農業女子の面白さ伝えたい 記者から官僚に転じた佐藤一絵さん
2014年12月18日
若い女性農家たちを支援する農林水産省の「農業女子プロジェクト」が2年目に入った。昨年11月にスタートしたこのプロジェクトは、企業と連携して農家の女性たちの意見を取り入れた商品やサービスの開発を進め、今年9月にはダイハツ工業の軽トラック「ハイゼット」にカラフルな車体が選べる「農業女子パック」がオプションの一つとして発売されて話題になった。プロジェクトの実質的な責任者である農水省経営局就農・女性課の女性・高齢者活動推進室長、佐藤一絵さん(45)に、男性中心の農村で、農業女子をどう支えていこうとしているのかを聞いた。【聞き手・山越峰一郎】
−−最初に農業における女性の現状をうかがいます。農家のおよそ半数が女性であるにもかかわらず、新規就農者に限ると女性は2割しかいない。これはどうしてでしょうか?
佐藤さん 新規就農するには農地が必要です。農家の後継者ではなく農業外からゼロベースで入るには、農地を借りるか買うかしなければなりません。しかし、若い女性が一人で借りるとなると、マンションを借りるのとは違って簡単ではないのです。
農水省の新規就農施策は男女平等ですが、土地を借りる、買うとなると所有者との私的契約が必要になります。「よそ者には貸せない」という意識もまだあるようですし、加えて「女性」ということで、男性中心の農村ではかなりハードルが高いのです。
農地や農機具をそろえるときに頼りとなる融資も、最近は女性向け融資制度を用意している金融機関が増えているとはいえ、まだまだ女性には活用しづらいという声を聞きます。内閣府の調査によると、「都市住民の農山漁村への定住願望」は31.6%で、05年の前回調査から11ポイント上昇しています。
しかし、若者について詳しく見ると20代男性が47.4%であるのに対し20代女性は29.7%と、男女の間で20ポイント近い差があります。この差は、「農村、農業は女性に対して閉鎖的だ」というネガティブなイメージがあるためではないかと考えています。
◇女性には農地を貸してくれない
−−農家が減っているのに農地を貸してくれない。それではどういう人なら農地を借りることができるのでしょう。
佐藤さん 典型的なのは、勤めに出ていた農家の息子が何かのきっかけで家業に戻ってくるといったような事例です。同じ男性でも厳しいケースもある。最近の話ですが、農業外から新規就農したある青年が最初に紹介された土地は、かなり荒れた耕作放棄地だったそうです。辺ぴで家から遠く、しかも分散した土地だったら貸せると言われた。そういう難しい土地で、技術が完璧でない新規就農者が農業を始めるのはものすごく大変です。
もっとも、ベテラン農家が「どこの馬の骨か分からない若者にやすやすと農地は貸せない。先祖代々の土地なのでちゃんとした人に使ってほしい」と言うのもおかしな話ではありません。そのため農水省は2013年に、農地集積や新規就農促進のため農地中間管理機構(農地集積バンク)をつくりました。これをもっと機能するようにしなければいけません。
−−農業女子プロジェクトは女性の地位向上にどう役立つのでしょうか?
佐藤さん 農水省はこれまでも農業における女性の地位向上に取り組んできました。安倍晋三政権で「女性活躍促進」が始まり、さらに進めていくことになりました。このプロジェクトは農業女子が培った知恵を企業の事業化可能性と結びつけ、商品化し、社会に情報発信していくためのものです。
目標は「女性農業者の存在感を高めること」「女性農業者自らの意識改革と経営力の発展を促すこと」、そして「若い女性の職業の選択肢に『農業』を加える」−−の三つです。
農業者以外の人と話をすると「農業=男性」と考えている人が非常に多い。農業就業人口は約230万人と10年で100万人減っています。就農・女性課のメインの仕事は新規就農者の確保なのですが、農業は高齢化が著しい。専業的な農家(基幹的農業従事者)の平均年齢は66.5歳と農業に若手は極端に少なく、男女問わず若い人に農業に従事してもらうことが必要です。
男の仕事というイメージが強いままだと女性の農業従事者がなかなか増えません。そんな中で、私たちが全国の農業者と話すうちに、若手で生き生きと農業をしている女性が増えていると感じる出会いもたくさんありました。農業女子の姿をもっと発信して、男の仕事というイメージを変えていきたいのです。
◇「農業女子」のネーミング 批判も覚悟
−−「女子」という名称は行政としては異例ですね。
佐藤さん いわゆる「補助金行政」では外への発信が弱いということで、プロジェクトは発足しました。構想は13年の初めごろに出てきたもので、事実上の「生みの親」は、官民交流制度で今年9月まで農水省にいた博報堂の勝又多喜子さんです。
彼女を中心に昨春から本格的に企業回りを始めたり、付き合いのある農業女子から要望を聞いたりしました。企業から「やる意味を感じられない」と断られることも多々ありましたが、それでも昨年11月に農業女子37人と企業9社が集まって農業女子プロジェクトはスタートし、今では222人と19社に広がっています。
−−反対意見はありませんでしたか。
佐藤さん 多少の批判は覚悟の上です。「○○女子」という言葉はこの数年いろいろなところで使われていて「いつまで女子なんだ」など批判もありますし、「役所が主導するプロジェクトの名称としてはチャラチャラしている」という声もありました。ピンク色中心のロゴマークのせいもあるのでしょうが、農水省の食料・農業・農村政策審議会の中でも「キラキラしたイメージのものを敬遠する女性もいると思うが」という意見が出ました。でも、インパクトがあり、分かりやすい「農業女子」で行こうということになりました。
−−プロジェクトのほとんどが、企業との新商品開発ですね。
佐藤さん 「世の中への発信としてはいいが、企業の宣伝になっているだけで農業女子にメリットがない」「彼女たちの経営力向上につながるプロジェクトになっているのか」など厳しい指摘も受けており、私たちも今後の課題だと考えています。将来的には、参加している農業女子の収益向上につながるようにプロジェクトの内容を充実していかなければいけません。
第1の目標の「存在感を高める」はこの1年でだいぶいい形になってきたと自負しています。さらに、2番目の目標の「経営力発展」を農業女子が実感できるプロジェクトにしていきたい。
「これまで縁がなかった大企業と話すだけで気付くことがあった」と話してくれる農業女子メンバーもいます。企業側にメリットがないとこのプロジェクトは成り立たないので相談しながらとなりますが、より農業女子の経営力向上につながる中身をつくっていかなければいけない。ただ、私たちもやったことがないことなので企業と議論しながら手探りの段階です。
−−農村が閉鎖的だとすると、「でしゃばらずに言われたことをやっていなさい」と言われそうですね。
佐藤さん 確かに地域によっては古い体質が残っていて、「プロジェクトに興味があるけれど、義父や夫は許可してくれないだろうから参加できない」という人も相当程度いると聞きます。
反対に、周囲と摩擦があっても参加してくれた人もいます。「嫁として農家を継ぎ、周囲は年配者ばかりで孤独だったが、このプロジェクトに入り、頑張っている同年代の若い農業女子とつながって仲間になれたことで開き直ることができた」という参加者もいました。もちろんこの222人の農業女子メンバーはまだ恵まれた環境にあるかもしれません。現実問題、踏み出せない人がいることは認識しています。
林業、水産業は女性が少ないですが、農業はもともと半分が女性で、基幹的農業従事者に限っても41.8%が女性です。にもかかわらず、農業女子の存在感は世の中でまだまだ高くありません。このプロジェクトで彼女たちの立場を高めていくことにもつなげていきたいですし、最終的には企業に就職するのと同じように農業も「将来の選択肢」として認識してもらいたいと考えています。
プロジェクトをいつまで続けるのかとよく聞かれますが、女性の職業選択に「農業」が加わるまで、息の長い取り組みにしていきたいと考えています。補助金なしの取り組みですので「金の切れ目が縁の切れ目」にはなりません。
◇どうしたら女性が安心して農村にくるのか
−−参加した女性農業者たちは、どういう経緯で農業を始めたのでしょうか?
佐藤さん 今でも農家の嫁が多いことに変わりはありません。参加する農業女子に9月に行った調査では、4分の1が嫁でした。ただ最近は、農家に生まれ、男の兄弟がいても娘が後継者になるという例が出てきています。農業経営も厳しいので、息子にはもっと稼げる仕事をさせるという場合もありますし、
実家の農地を荒廃させたらいけないと娘が帰ってくるケースもあります。また、夫婦でまたは一人で新規就農した女性も比較的多く、計約4割いました。これから増やしていきたいのが、就農へのハードルが低い農業法人に就職する女性です。
−−1980年代以降に農村で女性起業ブームがありました。また、直売所増加で現金収入を得て女性の地位が上がったと聞きます。今回のプロジェクトと、これまでの農村女性の地位向上策との違いは?
佐藤さん みそや漬物など特産品づくりの分野の起業で女性の活動範囲が広がり、農業に女性の力が必要だという認識も広がりました。しかし、直近の調査では起業数が減っています。おそらく高齢化で辞める人が出る一方、新しい人が後を継いでいないのです。もしかしたら後を継ぎたいというビジネスに至っていなかったのかもしれず、農村のあり方をがらりと変える力にはなりきれていない面も正直、あるのかもしれません。
年間売上高300万円未満が半数と圧倒的に多く、あくまで生活の足しという位置付けでした。今回の違いをあえて言えば、農業以外の世界に目を向けているか否かでしょう。かつての起業ブームも一生懸命取り組んだもので、思いの根っこは同じだと思いますが、外の世界の力も積極的に取り入れていこうとしていることが今回の特徴です。
−−農作物の生産や6次産業化でもうかっている事例は、男女を問わず全国でもそれほど多くないのでは?
佐藤さん 確かに一部の成功している事例ですらまねがしやすいため、後追いがすぐ出てきてしまっています。今成功しているわずかな農業経営者でさえ、事業を永続させていくことは難しいのです。農業は自然を相手にしているのでリスクも高く、こうやればもうかるという世界ではありませんが、農水省としては大規模化、法人化を進めています。特に法人化は、新規就農者も就職という形で入りやすくなるので進めていきたい。
一方でプロジェクト参加メンバーには、家族経営のよさを感じている人もいます。生活できるだけの売り上げは確保しつつ、従業員を雇うのではなく小規模かつ地域で自分たちの農地を守っていき、子供たちに引き継いでいけるような範囲の経営をしたいという考え方です。
−−農家の女性たちも家事育児との両立で苦労しているのでしょうか?
佐藤さん 農村では保育園に空きがあります。また「職場」が近いですし、3世代同居がうまくいっているような家庭では4、5人産んでいる子だくさんの農業女子もいます。都会では考えられないでしょうが、どうしても手を離せず親にも見てもらえないときは、子供が1〜2歳の時はとりあえず農作業している場所の近くに置いていたという「おおらかな子育て」で乗り切ってきたという人や、子供をおんぶしながら農作業をしたという人もいます。
一方で、経営者だけれども子供がほしいと悩む女性もいます。出産するとなると一定期間休まなければならず、経営がストップしてしまう。代わりの人を雇うこともできなくはないが、自分と同じくらいの技量を持っている人を見つけるのは非常に困難です。酪農であれば、365日24時間という仕事なので「酪農ヘルパー」という農水省の支援制度があり、育児にも使えます。それでも単純な作業は任せられますが、技能が必要な部分は完璧にはカバーできません。そのため、「出産の年は農業を1年間断念しなければならないけれども、サポート制度はないか」と相談を受けたこともあります。
農業でも法人雇用であれば、雇用保険から育児給付が出て金銭的なカバーをしてもらえるケースはありますが、個人事業主の場合は会社員のような育児休業制度がありません。自分でリスク管理できるという建前だからです。そういう意味で制度の穴になっていると言えるかもしれません。穴を埋めていくような施策ができないか、厚生労働省など関係省庁にも相談してみたいと考えています。
−−プロジェクトを進めていく中で、予想外だったことはありますか。
佐藤さん 反省を込めて言いますが、農業女子のイメージが外の人に伝わっていなかったことです。農業をやっている女性は「腰の曲がったおばあちゃん」という固定観念があり、東京にもいるような普通の女性が普通に農業をやっている、ということを世の中に伝えきれていない。企業からは「女性もこんなに農業をやっているんだ」と新鮮な驚きをもって受け止められたのですが……。「若くきれいでおしゃれ。作業着でなければ農業女子とは分からない」と。
ただ、農業女子への参加者が増えるペースは思った以上に速かったです。今も毎日のように問い合わせの電話やメールがあります。口コミが多いのですが、メディアで意外に反響が大きかったのがラジオでした。農作業しながら聞いているためです。
◇「転職女子」の経験も生かせたら
−−佐藤さんは北海道新聞の記者をしていましたが、情報発信は難しい?
佐藤さん メディアの立場に立って、「こういうプレスリリースでは記事を書いてもらえない」などということくらいは分かりますが、発信するのはなかなか難しいですね。いろいろなところで地道に話をしていくしかないと思っています。
−−なぜ農水省に転職されたのですか?
佐藤さん 北海道新聞で東京支社に勤務中に結婚しました。東京で転職先を探し、最初は東京大学出版会に入りました。もともとは研究者になりたかったので仕事は面白かったですが、さまざまな限界を感じ、年齢的にも難しいことを承知でもう一度転職活動をしたときに農水省の「経験者採用試験」に出合ったのです。
北海道新聞に入社したのは93年です。大冷害によって北海道は本当に不作で、タイからコメを緊急輸入するほどの年でした。農業主体の地域の支局にいたので農家の苦しみ、悲惨な状況を取材し、1次産業の重要性はその時からずっと感じていました。また地方分権論者なので、地方を元気にするためには、基幹産業である農林水産業の立て直しがもっと必要では、と思っていました。
ただ一方で、現実的な転職時の問題として、「35歳以上女性正社員」の求人はほとんどなかったということもあります。農水省の経験者採用は2008年春に入省した私たちが1期生で今年7年目。毎年採用があり計20人ほどになっています。膨大な書類作業など仕事の進め方で合理的でないと思うところはありますが、新聞社も縦割りで役所以上に役所っぽいでしょう? なので、仕事上の違和感は少ないです。
−−入省後は水産庁にも配属されたそうですね。
佐藤さん 2010年の夏から14年の春まで水産庁でした。最初は加工流通課に配属されたのですが、東日本大震災の対応は難しい仕事でした。11年5月2日に成立した1次補正予算で、水産加工流通の復興には18億円しか付きませんでした。
加工流通も壊滅的な被害を受けていましたが、「船、港がなく水揚げがない中で加工流通を建て直すなんてあり得ない」「陸地も地盤沈下をしているので、そういうものを復旧しなければ加工流通施設を直しても意味がない」という意見が出て、被害が少なかったところを応急的に動かすための予算しか付かなかったのです。
成立翌日、盛岡に行き予算説明をしたのですが、「お前たちは漁業を分かっていない。漁業と水産加工は車の両輪なんだ」と非難ごうごうでした。魚が揚がっただけではダメで、加工流通施設ができていないと新鮮な状態で消費者まで届かない。同時にやっていかないとダメなのです。
例えば製氷施設はすぐに直さなければいけませんでしたが、そこまでの手当てが十分できませんでした。7月に成立した2次補正予算まではおわび行脚でした。まだ腐った魚を廃棄する作業が続いていた時期で、家や家族も失った人たちがたくさんいました。そういう人たちにどう寄り添っていくかはとても難しかった。あえて言えば、元記者として現場に行くことの大切さを理解し、話をきちんと受け止めるようなことを多少はできたのかもしれません。
−−これから女性農業者をどう支えていきたいですか?
佐藤さん 農業女子一人一人にストーリーがあり、面白い。霞が関では分からないことがたくさんあり、本当は書類作業ばかりでなく現場に出て一人ずつ回りたいくらいです。彼女たちときちんとコミュニケーションをとり、自信を持って毎日過ごしていけるように支えたい。
農業は狭い世界ではなく、食べ物をつくることですべての人間につながっている本当に大事な仕事なので、誇りを持って楽しく仕事をしてほしい。そのためにも農業女子の思いを直接くみ取れる存在になりたいと考えています。
◇ことば 農業女子プロジェクト
女性農業者の視線や知恵を生かして企業と連携し、新たな商品やサービス開発を目指す農林水産省主導の施策。2013年11月に始まった。30〜40代を中心に現在222人の農業女子たちが参加している。農業女子の存在感を高める情報発信や農業女子という「新市場」を創出することなどが狙い。企業側はダイハツ工業、ファストフードチェーンのサブウェイ、旅行会社HISなど19社が参加している。