79話「会議」
あれから数日が経った。
妖忌とは仲良くやっている。闘いの後に芽生える友情ってやつだ。たぶん。
「しっかし、紫はいつになったら来るのかねえ」
「私の予想だともうすぐだと思うわよ」
俺と幽々子は妖忌が作った晩飯を食っている。妖忌はこの屋敷に住んでおらず、毎日別所にある自宅へと帰る。今日は飯を作った後すぐに帰宅したようだ。家政婦みたいなものだ。結婚しているらしく、最近子どもが生まれたのだとか。顔をあわせるたびに毎度毎度飽きることもなく、我が子のかわいさ自慢をしてくる。うざい。
「あ! ちょ、お前、俺のサンマ食っただろ!?」
「……なんにょことかひら、むぐむぐ」
俺のサンマの塩焼きがまるまる一尾、皿の上からなくなっている。食事時になるといつもこうだ。幽々子の食い意地の悪さは半端ない。妖忌もそのことをわかっているので、わざわざ二膳に分けて食事を用意してくれるのだが、それでもこの有様である。
幽々子はすでに俺のサンマをすべて口の中に収めて証拠隠滅を図ったようだ。こいつにかかれば、パイナップル一房でも余裕で一口ポイだ。救出はもはや不可能。さらば、俺のサンマ。
いつも盗まれないように注目は探っているはずなのだが、どういう手品か、こいつの暴挙を止めることができないでいる。だが、俺がいつまでもお前の思い通りになると思わないことだ。今度はこちらからいかせてもらうぞ!
「はいはい、そっちがその気ならね、こっちも横取りしちゃうもんね。その煮物はもらったあ!」
「甘い!」
ガキィン!
俺と幽々子の箸が交差する。互いに一歩も引かない攻防が繰り広げられる。
箸で。
「居候の分際でこの屋敷の主人の食事に手を出すとは、なんて意地汚い妖怪なの」
「客人の飯を奪う奴に言われたくねえ」
「意外と楽しそうにやってるわね」
そのとき、どこからともなく声が聞こえる。これは八雲紫か。またスキマの中からこちらを観察していたのだろうか。悪趣味な。
案の定、例の不気味なスキマが部屋の中に開き、そこからすたりと少女が降り立つ。
「紫、来るときは玄関から入ってって、いつも言ってるでしょ。もぐもぐ」
「うおー!? 俺の飯が一瞬で消えた!?」
目を離した一瞬の隙に、俺の膳の上からすべてのごはんが姿を消していた。ちくせう!
だが、紫が来たのなら飯を食っている場合ではない。そんなことよりも月面戦争の詳細について聞かなければ。
「わかってるわ。私も今しがたその準備を終えたところよ。藍、入りなさい」
紫が声をかけると、開きっ放しだったスキマの中からもうひとり、誰かがぬるりと出てきた。
「私の式の藍よ」
藍と呼ばれたその妖怪は、化け狐のようだった。しかし、そこらへんの草むらにいるような奴らとはわけが違う。九尾の狐だ。年を経た古狐は尻尾が複数本にわかれると言われるが、九尾はその最高位に属する。感じる妖力も大妖怪と言って差し支えない。中国の宦官が着るような服装をしている。大陸系の妖怪だろうか。
「ど、どうも」
しかし、なんだかお疲れのご様子である。目の下にクマができ、焦点が定まっていない。紫の式と言ったが、式とはなんだろう。陰陽道では、紙を依代に低級の精霊を宿して使役する式神という術があった。詳しくはわからないが、紫の子分みたいなものだろう。ナズーリンの飼っていた肉食ネズミと一緒だ。いや、無論圧倒的にレベルが違うが。
「それで、色々聞きたいことがあるでしょう。藍が全部答えるから」
藍がげっそりとやつれた雰囲気のため息をつく。苦労人っぽいなあ。たぶん、他の妖怪のところでも散々説明させられたのだろう。
* * *
「まず聞きたいのは、そうだな……なんで月人に戦いを仕掛けようと思った?」
それが一番の疑問だ。こいつらの目的は何なのか。そもそも、どこから月人の情報を得たのか。
「この戦いの目的は、月人の技術を奪い取ることです。月人は地上とは比べものにならないほどの技術力を持っています。その力の一片でも入手できれば、私たち妖怪の勢力は大きく変わることになるでしょう」
「まあ、そうだろうな」
「……えらく、あっさりと信じますね」
「当然だろ。それより、気になるのはどうやってその情報を得たか、ということだ」
「紫様が“ハクタクの一族”に依頼して調べさせました」
ハクタクとは、妖怪の種の一つらしい。あらゆる歴史に精通し、その記録管理を行うという風変わりな妖怪たちだ。歴史に自らが関わることなく、客観的な記録のみを重視するため、人目はおろか妖怪たちからも見つからないように姿を隠しているのだとか。俺も名前を聞くのは初めてである。
ハクタクは能力によってどんな古い歴史も正確に読み取ることができ、さらにそれを改竄することさえ可能だという。ある意味、非常識な連中だ。
月人の情報については、藍に代わって紫が話を引き継いだ。
「これはハクタクたちにすら特定できないほどの昔の出来事、神話の時代よりもさらに以前の隠された歴史よ」
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