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東方――亀兎木―― 作者:緑野ボタン4号

76話「和製アサシンvs辻斬り」

 
 ちょうど屋敷が広すぎて、どこが鍛錬場なのかわからなかったところだったので、妖忌に案内してもらった。きれいに整地されたその場所は、かなりの広さがある。これなら多少暴れても問題なさそうだ。

 「葉裏様は月面戦争に参加されるのですね」

 「ああ、そうだぜ」

 「私も紫様から声をかけられていまして」

 「そうなのか。じゃあ、あんたも加勢するのか」

 妖忌は、妖力量自体はそこまで多くない。だが、それは俺や紫や幽々子に比べればと言った話だ。その量は平均以上であることは確かである。
 さらに、そのたたずまいからこいつがかなりの武術をおさめていることがわかる。俺の『百見心眼』がそう告げている。ただ歩いているだけでも隙がない。そして、こちらの視線を敏感に察知していることがわかる。
 人間の武術と妖怪の妖術をあわせもつ半人半霊。その実力は見た目では推し量れない。

 「……あんた、強いのか?」

 「ええ、それなりに」

 妖忌は否定しなかった。これまでの謙虚な態度から見れば、自分を卑下しそうなイメージを持っていたが、戦闘に関してはその限りでないようだ。

 「最近はお屋敷に通いづめで、あんまり人を斬っていないんですよね」

 妖忌はため息交じりに、そう言葉をこぼす。暗に試合をしないかと持ちかけているのがわかった。なるほど、慇懃な上っ面と違って、心の底は熱い野郎じゃないか。

 「なら、ちょっと相手をしてくれよ。俺も最近はとんと本気の戦闘をしていない。このままじゃ、戦争で本調子が出せないかもしれないからな」

 「なるほど、それは確かに。実力を発揮した闘いというものをたまにはしてみないと、腕がなまってしまうかもしれません」

 俺たちは鍛錬場の中心に、十分な距離を取って立つ。もはや言葉は不要。己の剣を持って語るだけだ。
 俺は腰から短剣を抜き、姿勢を低く構える。妥協なんてしない。萃香との闘いのときに学んだ。力の差が離れた相手だろうとそれを覆す技術はある。そしてその可能性を拡げる隙がある。それを相手が持っていないと、どうして言いきれるのか。
 それに対して、妖忌は自然体の姿勢で立ち、手に持つ剪定ばさみを構えていた。

 「おいおい、お前はふざけてんのか」

 ハサミは武器ではない。凶器にはなり得ても、戦闘で使用するにはあまりにもお粗末な品だ。どうみても馬鹿にしているとしか思えない。

 「私に斬れないものはありません」

 しかし、妖忌は自信満々に言いきった。

 「葉裏様を侮る気はありませんが、私は闘いになるとつい熱くなりすぎてしまう。本来は刀を扱うのですが、それだと危ないですから。白玉楼の大切なお客人に重傷を負わせるわけにはいきません」

 「ははっ……そりゃあ、十分侮ってるってことだぜ」

 俺は狂気を解き放つ。
 いや、それは少し違うな。“狂気”という犬の首を“憎悪”という首輪で締め付ける。すると、俺の中でキャンキャン吠えやがるんだよ。この忌々しい駄犬が。
 巡らせろ。エンジンかけろ。ガソリンに火をつけろ。燃やして走れ。

 『GeroGeroGero!』

 「殺法『黒兎空跳』!」

 これは俺が初期に開発した暗殺体術の一つ。玉兎三技の一つである『兎跳』をベースにして作りあげた技だ。足の裏に妖力の足場を作り、それを蹴ることで推進力を得る。この力場形成は、妖力運用において「反発系」と名づけた。力場が干渉から反発する力を利用した術である。ただ前に進むだけなら簡単だが、それでは単なる突進である。これを移動術として戦闘で利用できるレベルまで持っていくためには、むしろ任意の地点でぴたりと止まることができる技術を磨かなければならない。この制動にも力場の反発力を利用する。推進力を無駄な衝撃を起こさずに相殺できるようになるまで、かなりの鍛錬を要した。

 「っ!?」

 しかし、成功すれば無類の速さを誇るこの技。俺は一瞬で妖忌の眼前に迫った。妖忌はハサミを構えようとするが、それが何になる。俺は気にも留めず、拳を放つ。短剣を使わなかったのは、せめてもの情けだ。せいぜい後悔しろ。

 「殺法『黒兎核狩』!」

 これも名前の通り、玉兎三技の『兎狩』から作り出した技だ。これを「開放系」と呼んでいる。ただ、この技はオリジナルの改良点が少なかったためにほとんど元の技と変わりないと言っていい。撃ちだした拳に妖力を乗せる。物質的には俺の拳が当たったところにしか攻撃はできない。しかし、そこで妖力を外に向けて拡散することで“妖力的に殴る”という現象を引き起こす。この物質的な法則から脱した物理攻撃によって、衝撃の爆発を相手に食らわせる。短剣のように武器を使えば、その斬撃を伸ばすことも可能である。刀身に当たらない範囲の対象を切り裂くことができる。
 さらに、俺は狂気開放とともに、毒の瘴気を体から吹き出すという体質を持っている。これを使えば、精神に呪術的なダメージを与える毒を、貫通する衝撃に乗せて、敵の体内まで届かせることが可能だ。物理攻撃に加えて、精神的なダメージを与えることができる。

 「なっ……!」

 妖忌の胸部に向かって拳を突き出した。この不意の一撃を反射的に後ろに飛びのくことでかわそうとしたところは評価してもいい。だが、その程度離れたくらいでは衝撃を緩和することなどできない。
 黒い爆発が起こる。『黒兎核狩』自体は無色透明の衝撃波を繰り出す技だが、瘴気を乗せたために爆発が黒く染まるのだ。この毒の瘴気を、殺法『呪魂瘴』と名づけた。この二つの暗殺術の混合技。

 「殺法『呪魂・黒兎核狩』。実用で使うのはこれが初めてだ。食らってみた感想はどうだ?」

 妖忌の体が吹き飛ぶ。感想を言う余裕はなかったようだな。

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