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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

77話「第二ラウンド」

 
 「ごぶっ……いやあ、油断しました。予想以上です」

 妖忌は倒れていなかった。吐血しながらも、まだ自分の足で立っている。完全に潰す気で撃ったはずだが、そこは向こうもただの雑魚ではない。直前で技を見切られたか。

 「これは私も本気を出さざるをえません」

 「無理だぜ。お前じゃ、俺には勝てないさ」

 「そうかもしれません。ですが、やるだけやってみたいと思います。すでに布石はうちました」

 「布石?」

 俺の手から、カランと短剣が落ちた。驚いて腕を見たが、何もされた様子はない。だが、腕に力が入らなくなっていた。握力もなくなり、そのため剣を取り落としてしまったのだ。

 「な、なんだあ?」

 「人型の妖怪というものは、肉体の構造が似たりよったりになりがちです。申し訳ありませんが、葉裏様の右腕の“霊脈”を斬りました。しばらくすれば回復するでしょうが、今は動かせないでしょう」

 霊脈って、そんなものどこにあるというのだ。腕に外傷はない。ということは、妖術的な手段を使って、妖怪の腱のような部分を断ち切ったということなのか。俺の攻撃から身を守りながら、反撃していただと。

 「私に斬れないものはありません」

 いや、こちらも相手を見くびっていたようだ。右腕はしばらく使えない。左腕一本で闘わなければ。俺は左手で剣を持とうとする。

 「させませんよ」

 「なに!?」

 しかし、落ちた剣を拾うという隙を敵が与えるはずもない。俺の短剣は妖忌に蹴り飛ばされ、屋敷の床下に転がり入っていく。取りに行く余裕はない。

 「ちっ!」

 俺は剣を諦め、『黒兎空跳』で妖忌から距離をとる。接近戦はまずい。いつ霊脈とやらを斬られたのか、俺には見えなかった。剣術の実力では圧倒的に妖忌が上だ。
 しかし、妖忌は俺に追いすがってきた。俺の逃げるコースが予測されている。スピード自体は俺の方が上だが、的確に位置を割り出し、絶妙なタイミングで妖力弾を撃ってきた。

 「その移動術、確かに驚くべき速さですが、同時に精細さに欠けます。直線的な上に、停止時に隙ができる」

 俺は妖忌が撃ってきた妖力弾に無様に当たる。このやろう。だったら、そのスピードでお前を翻弄してやる。俺は走る角度を直角に曲げ、妖忌の後ろに回り込んだ。この位置からなら、反撃はできないはず。

 「後ろっ、とった……」

 そこで俺は背筋に怖気が走った。何かがまずい。生命の本能が警鐘を鳴らしている。

 「『虚眼遁術!』」

 妖忌の注目は俺の腹に集まっていた。ここに攻撃が来る。後ろを向いているはずなのに。俺は慌ててその注目をそらした。

 「む、かわされましたか」

 「ほおおお!? やべええ!?」

 俺のベストの端に斬り込みが入っていた。まさに服一枚の差で攻撃をかわしたことになる。

 「どうやったんだよ、今の!?」

 「居合です」

 「後ろ向いてただろ!? 完全に!」

 「背後から攻撃されることは予想がついていました。私に死角はありません」

 めちゃくちゃだな、こいつ。しかも、ハサミで居合するってどういうこと。もし剪定ばさみじゃなくて、本物の刀を使われていたら避けきれなかったかもしれない。

 「それよりも気になるのは、攻撃の直前に強い違和感があったことです。さっきの攻撃で斬る自信があったのですが……」

 「企業秘密だ。殺法『黒白閃兎』!」

 これは玉兎三技最後の一つ『白兎』の改変殺法である。俺は「圧縮系」と呼んでいる。玉兎三技である『白兎』は単に妖力弾を放つことでしかない。これの使い方など、せいぜい弾幕を張る程度のものだ。一発の威力もそこまで高くない。妖力が低い玉兎からしてみれば、使いこなすことが難しいだろうが。
 そこで俺はこの技を大々的に改造した。せっかく妖力の活性化という力が使えるのだから、利用しない手はない。そうして完成した技がこれである。まず妖力弾を手元に一つ作り出す。その状態を保ったまま、手の中で圧縮するのだ。鋭い流線形の形に変化させたその妖力弾は、まさに手裏剣。暗殺者と言えば投擲武器だろう。こうして妖力手裏剣を生み出した術が、殺法『黒白閃兎』なのだ。

 「よっ、はっ、とうっ!」

 投げた妖力弾が妖忌に向かっていく。難点はいちいち手で圧縮して作らないといけないので、連射できないことだ。できるだけ作る速度をあげて、素早く投げるしかない。なので、通常の妖力弾の弾幕を張りながら、要所要所でこの特製手裏剣をぶつけていく戦法をとる。

 「ぬうっ!?」

 圧縮した妖力弾は非常に不安定な状態である。着弾すれば、大きな爆発を引き起こす。この未知の攻撃に対し、妖忌も始めのうちは焦りを見せていた。始めのうちは。

 「斬っ!」

 しかし、通常弾と手裏剣弾の区別がつくようになると、手裏剣弾を避けつつ通常弾を斬って対処し始める。弾幕を斬るってどういうことやねん。手裏剣弾は斬った瞬間爆発するので、かわしている。なので、俺も通常弾でかわせないように誘導して手裏剣弾を放つのだが、その通常弾を切り捨ててかわされるという状況。
 妖忌はじわじわとこちらに接近してきた。いくら『黒兎空跳』で速く移動できると言っても、俺自身が敵の攻撃に速く対応できるということではないのだ。小回りはきかない。懐に入られれば、斬られる。

 「しゃあねえ、あの技使うか」

 だが、対策がないわけではない。まだまだ俺には隠し玉がいくつもある。最初の一撃を妖忌が避けきれなかったように、初見では見切り不可能な技を使えばよいのだ。

 「いくぜっ! 忍法『狩白連結……!」

 俺は手の中に、手裏剣弾を作り出す。このスピードにお前はついてこれるか?

 「ぐはっ!?」

 「……へ?」

 しかし、俺がかっこよく技を決める前に、妖忌は倒れた。よろけるようにつまずいて、俺が撃ちっ放しにしていた通常弾にボコボコにされていく。
 どうしてこうなった。

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