聞記者、植村隆氏(56)が勤める北星学園大(札幌市厚別区)は17日、植村氏との非常勤講師の契約を来年度も継続することを発表した。植村氏はすでに更新を打診され、受け入れる意向だという。
北星学園大には3月以降、植村氏が朝日新聞記者時代に書いた慰安婦問題をめぐる記事は捏造(ねつぞう)などとする電話やメールが相次いだ。5月と7月には植村氏の退職を要求し、応じなければ学生を傷つけるとする脅迫文も届いた。10月には、大学に脅迫電話をかけたとして60代の男が威力業務妨害容疑で逮捕された。
この日、記者会見に臨んだ田村信一学長は「我々だけが先頭に立って戦い続けるのは限界があるとの認識だったが、行政を含めた様々な社会の支援が出てきたことから雇用継続を決めた」と述べた。最終的な判断は、会見に同席した大学を運営する学校法人「北星学園」の大山綱夫理事長と話し合って決めたという。
田村学長は10月末、学生の安全確保のための警備強化で財政負担が増えることや、抗議電話などの対応で教職員が疲弊していることなどを理由に、個人的な考えとして、植村氏との契約を更新しない意向を示していた。しかし、その後の学内での議論では学長の方針に反対する意見が相次いだ。中島岳志・北海道大准教授や、作家の池澤夏樹さんら千人以上が呼びかけ人や賛同者に名を連ねた「負けるな北星!の会」が発足するなど、学外でも大学や植村氏を支援する輪が広がりをみせた。
田村学長は当初の考えとは違った結論になったことについて、「380人の弁護士が脅迫文が届いた事件について刑事告発したり、文部科学大臣が大学を後押しするような発言をしてくれたりしたことが大きかった」と話した。
一方で、田村学長は「支援の輪は大きくなりつつあるが、まだ現場の教職員も不安を抱えている。それでもキリスト教による建学の理念に立ち返って前に進もうと決めた」と苦しい胸の内を明かし、文科省や道警、弁護士らと連携して大学の安全管理などを一層強化するとした。
大山理事長は「脅しに屈すれば良心に反するし、社会の信託を裏切ることになると思った」と述べ、植村氏との契約更新に賛成の立場だったことを明かした。
植村氏は2012年度から北星学園大に非常勤講師として勤務。留学生向けに日本の文化や芸術を教えたり、新聞を使って世界情勢を解説したりしている。
契約が継続されることになった植村氏は「これからも学生たちと授業ができることを何よりもうれしく感じています。大学も被害者で、学長はじめ関係の方々は心身ともに疲弊しました。つらい状況を乗り越えて脅迫に屈せず、今回の決断をされたことに心から敬意と感謝を表します」とのコメントを出した。(関根和弘)
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《「負けるな北星!の会」の呼びかけ人で精神科医の香山リカさんの話》 「学問の自由」は憲法にもうたわれ、長い歴史を持つ重要な問題です。この間、事件そのものより元記者や朝日新聞社の責任を問い、間接的に脅迫を肯定するかのような議論が、ネットを中心に一部で見られたのは大変残念だった。万一、また学問の自由や大学の自治を侵害する卑劣な行為が起きた場合、大学内部で対処せず、今回のように情報公開し、外部の支援者がスクラムを組んで大学を守る方法が有効ではないか。その意味でよい先例になったと思う。
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朝日新聞社会部
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